ブログトップ

ヴェネツィア ときどき イタリア

fumiemve.exblog.jp

ビエンナーレ2011・8~街中編・4 「マチナカ」が集中するサント・ステファノ地区

a0091348_6511258.jpg


毎年、もう恒例でこのギャラリーを使っているスロヴェニア。




a0091348_6522071.jpg


1階はどこかで見たようなおじさんたちの、2階はかなり不気味な巨大いもむしの、彫像インスタレーション。(ことばがあまりにも貧弱で恐縮だが、これ以上、これをどう表現しろと・・・)

a0091348_652598.jpg


Repubblica di Slovenia
Corpi radianti per fervide sensazioni/ Herters for hot feelings
Mirko Bratuša
Galleria A+A
S.Marco 3073

a0091348_6534096.jpg


そのまま、パラッツォ・グラッシ(Palazzo Grassi)と表示のある方に進んでいって、振り返ったところにある建物、ここは2階でイラン展、3階でキプロス展をやっている。

a0091348_6542563.jpg


イラン館。
日本の重箱か、お茶道具のような陶器のきれいな箱。何かと思って解説を読むと、
「日本の考古学者マスダ教授は、1974-75年に、Shahroudの近くである考古学的に重要な場所を発見した。紀元前7000年のこの町を発掘している際、寺院が1つ見つかった。そしてその中に、縦・横・高さ80cmの、陶器の箱が5つ見つかった。これは神の家を表し、中は完全に空だった。マスダ教授によると、当時は目に見えない「神」を崇拝していた。1995年に、イランで教授と会い、またこの箱を見る機会を得たアーチストたちは、その場の神聖な雰囲気に感銘し、この作品のアイディアが生まれた。いくつかの試行錯誤を経て、この作品が完成した。」
日本の重箱とは全然違ったが、日本の方がそんな形で絡んでいようとは。
ほか2つは写真作品。

a0091348_6545425.jpg


ごくふつうの、イラン人のポートレート写真かな、と思ってじーっと見ていると、ベースが鏡なので実は自分の間抜け面が写っていてぎょっとする。

a0091348_657472.jpg


キプロスは入ってすぐ「あ、ビエンナーレっぽい展示」。

a0091348_6573942.jpg


いや、なんでもあり得るビエンナーレだから、スロヴェニアだってイランだって、どれがビエンナーレっぽくて、どれがそうでもない、ということはないのだが、やはり空間に作品が並ぶ、ギャラリー風の展示よりは、空間全体を巻き込んだような、そんな展示のほうがより巻き込まれ率が高い。
もっともこれも、展示自体が特別に空間を強調したものではないが、天井からぶら下がった椅子や机、タンスやベッドの先にペンがついて、それで「絵」を描かせているという現在進行形の作品であり、その偶発性と時間をも含んだ展示が、よりビエンナーレっぽいというか。
あとは、カメラのアングルの取り方の違いを見せる作品で、なぜか日本の古い写真が使われていた。とくに意味があるとは思えないが。

a0091348_6581082.jpg


Padiglione Cipriota
Tassonomia Temporale/Temporal Taxonomy
Marianna Christofides, Elizabeth Hoak-Doering
Curatore: Yiannis Toumazis

a0091348_658457.jpg


同じ並びにあるのが、中央アジア館で、カザキスタン、キルギスタン、タジキスタン、ウズベキスタンの合同展。

a0091348_6594818.jpg


申し訳ないけれど、まったく区別のつかない、どこにあるのかもいまいち理解していないこの4国、こうして合同でパヴィリオンを出すのがどうやら定番になっている。
区別がつかないだけに、その効果が具体的にどう出ているのかわからないのが残念だが、こうして見る限り、4カ国のいろいろな作家が同時に展示をするというのは、いい刺激になって相乗効果を生み出しているように思う。もっともこの場合、1人の作家にはしぼりづらいと思うが。

a0091348_702431.jpg


a0091348_70518.jpg


比較的「現代アート」っぽい洗練された作品が続く中で、思わず「あっ」と声を上げそうになったのがこちら。

a0091348_711814.jpg


男女さまざまな人が、刺繍とアップリケで描かれたシリーズ作品。その色合いといい顔といい、いかにもロシアっぽく、かなりキッチュ、だが実際にはかなり手が込んでいる。

a0091348_715767.jpg


女性は針仕事だの綿摘みなどで、男性はといえば、携帯で話す男、車に乗る男、コンピュータを使う男、ビジネスマンっぽい男、となにやら現代化している。(それでいて、つまりその人たちの職業はよくわからなくてなんだか怪しい。笑)

a0091348_723453.jpg


a0091348_73111.jpg


だが、いたいた!厨房と工事現場、そしてすいか売りはしっかり男性も働いていた。

a0091348_743681.jpg


そのお隣は農家の女性か。鶏のところ、ほんとに鳥の羽根を使っていて、芸が細かい!

a0091348_7241587.jpg


西瓜売りだけ、女性も男性もいたのもなぜなのか気になるところ。しかも西瓜売りの男はキモノのような服装をしているのに、女性は比較的近代的なのも興味深い。

a0091348_733425.jpg


a0091348_74296.jpg


最初はうわっと思ったのに、1つ1つ全部写真を撮ってしまった・・・。
(全部紹介するために、これだけで記事を分ければよかった・・・)

a0091348_751854.jpg


Central Asia
Kasakhstan, Kyrgyzstan, Tajikistan, Uzbekistan
Lingua Franca
Artists:
Natalia Andrianova, Said Atabekov, Artyom Ernst, Galim Madanov, Zauresh Terekbay, Yerbossyn Meldibekov, Aleander Nikolaev, art Raiymkulov, Rumyantsev, AllaRumyantseva, Adis Seitaliev
Curators:
Boris Chukhovich, Georgy Mamedov, Oksana Shatalova

a0091348_772859.jpg


順路は前後するが、いま来た道を少し戻って、狭い路地を入ったところに、モンテネグロ、エストニアの展示がある。

モンテネグロは映像作品3つ。
だが、ここはそういう意味ではちょっと、ビエンナーレらしからぬ展示といえるかもしれない。
NY在住、パフォーマンス・アーチストのMarina Abramovićの両親は、モンテネグロの出身。父親はがちがちの共産主義者、母親はブルジョアだったらしい。そんな両親の、とくに父親のルーツを追ってモンテネグロを訪ねたアブラモヴィッチを待っていたのは・・・。
1950年代、当時ヨーロッパ最大とうたったObodの冷蔵庫工場は、共産経済の象徴、国家の一大事業として華々しくオープンしたが、やがて戦争と時代の変化を経て、2004年には完全に廃墟となってしまった。
そこを拠点に、アブラモヴィッチは、若いアーチストを育てるための文化センターを作ることを決意する。
最初の映像は、そんなドキュメンタリーだ。だが、10分ほどの映像で、もともと戦士だったモンテネグロ人の気質、山と海に囲まれた厳しいが美しい自然環境から現状まで、旧ユーゴスラビアの中のモンテネグロという国のことがよくわかる。

a0091348_710983.jpg


Padiglione di Montenegro
The Fridge Factory and Clear Waters
Palazzo Malipiero, S. Marco 3079

a0091348_71043100.jpg


エストニアは、展示室いくつかを普通の家の生活空間のようにして、その中に映像や写真作品を展示。アイディアとしては悪くないが、その分、肝心の作品を軽く流してしまうかも。(まさに私の状態)

a0091348_7112651.jpg


a0091348_7115862.jpg


a0091348_7123249.jpg



Padiglione Estonia
La donna occupa poco spazio / A Woman Takes Little Space
Liina Siib
Palazzo Malipiero, S.Marco 3079

9 ottobre 2011
[PR]
by fumieve | 2011-10-10 07:13 | ビエンナーレ2011
<< ヴェネツィアの雲、ローマのモザイク モンツァ大聖堂とロンゴバルド女... >>