軍事海洋大国として地中海を制しつつあったヴェネツィア共和国の総督付属礼拝堂として建てられ、荘厳で重厚長大、現代の目からするとどっしりと重すぎる印象を与えかねないヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂と異なり、この
サン・ジョヴァンニ洗礼堂は、その後イタリアでいち早くルネサンス美術が開花することになる「花の」フィレンツェらしく、華やかで繊細な、より女性的な印象を受ける。
八角形のプランとそのクーポラも、それをびっしりと埋める黄金のモザイク、そして壁から張り出したテラス式回廊も、いかにもビザンチン様式の建物のよう。だが、ここではビザンチンというよりも、やはりフィレンツェらしく思えるのは、天井はモザイクとはいえ、壁は外壁同様に、白と濃い緑のプラートの石によるツートンのすっきりしたデザインになっていること、回廊を支える円柱の作る正円のアーチが、ルネサンス建築を予見させること、その中で、金色のモザイクがまるで宝石を埋めるように効果的に使われていることが大きい。
例えば、回廊の欄干には、予言者たちの肖像。残念ながら、下からはよく見えないが、回廊の奥の壁にも一部、聖人像のモザイクが。
もちろん、小さく長方形に張り出したアプシスの天井はモザイクで埋められているほか、さりげなく、壁のフリーズにもモザイクが使われている。
そしてもう1つ。この洗礼堂で見逃してはならないのは、床。
天井のモザイク同様、13世紀初めに作られた床は、中央の、八角形の洗礼盤のあった場所をのぞき、細かい色大理石で飾られている。
ローマで同じころにコズマーティ一家がはやらせ、「コズマーティ」様式と呼ばれるようになる3色の石による幾何学模様の部分ももちろん美しいのだが、ここでとくにすばらしいのは、壁と同様、白と濃緑のみによるいわゆる象嵌の部分。
色石を使って模様を描き出すところは「モザイク」の一種なのだが、通常「モザイク」と呼ばれているのは、色石なり、色ガラスなり、基本的には四角く切ったものを並べて絵や模様を描いているのに対して、こちらは、もともと描きたい形に合わせて石を切り、それをパズルのように組み立てていくので、よりオーダーメイド的な作業が必要になる。
濃い緑をバックに、白で描き出された様子は、これもまたまるで繊細なレースのよう。
残念ながらこの部分は立ち入ることができないので、写真も限られてしまうのだが、例えば、洗礼盤から、天国の扉へと結ぶところは、「12星宮」。太陽を中心に、星座のマークが埋められている。
また、草花のつるで構成された円形の中に、鳥や動物が向き合うスタイルは、当時、東方から伝えられた絹織物で見られたモチーフであり、それを床の模様に取り入れたのは大変興味深い。毛織物組合がスポンサーとなって改築された洗礼堂ならでは、なのかもしれない。
いずれにしても、工芸好きにとっては、天井のモザイクと並んで、見ても見ても見飽きないアイテムの1つ。
まるで宝石箱のような洗礼堂。ルネサンスだけでない、中世のフィレンツェもぜひ。
28 novembre 2012