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ヴェネツィア ときどき イタリア

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似て非なる「ポントルモとフィオレンティーノ」展、フィレンツェ

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ポントルモ(Pontormo、Jacopo Carucci)とロッソ・フィオレンティーノ(Rosso Fiorentino, Giovan Battista di Jacopo)。
イタリア16世紀の、いわゆる「マニエリスム」とよばれる様式を代表する2人の画家は、1494年に、一方はフィレンツェ近郊、もう一方はフィレンツェで生まれ、17歳のときにともにアンドレア・デル・サルトの工房で弟子として修業していた。
いわゆるメジャー・デビューもほぼ同時、それも、フィレンツェのサンティッシマ・アンヌンツィアータ教会の回廊という同じ場所で。
師匠デル・サルトと3人の作品を並べた第一室の展示は、いきなり圧巻。



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まるで双子のように画家人生をスタートさせた2人はしかし、ずいぶんと違う道のりを歩むこととなった。
一度は追い出されたフィレンツェへ、悲願の帰還を果たし再興したメディチ家のお抱え画家として、その一生をメディチの宮廷で過ごしたポントルモ。

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一方、ロッソは、失脚したもののフィレンツェの根底にしっかりとその痕跡を残した修道士サヴォナローラの教えの影響を強く受けていた。より精神的なものを求めた彼にフィレンツェは居心地がいいとは言えない。仕事を外に求めていたロッソは1527年、滞在先のローマで「ローマの掠奪」に遭い逃亡、アレッツォ、サンセポルクロ、チッタ・ディ・カステッロ、そしてヴェネツィアへと転々としたのちにフランスのフォンテーヌブロウの宮廷へ招かれるが、そこで命を落とす。

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その違いは、やはり作風に大きく影響しているように見える。
10等身以上に長く引き延ばされた体、必要以上にねじれたポーズや歪み、赤と緑など補色をぶつけ合うドラマチックな色使い。巨匠のマニエラ(技法)を模倣し、真似していくことをよしとした時代、マニエリスムと呼ばれるこの時代の特徴を、どちらもよく示しているものの、どちらかというとおおらかで優雅なポントルモと、おどろおどろしさや不安が強調されたようなロッソ。

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楕円や三角形などのラインを描いたポントルモの構図は、常に一定の、バランスのとれた中にいるのに対し、ロッソの絵では構図や遠近法よりも、一列に並べられた人々の表情やジェスチャーが優先されているかのよう。
ところが、同じ時代やテーマで、作品が並行して置かれた展示では、全然違うはずの2人の絵が、しばしば近づいたかと思うと、ときに交差したりする。

これまであまり、きちんと観てきたとはとてもいえない2人の画家を、ようやく多少なりとも理解したと思いきやまた煙にまかれたような、そんな気分。

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それでも当分の間、この2人がかなり気になる画家になることは疑いない。

(アンヌンツィアータのフレスコ作品画像写真は http://www.repubblica.it/ 、会場内写真は、 http://www.artribune.com/2 から拝借)

ポントルモとロッソ・フィオレンティーノ
「様式」の異なる道
フレンツェ、パラッツォ・ストロッツィ
7月20日まで

Pontormo e Rosso Fiorentino
Divergenti vie della “Maniera”
Firenze, Palazzo Strozzi
8 mar - 20 luglio 2014
www.palazzostrozzi.org

9 aprile 2014
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by fumieve | 2014-04-10 00:41 | 見る・観る
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