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ポルディ・ペッツォーリ美術館のボッティチェッリ

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1つは、あま〜く優雅な、淡い優しいトーンの、いかにもボッティチェッリな聖母子像。もう1つは、原色同士の対比も激しく、表情もポーズもドラマチックな、キリスト降架。
ミラノの邸宅美術館、ポルディ・ペッツォーリ(Museo di Poldi Pezzoli)の黄金の間(Salone dorato)に、間1つはさんで、対になってかかっている2枚のボッティチェッリ、とくに後者は、ルネサンス時代の傑作が並ぶこの部屋の中で、ひときわ目をひく。



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テーマそのものの違いはもちろんある、そして前者は1480-81年と画家の若い頃の作品、後者は1495-1500年と制作年代も違う。

だがそれにしてもなぜ、1人の画家のスタイルが15年ほどの間にここまで変わったのか。

それまではわかっていたつもりでいて、まったくわかっていなかったのだが、辻邦生さんの「春の戴冠」を読んだときに、ああ、なるほど、と思った。サンドロ(ボッティチェッリ)の青年時代から最期までを、友人で哲学者という架空の人物の目を通して語るこの小説は、陳腐な言い方になるが、激動の時代を生きた一人の画家の機微が、丁寧に描かれている。

美しいものが好きで、美しい女性が大好きで、一方で真実の追求に心を尽くした彼だからこそ、繁栄するフィレンツェの町の花の「影」をいち早く感じ、サヴォナローラという狂信的な修道士の言葉にだれよりも動揺、やがて傾倒し、絵筆がとれなくなるところまで、追い詰められた。

・・・もちろんこれはあくまでも小説だから、すべてが事実とは限らない。だが、きっとそうなのであろうと思わせる説得力がある。

そうしてボッティチェッリは、我が子が、敬愛する師が磔の刑で命を失ったという極限の悲しみを、独特の繊細な筆致と構図としてのバランスを保ちつつ、劇的で力強い表現で描いた。

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そしてどちらの作品も、細かいところまでほんとうに美しい。フランドルの影響で写真のような写実性がはやった時代、聖母のマントなども当時の豪華な錦織やビロードなど、どっしりと模様の入った生地を描いた画家も多いが、彼の場合は、生地はたいてい無地であっさりと、そして縁取りのレースなどのみを描いているのが特徴。

「降架」のほうは、青、赤、黄がそれぞれ強く主張している中で、よく見ると死せるキリストの周りのみ、非常に繊細なほどこしがなされていることがわかる。体全体を支えているのは、白地にブルーの横縞と、金糸で細かい模様の入った極薄の織物。腰布も、これは青地に金糸の模様。いずれも刺繍というよりは織り模様に見える。
そしてその、いかにも上等で高価な織物のために、キリストの体が、高貴にそして神々しい存在として強調されている。

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ボッティチェッリの「布」といえば、同美術館には、彼がデザインした「聖職服のフード(Cappuccio di piviale)」もある。

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リネン地に絹と金糸で刺繍をしたものだが、全体を占める「ひざまずく聖母に冠をさずけるキリスト」の部分と、その下の紋章の部分は、もともと別に作られたらしい。紋章はポルトガル王子ジョヴァンニ2世のもので、フィレンツェのサン・ミニアート・アル・モンテ教会の聖具類を寄贈した際に含まれていた可能性もある。

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当時の画家は、こういう装飾品や、生地そのもののデザインなども手がけていた、そのいい例となっている。

(写真はすべて、許可を得て撮影しています。・・・といっても、ごくふつうのコンパクト・カメラですが)

ポルディ・ペッツォーリ美術館、ミラノ
http://www.museopoldipezzoli.it/

19 feb 2014
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by fumieve | 2014-02-20 01:16 | ほかのイタリア
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