ブログトップ

ヴェネツィア ときどき イタリア

fumiemve.exblog.jp

Redentore 2009

a0091348_961911.jpg


レデントーレ教会
1576年9月元老院は、もし町からペストがなくなったら、レデントーレ(注1)に教会を建てるという誓いをする。すでに住民の4分の1がペストにより命を奪われていた。その後、厳しい冬のあいだペスト患者は激減した。翌年2月、教会と場所と建築家が選ばれた。緑あふれるジュデッカ島の北は、サン・マルコ置きのどの岸からもよく見えた。また選ばれた建築家のアンドレア・パラーディオはすでに、サン・ジョルジョ教会で彼のパノラマ的スタイルを実証済みであった。工事は1577年7月に始まり、1592年に終了した。・・・

a0091348_8592965.jpg


レデントーレの祭り
1577年7月21日、教会の最初の礎石が置かれたとき、総督アルヴィーゼ・モチェニーゴと貴族たちは工事現場に来た。この儀式の参加者のために、舟をつなげて橋がつくられた。これがレデントーレの祭りの起こりである。その後毎年、総督、国家の高級官吏、聖職者、住民が行列を組み、ザッテレから運河を渡る。ヴェネツィア共和国の時代、祭りは3日続いた。土曜日には世俗的な祭り、日曜日に行列、月曜日は島で市民が浮かれ騒ぐ日だった。この祭りは毎年7月の第3日曜日にくりかえされるが、行列にかわり花火が打ち上げられる。(注2)

(旅する21世紀ブック望遠郷 5ヴェネツィアより引用)

注1 この書き方だと、もともとレデントーレという地名があったような印象を受けるが、レデントーレ(救世主、すなわちキリスト)に誓った、という意味。
注2 規模はだんぜん小さいながら、一応、行列というか、総大司教、市長が橋のテープカットを行って、そのまま橋を渡るから、ついていきたい住民はついていける(はず)。まあ、花火は「世俗的祭り」および「浮かれ騒ぐ日」をまとめた、ということだろう・・・。

a0091348_8532842.jpg


毎年、早ければ5月末、遅くとも6月中旬には本格的な夏になるヴェネツィアでは、このレデントーレのお祭りはいつも、暑い暑い真っ盛りになる。ずっと涼しめだった今年は、3日間の猛暑のあと、金曜日には嵐となってまた気温が下がって、昨日の午前中は何やら雲行きもあやしかった。夜は満点の星空で花火日和となったが、こんな涼しかった花火の日は初めて。それにしても、ヴェネツィアの花火も、もう9回目になるが、前後にどれだけお天気が崩れようとも、この日、この時間に雨が降ったり荒れたりしたことは一度もない。イタリア人的に言うと、これぞまさに神の恵み、なのだろうか。一種の特異日なのかもしれない。
でも、そのあやしげなお天気のせいだろうか、昨日、花火を見に集まったのは推定10万人で去年の12万人より少なく、また、繰り出した舟の数は、地元紙「イル・ガッゼッティーノ」によると、「数えるのは難しいが、昨年の5千艘よりは少ないからたぶん3千艘くらい」。
・・・そんなアバウトなのか・・・。
ちなみに、打ち上げられた花火は約6千発だったそう。

a0091348_857599.jpg


今日は朝から、目がくらむほどの青空。それでも、打ちのめされるほどの暑さにはほど遠い、さわやかなレガッタ日和となった。

レデントーレのお祭りの主役は、なんといってもレデントーレ教会のある、ジュデッカ島の住民たち。年に何度かあるレガッタも、だからこの日は、ジュデッカ島を回るコース。仮設の橋を渡っていくと、レース前の準備中の舟たちが見えた。

a0091348_911458.jpg


そして今日のおやつは、綿あめ!

a0091348_92557.jpg


a0091348_943499.jpg


a0091348_97169.jpg


1つ、今年の不思議な現象だったのが、ぼんぼり。
いつもの黄色いぼんぼりが、途中までしかついていなくて、あとは裸電球のままになっていたこと。

a0091348_910222.jpg


a0091348_9105267.jpg


やはり経済危機の影響なのか、それとも単に、数の調整を間違えただけなのか・・・???

a0091348_9141133.jpg


a0091348_9114929.jpg


19 luglio 2009
[PR]
by fumieve | 2009-07-20 09:15 | ヴェネツィア
<< ビエンナーレ・15~町中編10... レデントーレの花火 2009 >>