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ヴェネツィア ときどき イタリア

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サン・ラッザロ・デッリ・アルメーニ島、アルメニア修道院

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ヴェネツィアのラグーンに浮かぶ、大小の島々は昔から、その「孤島」という性質をそのまま利用して、航海を終えて帰ってくる、または外国から到着する人々の検疫所として、あるいは修道院として利用されてきた。
前者の例が、今は遺跡(と博物館)のみが残るラッザレート・ヌオーヴォ(Isola del Lazzaretto Nuovo)。
後者の例が、サン・マルコ湾からすぐ目の前に見えている、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島(Isola di San Giorgio Maggiore)やサン・フランチェスコ・デル・デゼルト(San Francesco del deserto)など。



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見晴らしのよいサン・ザッカリアの船着き場から、20番の水上バスに乗って、元修道院、精神病院を経て現在は県や大学のイベント会場となっているサン・セルヴォロ島(Isola di San Servolo)を通って、その向こうにあるサン・ラッザロ・デッリ・アルメーニ島(Isola di San Lazzaro degli Armeni)は、今もアルメニア人の修道士さんが20人ほど暮らす現役の修道院。

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毎日、15:25からのみ、ガイド付きで内部を見学できる(15:10発の水上バス指定)。その場で、イタリア語、英語、フランス語、アルメニア語(たぶん)などのグループに分かれて見学開始。

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もともとは、その名からも推察できる通り、検疫所(隔離病棟)であったこの島を、ヴェネツィア共和国が、アルメニア人修道士メキタールに提供し、修道院ができたのは1715年だから、ヴェネツィアの歴史からするとそう昔のことではない。以降、ほかの修道院の例に漏れず多くの寄進によりアルメニア修道院として発展してきた。

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アルメニア教会は、今でも独立した教会だが、もともと教義としては(ギリシャ正教会ではなく)カトリック教会と同じ。当時、自国の教会組織内にとどまらず、ローマ教皇へ忠誠をつくそうとしたメキタールは国内を追われるようにして、イスタンブールを経てヴェネツィアにたどり着いた。もともとヴェネツィア内にアルメニア人コミュニティが存在していたこともあるが、当時、外国の文化や宗教にオープンであったヴェネツィアは若きメキタールにとって理想郷と見えたかもしれない。ここを一種の文化センターとして機能させるべく、多くの書物を集め、また出版活動も行なっていた。
というわけで、今でもここの修道士さんは、全員アルメニア人の、カトリックの修道士さんなのだそう。

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教会は、13世紀に経っていたものをほぼ完全に改築。内部のモザイクは20世紀に入ってからもものでピカピカに新しい。だが、両壁を飾る油彩は、パルマ・イル・ジョヴァネ(Palma il Giovane)、ヤコポ・バッサーノ(Jacopo Bassano)など、16世紀ヴェネツィアを代表する画家たちの作品も。 これらはかつて、ヴェネツィア本島内にあるメキタール修道院本部、カ・ゼノービオ(Ca’ Zenobio)を飾っていた。

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ちなみに、他の部屋に、グイード・レーニ(Guido Reni)、セバスティアーノ・リッチ(Sebastiano Ricci)、ティエポロ(Tiepolo)もあり、ちょっとした絵画館といった趣きですらあるが、ガイドにしたがっての見学で、それらの絵画作品をじっくり見ている時間がないのはちょっと残念。

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教会のほか、食堂、図書室、手稿本保管室、博物館を見学するが、撮影は回廊の中庭、および教会のみ。図書室に所蔵されている書物は、アルメニア語や教会教義に限られたものでなく、言語も内容も多岐にわたるが、アルメニアの図書館としては、アルメニア国内、そしてイスラエルに続いて、なんとここが世界で第3位の規模なのだそう。不幸にも50年ほど前の火事で一部を焼失しているらしいが、それでその規模だというのだからすごい。
ちょっと変わったものとしては、1体のエジプトのミイラ。紀元前8世紀くらいのもの、19世紀にテーベ川沿いで発見されたものらしいが、その完全な姿から、ヨーロッパ一とも言われているらしい!なるほど、びっしりとエジプト文字の書き込まれた棺、顔、そして、ガラスのビーズの死装束が驚くべきことにほぼ完全な形で残っており、確かにこれは、トリノのエジプト博物館にもなかったかも・・・。ふだんミイラとか、怖くてあまり近寄れない私も、見事なビーズ細工にはまじまじと見入ってしまった。
こればっかりは、写真が撮れないのがほんとに残念、ネットでもあまりいい写真がないし、なので反則技かつ、これでもよくわからないのだが、絵はがきをスキャンしたものをこっそり載せておきたい。

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ほんのちょっぴりなのだが、色絵あり染め付けありの陶器のコレクション、そして、木版でプリントされたという教会の主祭壇で使う大きな垂れ幕(カーテン)もかなり興味深かった。

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入口には、Khatchkar(カチカール)と呼ばれる、先が三つ葉になった十字架。そういえば、「アルメニア 一文明の痕跡」展でも見たが、これは、キリストが刑を受けた、「死」を表す十字架ではなく、「生命の木」としての十字架、キリストの蘇生をも意味する十字架なのだそう。

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10 giugno 2013
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by fumieve | 2013-06-10 18:35 | ヴェネツィア
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