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モザイクの旅・番外編~続・デセンツァーノの(元)豪邸

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粒の揃った細かい石を並べ、絵や模様を描いて床材とする手法は、紀元前4-5千年も前から使われていたが、とくに、石を同じ大きさの小さなブロック状に切って並べるモザイクは、ローマ時代に大きく発展、普及した。(「北イタリア モザイクの旅 第2回」参照)
古代ローマに由来する町や旧ローマ街道の周辺を中心に、イタリアでは今でも、ちょっと地面を掘り返すとローマ時代の遺跡が出てくると言われるが、その中に床モザイクを含むこともある。だが、「単なる建材の一部」くらいに考えられていた床モザイクは、発見されてもそのまま埋められてしまったり、完全に取り壊されてしまったりで日の目を見ずに消滅してしまった例も少なくないと思われる。
こっそり(?)消されてしまった例のほかにも、ローマにせよ、ポンペイにせよ、古くから発掘調査が進んでいるところでは、絵柄の美しいものや、規模の大きいモザイクが見つかった場合、壁画同様、きれいにその場からはがして、博物館に収めていた。(もちろん、盗掘などもたくさんあるだろう)だからこそ、今ではローマやナポリの国立博物館で、それはそれは見事なモザイクをたくさん見ることができるが、逆に、もとあった場所には壁の構造だけが残され、博物館にある床や壁の装飾がかつてそこにあったことを想像しながら、見学することになる。

だから、壁の一部とモザイクが、もとあった場所でそのまま丸ごと保存され、こうして見学できるのはほんとうに貴重で稀少な例といえる。




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前回紹介したセクションAと、ちょうど直角の位置にあるセクションB。

紀元後1世紀にまず大きな屋敷(ヴィッラ)が建てられたあと、 このあたりは何度も、改築・改装が繰り返されたと思われ、まだまだ、はっきりわかっていることは決して多くない。だがおそらく、4世紀に大々的な改築が行なわれた際に、セクションAはサロン、つまり迎賓館的な役割を果たすためのエリア、セクションBは主に住居空間として分けられたものと考えられている。セクションAほど凝ったものはないが、同じ時代と推定される美しい幾何学模様のモザイクがいくつか残っている。

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興味深いのは、いわゆる床暖房のシステムが見つかっていること。

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ほんの少し床を高くして、その下を温水(または暖かい空気?)を通して部屋を暖めていたらしい。このシステムは、入口の博物館部分(セクションa)や、セクションAの一部でも見つかっている。

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セクションBの入口部分には、オリーヴまたはブドウと思われる、圧搾機が置かれておかれており、その圧搾用の石も発掘されている。

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セクションCは主に、浴室関係の施設だったと推定される。モザイクは残念ながら見当たらないが、床暖房のシステムが見受けられる。

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現代のイタリアで、山岳地帯ならいざしらず、北イタリアでも少なくとも平野部では、床暖房なるものはほとんど見かけない。ヴェローナに近いデセンツァーノは、夏は陽光に恵まれ南のように暑くなるが、冬の冷え込みは結構厳しい。床暖房があれば、寒い寒い冬も、ずいぶん快適に過ごせるだろう。
ローマ人の建築能力の高さに、あらためて感服するばかり。
(・・・もっともこの猛暑の中、暖房のことは考えるのもいやだが・・・)

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20 agosto 2012
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by fumieve | 2012-08-20 23:10 | モザイクの旅
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