ブログトップ

ヴェネツィア ときどき イタリア

fumiemve.exblog.jp

サン・フランチェスコ・デル・デゼルト

a0091348_2431042.jpg


San Francesco del Deserto

第5回十字軍に便乗して、エジプトやパレスチナに平和のメッセージを伝えに行ったアッシジ出身の修道士フランチェスコは、伝説によると、その帰路、ヴェネツィア共和国のラグーナの中の、「2つのブドウ畑の島」(Isola di due vigne)で舟を降りている。

たくさんの鳥たちが枝に止まって歌い始めるのを見たフランチェスコは、連れの修道士に向かい、「見よ、鳥たちが、彼らの創造主のために歌っている。我々もあの中へ行って、彼らとともに主に祈りをささげよう」。
2人が入っていっても、鳥たちは逃げないばかりか、あまりにも大きな声で歌い続けるので、フランチェスコは鳥たちに向かって言った。「兄弟たちよ、我々が賛歌を終えるまで、歌うのを待っていてくれないか」。とたんに、彼らは口をつぐんですっかり静かになった。
修道士たちが祈りを終え、フランチェスコが鳥たちにOKを出すと、彼らはまた高らかに歌い始めた。(聖ボナヴェントゥーラ、Vita Maggiore cap.VIII)


a0091348_2553882.jpg


ときは1220年、もとは裕福な家庭の生まれながら、改心して修道士となったフランチェスコが、この島に、いつからいつまで滞在したのかはわかっていない。ただ、東方からの帰還ということから、おそらくほかの船乗りたちと同様に、伝染病隔離のために、一定期間、40日間など、そこに留め置かれたのだろう、とされる。

1233年、当時の島の所有者であったヤコポ・ミキエル(Jacopo Michiel)は、没後、聖人に列せられたフランチェスコをたたえ、同修道会に島を丸ごと寄贈する。
そうして生まれた修道院は、ほかの多くのヴェネツィアの教会や修道院同様、1806年にナポレオンの宗教施設撤廃策により、強制解散する羽目になる。島自体、軍事利用されるのもほかの多くの修道院と同じ。だが、運のよかったことに、ナポレオン失脚後、ヴェネツィアがオーストリアの支配下にうつった際、この島は皇帝の命により再びフランチェスコ修道会の手に戻された。

1420年から約30年間、マラリアなどの発生のため、島は打ち捨てられて無人になる。「デル・デゼルト」(del Deserto)=砂漠の、すなわち「無人の」という名は、そこからついた。

a0091348_2453147.jpg


友人夫妻が、真夏の水上ドライブに誘ってくれた。

今日の目的地は、実は別のところだったのだが、この島に近づいたところで、「サン・フランチェスコ・デル・デゼルト、行ったことある?」
名前は聞いたことがあったものの、ここには、公共交通手段、すなわち水上バスが停泊しない。見学はできないかもしれないけど、せっかくだから上陸だけしてみようか?と言って、きれいに整備された岸に舟を泊め、入口のほうへ近づいてみたところ、グループらしい人影が。案内をしていた修道士がすぐに我々に気がついて「見学ですか?」「え、できるんですか?」「ここに加わっていただけば」。

修道院には不可欠な回廊が、ここには2つ。入ってすぐのそれは、ナポレオン時代に一度解体され、その後作り直したもの。以前は(もちろん)円柱に柱頭でアーチを作っていたはず。
2つめの回廊は、15世紀ヴェネツィア式の様子をよく残しているが、こちらは残念ながら一般入場禁止で、こうして覗き見だけ。

a0091348_2465623.jpg


単廊式の、ほんとうにシンプルな教会は、その後、改築や改装を重ねているものの、基本は15世紀のもの。一部、12世紀の建物の跡、とくに基礎を残していて、足元の一部にそれが見えるようになっている。

a0091348_2481663.jpg


カトリック修道会で最大規模を誇るフランチェスコ会は、アッシジの同聖堂を始め、ヴェネツィアでもフラーリ教会やサン・フランチェスコ・イン・ヴィーニャ教会など、大きく豪華な教会が多い。が、ここは、建物の規模も比較的小さめで質素、フランチェスコ本人の本来の意思に少しでも近づけるのでは、と解説の修道士。
この教会の外壁にくっつくというのか、いれこまれた格好で、「聖フランチェスコの小礼拝堂」がある。

a0091348_249449.jpg

(教会内の写真、上2枚は自分で撮り損ねたため、同修道院サイトから拝借)

a0091348_250374.jpg


ちょっと驚くのは、Coroと呼ばれる祈祷所。17世紀の円形のそれが、せまくなりすぎたという理由で解体され、新しくCamillo Bianchiの設計により1923年に建てられている。
会派のポリシーに沿った質素で簡潔な空間は、木とコンクリートとガラスで構成されたモダン・デザインそのもの。写真には残念ながら写っていないが、正面の、同会のシンボルであるT(タウ)の文字の向こうには、外の緑が透けてみえていて、カルロ・スカルパの建物を思わせる。

a0091348_2504832.jpg


緑の土手の向こうには、ブラーノ島(Burano)が見える。

a0091348_2512377.jpg


現在も6名の修道士が暮らしている現役の修道院は、20世紀に入って手の加えられたところも多い。

a0091348_2531021.jpg


そここに花がおかれ、それがきれいに整えられた緑に囲まれ、意外にも、まるで新しい公園かちょっとした宿泊施設のよう。実際、修道生活の体験希望者なども受け入れているようなので、興味のある方はサイトを。
www.isola-sanfrancescodeldeserto.it

a0091348_2521775.jpg


21 agosto 2009
[PR]
by fumieve | 2009-08-22 17:38 | ヴェネツィア
<< この回、完結(と思いたい・・・) マトリックス・ネイチャー、ミニ... >>