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ヴェネツィア ときどき イタリア

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カテゴリ:ヴェネツィア( 314 )

記録更新、カルネヴァーレ

HP「ヴェネツィアに暮らす」、更新しました。

http://www.geocities.jp/vivereavenezia/

2月23日「記録更新、カルネヴァーレ」をご覧ください。
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by fumieve | 2007-02-23 23:58 | ヴェネツィア

カルネヴァーレ

カルネヴァーレ(幻の・・・)
Carnevale,

ヴェネツィアのできごとをいろいろ紹介しようと思ってこのブログを立ち上げたつもりだったのに、最近なにかと外に出ていることが多いのと、その反動というわけでもないけど、ヴェネツィアにいるときはつい家にこもりがち。
だから昨日から始まったカルネヴァーレ(カーニヴァル)についても、個人的には全く反応が鈍いまま。正直のところ、ただ飲んで騒いでれば楽しいというお年頃でもなく、イヴェントなどで面白そうなものがあれば行ってみようとは思うものの、なかなか都合が合いません。
そういえば、生粋のヴェネツィアっ子はともかく、イタリア人でも、よそから来てここへ住んで、数年たっている人でカルネヴァーレを100%楽しんでいる人は少ないかもしれません。雑踏、喧騒、混乱、・・・と生活にふりかかってくる被害のほうが大きくて、だんだんそんな気にならなくなってしまうのかも。

昨日、今日、とめずらしく続けて夜になって帰宅したのですが、まあ、人・人・人・・・。もちろんいつもこの時期はそうだけど、それでもここ去年、おととしあたりに比べるとずいぶん人手が多いような気がするし、仮装の人も多い。今日なんて小雨がパラついたりしていたのに、どうやら、そんなことはものともせずに人が押し寄せたよう。イベントが多いためなのか、それともその宣伝が利いたのか・・・暖冬のおかげもあると思います。カーニバルは移動祝祭なので、2月~3月の間の約10日間だけど、ふだんならこの時期、ほんっとうに寒い。私の理想は、うんっと寒い濃霧、ですけどね。それで、寒さに耐え兼ねてバールに入り、チョコラータ・カルダ・コン・パンナ(生クリーム添えホット・チョコレート)などを飲む。・・・あんまり寒くないけど、傘を手にぶらぶらさせてのカルネヴァーレ観光、せっかくこのために来てるみなさん、なんだか気の毒です。

雨も上がった夜のヴェネツィア、飲んだくれてはしゃぐ若者たち。はあー、家の近くまできたら嘘のように静かで、ほっとしました。
明日の日曜日は、お天気になるという予報だし、きっとまた一段と混むんだろうな・・・

カルネヴァーレ、20日(火)まで続きます。

10 febbraio 2007
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by fumieve | 2007-02-11 08:31 | ヴェネツィア

フェスタ・デッラ・サルーテ

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Festa della Salute

サルーテのお祭り
7月の「レデントーレ」のお祭りと並んで、ヴェネツィア市民中心の宗教行事の1つで、この日はヴェネツィア市は、公式に祝日扱いで、学校、大学、仕事もお休み。

1630年、ヴェネツィアで猛威をふるったペストの終焉を祈願して、ヴェネツィア総督と共和国政府は、聖母マリアに新たな教会を捧げることを決定。コンペの末、若き建築家ロンゲーナの案が採用され、翌31年に建設を開始。ロンゲーナの死後1687年に完成したのが、「聖マリア・デッラ・サルーテ教会」(Chiesa di Santa Maria della Salute)。
完成の数年前、1681年より毎年11月21日、「聖母マリアの奉献」の日に祝祭を行っている。この日は、聖マルコ大聖堂でミサが行われた後、大司教、総督(現在は市長)、を先頭に行列を組み、船を並べて大運河にかけられた橋を渡って、聖マリア・デッラ・サルーテへ到着。
現在は、船ではなく、「レデントーレ」同様、専用のいかだを並べて、仮の橋を設置。行列以外でも、前後数日間は、誰もが自由に参道として渡れるようになっている。この日は1日中、サルーテ教会では夜の21時まで毎時ミサが予定されていて、多くの市民が、自分の都合に合わせて参拝にでかけ、大きな蝋燭を奉献する。ふだんそう信心深い人でなくとも、とりあえず出かける、日本の初詣のようなものといえる。
教会の周りには、お供え用の蝋燭のほか、シチリアのお菓子や風船を売る屋台が並び、これも参拝後の楽しみ。

これまでの様子などは、以下参照。

のらりくらり、ヴェネツィア(2005年11月22日付け)
http://blog.goo.ne.jp/fumiem2005/d/20051122

ヴェネツィアで暮らす(2001年11月24日付け)
http://www.geocities.jp/vivereavenezia/112401.htm

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by fumieve | 2006-11-22 06:58 | ヴェネツィア

1966年11月4日

40年前のこの日、記録的な悪天候がイタリア各地を襲いました。多くの住民に被害をもたらしたばかりか、特に、市内を流れるアルノ川が氾濫し、歴史的地区でも1mから2m近い水をかぶったフィレンツェの例はよく知られている通り。ウフィッツィ美術館やサンタ・クローチェ教会をはじめ、世界的に知られる建造物、美術作品、古文書が直接、損害を受けたこと、そのときに失ったもの、いまだに修復中のものもあること。
イタリア国内でも、フィレンツェの悲劇については写真や映像がたくさん出回っているし、特に毎年この時期になると、繰り返し語られてきました。

が、この日、被害を受けたのはフィレンツェだけではありませんでした。
大雨とシロッコ(南風)により、ヴェネツィアでも2m前後の水位を記録することになったのです。ヴェネツィアにとっての悲劇は「ああ、いつものアックア・アルタでしょ」と片付けられてしまうこと。確かに、水位1mくらいは「よくあること」だし、ある程度まではそれなりの防御体制もできています。それでも、2mというのはヴェネツィアにとっても非常事態でした。インフラ設備なども損害を受けて文字通り「孤立」し、そのときに「ヴェネツィアで何がおきているか」が知られずにいた、ということもあったそうです。

その悲劇から40周年にあたる今年は、ヴェネツィアでも、写真展や関連の書籍出版、新たな科学的検証など、多くのイヴェントが企画されています。

4 novembre 2006
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by fumieve | 2006-11-05 18:07 | ヴェネツィア