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ヴェネツィア ときどき イタリア

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記憶と伝統と

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1月27日は、欧州ではアウシュビッツ解放記念日として知られる。イタリアでは「記憶の日(giornata della memoria)」と呼ばれ、休日でこそないが、国として、個人として犯した罪を忘れぬよう、そして二度と同じ過ちを犯さぬよう、毎年、国から地方自治体までいろいろなレベルで記念の行事が行われる。

一方、クリスマスに次ぐカトリックの重要な祭日、復活祭に伴って年により日付の移動する、カーニバル(謝肉祭)。今年は、2月5日がその最終日、マルテディ・グラッソ(脂の火曜日)にあたり、だいたいその前の10日ほどをカーニバル期間としているところが多いから、各地でこの週末にその開幕となった。

数日前に、ドイツのミュンヘンでは、この日にお祭り騒ぎをすることについて、ユダヤ人団体から抗議があったというニュースを読んで、
http://www.47news.jp/CN/200801/CN2008012401000190.html
カルネヴァーレが重要な観光資源であるヴェネツィアはどうするのだろう?と思っていたのだが、このニュース、イタリア内でも「ドイツでは・・・」という風に報道されていたから、イタリアでは特別に問題にならなかったようだ。

ヴェネツィアも、(当然)共存の道を選んだ。

今日、27日(日)午前11時、市内ゴルドーニ劇場(Teatro Goldoni)にて、「記憶の日」公式記念式典。ヴェネツィアのユダヤ人コミュニティ代表、県知事、市長の挨拶のあと、ミニ・コンサートが行われた。これがたいへんおもしろかったので、プログラムを書きうつしておく。
「用意されたピアノ(pianoforte preparato)」のためのミニ・コンサート
Anthony Coleman、Mordechai Gebirtigを弾く
programma
Mayn Yovl
Mamenyu An Eytse
Avreml Der Marvikher
S’brent
Oy Briderl, L’chaim

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プログラムによると、Anthony ColemanはN.Y. ダウンタウンのピアニストで、スペイン系ユダヤ人のフォークから、ドミニカ共和国のダンス音楽、サルサ、アフロアメリカン、タンゴにマンボ、バルカン音楽、現代ジャズに即興・・・と世界のあらゆる音楽をクロスオーバーして聴かせることで知られる、らしい。
Mordechai Gebirtigは、ポーランド、クラコフの家具修復職人ながら独学で作詞・作曲を行い、アイディアを書きつけた紙を友人に渡していた、という。1942年、クラコフのゲットー内でドイツ兵に射殺された。
2005年に、クラコフのユダヤ文化フェスティバルでAnthony Colemanが演奏した、これらの曲は、Shmutsige MangnatenというCDになっている。

アンコールも2曲たっぷり楽しみ、さて、ではカーニバルの方はどんな具合かと、サン・マルコ広場に移動する。もちろん、人・人・人・人・人・・・。
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毎年、カーニバル最初の日曜日恒例、「天使の飛来」は正午を予定されていたため、どうやら終わってしまったらしい。一方、仮装行列が続々と広場に到着しているのだが、近寄れないために全く見えない。かろうじて、ドージェ(Doge, ヴェネツィア総督)だけ、傘ですぐにそれとわかり、ようやく写真に収めた。
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お天気に恵まれたためか、今日は豪華な衣装の人も多い。ここ数年、そんな人たちをカメラに収めようとする普通の格好の観光客ばかりが増えて(私もその1人だが)なんだか味気なくなっていたのだが、今日は上々。
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重いのであろう衣装をひきずって、少々物憂げに歩き、カメラのリクエストに答えてポーズをとる。観光客も多いのだが、ヴェネツィア人はなんとはなしに貫録でそれとわかる。
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今日は圧倒的に本格衣装の人が多かったが、中には、「ゴッホ」さんなども。
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韓国の方と思われる、美しい東洋人のカップルも。
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今日はゲットーでは何が起こっているのだろうか、と夕方行ってみたが、カーニバル帰りの人々が通りすぎるくらいで、何もない、静かなふつうの日曜日の午後のようだった。
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リアルト橋のたもと(サン・マルコ側)では、「記憶の日」の一環で、「煙と叫びの国へ向かって(verso il paese dei fumi e delle urla)」というタイトルのビデオ・インスタレーションを実施していた。Andrea Morucchioの作品で、ユダヤ人がその胸につけされられた、星、または三角のしるしを、写真にして集めたもの。
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ゲットーの発祥もその語源もヴェネツィアと言われているが、ユダヤ人に黄色い目印をつけさせたのもまたヴェネツィアがたしか最初だったはず。言論にも宗教にも、民族にも寛容だったヴェネツィア共和国では、一方で厳しい住民監視と服装規定があったためで、必ずしもユダヤ人だけを差別するためのものではなかったとはいえ、区別をしていたのは事実。

飲めや歌えやのカルネヴァーレ、昔からきっと、いやなことを一時でも忘れ、無礼講で楽しむためにあったのだろう。罪や過ちは消えないが、せめて、世界中から集まる、少しでも多くの人々が楽しめる場であったらいいと思う。

27 gennaio 2008
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by fumieve | 2008-01-28 04:20 | ヴェネツィア
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