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ヴェネツィア ときどき イタリア

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変わらぬ(?)シエナ

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高校生、だろうか。外国からの学生さんたちのグループが歓声を上げて、身を乗り出してみていた先には、シエナの、変わらぬ風景があった。




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(館内の写真は、www.wga.hu より拝借)

トスカーナ州の丘の上の町シエナを、イタリア中世の都市国家を代表する町の1つとして、とくに有名にしているのに、その町並みそのものもそうだが、何と言ってもこのパラッツォ・プッブリコ(Palazzo Pubblico、市庁舎)内にある、フレスコ画のためもあるだろう。
アンブロージョ・ロレンツェッティが1338-39年に描いた、「良い政府、悪い政府のアレゴリーとその効果(Allegorie ed effetti del buono e del cattivo governo)」。
今は「ノーヴェ(シエナ政府)の間(Sala del Nove)」と呼ばれる一室、窓のある1面を除いた壁3面にわたって描かれている。

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順路から入って正面は、「悪い政府のアレゴリーとその効果」。

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右半分が「悪い政府のアレゴリー(寓意)」で、玉座に座る「専制政治」はなんと、牙と角を持つ悪魔くんみたいな姿をしている。彼を囲むのは、左から「冷徹」、「裏切り」、「不正」、「狂気」、「不和」、「戦争」。両脇に飛んでいるのは、「吝嗇」と「傲慢」。
一方、左半分は「悪い政府の効果」で、建物は崩れかけ、治安の悪くすさんだ町と、塀の外は荒れ果てて火事が起きたりしている様子が描かれている。

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その右手にあるのが、「良い政府の寓意」。

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玉座に座る神様っぽいのが「良い政府」で、当然のことながらシエナのシンボルの上に乗っかっていて、シエナ=よい政府というのを直接的に描いているのだが、彼を中心に、「対神徳」と呼ばれる「信徳(信仰)」、「望徳(希望)」、「愛徳(慈悲)」、そして「枢要徳」と呼ばれる「正義」、「節制」、「賢明」と「剛毅(力強さ)が並ぶ。

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これらの、「徳」や「悪」の寓意についてはとくにキリスト教世界において繰り返し描かれており珍しいものではないが、ここで面白いのは、それらに囲まれた「良い政府」、「悪い政府」がまた擬人化されて描かれていること、さらに、その「効果」が一緒に描かれていること。

「良い政府の効果」を見ると、まず、建設ラッシュに沸く町の中、お店は商品にあふれ、荷を運ぶ人々で賑わっている。誰もが安全に行き交うことができるばかりか、広場では若い女性たちが輪になって踊っている。

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一方、塀の外に出ても、見渡す限り、手入れの行き届いた畑や牧草地が広がり、農民たちは収穫や畑作に忙しい。この、「手入れの行き届いた」風景というのがポイントで、当時の、いやおそらく今でも、イタリアのみならずヨーロッパでは「自然」というのは、あくまでも人間が統制すべきもの、して初めて美しいという概念が根底にある。手つかずの自然は、山賊やら猛獣でいっぱいの恐ろしいところ、だから制圧しなければならない、という考え方は、自然は畏敬すべきもの、人間が管理しきれるものではない、という日本を含むアジアの自然観と根本的に違う。

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ま、それはともかくとして、こうして描かれた「郊外」の風景が、シエナの町を取り囲む丘陵地帯の風景と、今もさして変わらないことにあらためて感心する。

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パラッツォ・プッブリコ内のロッジャ(Loggia、回廊)から、学生さんたちが見ていたのはそんな緑の風景。残念ながら、目の下には駐車場があって車なども目に入ってしまうのだが、そんな文明の利器のおかげで、我々もこうして簡単にここまで来ることができるのだから、その辺は目をつむらないと罰があたるだろう。

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Museo Civico
Piazza del Campo, 1
Tel. 0577 292232


23 mar 2012
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by fumieve | 2012-03-24 18:25 | ほかのイタリア
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