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美のひみつ、下村観山展@横浜美術館

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紀州徳川家に代々仕える能楽師の家に生まれ、幼いころから狩野派の画家らに学び、東京美術学校の第1期生として岡倉天心の教えを受けた、と経歴を見るだけで、その優雅な日本画の理由がわかる気がする。そ中でもとくに、独特な気品と穏やかな画風を培ったのは、やまと絵を深く学んだためであるという。



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まずは、びっくりしたというより、なんだかすごすぎてむしろ笑っちゃったのが、わずか11歳にしてすでにこれ、「騎虎鐘馗」。このころ、初期の作品には、狩野芳崖に与えられた、北心斎東秀の号が入っている。小津安二郎も、小学生のときから絵がうまかったんだなと思ったが、こちらはそれが突き抜けている。

美術学校を経て、天心らとともに「日本美術院」を設立。

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観山は輪郭線を用いず色のぼかしによる「朦朧体」を開発、線の細やかな伝統的な手法と合わせ幻想的かつ繊細な独自のスタイルを発展させていく。

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そして、当時の日本を代表する芸術家の例にもれず、ヨーロッパへ留学。滞在中、西洋画の研究、模写を行なっているが、とくにラファエロはお好みだったらしいのに、なるほどと納得。この優美には、ラファエロもほんのり混じっていたということらしい。
「ひわの聖母」や「小椅子の聖母」など展示されているものも、水彩で見事に、原画の美しさを写し取っている。

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日本美術院の活動は一旦停止。文展(文部省美術展覧会)の開始にともない、天心を中心に新たに形成された「国宝玉成会」で「小倉山」などを発表していく。

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やがて、またもや天心の紹介で、横浜の実業家、原三渓と知遇を得、彼の支援で横浜に移り住んで制作を続ける。
天心の一周忌に、横山大観らとともに、日本美術院を再興。弱法師などで幽玄性の高い自らの芸術の頂点を極めた。

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なお、以上本文は、とくに公式サイトの解説に拠る。
・・・日本はほんとに、すばらしい展覧会が目白押しだけど、サイトの解説もそれぞれ詳しく、わかりやすくて、ますますすばらしい!

それにしても、たとえばこの、対にして、かつ非対称に描いてバランスを取る、この絶妙な美しさといったらない。完全な対称形を完全な美の基本とする西洋の美術と、何と異なる、そしてはっきり言って、何と高度な感覚なのだろう。私は残念ながら、自ら表現する力を持たないけれど、このセンスを当然として育てられた、日本人であってよかったと心から思う。
そしてまた、絶筆が、これは仕組んだものではなくて偶然かもしれないが、屏風の大作ではなく、「筍」という小品であるところがまた、ニクい。

画像はすべて公式サイトから拝借した。

生誕140年記念 下村観山展
横浜美術館
2013年12月7日〜2014年2月11日
(展示替え、期間限定展示あり)
http://www.yaf.or.jp/yma/jiu/2013/kanzan/

10 gen 2014
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by fumieve | 2014-01-11 08:35 | 日本事情
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