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ヴェネツィア ときどき イタリア

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「フリダ・カーロ」展、ローマ

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オープニングは伴侶であるディエゴ・リベラの「サボテンのある風景」(1931年)から。その題材からしていかにもメキシコな、当時を代表する作品なのだろうが、先に言ってしまうと、この展覧会の中にもいくつもの彼の作品が登場するのだが、フリダの師であり夫でもあったリベラの作品は正直のところ、フリダのそれに比べるとすっかりかすんでしまう。いや、当時は新しかったのだろうし、フリダにとっても目標であったのだろうけど。



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まず、「テハウナ風の自画像」にいきなり衝撃を受ける。
金地に円輪で浮かびあがる肖像は、まるで宗教画のようであり、ヒビの感じからガウディのようでもある。ところがよく見ると、額に男の顔が。エリマキトカゲのように顔をとりまくレースは土地の女性たちの、日曜日の晴れ着らしい。額に浮かぶのはもちろん、ディエゴその人。曼荼羅のようなマンガのような、キッチュなような、聖なるイコンのような。なんとも不思議な絵。でもとにかくいきなり、ぐっと引きつけられる。

それにしても、きれいな人だ、と思う。
そして、シューレアリズムな絵も、静物画も、素描もたくさんあるのだけど、圧倒的に肖像画がいいし、それも自画像がさらにいい。

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1904年メキシコ生まれ。メキシコの現代絵画界を代表する、それも、ハンガリー系ユダヤ人を父に持ちエキゾチックな美しさを放つフリダは、画家として成功すると、20世紀の新しい女性像のシンボルとして大いにもてはやされたのだろう。被写体としての写真や映像、それも女優かモデルばりの美しい姿がたくさん、記録されている。
そんなファッション・グラビアのような写真と比較してもやはり、自分の、「自画像」のほうが全く際立っている。カメラによって写し出された姿よりも、美化しているわけでは決してない。見ればすぐに「ああ、フリダ」とわかるくらい「そっくり」だし、むしろ眉どころか鼻の下のヒゲまでが黒々と描き込まれていたりして、すべてが濃く、強調されている。
だが、顔そのものといい、絵全体が匂い立つような構図といい、すべてが完璧で、有無を言わさぬ力がある。「美」が光彩を放っている。
額縁、つまり、服装や背景、小物はいろいろ変化する。クリムト風であったり、ゴーギャン風であったり、16世紀ヴェネツィア風であったり、あるいは絵本のイラストのようであったり。
そしてどの絵も、ぱっと見の大胆さからは想像もつかないほど、1つ1つの筆のタッチは、驚くほど繊細で計算され尽くしている。

17歳で遭った交通事故の後遺症を引きずり、夫ディエゴとの愛憎問題、と決して平坦な一生を送ったとはいえないフリダは、1954年、わずか47歳でこの世を去った。

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没後60周年の企画展は、そんなフリダの強い視線と魅力にあふれている。

(画像はすべて、公式サイトから拝借)

フリダ・カーロ
ローマ、スクデリーエ・デル・クイリナーレ
8月31日まで

Frida Kahlo
Scuderie del Quirinale, Roma
20 mar - 31 ago 2014
www.scuderiequirinale.it

26 apr 2014
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by fumieve | 2014-04-27 05:01 | 見る・観る
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