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ヴェネツィア ときどき イタリア

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ヴェネツィア近郊でローマ遺跡!? アルティーノ

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国立考古学博物館、アルティーノ
Museo archeologico nazionale, Altino
http://sbmp.provincia.venezia.it/mir/musei/altino/home.htm/

北アドリア海に面し交通の要所であったこのアルティーノ(Altino)に、人類が定住したのは、紀元前15-8世紀、青銅器時代にさかのぼるという。
ローマ時代に、イタリア半島から東へ向かう、アンニア街道(Via Annia)がこの町沿いに作られたことにより、ローマ化が進む。
その後4世紀に、アルティーノは司教区正座に。452年には、フン族の侵入を受け、一部が破壊される。そして、7世紀に、アルティーノの人々はこの町を捨て、すぐ目の前に見えていた島、トルチェッロ(Torcello)に移住する。
そのトルチェッロこそ、ヴェネツィアの「はじまり」であった。




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古代のローマ人が、ローマから各地へ向けて街道を建設したのはよく知られている通り。
アンニア街道もそのうちの1つ。ほとんどあとかたもなく姿を消しているアンニア街道だが、航空写真を見るとそのラインがくっきりと見えるらしい。初めは偶然撮影された写真だったが、今はアンニア街道の研究にとってなくてはならないものになっている。

アンニア街道は、紀元前131年、当時の法務官、ティート・アンニオ・ルーフォ(Tito Annio Rufo)が建設したもので、アドリア(Adria)、パドヴァ(Padova)からこのアルティーノを通ってアクイレイア(Aquileia)へ抜ける道であった、とされている。航空写真のおかげで、メストレ(Mestre,ヴェネツィアの本土側)から東は、ほぼ正確に位置が確定された。
ところが問題はパドヴァから西(または南)。アドリアではなく、エステ(Este)を通りボローニャ(Bologna)をつないでいたもので、建設したのも別人、執政官アンニオ・ルスコ(Annio Lusco)で、紀元前153年のことだとする説もある。

航空写真と赤外線によって、明らかになったのは街道の正確の位置だけでなく、アルティーノの町。ポンペイ(Pompei)に匹敵する規模で、当時の北イタリアではもちろん最大の町であった。

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ヴェネツィア、ローマ広場(Piazzale Roma)から、サン・ドナ・ディ・ピアーヴェ(San Donà di Piave)- カオルレ(Caorle)行きのバスに乗って、30分。メストレの駅や、空港にも寄っていくから、もし自分の車で直接行けば20分ぐらいで着くだろう。

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・・・不幸にも、一瞬にして火山灰の中に封じ込められてしまったポンペイと異なり、ここにかつて、ほんとにそんなに大きな町があったとは考えられないくらいの田舎。とうもろこし畑、麦畑の中に、小さな博物館がある。ちなみに、そのバスも(めずらしく)目の前に止まるので便利。

国立、とはいっても、数多いイタリアの国立博物館・美術館の中でもミニマムなのではないか、というくらい小さい博物館、アルティーノ周辺で発掘された石材、埋葬品の数々が展示されている。
博物館自体はちっちゃいのだが、面白いのは屋外。2カ所に分かれた「考古学エリア」は、それぞれ門が閉まっているので、博物館の係員に鍵を開けてもらって入る。といっても、完全に野外なのだが。

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まず、バスの走っていた県道をはさんで向かい側には、大きな石で舗装した当時の道路が40mほど残る。その右側には船着き場の跡があり、ここに運河があったことがわかる。

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また、その左側には、ドムス(domus、貴族などの大きな屋敷)の残骸、黒白の石を使った、床モザイクが見られる。これはどうやら、もともとその位置にあったものではなく、ほかから移動したもののようだが。
もう1度県道を博物館の側に渡って戻り、そのまま少し進んだところにやはり草むらがあって、その草むらの一番奥には、ローマ門、すなわち城門が残る。紀元前1世紀、基本的には基礎の部分だけだが、こちらはある程度規模が大きいこともあり、再現図を見比べると、なるほど、と思う。

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ローマやポンペイなどの「ローマ遺跡」を見慣れてしまうと、ほんとうに破片のような小さな遺跡だが、アルティーノでは新しい博物館の建設が予定されているらしい。
また、2004年より、街道沿いの5つの町による共同プロジェクトで、街道そのものの研究を進めるだけでなく、それをいかに開示して関心を集めるかにも力を入れている。1つの博物館、1つの町の中だけではなく、120km以上も離れた点を結んでいかに線を浮かびあがらせるのか、ちょっと楽しみにしている。

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31 maggio 2010
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by fumieve | 2010-06-01 07:32 | ほかのイタリア
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