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ヴェネツィア ときどき イタリア

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コンチナ先生、安らかに・・・

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2002年5月。
あの、サンタ・ソフィア大聖堂を前に、すでに初夏の強い陽射しの下、私たちは1時間近くも彼の熱弁に耳を傾けていた。
ヴェネツィア大学で、ビザンチン美術史を教えていたエンニオ・コンチナ先生引率による1週間のイスタンブール・ツアー。すでに何度も、毎年のようにそうやって学生達を率いていた先生が自ら企画したツアーは、学生でなくても興味があれば誰でも参加OKで、友人や家族を連れてきている学生もいた。そんな、授業を受けていないみなさんにもすべて、ちゃんとわかってもらおうとそこで授業さながらの詳細な解説が行なわれたのだった。
「・・・先生・・・そろそろ中に入りましょう。時間もないし、(暑いし)。」そんなことが、そのあとも考古学博物館の前をはじめ、何度か繰り返されたのを思い出す。
それだけサーヴィス精神が豊かで、何よりも知識の豊富な方だった。

もちろん、授業からして面白かった。ビザンチン美術史といっても、もともと建築大学出身で、ヴェネツィア、そしてビザンツの建築や都市工学の専門家でもあった先生は、考古学からイコン、細密画からモザイクまで、幅も広く奥も深く、次から次へといろいろな話が出てくる人だった。美術史や文学史といったなんとなく「草食系」なイメージの研究者と違って、もっと実地調査隊長的というか、トレードマークのひげがややアラブ的で怪しげな雰囲気を醸し出し、それでいて、いたずらっ子みたいな目がいつもきらっと光っていた。


その先生のイスタンブール、いや、コスタンティノポリス・ツアーは、スケジュールもぎっしりハードで、だがとても楽しく充実した1週間だった。専門の先生の解説つき、というのもあるが、現地に何度も足を運ぶ専門家の引率だからこそ、一般には解放されていない遺跡地区や教会なども見学させていただいた。貴重な、忘れ難い旅だった。

当時まだヴェネツィア大学の1年生で、イタリア語も大学生活も四苦八苦だった私が、ビザンチン美術に強く惹かれるようになったのは、もちろん彼の存在なしには考えられない。

ここ数カ月の、トルコのニュースを見ながら、先生はどうご覧になっているのかと、ふと考えることがあった。もう一度、イスタンブールに行きたいと思いつつ、なかなか果たせずにいるのもまた、もどかしかった。

いつもエネルギーに満ちあふれていた熱血先生、エンニオ・コンチナ氏が69歳で亡くなった。数年前から、大学でお名前をお見かけしないのは、単純に定年で退官されたのだろうとばかり思い込んでいたので、闘病生活を送られていたのを知らずにいた。

7月4日、サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会のロザリオ礼拝堂でお葬式が行なわれた。すでに夏休み期間に入っていること、あまり通知がなかったこともあるが、大学の関係者や(元)学生も少なくて、ちょっとさびしかった。

早めに天に召されたコンチナ先生は今頃、東西いろいろな天使に囲まれているのではないか、と思う。

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4 luglio 2013
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by fumieve | 2013-07-04 23:39
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