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ヴェネツィア ときどき イタリア

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今日という日に

1963年10月9日、50年前のこの日、イタリア北東部ヴァイヨント川(Vajont)に建設されたダムが、大雨による周囲の地滑りを引き起こし、地域住民ら2000人以上が犠牲となった。
(詳細は、日本語でも出ているのでこちらをどうぞ
http://ja.wikipedia.org/wiki/バイオントダム

私がこの事故のことを知ったのは、イタリアにきて比較的間もないころに見た映画で。まだ、言葉がよくわからなかった頃だったが、少なくともヴェネト州〜フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州の現場に近いエリアでは、ずっと語り続けられてきた悲劇であり、これは絶対に見ないといけない、というので友人に連れられて見に行ったのだった。

工学的なことは全くわからないけれども、素人が見ると、いや、素人が見てもいかにも、こんなところにダムを?と目を疑ってしまうような、急峻に作られたコンクリートの塊。専門家やジャーナリストが繰り返しその危険性を指摘してきたが、 戦後の急速な近代化をめざすイケイケな国策の中で、その警鐘は無視される。
そしてこの晩。巨大な濁流が、ダムのすぐ下にあたるロンガローネをはじめとする村々を襲い、壊滅的な被害をもたらしたのだった。

何度か、その近くを車で通ったことがある。
ダムはそれっきり廃棄されたが、それ自体は大きな被害を受けなかったコンクリートの塊が今でも残っており、悲劇を思わずにはいられない。

50周年の記念式典に向け、ナポリターノ大統領はメッセージを寄せた。これは決して、不可避な事故ではなく、人の過ちによるものだった、と。
また、現地を訪れたグラッソ上院議長は、はっきりと国の責任について言及した。

ナポリターノ大統領が式典を欠席したのは、ランペドゥーサに出向いていたため。
数日前からイタリアでは、アフリカからの難民を乗せた船がシチリアのランペドゥーサ島沖で難破した事故が大きな問題になっている。500人以上が乗っていた船で、無事に上陸できたのは150名ほど。すでに300人を越える遺体が見つかっている。
これまでも何度も、密航船がイタリアの国境近くで難破してはたくさんの犠牲者が出ていたし、今まではどちらかというと、そうして次々にたどりつく難民たちを収容しきれないことが問題になっていた。はっきり言えば、人道的な見地よりも、住民や、ひいてはイタリアという国にとって迷惑な存在という扱いだった。ところが今回は、何が変わったのだろう、イタリアの政治家や公の団体が一斉に、犠牲者を悼むコメントを出したりしている。現地ではパフォーマンスのためだけの視察はごめん、という抗議運動が出ているほど。

北アフリカの相次ぐ内戦や政治変動で、危険を承知で海を渡ってくる人々の数はますます増えている。レッタ首相は、これはイタリアだけの問題ではなく、欧州全体の問題として、緊急対策を訴えている。

ダムの事故も、政治難民も、どちらも「人」が引き起こしたもの。 50年前の犠牲者と、地中海で命を落とした人々と冥福を祈りつつ、事故は二度と繰り返さないよう、身1つで逃げてきた人々はせめて、一刻も早く安全と安心を得られるよう、 おだやかで静かなヴェネツィアの夜に、ただ願うばかり・・・。

9 ottobre 2013
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by fumieve | 2013-10-10 04:09 | ほかのイタリア
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