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ヴェネツィア ときどき イタリア

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イタリア・ルネサンスを日本の小説で読む

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「春の戴冠」辻邦生、
「チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷」塩野七生

前者は1977年、後者は1970年に刊行されている、だからもう40年近くも前の本でいまさらなのだが、今回初めて読んだ。塩野さんの方は以前読んだことがあるかも?と思っていたが、読んでみたらまったく初めてだった。

「春の戴冠」は文庫で4冊。ルネサンスを代表する画家、サンドロ・ボッティチェッリの生涯を、幼なじみであるプラトン哲学者「私」の回想という形で語る本書は15世紀半ばから1511年までの、「春」からやがて混乱と苦悩の時代へと移り行く「花の都」フィレンツェの歴史をたどる。



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一方、スペイン出身の法王アレクサンダー6世の息子、チェーザレ・ボルジアの生涯を描いた後者で語られるのは1492年から1507年というたった15年ほど。
コロンブスがアメリカ大陸を発見した1492年、チェーザレの父が法王アレクサンダー6世として即位する数カ月前に、ルネサンス文化華やかりしフィレンツェ共和国では、実質の統治者であったロレンツォ・デ・メディチが病死。
イタリアではこの年をもって、「中世」から「近代」へ移行したと定義する。
イタリアの同じ時期を扱っていながら、これだけ違う小説同士を比べながら読むのも面白い。実際は、「春の戴冠」のほうは文庫で4冊とかなりのボリュームな上、私も読み始めたのは昨年で、中断して間に他の本を読んだり、小説内の時間の経過以上にじっくり読んだが、「チェーザレ」はほぼ1日で一気読み、と、時間のかけかたもまた、全然違うものとなった。

「春の戴冠」は読み始めてしばらく、そういえばこれが辻邦生さんのスタイルだったと思い出したのだが、まず、ともかく描写が細かく丁寧。1つ1つのことがら、セリフ、そして回想録を書いている「私」、フェデリーコの脱線具合と、それを自ら年寄りだから言い訳するぼやきは、まるでイマドキのブログのよう。だからほんとうに、ぼやきのところではフェデリーコの親しい友人になった気分で、そして回想の中の部分では、実際にサンドロ(ボッティチェッリ)と出会ったり、アルノ川沿いを歩きながら語り合ったりしている、そんな気分になる。繁栄絶頂期のフィレンツェの豊かさ、華やぎ、その中で苦悩し続けながらやがて自らの、あのスタイルを確立していくサンドロがほんとうにそこで美しい女性や花をスケッチし、筆を取り、大きな祭壇画を仕上げていく、その姿がくっきりと浮かび上がる。劇中劇というか、幾重にも包まれた舞台構造は、ボッティチェッリをはじめとするフィレンツェの美術作品に囲まれた美しい装丁の絵物語のよう。とくにその終わり方は絶妙で、うわーそう来たか!と思わず声を挙げた。

「チェーザレ・・・」もやはり、塩野七生さんが塩野さんらしさを最初に突きつけた作品だけあり、歴史書をひもとくようなスタートから、スピーディーでハラハラ・ドキドキ感の絶えない展開で、息をつく間もなく最後まで一気に読ませる。 それは、チェーザレ・ボルジア本人の生涯そのものであり、だからこそ塩野さんがこの人物を書きたいと思い小説にしたのだろう。父親の即位から、飛ぶ鳥を落とす以上の勢いでのし上がる、優雅だが冷酷な若者。法王の息子であるからこそ、18歳という若さで枢機卿という法王に次ぐ立場である地位をその父親から与えられていながら、法王の息子、すなわち庶子であるからこそ、もうそれ以上の立場、つまり法王には絶対になれないという屈辱。そんな世界にさっさと見切りをつけ、在野に打って出る。
同時代の、実際に交流もあり小説の中にもたびたび登場するマキャベッリが著書「君主論」の中で絶賛するチェーザレ・ボルジア、父親の法王戴冠により歴史の舞台に躍り出る若者は、その父の死とともに運からも見捨てられ、何度も復活の機を伺うものの結局そのかいむなしく、わずか32歳でその生涯を終える。
マキャベッリ同様、塩野さんもこの若者に惚れ込んでいるのが、シャープで冷静な文章の中からも熱く熱く感じられる。だが、10年以上前に、当時まだまともなイタリア語もまま成らない中、ペルージャ外国人大学の授業で無理矢理「君主論」を読んだときに、ともかく一言でいうと「優秀な君主は、有能であるためには残酷であるべし」的な理論がどうしても好きになれなかった私は、やっぱりこのチェーザレ・ボルジアという若者には、全くひとかけらも同調できなかった。

チェーザレが活躍する数年は、春を謳歌していたフィレンツェが、その中心にいたロレンツォを失い、まるで満開の花が散った後のように、次々と危機や困難に遭遇し、長いトンネルの中で、迷い、奔走し、苦しむ時期にあたる。
一方、アメリカ大陸の発見とともに、やがて世界の中心は地中海から外へと移っていくことになるのだが、ヴェネツィア共和国はまだ、トルコとの戦争を重ねながらも、強大な力を誇っていた。
イタリアのすばらしい芸術が最も多く集中するこの時代は、小説家にとってもまた魅力のつきない時代なのだろう。

9 feb 2013
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by fumieve | 2013-02-10 06:03 | 読む
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