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ヴェネツィア ときどき イタリア

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ディミトラ・テオドッシウ~マリア・カラスに捧ぐ

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ヴェネツィア、フェニーチェ劇場

Dimitra Theodossiou
Omagio alla “Divina”
Teatro La Fenice, Venezia

世の中には、類まれな能力を持って生れてくる人がいる、とあらためて実感した。

30年前のこの日、パリで54歳の生涯を閉じたソプラノ、マリア・カラス。ヴェネツィアでは彼女に捧げたコンサートが開かれた。
歌い手はディミトラ・テオドッシウ。ヴェネツィアでは今年の新年コンサート以来の公演である。
私はもちろん、生で聴くのは初めて。実は、この週末は予定がはっきりせず、はなからあきらめていたのだが、暇になったところに、昨日たまたま話をした友人が行くと聞いて思い出した次第。当日になって、しかもお昼を回ってからボックス・オフィスへ行くと、残席2つ、40ユーロか、10ユーロという。どちらも、「視界に難あり」(もっともフェニーチェの場合、構造上かなり多くの席がこうなる)。迷わず10ユーロの券を購入した。

劇場に向かう徒歩10分ほどのところ、友人からにわかに情報を仕込む。なるほど、記念行事に招聘されるだけあって、同郷、マリア・カラスの後継者とも言われているとか。
心なしか、今晩は観客のおしゃれ度が高い。男性率が高い(つまりカップル率が高い)上に、女性のドレスやアクセサリーがかなり華やか。

マリア・カラスが初めてここフェニーチェで歌ったのが、1947年12月30日。したがって、ヴェネツィアにとっては、今年は初公演から数えて60周年でもある。
その記念すべきカラス初演の演目であった「トリスタンとイゾルテ」から、プログラムになかったものを追加して始まった。
ところが・・・このトリスタンと、次のワルキューレがひどい。オーケストラが、今日は主役でないにしてもこんなでいいのか・・・。今晩のコンサートの序曲であるはずが、ともかく不安をかきたてるばかり。誇り高きソプラノが怒って帰っちゃったりしないんだろうか・・・。
ところが、そんな心配はすべて杞憂。黒の、今年らしく肩の大きく開いたドレスで登場したディミトラ・テオドッシウは、穏やかなほほえみで観客に挨拶をしたあと、ものすごい集中力で一瞬のうちに場の空気をもくっと緊張させ、いきなり「恋はバラ色の翼に乗って」(ヴェルディ、「トロヴァトーレ」より)に入っていった。

そしてその声の、ほんとうになんと美しいこと。

10ユーロの「難あり」の席、だが、つまりオーケストラ(舞台)のほぼ真上。立っていれば、真横から見下ろす格好になって、かえって近くからよく見える。心配した「声」もまったく問題なく、それこそピアニッシモな声まで一言一言きちんと聴かせるのはさすが。
やわらかな高音、深い低音。大小、強弱、緩急とめりはりがしっかり効いていながら、それがあくまでも自然。いや、自然なのだが、その音のあまりの純度の高さは、とても人間の声とは思えない。
ソプラノとはこういうものか・・・と思った。
そうして、1曲歌い終わる度に、盛大な拍手に応えて、劇場内をゆっくりぐるりと見渡すのだが、それが、あたかも1人1人にしっかりと目を合わせるかのよう。キラキラとした瞳に見つめられているようで、ドキドキしてしまった。

2曲歌っては一旦休み、着替えて出てくる、といった進行。ちなみに2着めは、水色のシフォンでビーズを散らしたシンプルな形のドレス。3着めは、白地にパステルカラーのビーズで模様の入ったドレスの上に大きなピンク色のタフタのショールをまとって。実はおそらくこれが、少々太めな体型をうまくカバーしていた。

休憩をはさんで、いよいよ、ベッリーニの「ノルマ」。スパンコールを散らした真白なドレスで登場したディミトラは、亡きカラスの十八番であったこの演目、安定した見事なコロラトゥーラで観客を魅了した。
演奏会形式だから、基本的には演技はなしなのだが、ジェスチャーや表情も曲により全然違う。ケルビーニの「メディア」では濃紺のおどろおどろしいドレスに身を包み、嫉妬に狂い復讐を誓う恐ろしい女に変身。
最後は、赤に黒を重ねた、やはりシンプルなドレスであらわれ、激しい愛を貫くトスカの「歌に生き、愛に生き」。激情にかられながらも決してくずれない、あくまでも正確でありながら情緒たっぷりの、すばらしいトスカを聴かせてくれた。

驚いたのは、観客席最上段から、赤、ピンク、白の生のバラの枝が、バラバラにたくさん投げ込まれたこと。本人は、びっくりしながらも舞台上に散った枝を自ら拾い集めたりしていたが、上から突然そんなものが降ってきた、弦楽器奏者たちは気が気でなかっただろう。アンコールでもう一度歌ったトスカは、そのバラを腕にかかえての歌となった。

彼女にとってもおそらく、満足のいく公演だったのだろうと思う。盛大な拍手とアンコール、何度も何度も舞台の上で挨拶する姿にはすでに大物の貫録がありながら、本当にうれしそうな、かわいらしい笑顔を振りまいていた。
また気になる人が増えてしまった。願わくば、これ以上膨らまないでほしい・・・。

R. Wagner, Tristano e Isotta
R. Wagner, La Walkiria, Cavalcata delle Walkirie
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G. Donizetti, Roberto Devereux, E sarà.. Vivi ingrato
G. Verdi, La Traviata, Preludio
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G. Puccini, La Bohème, Donde lieta uscì
W.A. Mozart, Andante per flauto e orchestra K315
G. Donizetti, Anna Bolena, Al dolce guidami

V. Bellini, Norma, Sinfonia
V. Bellini, Norma, Casta Diva
J.S. Bach, Suite in Si min. BMV 1067
L. Cherubini, Medea, E che io son Medea
G. Puccini, Tosca, E lucean le stele
G. Puccini, Tosca, Vissi d’arte

16 settembre 2007
by fumieve | 2007-09-17 09:03 | 聞く・聴く
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