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ヴェネツィア ときどき イタリア

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モザイクの旅・番外編〜フィレンツェ サン・ジョヴァンニ洗礼堂

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初めてのイタリア旅行で、まず降り立ったのはフィレンツェだった。ドォーモのクーポラに上り、ウフィツィ美術館に行列して(当時はまだ、チケット予約ができなかったため)ボッティチェッリのヴィーナスを見て、パラッツォ・ヴェッキオと、アッカデミア美術館でミケランジェロのダヴィデ像を見上げて。でも、何より、一番感動したのは、サン・マルコ美術館の、フラ・アンジェリコのフレスコ画だったことをよく覚えている。

そのときに、確かにこの洗礼堂も、中に入ってみたはずなのに、その後長いこと、何年もの間、ほとんど思い出すこともなかった。正直のところ、ルネサンスの花咲き乱れるフィレンツェにおいて、その異色な存在は当時、あまり心惹かれるものではなかったのだろう。

何年もたってから、イタリアで美術史をかじりはじめて、この洗礼堂のブロンズの扉の1つが、ゴシックからルネサンス美術への突入を示す重要な作品であることや、ロレンツォ・ギベルティの「天国の扉」がルネサンスの最高傑作の1つであることなどを知った。(それまでにも、本などで読んだりはしていたはずなのだが・・・。)「どれどれ」と思って見に行ったりしたものの、「ふーん」と思って、それで終わっていた。

イタリア・ルンサンスの中心地、フィレンツェの町の真ん中のドォーモ広場にある洗礼堂は、白と緑の明るい配色の建物が、その前のドォーモと、鐘楼と、完全にコーディネートしていることもあって、漠然とこれもルネサンス時代のものだろうと思い込んでさえいた。
が、この洗礼堂、古くは4世紀末にはすでにこの地に存在していたらしい。そして、11世紀に大改築が行なわれ、現在の建物の原型ができた。




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中に入る。
広く大きな正八角形の空間は、初期キリスト教から中世において、洗礼堂の基本形といえる。驚くのはその天井。

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八角錐のクーポラ(円形でなくてもそう呼んでいいのかどうか?)を金地のモザイクが埋め尽くしている。このモザイク装飾は、1216年に始まり、ほぼ13世紀いっぱいかかったから、時代でいうと、ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂の、ちょうどナルテックス(前室)のモザイクと同じ頃。
構図は、八角錐の3片を「最後の審判」にあて、残り5片を3重に、聖書の物語の場面が描かれており、言ってみれば、トルチェッロ島のサンタ・マリア・アッスンタ聖堂の壁と、サン・マルコ大聖堂の「天地創造のクーポラ」を合体させたような感じと言ったらいいだろうか。
ただ、サン・マルコの「天地創造のクーポラ」では、1日1コマでゆっくり進んでいくのだが、ここでは、3日分くらいが1コマにまとめられていて、話のテンポが早い。たった1つのクーポラで、天地創造どころか、「ノアの方舟」に「バベルの塔」、「イサクの犠牲」など旧約聖書の物語か、キリストの誕生から磔刑、復活、聖ジョヴァンニの物語・・・と、話題が盛りだくさんだから、そのぐらい飛ばしていかないと、もちろん入りきらないためだろう。
ヴェネツィアのモザイクに見慣れていると、なんだか早回しで見ているような感じさえする。

中身の詳細についてはまた、ヴェネツィア・ペースでのんびりと見ていくことにしたい。

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21 novembre 2012
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by fumieve | 2012-11-22 07:19 | モザイクの旅
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