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ヴェネツィア ときどき イタリア

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北と南のイタリア、ローマのイタリア〜第69回、ヴェネツィア国際映画祭・2



Bella Addormentata
Marco Bellocchio - イタリア, 115'
Toni Servillo, Isabelle Huppert, Alba Rohrwacher, Michele Riondino, Maya Sansa, Pier Giorgio Bellocchio

今回、少なくともイタリアのメディアがこぞって「今度こそ」と金獅子の願いをこめていたマルコ・ベッロッキオ監督の「眠る美女(Bella addormentata)」は、彼らの期待を裏切り、ほぼ無冠に終わった。
3年前、ウディネの病院で静かに永遠の眠りについた女性とその父親。イタリア全国から強烈な批判を浴びる父親の姿に共感を得て、この制作を思い立ったというベッロッキオ監督は、その女性と父の姿は一切映像に登場させず、まったく別の、それぞれ事情も状態も全く異なる「眠る」女性3名の置かれた状況を描くことで、それぞれの苦悩と尊厳死という問題の難しさを提示した。
いい映画だと思う。とくに、話の枠というか、筋になっている与党上院議員は、自身、妻を亡くしたときの経験から、尊厳死に反対する娘と対立、さらに、辞職を覚悟の上で造反を決意する。ほかの登場人物が、みな、よくも悪くも一方的、一途な態度で自らの思いに突っ走る中で1人、ほぼ2時間の間ずっと眉間にしわを寄せ、悲しげな目を見せて葛藤する姿は圧巻。
不幸にして、植物人間となってしまった人に、どう接するのか。人の命について考える、イタリアに限らず、高度に医療が発達した現代社会の、共通する問題であることは確か。だが、あの数日間、私はイタリアにいて、実際にあの騒動をメディアで見聞きしていたからこそ、そのまますっと入ることができたが、そうでなければ、映画としては説明不足というか、伝わりきらないのではないかと思った。






È stato il figlio
Daniele Ciprì - イタリア、フランス, 90'
Toni Servillo, Giselda Volodi, Alfredo Castro, Fabrizio Falco

灼熱の太陽にさらされた白茶けた風景。何の特徴もない、郊外のアパートと海。その中の家族、マフィア、殺人に復讐。
「息子だった(È stato il figlio)」は、よくありがちな、南イタリアを扱う映画のような導入、だが、深刻なはずの場面でぷっと吹き出してしまったり、なんだかパロディーのようでもある。
ここでも圧巻なのは実は、前記「眠る美女」で苦悩する父を演じたトーニ・セルヴィッロ(Toni Servillo)。あちらで良識あるインテリ議員として作品の核を務めた彼が、こちらでは、どうしようもないダメオヤジに。幼い娘を失い、悲嘆にくれる父・・・だったはずが、いつの間にかとんでもない方向に。ちょびひげと黒めがね、という、かなり古典的な「変装」にも関わらず、同じ人が演じているとは思えない。
南イタリアと北イタリアの、全くなにもかもが正反対に異なる「父」を見事に演じ分けたセルヴィッロは、最優秀俳優賞の本命候補かと思われていたが、それも叶わなかった。

ところが、イタリアにとって嬉しいサプライズだったのは、新人俳優賞を受賞した、ファブリツィオ・ファルコ(Fabrizio Falco)。
初出演の作品、この「息子だった」で、無口で内気な青年となった彼は、「眠る美女」では、やや精神に支障のある、繊細だが目が鋭く他人に攻撃的な青年を演じている。どちらも、口数は少ないいもののキーパーソンとなる青年、だが、全く違う2つの役柄を短期間で演じ分けたのは、確かにすばらしい。(偉大なる)セルヴィッロに気を取られて、うかつにもころっと忘れていて、実際には後から見た「眠る...」で彼が出てきたときには、「あれ、この子、見たことあるけど誰だっけ?」と思ってしまったくらい。近所の子か誰かに似てるのかな、ぐらいに考えて流していたが、しっかりスクリーンの中で見ていたのだった。ちなみに、最終日、レッド・カーペット上に現れたのを見たときにもまだ、2役やっていたことに私は全く気付いていなかった。
イタリアの受賞は結局、このファルコと、「息子だった」の監督、ダニレーレ・チプリ(Daniele Ciprì)の技術貢献賞にとどまった。ちなみにチプリは、「眠る・・・」でもベッロッキオ監督の下で撮影監督を務めている。



Un giorno speciale
Francesca Comencini - イタリア, 89'
Filippo Scicchitano, Giulia Valentini

上記2作が、北と南のイタリアの家族像をまったく相反する姿で描いたとすると、こちらは、ローマの、いかにもありがちな若者たちの「特別な一日(Un giorno speciale)」。女優をめざす高校生ジーナと、いろいろ夢見てぶらぶらした末に、ようやくまともな職についたハイヤーの運転手マルコ。
もう何年も前だが、イタリアでは、小学生の男の子が将来の夢として挙げる一番人気がサッカー選手、女の子はヴェッリーネと呼ばれる、某人気テレビ番組でビキニ姿で色っぽいダンスをするダンサーだと聞いたことがあるが、子ども以前に、そもそもステージママが目指すのがそこなのかもしれない。気乗りのしない娘をキャバクラ嬢並みに飾り立て、送り出す先は、ママの遠い親戚だか知り合いだかの国会議員。権力者である彼に、娘のデビューの口添えをお願いしたい、というわけなのだが。
彼らにとって、輝かしい未来への第一歩の、特別となるはずだった一日、ところが、いかにもありがちな、どうしようもない一日を終える。ある意味、現代社会の問題を提起しているともいえる、だが、南イタリアをテーマにするほど深刻でも閉塞感があるわけでもなく、もっと軽い、だが、最初から感じる「嫌な予感」をそのままあっさり突きつけられ、ざらりと嫌な後味の残る映画。これではほんとにイタリア、なんだか救い難い・・・。

17 settembre 2012
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by fumieve | 2012-09-18 00:54 | 映画
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