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ヴェネツィア ときどき イタリア

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サルデーニャ、カリアリ近郊のノーラ遺跡

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海に囲まれた岬に、かつては大きな町であったノーラの遺跡が広がる。現在までに発掘されているだけで3ヘクタール以上。
案内にしたがって中へ入ると、その先端はさらに3つの岬からなっていることがわかる。地形に恵まれた良港だったのだろう。ただし、古くより海の浸食もあり、地形も当時と今とではずいぶん違っている。




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ノーラは、カルタゴ人がポエニで敗れ、ローマの属州となって「ローマ化」された町だったが、一部にカルタゴ人の名残りも見られる。例えば、建物の壁。丸い石が積んである間に大きな角石が入っているのが特徴的だが、これはカルタゴ人の技術で、実際「アフリカ技法(Opus africane)」と呼ばれていたらしい。カルタゴ人はその石の接着に泥を使っていたが、同じ技法を取り入れつつ、接着剤に泥でなく、お得意のセメントを使ったのがローマ人。完全にローマ化するようでいて、ちゃっかり地元の技術をいいものはどんどん取り込んでいくのが、ローマ人の強さだった。

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そのローマやポンペイなどの多くのローマ遺跡とここが異なっているのは、道路に「轍」の跡が見られないこと。どうやらここでは、馬車などの「車」を使っていなかったらしい。

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このノーラの遺跡の大きなポイントは2つ。1つは前回紹介したモザイク。そしてもう1つは劇場で、紀元後1世紀のもの。これはサルデーニャ島に残る、唯一オリジナルのローマ劇場。

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カリアリにも遺跡があるが、あちらは「闘技場」であり、「劇場」ではない。ちなみにローマのコロッセオをはじめとする「闘技場」(anfiteatro、アンフィテアトロ)は文字通り「闘技」を見せるためのもので円形や楕円形をしている。一方で「劇場」(teatro、テアトロ)は詩の朗読や演劇の上演に使われたもので、舞台とその背景を作る必要があることから、半円形が基本。前者がスタジアム、後者がホールというとわかりやすいだろうか。
このノーラの劇場は観客席900に、出演者の控え室も残る。 現在の廃墟を見て、美しい海を背景にしていたと思うのは間違い。 オープンエアでなく完全に壁と屋根もついていた。
4世紀にここ、ノーラを占拠したヴァンダル族は、この劇場を穀倉に使っていたという。

そして、ローマの都市と言えば欠かせないテルメ(公衆浴場)は全部で4カ所。ただしノーラには温泉は湧いておらず、水道でひいた水を湧かして、それを地下を通してそれぞれの湯殿に回していた。

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前回書き忘れたが、この円柱、実は柱の中が空洞になっていて、もともとは雨水をそのまま貯水槽に送る仕組みになっていたらしい。さすが、水にこだわるローマ人、貴重な水道水を無駄遣いせず、雨水も生活用水に生かしたのだろう。

お手洗いは、お茶の間方式、とでもいったらいいだろうか。個室がなく、みんな並んで楽しくおしゃべりしながら(?)用を足していた。それはともかく、ここにもちゃんと水路があって、全部水で流れるようになっていたらしい。

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この先に見えているのは、エスクラピオの聖堂。カルタゴ時代から聖所として使われていたものを、これもローマ人がそのままのっとって聖所とした。残念ながら現在は発掘作業等のため、近づけず・・・。

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また、フォロ(広場)もローマの都市の特徴だが、その下にカルタゴ人の遺跡が残っている。手前の整然とした石畳がローマ時代のもの、その向こうに丸石が敷き詰めてあるのはカルタゴ人の仕事。

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水瓶。これはもともと、こうして土に埋めてあったものらしい。

これだけの都市でありながらノーラは、8世紀には完全に打ち捨てられてしまった。

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ひょうたん島のようなさきっちょにあるお城は、時代がぐっと下がり、15世紀スペイン人によるもの。現在は灯台として使われている。

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・・・実は、前回のモザイクも今回の全体紹介も、内容はほとんど全てガイドさんの受け売り。そういえば、イタリアの歴史というと、シチリアについては絶対に欠かさずに出てくるので、サルデーニャがどういう歴史をたどって今に至るのかほとんど知らない・・・。
ノーラの遺跡は一般公開されており、普通にチケットを買えば入れるのだが、基本的にはガイドさんの案内についての見学のみ。時間に限りがあったり確実に見たい場合はあらかじめ確認したほうがよさそう。クルーズ船の季節は、クルーズ客のグループも多いらしい。

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Pula, area di Nora
Sardegna
http://www.sardegnacultura.it/j/v/253?s=19469&v=2&c=2489&c1=2123&t=1

31 gennaio 2014
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by fumieve | 2014-01-31 16:36 | ほかのイタリア
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