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ヴェネツィア ときどき イタリア

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カルパッチョ「二人の貴婦人」と犬たち

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9月23日に開幕した「ヴェネツィア展」。目玉はまずなんといっても疑いなく、日本初公開、ヴェネツィア黄金の15世紀を代表する画家の1人、ヴィットレ・カルパッチョによる「二人の貴婦人」だろう。ちなみに「カルパッチョ」というと、薄切りの牛肉やお魚の前菜を思い浮かべる方もあるかと思うが、本家本元はこちらの画家のほう。1963年にヴェネツィアでこの画家の大回顧展が行われた際、それを記念してハリーズ・バーが考案した料理が、今ではそちらの方が有名なくらいになってしまった。

ヴェネツィアや世界の主な美術館に作品が残るカルパッチョだが、ちょっと不思議な構図の謎めいたこの絵は、その中でもとりわけ多くの興味をかき立ててきた。

1つは、長く「二人の娼婦」として知られてきたこと。




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もう1つは、まさに世紀の発見だったのだが、この絵の上半分にあたる部分が、ほぼ偶然のように発見されたこと。決め手になったのは、この絵の左上部分の欄干に置かれた壷に生けられた百合。

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確かに、首から上が切れているというのは何とも不自然なのだが、ローマのアンティーク市で発見されたという「ラグーンでの狩(Caccia in laguna)」と題された作品には、これまた不自然に、画面の底、水の中に一輪の百合が描かれており、それが、一見全く異なるこの2つの絵を結びつけるきっかけとなった。
現在は、アメリカのゲッティ美術館に所蔵されている「ラグーンでの狩」は、これまでたった一度だけ、ヴェネツィアで「二人の貴婦人」と同時に展示されている。実際は、2つに切り離されたあと長い時間を経ているために、一方はより板の反りが激しく、2つぴったりと重なる、という具合にはいかないらしいが、いつか、合わせて見る機会があることを祈る。
そして、この絵の裏には手紙の束のだまし絵が描かれており、それもまた、いかにも謎を解いてくれと言わんばかり。

世紀の大発見と、それから裏に描かれた手紙の束については、企画展会場の案内やカタログの説明に譲るとして、ここではもう少し、この絵の中に迫ってみたい。


まず、なぜ「娼婦」から「貴婦人」への大修正が行われたのか。

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重要なのは彼女らの服装。大きく胸の開いたドレス、そして奥の女性の前方に置かれた靴。このぽっくりのような靴が、当時、コルティジャーナと呼ばれた高級娼婦のトレードマークのようでもあったのは確か。だが、見た目の美しさだけでなく、学問や詩歌管弦にたけ、貴族階級の男性たちの間で対等に会話をたしなめたというコルティジャーナたちの服装は、しばしば流行の最先端として、奥ゆかしき貴族の女性たちの追随を許した。日本でも、吉原など花柳界の流行が、やがて一般女性に広まったこともあったのと同じ現象と言えよう。だが、逆に、貴族の女性たちが身につけているもののうち、コルティジャーナたちが決して真似をしてはならないものがあった。

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その1つが、奥の女性の首にかかる、真珠のネックレス。真珠のネックレスは、高貴な女性の中でも乙女の、婚前または新婚直後の女性が身につけるものだった。もう1つは、これも奥の女性が手にしている、レースのハンカチーフ。細かいレース編みで、きちんとアイロンのかかったこの純白のこの小片は、貴族の女性の特権であり、やはり貞淑のシンボルにほかならない。

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そして決め手は欄干の上に乗った壺。ここには、当時のヴェネツィアの貴族の紋章が描かれている。

奥の女性が新婚の女性なら、手前の女性はおそらく母親か、年長の姉だろうと思われる。明らかに年長の彼女の首には、確かに真珠ではなく、銀の鎖のネックレスが光っている。

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現在の私たちの目には、なんだか雑多なものが並ぶ不思議なテラスにしか見えないが、ここに描きこまれている1つ1つが、当時はきちんと意味をなしていた。

鳩は夫婦愛のシンボル。オレンジは聖母にも通ずる、聖なる女性を表す。雌の孔雀も夫婦愛や豊穣、話のできるオウムは神の使い。
百合もまた聖母のシンボルであり、純潔のシンボルでもある。
そして、犬もまた、貞節や従順のシンボルであるから、もはや彼女らが娼婦であることはあり得ない。
しつこいくらいだが、上半分で、男たちが楽しく狩に出かけている間、彼らの女たちは、さびしく、でも我慢強く、貞節を守って家で待っていますよ、というようなことになるらしい。
(と、そこまでわかってもなお、やっぱり不思議な絵であることには変わりないのだが・・・。)


ところで、シンボルとして登場している「犬」だが、カルパッチョはどうやら、かなり犬が好きだったとみえる。というのも、いろいろな絵の要所要所に犬が登場して、それがどれも愛くるしい。

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1つは、ヴェネツィア、アッカデミア美術館、「聖十字架の奇跡」シリーズの中の1枚、「リアルトにおける悪魔からの解放(Liberazione dell’indemoniato a Rialto)」。かつて、木製のはね橋だった頃のリアルト橋付近の様子が、かなりリアルに描かれたこの作品の中で、一番手前のゴンドラに乗った犬が、こちらを見ている。今でも、個人所有のモーターボートでは、よく犬も乗っているのを見かけるが、当時からこうしてゴンドラに乗っていたのかと思うとおかしい。

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もう1つは、スクオラ・ディ・サン・ジョヴァンニ・デッリ・スキアヴォーニ(Scuola di San Giovanni degli Schiavoni)の壁を当時から飾っている、「書斎の聖アゴスティーノ(Sant’Agostino nello studio)」。

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机に向かう聖アゴスティーノがふと何かを感じて窓を見上げる、その横にちんまりと座る彼。ここでも部屋のすみずみまでも、几帳面に写実的なカルパッチョだが、この犬もまた、聖なる場面の中において、あまりにもリアルで、カワイイ。

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これまで多くの芸術家や文学者をも魅了してきた「二人の貴婦人」は、謎が少し解けた今でもやはりその魅力は変わらない。日本で少しでも多くの人の目に触れることを願ってやまない。
だが、同時に、この絵はカルパッチョの中でも、かなり例外的な作品と言える。というのも、彼の真髄は、大きなサイズのキャンバスに、たくさんの登場人物が描かれた物語絵にあるから。フォーマットが大きくなっても決して細部まで手を抜かない、いや、むしろ、ますます描き込みが細かくなっているのだから感心する。
犬たちに出会うのももちろん、もっともっとカルパッチョを味わうためには、搬出不可能な巨大な絵たちを、ヴェネツィアに直接見にきていただくしかない。

(画像はすべてwikipediaから拝借、一部、トリミング加工して使用。)

3 settembre 2011
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by fumieve | 2011-10-04 04:46 | ヴェネツィア展
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