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ヴェネツィア ときどき イタリア

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再び、ポントゥス・フルテン

ポンピドー・センター(パリ国立近代美術館)をはじめ、世界の数々の美術館、展覧会でキュレターとして活躍したポントゥス・フルテン氏が、先週金曜日、27日にパリで亡くなったというニュースを読みました。

ヴェネツィアのパラッツォ・グラッシで館長を務めていたこともあり、ヴェネツィアともゆかりの深かったそのフルテン氏の個人コレクションの特別展が開かれたのはこの春のこと。
(展覧会の内容については、HP参照。)
http://www.geocities.jp/vivereavenezia/pontus.hulten.htm
オープニングに顔を見せていたフルテン氏はしかし、コメントの公式発表はあったものの、ご本人が直接、言葉を発することはなかったように思います。車椅子に乗って現れたその姿から、ずいぶん年を召されているのだろうと察せられました。

ヴェネツィア時代、特に1986年に開催した「未来派展」などは、今でも語り継がれるほど。

先日のエミリオ・ヴェドヴァ氏といい、この10月は、ヴェネツィアにとって、20世紀の美術界を代表する人を続けて失ったことになりました。

記事(イタリア語)
http://www.exibart.com/notizia.asp/IDCategoria/204/IDNotizia/17710

30 ottobre 2006
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by fumieve | 2006-10-31 18:17 | 見る・観る

シーレ、クリムト、ココシュカとウィーンの友人たち

Schiele, Klimt, Kokoschka e gli amici viennesi
Rovereto, MaRT
Dal 7 ottobre - 8 gennaio 2007
http://www.mart.trento.it/visitare_mostreContext.jsp?ID_LINK=9&area=5&page=2
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シーレ、クリムト、ココシュカとウィーンの友人たち
ロヴェレート、MaRT
10月7日~2007年1月8日まで

世紀末ウィーンを代表する3者とその周辺の画家たち。ヴェネツィアのカ・ペーザロ現代美術館には実は数点の作品があるが、ふだんヴェネツィア、イタリアにいてウィーン派の作品を目にすることはめったにない。そういう意味で、いったいどういう展覧会になっているのか興味があった。
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ヴェネツィアからだと北上してだんだん山に入りながら来ることもあり、気分はすっかりオーストリア。いろいろと行き届いたイタリアらしかぬ美術館に入り、120を越える「ウィーン印」の作品に囲まれてみると、いつのまにか自分がウィーンにいるかのような錯覚を起こしたりもした。
が、ウィーン・ベルヴェデーレ美術館所蔵のものが大半で、しかもそれぞれの押しも押されぬ代表作というのはほとんど来ていないのは、特別展としては残念。「たまには趣向を変えて」この個性豊かな画家たちの作品をまとめて見るにはいい機会ではあるし、版画による絵葉書など、面白い作品もあった。が、正直のところ、少々物足りない、もっともっと他の作品が見たい、(ウィーンに行きたい!)と思ってしまう。
今回は、MaRTという美術館そのものを見るのも目的だったので満足だが、片道2時間半かけて見に来なくてもいいかもしれない。
もちろん、近くで開催されていたら喜んで見に行くのだが・・・。

29 ottobre 2006
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by fumieve | 2006-10-30 09:22 | 見る・観る

MaRT(ロヴェレート近代・現代美術館)

MaRT Rovereto
Rovereto, Museo di Arte Moderna e Contemporanea di Trento e Rovereto

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MaRT Rovereto
ロヴェレート、トレント&ロヴェレート近代・現代美術館

イタリアで博物館学を勉強すると、必ず欠かせないのがこのMaRT Rovereto(マルト・ロヴェレート)。理由はいくつかあって、まず、まったく新しく現代美術館として設計・建築されたこと。これは、既存の、中世から20世紀まで、ともかく元々は別の用途として建てられた建物を美術館に転用しているのがほとんどのイタリアにおいては貴重な例で、この規模ではおそらく唯一。その設計が、建築家マリオ・ボッタ氏によること。
それから、子供から大人まで、幅広い層を対象としたさまざまなアート啓蒙活動。そして、主要な観光地に近くないという立地条件にも関わらず、年間の入場者数がイタリア内で片手に入るくらいに達していること。
1度は行ってみなければ、と思いつつなかなか機会がなかったが、ようやく行ってみることができた。

まずは立地。新しい建物ということは、町の中心地からうんと離れた不便なところにあるのかと思いきや、小さな町とはいえ、その町の中心に、歴史的建物に囲まれたところにあり、駅からも歩いて10分程度。
ヴェローナの西に横たわるガルダ湖の、北端からもう少し入ったところで、山岳地帯とまではいかないものの、町自体もゆったりと山に囲まれている。ヴェネツィアの湿気と塩気の混じった空気に慣れた身には、山の空気がすがすがしい。

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MaRT.Roveretoというと必ず見せられる写真の、ガラスの丸屋根は、建物内なのかとばかり思っていたら、エントランス前が大きな広場になっていて、そこにかかっているものだった。建物内は明るくてすっきりしているものの、案外コンパクトで、常設、特別展とも、まずまず、広すぎず、狭すぎずといったところ。今回は同時にいくつもの特別展をやっているが、これは場合によっては全部を使って大きな展覧会をすることも可能だろう。
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真中が吹き抜けになっていて、それぞれの階の様子が見えるのは、NYのグッゲンハイム(行ったことないが)を思わせる。階段の両側に展示スペースが広がっていて、特に順路が定められていないので、それぞれが好きな階、好きなところから回れるところは自由でいいが、きちんとしたのが好きな日本人にはかえって混乱を招くかも?
お手洗いの個室数が多いこと、ショップもグッズ、書籍とも充実しているのも◎(ただし、特別展の絵葉書は少なかった)。全館、ベビーカー可。
1度入場した後、外へ出て再入場も自由なのも気がきいている。外へ出てゆっくり食事をして、戻ってきてくださいね、ということらしく、インフォメーションには「レストラン・リスト」が。

ヴェネツィアからなら電車を乗り継いで2時間半、車で2時間強。ミラノ、ボローニャその他、北部~中部イタリアの主な都市からなら、だいたい同じくらいと思われる。しょっちゅう通える距離ではないが、車なら特に十分、日帰り圏内。もともと、日曜日や祝日はやることが少ないイタリアで、いつもより少し遠出のドライブをし、話題の美術館(あるいは展覧会)を見がてら、おいしい地元料理を楽しむ、そんな小旅行気分を味わう、絶好のポイントになるのだろう。少し足を伸ばせば、これはまた美しい町並みの残り見所もたくさんあるトレントもすぐそこ。1泊すればずいぶんあちこち回れるはず。

宣伝を効果的にしているということもあるが、集客数が多いというのも納得できる。

29 ottbre 2006
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by fumieve | 2006-10-30 08:55 | 見る・観る

訃報 エミリオ・ヴェドヴァ

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20世紀、イタリア・アヴァンギャルドを代表する1人、ヴェネツィア生まれの画家、エミリオ・ヴェドヴァ氏が昨日、ヴェネツィア市内の自宅で息をひきとった。87歳。
1カ月ばかり前に、その人生の半分以上をともにした奥様が亡くなったばかりだった。
ヴェネツィア国際ビエンナーレ展とも縁が深く、また、音楽家ルイージ・ノーノ(故人)との交流でも知られる。
白髪と白ひげ、誰からも「マエストロ(maestro, 師匠)」と呼ばれ親しまれていた。哲学者マッシモ・カッチャーリ市長も「友人であり、父であり、師であった」とコメントし、弔意をあらわした。
ヴェネツィア市では、元・塩倉庫に現在計画中の美術館で、その1室を彼に捧げることにしているほか、ペギー・グッゲンハイム美術館では、来春にも特別展を開催すべく、こちらも既に準備中。
(以上は、10月26日付Corriere della Sera紙の記事から抜粋・要約)


日本のニュースを見ていても最近は、昭和を代表する文化人の訃報に接することが多いけれども(そしてそれは仕方のないことなのだけど、)20世紀を代表する偉人の逝去を惜しむ、そんな論調の記事を読んでいると、やはり時代が移りつつあるのかと思ったりもします。そう思うこと自体、自分が年を重ねていることに他ならないのでしょうが。

ヴェドヴァ氏についていえば、もちろんいくつかの作品は目にしたことがあるものの、ヴェネツィアにいながら私は結局、本人には1度も直接お目にかかる機会がありませんでした。ちょうど今、ようやく「現代美術」にたどりつきつつあって、1度はきちんと取り組まねばと思っていた矢先だけにやはり残念です。(ほんとうのところは、ひょっとしてどこかの会合などで一緒になったり、道ですれ違ったりしている可能性はありますが・・・)

おりしも、隣町トレヴィーゾでは「ヴェネツィア1900年代、ボッチョーニからヴェドヴァまで」と題した展覧会が明日から開催されます。これをきっかけに、遅ればせながら私も、ヴェドヴァ作品にじっくり触れてみたいと思います。

画像は、エミリオ・ヴェドヴァ、「ヨーロッパ」(1950年)、ヴェネツィア、カ・ペーザロ近代美術館所蔵。

26 ott 2006
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by fumieve | 2006-10-27 02:33 | 見る・観る

オレンジ警報

今朝、8時22分に携帯にメッセージ。こんな時間から一体誰?と思ったら、「ヴェネツィア港湾サービス」からのお知らせ、「次の満潮は本日11:45, 潮位110cm. オレンジ警報」とのこと。実際、潮位=水没ではないけれど、100cmを越えると、この辺りは一端、水に浸かる感じになります。となると、無理に出かけるのは控えるに限ります。午前中に図書館へ行こうかな~と思っていたのですが、中止して自宅で勉強&調べもの。
お昼ごろ100cm超なら、10時くらいまでなら大丈夫だろうし、近所の郵便局&スーパーだけは急いで行ってこようか?と思いつつ、外の様子を見たり、なんだか迷っているうちに結局それも断念しました。
今朝方は曇りがちでどんよりしていたのですが、お昼前にはすっきりと晴れ渡り、青空になりました。時々、外から嬌声が聞こえてくるのは、おそらく若干水がつき始めている通りを歩く観光客や学生でしょう。
13時すぎ、お昼を食べていたら、再び携帯メッセージ。本日、12:10に112cmに達したものの、現在は順調に(?)引いていっているとのこと。そして明日の満潮予想が12:10で100cm, イエロー警報。
アックア・アルタに関しては、非常にきちんとしているというか、いろいろなことが機能している、といつも思います。もちろん、そうでなければならない、やはり大変なことなのだけど、いつもいつも、どこへ行っても何をしてもnon funziona(機能不全)なことの多いイタリアで、これだけはfunziona bene(機能良好)、と妙に感心します。

ちなみに、この携帯メッセージは、市のHPから登録(もちろん無料)することができます。ふつうに、潮位予報を見るのはこちら。
http://www.comune.venezia.it/maree/previsione.asp

24 ott 2006
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by fumieve | 2006-10-25 07:19 | 日常生活

アンドレ・ドラン展 フェッラーラ

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Andre' Derain
Ferrara, Palazzo dei Diamanti
Dal 24settembre –7 gennaio 2007
http://www.palazzodiamanti.it/index.phtml?id=408

アンドレ・ドラン
フェッラーラ、パラッツォ・デイ・ディアマンティ
9月20日~2007年1月28日まで

マティスやヴラマンクの友人であり、かつ1905年、パリで彼らとともに、その激しい色使いとプリミティブな表現から、「フォーヴィズム(野獣派)」と称された1人。
誰それとその仲間達、あるいは何々派、とお茶を濁した展覧会が圧倒的に多い中、完全に1人の画家の作品に集中しているのは見事。コペンハーゲンの国立美術館との協力によって実現したらしいが、そこの所蔵作品だけでなく、マドリッドのティッセン、パリのポンピドー、NYメトロポリタンと世界各地から集められている。
もちろん私自身、これだけ多くの作品を1度に見るのは初めて。今まであまり注目していなかったこの画家を知るいいきっかけになるかと思って楽しみにでかけた。

が、何といえばいいのだろう?作品を見ていくにしたがって、よりこの画家がわからなくなっていった。20世紀初頭という、芸術の世界が大きく変動していた時期の真っ只中を生きたということもある。それでも例えば、マティスはマティスだし、長い生涯で作風が何度も変わったピカソでさえ、これはピカソ、と認識できる部分がどこかにある。
ところが、この、ドランの場合、あるときはセザンヌ、あるときはゴッホ。またあるときはピカソやブラック、肖像ではルソーやゴーギャンにもなり、抽象ではカンディンスキー。そして、最後は、「クラシック」ヘ帰ったというが、確かに、遠目にはカラヴァッジョになったり、オランダ静物画風になったり。
ある意味、器用なのだろうと思う、が、同じ年代、同じようなテーマの作品が3つ、全く違うタッチで描かれているのには驚嘆させられる。では、どれが彼の「絵」なのか?いやたぶんこれが、このあくなき追求が彼の画家としての姿であり、この多様性こそが彼の個性なのだろう。
ポスターにもなっている「ブラウスの女」(1906年、コペンハーゲン所蔵)は代表作の1つであることには違いない。でも、これだけを期待していくと、いろいろな意味で大きく期待が外れるだろう。
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ひとこと・・・
展覧会自体とは無関係だが、10名程度のグループを案内していたガイドのやかましさには閉口した。イタリアでは、大きい美術館や、この手の企画展では必ずガイド・ツアーというのを見かけるが、その参加者及びガイド本人の傍若無人ぶりにメイワクを被ることが多い。今日は人数が少なかったが、たいていは20-30人前後で、狭い会場を占拠する上、たいていガイドの声が大きすぎてこちらが鑑賞に集中できない。なるべく時間に余裕を持ってでかけ、グループを避けるようにしているが、週末などは前後をグループに挟まれてどうにもならないことも多い。今日はわざわざ、月曜日にでかけたのに・・・。
聞けば確かに楽しい、役に立つこともあるだろうけど、希望に反して聞かされるのは音の暴力だということがどうも彼らにはわからないようだ。今日は、ほかのイタリア人の訪問者も陰で文句を言っていた。

23 ottobre 2006
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by fumieve | 2006-10-24 06:54 | 見る・観る

ヴェニス・マラソン


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今日は、ヴェニス・マラソンがありました。ヴェネツィアの内陸側からスタートし、メストレからリベルタ橋を渡ってヴェネツィア本島へ。そして本島の南岸を走り抜け、サンマルコ側へ渡り、サンマルコ湾の1番奥がゴールになります。
毎年恒例のこの市民マラソン、この時期が近づいてくると、ちょうどレースのコースにあたる家の近所では、橋にスロープがかかります。私などはそれを見て、「あ、そろそろマラソンがあるんだ」と気づく次第。普通の住民としては、スロープがかかっている間に、ミネラル・ウォーターなど重いものを慌てて買いだめに行ったりするのですが、実はこれ、車椅子の方などもこの期間は少しでも観光がしやすいというので、支援団体などが積極的に利用したりもするようです。
久々に用事も何もないのんびりとした日曜日。時々、バリバリというヘリコプターの音と、パチパチパチ・・・とまばらな拍手が聞こえてきます。実際にレースが行われている間はかえって身動きが取れないのでだらだらと家で過ごし、終わってから散歩にでかけました。
マラソン走者たちは、ザッテレ河岸を通り、そのさきっぽ(punto di Dogana、税関岬)からサンマルコ広場に向かって、カナル・グランデ(大運河)に仮にかけられた橋を渡っていきます。
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その橋の上を、一般の人が歩いているのが見えたので、私も行ってみました。マラソン・コースとは逆に、サンマルコ側から対岸まで渡って、わ~い、家もすぐそこ、と思いきや、なんと橋の先は行き止まり。確かに、このPunto di Doganaは、もう何年も前から工事中のバリアがあって通れなくなっているのですが・・・。テレビを見ていなかったのでよくわかりませんが、マラソンの間だけ、どうにか特別に開けていたのでしょう。で、終ったとたんに、橋はそのままなのに岸側はさっさと閉じてしまったようです。
しかもちょうど角度の関係で、渡りきってみないと、行き止まりになっていることがわからない仕組み。うーーん・・・これってみんな、対岸に渡ろうと思って歩いてきてるんだろうに・・・。仕方なく引き返して、いつも通りの道を通って家へ帰りました。

22 ott 2006
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by fumieve | 2006-10-23 07:59 | 日常生活

ティントレットの「天国」 パラッツォ・ドゥカーレ

Il "Paradiso" di Tintoretto - un concorso per Palazzo Ducale
Venezia, Palazzo Ducale
Dal 9 settembre al 3 dicembre
http://www.museiciviciveneziani.it/frame.asp?musid=136&sezione=mostre

ティントレットの「天国」、パラッツォ・ドゥカーレのコンクール
ヴェネツィア、パラッツォ・ドゥカーレ
9月9日~12月3日

ヴェネツィア旅行で、まず最初に見学するところがサン・マルコ大聖堂と、その横に建つ、パラッツォ・ドゥカーレ(総督宮殿)だろう。便宜上「宮殿」と訳されているが、総督官邸及び官庁といった方がふさわしいこの建物は、ヴェネツィアン・ゴシックと呼ばれるその見た目の美しさもさることながら、中もヴェネツィアを代表する芸術家の作品で埋め尽くされていると言っても過言ではない。
あまりにも盛りだくさんで、何を見たかわからなくなってしまいそうな中で、大評議の間(Sala di Maggior Consiglio)の正面にある、ティントレットによる「天国」は、まずはその驚くほどの大きさで多くの人の記憶に残っているのではないだろうか。
1577年12月、パラッツォ・ドゥカーレは火事に見舞われ、大評議会の間も激しく損傷した。正面には、14世紀の画家、グアリエントにより「聖母戴冠」がフレスコで描かれていたが、これも損害を免れなかった。
1582年、ヴェネツィア政府は、新たにここに絵を飾るにあたり、当時のヴェネツィアの一流画家たちを呼び、それぞれの案を募る。一種の「コンクール」であり、これはこの時代のヴェネツィアで珍しいことではなかった。
今回の展覧会は、この、各画家による「案」を世界各地の美術館から集めて一同に並べたもの。パオロ・ヴェロネーゼ、フランチェスコ・バッサーノ、パルマ・イル・ジョヴァネ、そして、ティントレット。審査の結果は、「ヴェロネーゼとバッサーノの共同作で」ということになったが、ヴェロネーゼは1588年に没するまで、全く手をつけていなかった。名誉ある仕事には違いないが、いったいどういう心境で手付かずに残したのだろうか?が、確かに、ヴェロネーゼ、バッサーノの両案を見ると、「合作」にするのはかなり難しいだろうとも想像できる。
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一方、ティントレットは、この仕事をどうしてもものにしたかったに違いない。結局、ヴェロネーゼ没後にその栄誉を手にすることになった。これだけの大作だけに、制作には、息子のドメニコ、及び工房の手が入っているが、もちろんティントレットの魅力を余すことなく伝える傑作であることには変わりない。
ティントレット自体の「案」も、今回の展覧会には複数展示されている。1560年代から始まり、彼が試行錯誤を経てやがて最終作品へといたる様子が伺えるのも面白い。

19 ottobre 2006
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by fumieve | 2006-10-20 07:03 | 見る・観る

ローマの地下鉄事故

先週からなんとなく風邪ぎみだったのが今朝はとうとうダウン。頭痛と微熱で起き上がれず、今日は、緊急な用事がなかったのを幸いに、午前中はずっと寝ていました。お昼ごろ一度起きてニュースを見ると、なんと「ローマで地下鉄事故」。
閉所恐怖症の私にとって、地下鉄の事故というのはともかく非常に怖い。もちろん飛行機の事故は怖いし、自動車事故だって怖いけれども、あの、狭くて暗いところに閉じ込められたりするのかと思うと、考えるだけで恐ろしい。東京の地下鉄でサリン事件が起きたときには、幸い巻き込まれはしなかったものの、しばらくは通勤にもJRの駅で降りてから会社まで、地下鉄1つ半の距離を歩いて通ったりしていたくらい。
「突然の衝撃のあと、真っ暗になって地面に放り出された」「狭い通路を通って・・・どうやって地上にたどり着いたのかわからない」被害にあった人たちの、証言をテレビで聞いているだけでめまいがします。
それから、ローマというよく知っているつもりのところでの事故だということ。知らないところなら何が起きていいわけではもちろんないけど、やはり、よく見慣れた場所、見慣れた風景が全く別の姿で映し出されているのを見るのはとてもつらい。そして何より、友人・知人が何人も住んでいるところでもあります。
事故の規模の割に、(20:00の時点で)死亡1名、重体5名、負傷150名ほどというのは、数としては比較的少ないようなのは不幸中の幸いでしょうか。亡くなったのは通勤途中だったという30歳のイタリア人女性。また、在住の日本人女性が1人、かなり危険な状態なのだそうです。直接の知り合いではありませんが、彼女はもちろん、被害にあわれた方全ての早々の回復と、亡くなった方の冥福を祈りたいと思います。

17 ottobre 2006
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by fumieve | 2006-10-18 05:07 | 日常生活

簡単なヴェネツィア史

Breve storia di Venezia
Gherardo Ortalli, Giovanni Scarabello
PACINIeditore

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ゲラルド・オルタッリ、ジョヴァンニ・スカラベッロ共著
出版 パチーニ・エディトーレ

読もうと思って前から買ってあったものの、必要に迫られて慌てて読んだ本。
ヴェネツィアが、ヴェネツィアたる以前、ラグーナにもともと住んでいた人々から、やがて町が形成され、共和国(都市国家)として発展、アドリア海の女王として君臨し栄華を極めた時代から、やがてオーストリア、フランスの支配下を経て、新生イタリアに吸収されるまで。
観光都市だけに、ヴェネツィアを語る本はいくらでもあるけれど、ヴェネツィア大学の歴史科の教授が書いているだけに内容は言ってみればお墨付き。といって、難解な歴史解説でも、単なる年号羅列でもなく、お話として読んで十分楽しめる。大学の先生が書いている割には、イタリア語も平易で比較的読みやすい。
日本で言うと新書版のサイズで、内容もそのくらい。まさに「さっとヴェネツィア史をさらう」にはちょうどいい。日本語なら数時間で読めるはず、(ほとんどはだいたい既に知っているはずの内容だし)イタリア語でも頑張れば1日で読めるかと思ったのは甘かった。結局、2日でも読めず、最後の方は飛ばし読みしつつ完読まで3日。せめてもう少し早くイタリア語を読めるようになりたいものだが・・・。
イタリア語を学んでいて、かつ、ヴェネツィアに興味があるという人にはお勧めの1冊。

15 ottobre 2006
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by fumieve | 2006-10-16 07:30 | 読む