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ヴェネツィア ときどき イタリア

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ベルガモ

Bergamo

不思議な町、ベルガモ
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ガイドブックを読むと、Città Alta(チッタ・アルタ、上の町)とCittà Bassa(チッタ・バッサ、下の町)に分かれていて、その間をケーブルカーが繋いでいる、という。それだけで何やら、観光客としてはわくわくしてしまう。
駅と、チッタ・アルタの間に広がる、チッタ・バッサ。イタリアの歴史ある町ではよく、旧市街と新市街、という風に分かれていることが多いが、ここは完全な新市街ということもなく、中世風の塔が立っていたり、ルネサンス以降の教会も点在する。ベージュやグレーといった落ち着いた色合いに、縦に長い窓に、横目の入った格子戸はいかにもロンバルディアで、ミラノやブレシャの町を思わせる。が、威圧的なところはあまりなく、広場から両側に広がる道沿には、おしゃれでこぎれいなお店が続く。なんとなく、そぞろ歩いている人々も裕福そうに見えるのは、パルマあたりにも似ている気がする。
チッタ・アルタまで、直接行くバスもあるが、せっかくなのでわざわざケーブルカーに乗り換えてみる。基本的には、あくまでも「市民の足」なケーブルカー、月曜の朝は大きな荷物を持つ学生たちでいっぱい。
着いたそこは、なるほど、幻想的な中世の町だった。小さな通りに並ぶ、昔風のサラミ屋さんや、地元のワインを売っているらしい、でもちょっとおしゃれなエノテカ。お菓子屋さんには、名物の「ポレンタ・エ・オゼイ」が、どこにもかしこにも。そして、歩いていても転げ落ちそうな、狭い石畳の急坂を車やバイクが平然と走り抜けていく様子は、ペルージャやシエナなど、イタリア中部の小さな町を思わせる。
さらに上に上るケーブルカーがあるというので乗ってみると、ここから先は、丘陵にポツポツとお屋敷が建つ、ヴィッラ地帯。小さいとはいえれっきとした町から、いきなり木の匂いでいっぱいの林の中へ入っていくようで、霧めいた寒さのせいもあって、ここはコモ湖畔の別荘地帯を思い出させる。そういえば、コモ湖の片一方の足の先にあたるレッコ行きの電車が出ていたっけ・・・。
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そして意外なことに、長い歴史の中で、ヴェネツィアとはもともと縁が深かった上に、一時はその支配下にあったこともあり、突然、町中に現れる、ヴェネツィアのライオン。そして、教会や建物の中を飾る絵は、ヴェネツィア出身、ヴェネツィア派の画家によるものが非常に多い。

さまざまに表情を変えるベルガモは、つかみきれないままに北イタリアの、魅力を存分に感じさせてくれる。霧や、湿気による骨身にしみるような寒さですら、その魔力に取り込んでしまうようだ。まさに「北イタリアの珠玉の町」といえるだろう。

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by fumieve | 2006-11-28 08:14 | ほかのイタリア

ベルガモ カッラーラ美術館

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ベルガモ カッラーラ美術館
Accademia Carrara Museo, Bergamo

18世紀後半、当地のジャコモ・カッラーラ伯爵が自身のコレクションを一般に公開したのがはじまり。1796年に亡くなった際の遺言により、独立した美術館組織として運営されるようになった。現在は向かい合って建つ「現代美術館」とともに、ベルガモ市立美術館となっている。
19世紀の初めに、美術館及び美術学校として建てられた建物で、美術館としては、特別に大きいものではないが、よりすぐりの作品が並ぶ。
まずは2階(日本でいうと3階、最上階)から。ロレンツォ・モナコ、ヤコポ・ベッリーニ、ボッティチェッリ、ドナテッロにピサネッロ。ペルジーノにラッファエッロ。いわゆる「教科書に出てくる作品」も多い。ジョヴァンニ・ベッリーニ。カルパッチョ、ティッツィアーノ、とヴェネツィア派の良作が多いのは、15-6世紀当時、商人の町ベルガモがヴェネツィアと密接な関係にあったため。彼らは好んで、ヴェネツィアの著名な画家たちに教会に奉納する絵や、肖像画を発注した。a0091348_3295618.jpg
圧巻は、ロレンツォ・ロット。ヴェネツィア生まれのこの画家は、大家ひしめき合うヴェネツィアにおいて、その独特の画風のためか正当な評価を得られず、外へと向かう。本国と違って大きく歓迎を受けたうちの1つがこのベルガモで、ベルガモも主な教会には全て彼の絵が残されたといっても過言ではないくらい。ここ、美術館にも「聖カテリーナの結婚」(1523年)をはじめ、代表作がずらりと並ぶ。
建物がL字型になっているので、一端もとのところに戻って、17世紀の作品へ。ここにも、カナレット、ティエポロ、ロンギ、とヴェネツィア派が欠かせない。
1つ下の階へ降りると、18世紀の作品が並ぶが、ここはこちらの勉強不足もあり、上階にかなうものではなかった。
次回は、別館の現代美術館ものぞいてみたい。

25 novembre 2006
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by fumieve | 2006-11-26 07:35 | 見る・観る

プレミオ・ヴェネツィア 2

Premio Venezia
Concerto dei concorrenti
Teatro Malibran

プレミオ・ヴェネツィア
(国内ピアノコンクール)

今日は、2次予選で昨日の続き。聴きに行けなかったが、参考までに、参加者と曲目を。

Vincenzo Maltempo (Conservatorio di Roma)
L.ベートーベン ソナタ n.7 ニ長調 op.10 n.3
F.リスト Tontentanz, trascrizione per pianoforte solo dell’autore S.525

Giuseppe Greco (Conservatorio di Matera)
L.ベートーベン ソナタ n.3 ハ長調 op.2 n.3
F.シューベルト ファンタジア ハ長調 op.15 (D760)

Federico Colli (Conservatorio di Milano)
L.ベートーベン ソナタ n.23 ヘ長調 op.57
F.ショパン ソナタ n.2 変ロ短調 op.35

ここから、明日は5人に絞られて準決勝、日曜日が最終で2人による決勝。
私は残念ながら聴きにいけないので、後でニュースと、後々にまたどこかで開かれるはずのコンサートに期待することに。

24 novembre 2006
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by fumieve | 2006-11-25 03:05 | 聞く・聴く

プレミオ・ヴェネツィア

Premio Venezia
Concerto dei concorrenti
Teatro Malibran

プレミオ・ヴェネツィア
(国内ピアノコンクール)
マリブラン劇場

フェニーチェ友の会主催の、年1回のピアノ・コンクール。
参加できるのが、国内の音楽院(conservatorio)を、卒業したばかりの学生に限るとかで、国外の学生は論外、イタリア内へ来ている留学生でも、音楽院に在籍するだけではダメ、というわけで、圧倒的にイタリア人が多いコンクール。
もちろん、外国人もいないわけではなく、要するに、転籍や編入で、うまくこちらの音楽院で「卒業」(diploma)の資格さえもらえれば、参加のチャンスはあるのだろうが、リストを見ると、全国各地、それぞれ1つの音楽院からほぼ1人ずつ、というのがほとんどで、実際は学校推薦と思われる。

昨日、22日(水)が1次予選、これは非公開。ここでまず24人から10人(前後?)に絞られ、今日、23日(木)、24日(金)が2次予選。ここからは一般公開になるので、聴きに行ってみた。全員は聴いていないし、個々に関してはノーコメント。
が、演奏中に携帯が鳴ると思ったら某審査員のだったり、そしてそのまま出ていっちゃったり、審査員同士でしゃべっていたり、はたまた休憩をはさめば一向に審査員が帰ってこないし・・・

Irene Veneziano (Istituto Musicale di Gallarate)
L.ベートーベン ソナタn.26 変ホ長調 op.81a <>
R.シューマン ファンタジア ハ長調op.17

Sara Danti (Conservatorio di Firenze)
L.ベートーベン ソナタ n.22 ヘ長調op.54
R.シューマン Kreiskeriana op.16

Serena Stella (Conservatorio di Castelfranco Veneto)
L.ベートーベン ソナタ n.18 変長調 op.31 n.3
F.リスト Réminescences de Norma S.394

Susanna Piermartiri (Conservatorio di Roma)
L.ベートーベン ソナタn.23 ヘ短調 op.57 <>
R.シューマン ソナタ ト短調op.22

Diana Gabrielyan (Conservatorio di Roma)
L.ベートーベン ソナタ n.28 イ長調op.101
F.ショパン ソナタ n.2 変ロ短調op.35

Gloria Campaner (Conservatorio di Udine)
L.ベートーベン ソナタ n.17 ニ短調op.31 n.2
R.シューマン ユーモレスク 変ロ長調 op.20

Massimo Tomei (Conservatorio di Napoli)
F.リスト バッラータ n.2 ロ短調 s.171
L.ベートーベン ソナタ n.23 op.57

明日の午前中に、残り3名が演奏予定。

去年の様子は、11月25日付け日記:
http://blog.goo.ne.jp/fumiem2005/d/20051125
HP:
http://www.geocities.jp/vivereavenezia/113005.htm

23 novembre 2006
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by fumieve | 2006-11-24 06:25 | 聞く・聴く

フェスタ・デッラ・サルーテ

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Festa della Salute

サルーテのお祭り
7月の「レデントーレ」のお祭りと並んで、ヴェネツィア市民中心の宗教行事の1つで、この日はヴェネツィア市は、公式に祝日扱いで、学校、大学、仕事もお休み。

1630年、ヴェネツィアで猛威をふるったペストの終焉を祈願して、ヴェネツィア総督と共和国政府は、聖母マリアに新たな教会を捧げることを決定。コンペの末、若き建築家ロンゲーナの案が採用され、翌31年に建設を開始。ロンゲーナの死後1687年に完成したのが、「聖マリア・デッラ・サルーテ教会」(Chiesa di Santa Maria della Salute)。
完成の数年前、1681年より毎年11月21日、「聖母マリアの奉献」の日に祝祭を行っている。この日は、聖マルコ大聖堂でミサが行われた後、大司教、総督(現在は市長)、を先頭に行列を組み、船を並べて大運河にかけられた橋を渡って、聖マリア・デッラ・サルーテへ到着。
現在は、船ではなく、「レデントーレ」同様、専用のいかだを並べて、仮の橋を設置。行列以外でも、前後数日間は、誰もが自由に参道として渡れるようになっている。この日は1日中、サルーテ教会では夜の21時まで毎時ミサが予定されていて、多くの市民が、自分の都合に合わせて参拝にでかけ、大きな蝋燭を奉献する。ふだんそう信心深い人でなくとも、とりあえず出かける、日本の初詣のようなものといえる。
教会の周りには、お供え用の蝋燭のほか、シチリアのお菓子や風船を売る屋台が並び、これも参拝後の楽しみ。

これまでの様子などは、以下参照。

のらりくらり、ヴェネツィア(2005年11月22日付け)
http://blog.goo.ne.jp/fumiem2005/d/20051122

ヴェネツィアで暮らす(2001年11月24日付け)
http://www.geocities.jp/vivereavenezia/112401.htm

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by fumieve | 2006-11-22 06:58 | ヴェネツィア

アメリカ現代音楽

Americana1 da Cage a Reich
アメリカン1 CageからReichまで

Gruppo di Musica contemporanea Steffani
(ステッファニ現代音楽グループ)
ステッファニ現代音楽グループは、カステルフランコ・ヴェネト市のアゴスティーノ・ステッファニ音楽院によるプロジェクトから生まれた。同学院専門科コース生、およびその修了生によって構成されている。
Anna Fortis フルート
Francesco Socal クラリネット
Giovanni De Cecco ピアノ
Muricio Gonzàlez, Rodrigo Herrera, Josuè Guitièrrez, Alberto Spada ギター
Alberto Bianco, Stefano Funes, Francesca Ravazzolo, Marco Cinque パーカッション
Baruo Curtolo サウンド
Bernardino Beggio コーディネート


友人の参加するコンサートがあったので、聴きに行きました。未知の世界なため細かい評価をするのは避けますが、自分のメモがわりに、以下、簡単に紹介を。

Steve Reich Music for pieces of wood
違う音色、音程の「拍子木」を持った5人による演奏。作曲家がほんとに「拍子木」を意識したのかどうか、日本の祭囃子や能楽を思い起こさせた。打楽器らしく硬くリズムを刻む前半から、いつのまにかメロディーが流れるようになっていく。難点は、少し長すぎること。半分くらいに縮めても十分かも。

John CageAmores
Per pianoforte preparato e 3 percussionisti
I-II-III-IV
ピアノが実は分類上は「打楽器」だったと思い起こさせる作品。半・打楽器と化したピアノと、静かに音階を奏でるタイコ(ティンパニー)との交互の演奏は、両者の間の適度な緊張感が心地よい。

Leo BrowerLa ciudad de la mil cuerdas
Cuban landscape with rain
Per 3 chitarre
20世紀の初め、美術が音楽に習って抽象化したのだとすると、音楽は、再び「具象」に戻ったらしい。パラパラと降り始める小雨、風、ざあざあと音を立てる激しい雨・・・キューバの美しい風景画を見ているかのよう。

Lou HarrisonFirsto Concerto
Per flauto e percussioni
I – Earnest, fresh end fastich
II – Slow and poignant
III – Strong, swinging and fastish
(なんとなく呆然と聞き過ごしてしまった・・・)

John CageSuite for toy piano
面白い?たぶん。が、それ以上の何ものでもないかも。

Astosh PiazzollaLa Evasion
La meurte del angel
Per tre chitarre
元々、弦楽用に作られた曲を、アレンジしたとのこと。

Steve ReichNew York Counterpoint
Clarinetto solista e nastro magnetico (elaborato da Paolo Zavagna)
生の演奏と、録音した音との、自己多重奏。後も先も自分の音に囲まれているというのは、私なら頭がおかしくなりそうだが、聞いている分には面白い。エコーなのかと思ったら、音声が先に出てくることもあって、どうやら予め綿密に準備(録音)してあったらしい。お疲れさまです。

William SchinstineScherzo without instruments
Per quattro percussionisti
楽器なしのスケルツォ(冗談)のタイトル通り、手、膝、腕、指を使っての「演奏」。学校とか幼稚園で習うゲームのよう・・・

Tom Johnson3 Rational Melodies
Per gruppo di musicisti
参加者全員によるユニゾン。

18 novembre 2006
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by fumieve | 2006-11-19 08:48 | 聞く・聴く

Peggy Guggenheim Collection

Peggy Guggenheim Collection
Palazzo Venieri dei Leoni
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Settimana gratuita per i veneziani
15 – 21 novembre

毎年この時期に行われる、「ヴェネツィア住民 無料期間」。

大運河(カナル・グランデ)のほぼ終わり、サンマルコ湾に抜ける直前にある、ちょっとモダンな白い平屋の建物が、ヴェニエール・デイ・レオーニ館。1749年に、ヴェネツィア名門貴族、ヴェニエール家のために建築が始まったが、その後の政変などのため、1階部分のみを建造したところで、未完のまま放置されることになってしまった。「デイ・レオーニ」は、「ライオンの」という意味で、運河側に、ライオンの彫刻がいくつもついているからとか、あるいは、一時ここの持ち主が、異国のさまざまな動物を庭で放し飼いにしてたから、とか、諸説あり。
1949年に、アメリカ人ペギー・グッゲンハイムがこの館を購入。自身の住居として改装した上で、現代美術コレクターであった彼女は、そのコレクションを館内に展示、一般に公開したが、それは税金対策でもあったという。
現在は、ニューヨークのソロモン・グッゲンハイム財団の所有する美術館となっている。
ピカソ、カルダー、カンディンスキー、モンドリアン、ダリ、ポラック、・・・ペギー自身のコレクションに加え、現在は、イタリア未来派の画家にモランディなどを含む「マッティオーリ・コレクション」を常時併設、小さいながらも、20世紀を代表する絵画・彫刻の宝庫である。

昨今は入場料もばかにならず、近くに住んでいながらなかなか気楽に来られないので、この入場無料はありがたく活用。この期間には、常設展、特別展などのワンポイント・ガイドなども行われている。ガイドは、世界中から集まるインターンの学生によるもので、イタリア語、英語、フランス語・・・と言語も多国籍。
入ってすぐに、美術館の生い立ちについてのガイドがあるというので、聞いていたところ、だいたい上記の内容。ところが一緒に聞いていたのは、やはり近所に住む方々で、「ペギーさんを直接知ってるよ」という人ばかり。オランダ人だという、にわかガイドもイタリア語は上手だったけど、さすがにやりにくそうで気の毒。彼らによると、やはり相当変わった女性だったこと、イタリア語もカタコトながらしゃべっていたこと、そして、毎日、夕方になると専用のゴンドラで散歩にでかけていた、と。ペギー・グッゲンハイムは、ヴェネツィアで私用ゴンドラを持っていた、最後の人なのだそう。

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by fumieve | 2006-11-18 08:27 | 見る・観る

スカラ・フィルハーモニー交響楽団

Orchestra Filarmonica della Scala

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スカラ・フィルハーモニー交響楽団

ベートーベン 交響曲7番 作品92 イ長調
ブラームス 交響曲2番 作品73 ニ長調

指揮 Daniel Harding

フェニーチェ劇場の、来年のシーズン・チケットを更新するためにボックス・オフィスに出向いたところ、今晩、特別にFAI (Fondo per l’Ambiente Italiano, イタリア環境基金)の主催で、ミラノ・スカラ座交響楽団によるコンサートがあることを発見しました。
FAIというのは、国内の自然環境、あるいは歴史的建造物などを公共の財産として保存、保護そして有効活用していこうという団体で、規模はまだまだ小さいながら、イタリア版「ナショナル・トラスト」といったようなもの。(www.fondoambiente.it)今晩の行事は、その宣伝及び資金集めの一環。

ここのところ、集中的にいろいろな展覧会・美術館を見て回っていて、それは、第1にまず好きでやっているはずのこととはいえ、勉強の一部でもあり、それなりの収穫を得なければとそれはそれで必死。目と、視神経とそれにつながる脳と、そこだけをフル回転で使いすぎていたようで、気がついたら頭がぐったりと重くなっていました。気分転換に、何かいい音楽が聞きたい、と思っていたところにこのイヴェント。
オペラは、ヴェネツィアではシーズン・チケットも買っているし、他でも何度か見ているけど、シンフォニーをきくのは、そういえばずいぶん久しぶり。思えば、イタリアでオペラでないオーケストラを聴きにいくのは初めてだったかもしれません。
なので、詳しい解説は避けますが、きっちりとした構成の上に、きれいなハーモニーで展開していくベートーベンが、絵でいえば初期ルネッサンスならば、音が重なって揺れてうねっていくブラームスは、後期ルネッサンスからマニエリスムといったところでしょうか。どちらも美しくて、捨て難い。そして、いつもならあんまり気にしないフルートとオーボエ、今晩はとくにベートーベンでその清涼な音色が際立っていました。
しかもこの時期、晩秋だからといって重厚な短調ではどっと気も沈みますが、どちらも長調でテンポのいい曲だったのは正解。もっとも、音楽のシーズンとしては、今が「幕開け」だからでしょうか。
頭と心の、いいマッサージになりました。

Ludwig van Beethoven
Sinfonia n.7 op.92 in La magg.
Poco sostenuto, vivace
Allegretto
Presto
Allegro con brio

Johannes Brahms
Sinfonia n.2 in Re magg., Op.73
Allegro non troppo
Adagio non troppo
Allegretto grazioso (Quasi Andantino) – Presto ma non assai
Allegro con spirito

Direttore Daniel Harding

16 novembre 2006
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by fumieve | 2006-11-17 08:37 | 聞く・聴く

マンテーニャとパドヴァ 1445-1460

Mantegna e Padova 1445-1460
Padova, Musei Civici agli Eremitani
16 settembre - 14 gennaio 2007
http://www.andreamantegna2006.it/ita/verona/index.html

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マンテーニャとパドヴァ 1445-1460
パドヴァ、エレミターニ市立美術館
9月16日~2007年1月14日まで

15世紀、イタリア・ルネッサンスを代表する画家、アンドレア・マンテーニャ。没後500周年を記念してゆかりの地、パドヴァ、ヴェローナ、マントヴァと3カ所で同時に特別展が開催されている。
1431年、パドヴァ近郊の小さな村で生まれたマンテーニャは、10歳そこそこでパドヴァのフランチェスコ・スクアルチョーネの下に「養子」扱いで弟子入りする。1448年には、スクアルチョーネから独立。ニコッロ・ピッツォロとともにエレミターニ教会内オヴェターリ礼拝堂のフレスコ画を請け負う。ここで一気に評価を得た画家は、1459年、ヴェローナのサン・ゼノ教会の祭壇画を仕上げる。
1460年には、ルドヴィーゴ・ゴンザーガからお抱え画家としてマントヴァへ。そこで生涯を閉じた。

ここ、パドヴァでの展覧会は、画家がパドヴァで過ごした若年期・修業時代から、評価を得、名声を確立するまでに焦点を当てている。
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まずは、1444年から53年の間、パドヴァに滞在し多くの作品を残したドナテッロ。聖アントニオ大聖堂の祭壇の浅浮き彫り(1447-49年)。わずか数センチの厚さを数十センチにも見せる、正確な遠近法を背景に、手前では「奇跡」の場面がドラマチックに展開される。ほとんど「絵」のようであり、だがやはり人と人との重なりなど、彫刻でしか表現できない部分もある。この遠近法が、のちのちのマンテーニャの絵の中に再現されていく。
一方、「天使に支えられる死せるキリスト」と「音楽を奏でる天使たち」は、ほとんど丸彫りに近く、天使の顔や体もぷっくりしている。表情といい、しぐさといい、これもやはり、マンテーニャの天使たちに影響していることは一目瞭然だ。
そして、師匠と、影響を与え合った同世代の画家たちの作品が並ぶ。15世紀後半に入っても伝統的な後期ゴシックのスタイルを継続する傾向にあったパドヴァの画家たち。そして、ヴェネツィアのベッリーニ親子との出会い。

こうして見比べているとつくづく、天才も傑作も、無からは産まれない、と思う。
正確な遠近法、「クラシック」彫刻などの引用、色鮮やかな花輪や、だまし絵。マンテーニャを特徴づけるさまざまな要素も、どれも実は彼のオリジナルとは限らない。模写し、学び、研究し、試し、・・・その結果、生まれてくるのが傑作と呼ばれる作品になるのだろう。どう統合するか、仕上げの違いが天才か否かなのかもしれないが、傑作は、説明不可能なところから突然発生するものではなく、むしろ、多くの試行錯誤の中から生まれてくるものだとわかる。

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パドヴァのマンテーニャといって、忘れてはならないのは、エルミターニ教会、オヴェターリ礼拝堂。1944年3月、米軍の爆撃により、不幸にも同教会は完全に破壊された。信じ難いのはしかし、その時、瓦礫の山と化した教会跡から、このフレスコ画をいつか修復しようと、できる限りの破片を集めて、箱に詰めて保存しておいたということ。
不幸中の幸いは2つ。1つは、戦前の、白黒ではあるが全体の写真が残っていたこと。もう1つは、礼拝堂向かって右壁、「聖クリストフォロ物語」のうち1番下の場面は、当時、修復のためにそこから剥がされ、別の場所に保管されていたため、爆撃による粉砕を免れたこと。
少しずつ、少しずつパズルのコマを埋めるように「修復」作業の続くフレスコは、一部は、礼拝堂の元の場所に埋められているほか、一部は今回の展覧会場にも展示されている。
隣接する教会には、会場から中庭を通じて直接入っていくことができる。礼拝堂の、フレスコの失われた壁及び天井には、映像を映し出して、当初の様子がわかるようにしてあった。

14 novembre 2006

追加:
(「マントヴァのマンテーニャ」展については、2007年1月5日のブログ参照)
(「マンテーニャとヴェローナの美術」展については、2007年1月4日のブログ参照)
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by fumieve | 2006-11-15 07:59 | 見る・観る

機内持込制限

11月6日より、EU内(+α)全ての空港統一で、液体物の機内持込みが制限されることになりました。英国・米国向け便には既に各国、空港、航空会社ごとに独自の制限を設けていたのが、今回は統一の基準ができたというわけです。

・・・と確か最初にTVのニュースで見たのが、今月の5日、日曜日。しかも、翌・月曜日から開始、とのこと。たまたま、次の週末にパレルモへ行くことになっていたので、いきなり直面する羽目に。

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テレビで見てからなんと数時間後に、エール・フランス&KLMからメール。本文は英語でしたが、制限内容の詳細に、写真つきでわりとわかりやすいもの。(お断り:このブログの写真は、そちらから拝借しました。)
そして、翌日、6日(月)になってからJAL-JMB(欧州会員)からメール。もちろんこちらは日本語。エール・フランスの英文と同内容ですが、該当するJAL便のリストが追加されている上、日本からの乗り継ぎの場合の注意が詳しく説明されていました。
アリタリア。音沙汰なし。パレルモ行きの往復航空券を予約しても、いつもの予約確認のメールが届いただけ。サイトには、一応「新規則のお知らせ」のリンクがあるものの、自分で見に行かない限りわからないらしい。

で、実際のところ。
ヴェネツィア空港は、もともと手荷物の重量制限も厳しく、パソコンは別にする、などチェックが細かかったので、今回もうるさいだろうと予想。
まず、チェックイン時に、手荷物の有無、液体物の有無を聞かれ、「パックしてきた」と見せると、袋の大きさも制限があるから、該当のものをそこの売店で買え、という・・・。幸い、朝早くて売店が開いてなかったので、そのままトライ。
化粧水、コンタクト洗浄液など、ほんとの液体以外、クリーム類、歯磨き粉などのチューブもの、ジェル、ムースも対象です。それぞれの容器の容量も100mg以下でないといけない。・・・というわけで、用意したビニール袋を見せたところ、容量が150mgの洗顔料は、見事に没収されました。中身は10mgも入ってなかったのに・・・。

帰りの、パレルモ空港。チェックイン時には何も聞かれず、何も言われず。
セキュリティ前に注意書きの看板が立っていて、指定サイズの袋が無料でおいてありました。行きと同じ袋でそのままOK。

今回、往復ともローマ・フィウミチーノ空港で乗り継ぎでしたが、経由地ではセキュリティを通らないので、なんのおとがめもなし。

で、帰ってきてから気がついたところ、ビニールパックに入れたもの以外にも、ミニミニ歯磨き粉だの、ジェル状のリップクリームだの、ほかのところにもいろいろ、本来なら該当するはずのものがまだまだ入ってました。なんだかひょっとして、あくまでも自己申告ベースという気も・・・。

13 novembre 2006
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by fumieve | 2006-11-14 17:58 | 旅先にて