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モザイクの旅・番外編~グラード・3 続・サンテウフェミア聖堂

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夏の間は、リゾート客で賑わうとはいえ、今では小さな小さな町、グラード。
今では、橋というか、道路を作って陸から車で入ることができるが、かつてはヴェネツィアと同様、ラグーナに浮かぶ島の1つだった。ただし、その歴史は、ヴェネツィアよりずっと古い。
文書に初めて「グラード」の名が登場するのは、8世紀と遅いのだが、実際はローマ時代から、当時、北イタリアの中心地であったアクイレイアの河口として、何らかの機能があったと考えられている。
実際に、「町」ができるのは、5世紀。452年、フン族のアッティラ王がアクイレイアを攻撃・占領すると、アクイレイアの人々は、司教座もろとも、グラードに避難する。当初はあくまでも仮住まいのつもりだったが、489年にはテオドリコの東ゴート族、そして568年にロンゴバルド族の襲来で、グラード定住が決定的になる。



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紀元6世紀のモザイクが残るサンテウフェミア聖堂(Basilica di S.Eufemia)。現在の聖堂にすっぽりと包みこまれるような形で、4世紀に最初の教会が建てられており、その床もモザイクで埋められていたことが発掘調査で解明されているが、残念ながらその部分は今は目にすることができない。

が、ここには、モザイク好きにはうれしい、「おまけ」がついている。

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1つは、主祭壇に向かって右隣。「霊廟(mausoreo)」と呼ばれているのは、ここにマルチャーノという名の司教が葬られているため。

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もう1つ、そのはす向かいにあるのが、「謁見室(salutatorium)」。

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前者は全体に格子型、後者は円がベースという違いはあるが、どちらも、本堂の中で見たのと同様に、枠と枠が立体的に絡みあった幾何学的なデザインによる構図。中央には聖堂の創建者、エリア司教のモノグラムが。いずれも6世紀のもの。
奥に置かれているのは、通称「聖マルコの聖座」。実際は630年ごろ、皇帝エラクリオにより寄贈されたものらしい。

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もう1つ、主祭壇向かって左側には、「聖マルコの小礼拝堂」があるのだが、ここは現在、残念ながら公開されていない。(カーテンの隙間から隠し撮り・・・)手前は波のモチーフのモザイク、奥は・・・???
この波模様、4-5世紀の教会のモザイクが残る遺跡近くにある噴水のモチーフに使われていて、あっ思ったのだが、モザイクに心奪われ、「あとで」と思っていたら、写真を撮りそびれてしまった。

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(小さな町のはずのグラード、まだまだ続きます・・・)

4 ottobre 2012
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by fumieve | 2012-10-05 06:37 | モザイクの旅
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