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ヴェネツィア ときどき イタリア

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ヴェネツィアの巨匠をローマで観る、「ティントレット」展

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スクデリーエ・デル・クイリナーレ
6月10日まで

Tintoretto
Squderie del Quirinale, Roma
25 feb – 10 giu 2012
http://www.scuderiequirinale.it/categorie/mostra-001.html

(写真はすべて公式サイトより拝借)

16世紀中盤。スクオラ・ディ・サン・マルコに登場したこの絵は、当時の人々にいったいどれだけの衝撃を与えたことだろう?ヴェネツィア16世紀の巨匠の1人、ヤコポ・ロブスティ、通称ティントレットが、その名を世に知らしめることになった、間違いなく最初の作品「聖マルコの奴隷の奇跡」(ヴェネツィア、アッカデミア美術館蔵、1547-48年)。

正直のところ、今回の企画展はあんまり期待していなかった。ヴェネツィアのアッカデミア美術館は数年前から館内大改装中なのだが、この1年ほど、上の作品を含む、とくに重要な作品、15-16世紀ヴェネツィア派の展示室の工事に移っており、うまい具合に多くの作品を一時的に壁から外す必要があって、だからそれらをローマに運んで見せているのだろう、と思っていた。
だが、ふだんアッカデミア美術館では、広い部屋にほかの作品と並べて展示されているのと違って、この記念碑的作品がちょうど、この展覧会のスタートと、画家の長いキャリアのスタートを重ねて、スポットライトを浴びてどーんといきなり登場するのを見て、なにかそれだけで、これから起きることを想像してワクワク、どきどきと心が高なった。




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第2室は「奴隷の奇跡」より前の、初期の作品。

第3室が、「奴隷」と同じスクオラ・ディ・サン・マルコのために描かれた「聖マルコの遺体の発見」(ヴェネツィア、アッカデミア美術館)など。

ここで、ヴェネツィアの歴史や政治、美術を知るのに理解が欠かせないのが「スクオラ(Scuola)」の存在。現在イタリア語で「学校」を示すこの単語は、ヴェネツィア共和国では一種の組合組織を意味していた。よく、同信会、共済会などと訳されているが、それは正しくもあり、正しくもない。例えば、共和国内に6つ存在したスクオラ・グランデ(Scuola Grande)、つまり大スクオラはまさに共済組合のようなもので、病人の看護や治療、低所得者のために借り上げで低賃金での住居提供、さらには貧者への食事提供など、周辺に住む、助けを必要とする人々の救済を使命としていた。が、「グランデ」以外の、つまり中小のスクオラは、同業者組合のほか、港町ヴェネツィアらしく同郷組合もあり、それぞれ内部では個々の義務や権利を細かく規定し、対外では共通の利益を保つために機能した。
その多くは聖人の名前を冠しているが、教会とは全く独立した、非・宗教団体であることが特徴。
そんな、大・中規模のスクオラは、会員の集会所と事務局を兼ねた本部を持っており、こぞって画家や彫刻家に装飾を依頼した。そのため、今でも残るいくつかの「スクオラ」のほか、現存するヴェネツィア派の主な絵画は、教会だけでなく、もともとスクオラを飾っていたものも多い。

その、ヴェネツィアに現存する「スクオラ」を代表するのが「スクオラ・グランデ・ディ・サン・ロッコ(Scuola Grande di San Rocco)」であり、また、ティントレットを語るのに、サン・ロッコは必要不可欠な存在。というのも、1564年から87年まで、20年以上をかけて、ティントレットはその絵筆で、スクオラ・ディ・サン・ロッコの建物の中の壁と天井ほぼ全ての埋め尽くしたのだった。

今回、この会場にサン・ロッコから、2人の「マリア」が来ている。

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「エジプトのマリア」と「マグダラのマリア」(スクオラ・ディ・サン・ロッコ、1585-86年)。

基本的に、教会にせよ、それ以外にせよ、特定の場所のために作られた作品は、そこから外して美術館や展覧会に持ってきても、同じ魅力を発するとは限らない。むしろ、ニュートラルな空間で気恥かしそうにしている作品に、こちらも居心地が悪くなってしまうこともある。
だが、美術館や展覧会の利点は、こうして、同じ画家の作品だの、同じ時代、・・・等々、ふだんは別のところにある、ほかの作品と並べ、比べ見ることができるということ。そしてもう1つは、例えば暗いところや、手の届かない高い位置にある作品などを、じっくりと間近で見られるということ。の2枚の「マリア」はまさに、ふだんかなり遠い位置からしか見ることができず、(もちろんそうやって見ることを前提に描かれているとしても)こうして、ほんとうに鼻をくっつけるようにしてまじまじと鑑賞できるのは企画展ならでは。
彼の特徴である、速い筆のタッチでざっくりと描かれた、画面の大半を占める緑濃い風景の中で、小さくたたずむ「マリア」の、顔の部分だけがほんとうに丁寧に、繊細に、まるで磁器の人形の顔のように描かれている。遠目に見て、あたかも顔に光が当たっているように見えるのは、ただ単にそこだけ明るい色で塗られているからではなく、あたかも光り輝く宝石のように描かれていたのだった。

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ティントレットのもう1つの特徴は、「最後の晩餐」。現在ヴェネツィアに残るものだけで5点もあり、そのうちの2点が展示されている。斜めに配置したテーブル、キリストの言葉に全身で動揺を見せる弟子たち、そしてその他の登場人物など、大胆かつリアルな表現で人気だったのは間違いない。

そんな動的な劇場空間が得意なティントレットだから、動きの少ない肖像画はそういえば、あまりこれといった作品がないな…と思いつつ、次の部屋へ移って思わず・・・タメイキ。

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「女性美」と題されたその部屋には、神話や、旧約聖書をテーマにした作品が並ぶ。ヴィーナスを代表とする美しい女性たちは、神話というかさを借りた、言ってみれば裸体像。教会やスクオラでなく、王侯貴族や裕福な商人など、個人の邸宅内用に注文された。
そうは言っても、実は女性の、とくに顔はあんまり得意ではなかったと思われるティントレットの中で、おそらく一番美しい女性像が、「スザンナと老官たち」(ウィーン美術史美術館蔵)。バラの花咲く緑の衝立のこちら側で、水面にも映る白い裸像は美しくなまめかしく、けしからん老官どもでなくとも、目が釘付けになってしまうというもの。
「ヴィーナスとウルカヌスとマルス」(ミュンヘン、絵画館)は、ヴィーナスの衣をエッチくさく剥いでいるのは、夫ウルカヌス。間男マルスは奥のベッドだか長押しだかの下に隠れている。ちなみに愛のキューピットは居眠り中。

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周辺の画家…などと続き、最後を締めるのが、晩年の自画像。第1室に、若いころの、ほぼ同じサイズの自画像が同じように展示されていた。

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最後の最後に、この会場のいいところは、最初の作品を上から眺められるところ。
奇跡を起こしに、空から舞い降りる聖マルコのさらに上から、奇跡を驚きの目で眺める群衆を見下ろす格好になる。絵の前にたくさんの見学者がいるとなおさら効果的で、彼らもまた、横たわる奴隷を取り囲む群衆の一部になる。
そして、奴隷を打とうとするたびに壊れる斧を掲げて見せる死刑執行人の姿は、あたかも、これから起きるティントレットの華やかな成功の始まり告げる、ファンファーレのシンバルのようにも見えた。

*この企画展のチケットを持参すると、ヴェネツィアのスクオラ・グランデ・ディ・サン・ロッコの入場料が割引料金になります。逆に、スクオラの入場券があると、企画展の入場が割引に。2012年いっぱい有効。

6 apr 2012
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by fumieve | 2012-04-06 23:19 | 見る・観る
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