ブログトップ

ヴェネツィア ときどき イタリア

fumiemve.exblog.jp

「モチーフで読む美術史」と「欲望の美術史」、宮下規久朗・著

a0091348_18195780.jpg


ヴェネツィアの映画祭やビエンナーレで最優秀賞として与えられる「金獅子賞」の「獅子」が、ヴェネツィアの守護聖人、聖マルコのシンボルであることは、しばしばこのブログでも紹介しているが、獅子=ライオンはもちろんのこと、犬や猫、バラやひまわり、それどころか、パンにジャガイモだって、いわゆる美術作品の中に登場するときには、それぞれ何かを暗示していることが多い。
「絵」を見るときに、そんなヒントが隠されていることを、もちろん知らなくても十分に楽しめる美しい絵はたくさんあるけれども、それをわかっていると、もっともっと楽しめるのも事実。
「モチーフで読む美術史」では、そんな項目ごとに、それぞれ意味するところをわかりやすく解説。
たとえば、数年前に日本でも公開された、カルパッチョの「二人の貴婦人」は、あくまでも「貴婦人」であって、かつて言われていたように「娼婦」では絶対にあり得ないことが、「犬」の項を読めばすぐにわかる。
中に豊富に含まれている図版を見ながら、ふむふむ、なるほど、なるほどと読んでいくのもいいけれども、好きな絵を見ながら、これは何だろう?と辞書的に繰っていくのもいいかもしれない。
今でもイメージがあまり変わらないものもあれば、ええっと意外なものもあったりする。また、西洋と東洋で立場が逆転する「竜」のようなのもいて面白い。

人はなぜ、「美術」を求めるのか。
「欲望の美術史」では、前述の「モノ」による切り口ではなく、人の「欲」という観点から、美術を見つめ直している。
古来より美術とは、食欲や、祈願、見栄、・・・と、人のさまざまな「欲」を満たすために存在した。「欲」そのものが描かれているものもあるが、そう見えなくても、美術は芸術家の手を通した間接的な「欲」の体現であり、芸術家は、そのあらゆる要求に応えるよう努力をし、新たな提案をし、そうして美術というものが発展してきた。そこにはもちろん、芸術家側の金銭欲や名誉欲、自己満足欲も含まれている。
やがて近年になると、依頼主の欲とは別に、芸術家の「自己表現」という欲をキャンバスその他もろもろにぶつけて、それが芸術になり得るようになる。
「美術史」というと、なんだかきちんと絵の並んだ静かな美術館で、眉間にしわをよせつつ語らなければいけないような、そんな高尚なイメージが多少あるけれど、そんな一見きどった絵の裏側に、たくさんの「欲」がうごめいていることを示してくれる新しい視点の本。

前者は文庫、後者は新書と、コンパクト・サイズながら、図版がどちらも豊富で全てカラーなのも嬉しい。日本の本ってすばらしいっ!!!

27 novembre 2013
[PR]
by fumieve | 2013-11-27 18:21
<< ローマでおいしいテイクアウト(... モザイクの旅・番外編〜ラヴェン... >>