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ヴェネツィア ときどき イタリア

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中世ロマネスク床モザイクの傑作、オートラント大聖堂

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南のアクイレイア、中世のアクイレイア。
・・・というとかえって誤解を与えてしまうだろうか。

イタリア最東端、長靴のかかとの、背の部分のカーブの先端にあるオートラント(Otranto)。
今は海のリゾートとして知られる小さなこの町の聖堂に、12世紀の床モザイクが残っているのは、案外知られていないかもしれない。

国鉄も届いていない、今でこそ辺境の地のようなオートラントだが、そのロケーションはかつて、地中海世界の絶好の拠点であった。
ほかの多くの南イタリアの例に漏れず、古くはフェニキア人に始まり、ギリシャ人、ローマ人、ビザンツ人、ノルマン人、ドイツ(ホーフェンシュタイン家)、フランス(アンジュー家)、スペイン(アラゴン家)の支配を経ているほか、オスマントルコからも何度か侵略を受けている。




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海を見渡す、それだけでため息の出るテラスのような広場から、路地をちょっと上がると、海に背を向ける形で建つ聖堂がある。

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正面から入って、うわっと思わず息を飲む。聖堂の床いっぱいに広がるモザイクの迫力は、まさにアクイレイアを思い出さずにはいられない。ただ、アクイレイアでは、現在は観光客のために、モザイクの床より高いところにガラスの通路が作ってあり、見学者は少し高いところから見渡す格好になっているが、ここではまったくそのまま、観光客も信者も、そのモザイクの床の上を直接歩くことになっている。それが「舗床モザイク」の本来の姿であるとはいえ、歩くのついつい、忍び足のようになってしまう。

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この聖堂の建造は11世紀。これまでの教会が手狭になったとして、当時の大司教が、大きくて新しい聖堂を建てた。現在の聖堂は、その後数世紀にわたりいくつか手が入っているが、このモザイクは12世紀のもの。だから、4世紀のアクイレイアのそれとは、同じ教会の床モザイクとはいえ、その表現はずいぶん異なっている。

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まず、すぐ足下から、正面祭壇に向かって伸びる、通路のように見えているのは、木の幹。縦長の本堂全体が大きな大きな「生命の木」の絵になっており、その枝の間は旧約聖書の物語などで埋められている。
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左右両翼の祭壇の床にもまた、もう少し小さい「生命の木」が描かれており、1つ1つの図像は全部細かく違っているにも関わらず全体に統一感があり、それでいて、大きな木の効果によるのびやかさが独特ですばらしい。

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1つ1つの図像については追って、また少しずつ紹介したいと思う。

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3 novembre 2011
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by fumieve | 2011-11-03 16:46 | ほかのイタリア
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