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「ことばの家」、今シーズン最後のテーマは「虚栄」

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毎回、声をかけてもらっていながら、なかなか参加できずにいた「ことばの家」
2013-14シーズンに入ってから、一度は参加したけれど、そのあとは、すっかりごぶさたしてしまっていた。
朗読に参加するには、イタリア語と日本語(オリジナル言語)の双方がないといけないのだが、このテーマにはぜひこれを!と思うとイタリア語訳がなかったり、逆に友人がイタリア語でテキストを見つけて提案してくれると日本語が入手できなかったり。
実は古典の場合は、ヴェネツィア大学の日本語科の図書館や、ネットで結構みつかるのだが、現代もの、というか最近翻訳されているもののほうがかえって、日本語原書をここで入手するのが難しい。



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今日6月10日、今シーズン最終回のテーマは「虚栄」。友人が選んできたのは次の2首だった。

Io colore dei fiori
è già svanito
ed io invecchio
persa in pensieri vuoti
mentre la pioggia cade senza fine.

花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせし間に 小野小町(「古今和歌集」)

Questa primavera finirà.
Niente dura per sempre.
Il fato controllo le nostre vite.
Accarezza i miei seni
con le tue mani forti.

春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ 与謝野晶子(「みだれ髪」)

イタリア語訳、小野小町のほうは、直訳すぎて情緒がないな、と思うし、与謝野晶子のほうはほとんど意味が違っていると思う。・・・というか、それどころか実は、なぜか本では Questo autunno finirà = 秋は終わるだろう、と訳されていた。これはあきらかに誤訳だろうと思うので、今回の朗読では直してもらった。
短歌や俳句の場合、翻訳は翻訳で一応、字数や韻を合わせたりとその言語ごとのルールがあるようだし、それを優先するあまり、必ずしも訳がぴたりとくるわけではないのは、ある程度は仕方がないものなのだろうか。100のうち、たとえ5しか伝わっていなくても、日本語のわからない外国人が「いい」と評価してくれるのだから、まあとりあえずいいのか、と思ったり・・・。
あらためて日本語の繊細で微妙な表現の美しさに自己満足してしまうのは、やはり島国根性が抜けないのかもしれない。


・・・と個人的にはすっきりしないまま、打ち上げで招かれたのはまさかのお屋敷。
(またお招きいただけるよう)、来シーズンはもう少し頑張って、もっと積極的に参加できれば、と思う。

10 giugno 2014
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by fumieve | 2014-06-11 06:26 | 読む
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