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ヴェネツィア ときどき イタリア

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「セバスティアン・サルガド 創世記」展

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がつんとやられる、というのはこういうことだろうか。
写真好きの知人・友人がこぞって絶賛しているので、早く行かなくてはと思っているうちにまたもや期間ぎりぎりの滑り込みになってしまった。(もともと11日までの予定だったが、1週間延長されて18日までになっていた。ほっ)

Genesi(創世記)、旧約聖書の巻頭の、地球と人類の誕生を記した部分にあたる。



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会場に入って最初は、アマゾンの密林の中で暮らす、ゾ(Zo)族の写真たち。原始的、と言っていいのだろうか、森の中で狩りをして生きている彼らは男性も女性も、完全にまったくの全裸。下唇から下に向かって長く延びる、poturuと呼ばれる棒状の装身具をのぞいては。(今よくよく思い返してみると、靴というか、わらじのようなものは履いていたかもしれない。だが、ここでいいたいのは特に、男性も女性もつまり、すっぽんぽん、ということ)

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最初は、写真の美しさというよりも、その題材に驚く。いや、もちろんそれも含めて「写真」なのだが。そしてその彼らの体の美しさにほれぼれとし、同時に、これらの写真が、いずれもここ10年の間に撮影されたものだということにまた驚く。さらに、その裸族が狩っているのは猿だと説明を読んで、なんとも言えぬ心のざわめきを覚える。
ふと身を引くと、隣にあるのは、アマゾンの雄大な、雄大すぎる風景。彼らの生活は、この森の中のほんの一角でそっと営まれている。

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アマゾンの森や、沼地に生きる動物たち。自然の造型の奇跡。群れ、匿り、走り、自ら生きるために獲物を捉える。ああ、そうか、あの種族の人々も、この大きな自然の中の一部ということか。

同じように森に生きる民族でも、インドネシアのヤリ(Yali)族の姿は、またずいぶん異なる。腰布を巻き、男性はケースをつけ、興味深いのは女性たちが皆、葦を編んだ大きなバッグを頭にひっかけていること。

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2階(1° piano)では、主役は人から動物へと移行する。
ガラパゴス。南半球。「神が造りたもうた地球」ということばが脳裏に浮かぶ。なるほど、創世記か。広く美しく、神秘的な大地。

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並ぶ、群れる、歩く、休むペンギンたち。くじら。コウモリ。大亀。たくさんの命を育む大地。

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3階(2° piano)は北の大地、そしてアフリカ。

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シベリアからアラスカ、カナダの、氷上に暮らす人々や、険しい山脈から一転して砂漠の、カラフルな装束に身を包む少数民族たちまで。共通しているのは、まずそこにある大自然とその中に生きる動物たち。そして人。

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文字通り、地球上を一周しての撮影。全部でおよそ、10年かかっているとはいえ、いや、わずか10年でこれだけの写真を撮る、そのエネルギーはいったいどんなことになっているのか、想像すらできない。

そう、まずは1つ1つのテーマにがつんとやられ、写真としての美しさにさらにがつんとやられる。どれ1つとっても、これは決して絵画であってはならないし、といって映像でもない。目の前にあるものを、一瞬を切り取るという行為によってのみ表現される、写真という媒体の魅力、に、いや、頭をがつんとというよりももっと、言ってみればはらわたをごっそりとえぐられるような、そんな衝撃を受けた。

ともかく、すごい。

写真の写真はヤボとわかっていつつも、会場の雰囲気だけでも・・・。

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Sebastiãn Salgado GENESI
Tre Oci, Venezia
1 feb 2014 - 18 mag 2014
http://www.treoci.org/index.php/2013-02-05-10-08-35/archivio-mostre/item/53-sebastiao-salgado-genesi

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14 maggio 2014
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by fumieve | 2014-05-15 05:40 | 見る・観る
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