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ヴェネツィア ときどき イタリア

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モザイクの旅・番外編〜プーラ、ローマ人の家

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クロアチア、イストリア半島のほぼ最南端にあたるプーラ(Pula)は、同じく沿岸のポレチュやロヴィニと並んで、長くヴェネツィア共和国の支配下にあったが、見るからにその名残りのあるロヴィニと違って、ローマ時代の遺跡が町のそここここに残る。

そしてローマ遺跡といえば・・・!
完全にノーチェックだったのが、やはりここにも、すばらしい床モザイクがあった。
アウグストゥス神殿とセルジ門の中間あたり、海側にちょっと入ったところに目立たない看板がある。



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現在の床面より2mほど低い位置、建物のすきまでひっそりと、鉄柵越しに上から覗けるようになっている。ローマ時代、おそらく紀元後3世紀の住居跡で、第二次大戦時の爆撃により発見された。今、見えているのは12x6m、周囲にも一連の装飾があったはずだが、ほかの建物などが建っており、発掘調査ができない。

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向かって右半分は、規則正しい幾何学模様。

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左側中央の絵は、「ディルケの罰」。
「アンティオペーの双子の子、ゼートスとアムピーオーンが、リュコスとその妻ディルケーに虐待された母の復讐をするために、ディルケーを狂った牛に縛り付ける場面」、とこれだけ書いても、何がなんだか今一つわかりづらいが、簡単に言うとおそらく、ヴィーナスなどと同様、美人裸体像を描く口実の場面の1つだろう。

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すぐ近く、広い道路沿いに6世紀のサンタ・マリア・フォルモーザ礼拝堂がある。
ベネディクト派修道院の一部だったが、修道院は16世紀に廃止された。
ヴェネツィアの同名の教会と、何らかの関係があるのかと思ったが、特別そういうことはなさそう。あるいは(聖母と別の)マリアという名の聖女を奉ったものかと思ったが、ヴェネツィアともども、そういうわけでもなく、「ふくよかなる」聖母マリアという意味で使っているらしい。
十字型の典型的な初期ビザンチン建築、ぜひとも中も見てみたいところだが、見学は不可。床、壁ともモザイクで装飾されていたが、これは現在、考古学博物館で保存・展示されている。

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その考古学博物館は現在、改装工事のため閉館。
・・・開いた頃に、また行かなくては!!!

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Mozaik Kaznjavanja Dirke

Sv. Marija Formoza

12 lug 2014
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by fumieve | 2014-07-13 01:08 | モザイクの旅
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