ブログトップ

ヴェネツィア ときどき イタリア

fumiemve.exblog.jp

<   2007年 02月 ( 18 )   > この月の画像一覧

エンニオ・モリコーネ

Ennio Morricone

米国のアカデミー賞は、スコセッシ監督が6度目の正直で監督賞を受賞して、幕を閉じた。
イタリアでのアカデミー賞の取り扱いは、だいたい日本と同じようなものではないかと思う。ふだん、イタリアでも映画館に行けば、9割かそれ以上はハリウッド映画、イタリア映画でヒットになるのはシリーズもののコミックくらい。だから「世界の」大作映画と監督・俳優たちがずらりと並ぶアカデミー賞は、当然注目の的。ノミネートの瞬間から発表まで、興奮を持って伝えられる。でもやっぱり、特に注目度が高まるのは、イタリアの作品や、イタリア人の存在。
もっとも、「ようやく日本も世界のレベルにたどり着いた」的な日本と違って、外国語映画部門で初の受賞をしたのはフェリーニだったそうだし、映画はイタリア人にとって「自分たちの得意分野(だった)」との自負がある。
残念ながら、今年はノミネートの段階ですっかり部外者となったイタリア映画だが、ビッグニュースが1つあった。これまで、5度ノミネートされながら1度も賞を取っていなかった、イタリアの映画音楽作家、エンニオ・モリコーネに特別栄誉賞が贈られることになった、というもの。現在78歳、これまでに400以上ものサントラを作ってきたというから驚く。
多くの作品で二人三脚を歩んできたセルジョ・レオーネとは、小学校時代からの同級生。(なんともイタリアらしい・・・)。
アカデミー賞ノミネートは、「天国の日々」(1979年)、「ミッション」(1987年)、「アンタッチャブル」(1988年)、「バグジー」(1992年)、「マレーナ」(2001年)。
必ずしもイタリア映画ばかりではないな、と思って気がついたのだが、そういえば映画にはどうしても言葉の壁があるが(だからアカデミーには「外国語部門」があえてあるのだろうし)、そういえば、音楽は、字幕がついても吹き替えになっても、変わらない。
映画にとって音楽とはもちろん、決して主役ではないけど、その演出にはなくてはならないもの。が、単に劇的効果を狙うだけではなく、実は密かにもっといろいろなものを担っているのかもしれない。世界的に評価されるということは、言葉を越えて伝わるものがあるということだろう。

もう1人、イタリア人で受賞したのは、ソフィア・コッポラ監督の「マリー・アントワネット」で衣装を担当した、ミレーナ・カノネーロ。
ついつい、俳優や監督ばかりが話題になる映画だが、イタリアはお家芸の「音楽」と「美術」部門でなんとか存在感を示した、というところか。

26 febbraio 2007
[PR]
by fumieve | 2007-02-27 23:20 | 映画

記録更新、カルネヴァーレ

HP「ヴェネツィアに暮らす」、更新しました。

http://www.geocities.jp/vivereavenezia/

2月23日「記録更新、カルネヴァーレ」をご覧ください。
[PR]
by fumieve | 2007-02-23 23:58 | ヴェネツィア

「灰の水曜日」のためのコンサート

「灰の水曜日」のためのコンサート
Concerto per le Sacre Ceneri
Venezia, chiesa di Santa Maria Formosa

Ensemble Oktoechos
Schola Gregoriana di Venezia
指揮 Lanfranco Menga

a0091348_8224631.jpg


昨日がマルテディ・グラッソ(martedì grasso、脂の火曜日)、すなわちカルネヴァーレ最終日なら、今日はメルコレディ・デッレ・チェネリ(mercoledì delle ceneri、灰の水曜日)、四旬節の初日としてキリスト教徒はこの日から禁欲生活に。まあ、現代においてイタリアでも厳密に守っている人はそう多くないと思うが、肉食を避けたり、といっても菜食になるのではなく、代わりに魚を食べる、あるいはアルコールを控える、など。これから復活祭までの40日間ずっと続けるのは現実的ではなく、この日と、それから復活祭直前の聖金曜日だけ魚にする、というあたりが妥協路線といったところ。
信者でない私の生活は特になにも変わらないが、教会で、この日のための多声音楽のコンサートがあるというので、行ってみた。

プログラム
Madia vita in morte sumus
Pange melos lacrimosum
Misereris omnium
Bonum est confidere
Kyrie <>
Dirigatur oratio mea
O homo considera/ O homo de pulvere surge / Filiae Jerusalem
Processio in die veneris sancti
Dí, por qué mueres en cruz?
Dios te salve, Cruz preçiosa

美術史をやっていると、キリスト教(カトリック)というのはつくづく目に訴えることによって成功した宗教だと思うけれども、一方でこの宗教の基本は何よりも「言葉」であり、その「言葉」を効果的にするのにメロディーも使ったことも忘れてはならない。
キリストの犠牲までの一連の行事の中で、嘆き、祈るために歌われた、中世のテキストや聖歌。無料のコンサートだった割に立派なプログラムが配布されて、歌詞も全部掲載されていたのには感心した。
人間の声は、最も原始的な楽器でありながら、その音程や響きに「言葉」を含むことによって最も高度な楽器であることを証明するかのような、美しいコンサートだった。

21 febbraio 2007
[PR]
by fumieve | 2007-02-22 08:20 | 聞く・聴く

ラオコーン、ヴァチカン美術館の成り立ち

Laocoonte : alle origini dei Musei Vaticani
Roma, Vaticano
Musei Vaticani

a0091348_2083625.jpg


ラオコーン、ヴァチカン美術館の成り立ち
ローマ、ヴァチカン美術館
2007年2月28日まで
http://mv.vatican.va/2_IT/pages/MV_Home.html

1,2月と、冬季で人が少ないためか、ヴァチカン美術館は現在、開館が午前中のみ。だが、この特別展だけ、午後も入れるようになっていた。しかも、ここだけなら入場無料。なかなか気が利いている。

さて、ラオコーンとは何か。

1506年1月、オッピオの丘の上、ティトウスのテルメ(浴場)跡のぶどう畑の中から、一連の彫刻作品が発見された。これは、大プリニウスの記述に登場する、ロードス島の3人の彫刻家による作品と鑑定される。
トロイの神官、ラオコーンは、アテネ軍がトロイの町の目の前に置き去りにした巨大な木馬を見て、市民に警戒を呼びかける。と、突如として海から現れた蛇が彼と彼の二人の息子に巻きつき、彼らを絞め殺してしまう。
そうして敵の手に落ちたトロイから落ちのびたアイエネスが、さまざまな冒険の果てにイタリア半島に辿り着き、やがてローマ建国にいたる物語をうたったのが、ローマ最大の詩人といわれるヴェルギリウスの「アイエネス」。つまり、トロイ陥落は、偉大なるローマの誕生のためになくてはならなかった史実であった。
彫像発見当時の法王ユリウス2世は、これを、キリスト教会総本山としてのローマを称えるものとして珍重、ヴァチカン内に彫刻を納める中庭を作らせる。これが、現在のヴァチカン美術館のはじまり、というわけ。

そんな教会の思惑はともかく、この彫像は発見当時からミケランジェロをはじめとする多くの芸術家たちを魅了してきた。もともと、文学史上好まれた題材であったことに加え、これまで文書でのみ知られていた作品が、実際に驚嘆すべき出来であること。特にその死に至る苦悩の表情、肉体の緊張とゆがみ、構成する全体のバランス。
a0091348_2091796.jpg
この展覧会では、発見当時の資料、デッサン、コピー、版画、写真からインスピレーションを受けた作品までが並ぶ。1番最後の、ヴァレンシア出身のAndreu Alfaroによる「ラオコーンIV」も面白かった。




a0091348_2094364.jpg


20 febbraio 2007
[PR]
by fumieve | 2007-02-21 20:06 | 見る・観る

天正・慶長遣欧使節とその時代展

Primi Contatti tra Italia e Giappone
Roma, Istituto Giapponese di Cultura
Dal 19 febbraio – al 20 aprile 2007
http://www.jfroma.it/jp/attivita/mostre.htm

a0091348_8245914.jpg


天正・慶長遣欧使節とその時代展
日本とイタリア最初の出会い 美術作品とその証人たち
ローマ、日本文化会館
2月18日- 4月20日


使節団ブームなのだろうか?それとも単に、たまたま自分が気にするようになったからそう思うのだろうか?
ローマの日本文化会館で、日本から欧州へやってきた2つの使節団を紹介する展覧会が始まった。小さい会場で、そう多くの展示があるわけではないが、通常は非公開なものも含め、イタリア各地に分散する絵や工芸品が揃っている。また、当時の関連文書などのパネルなどで、歴史的背景について効果的に補足する。イタリアはもちろん、日本でも意外と知られていない使節団について、改めて考察するにはいい機会と思われる。
必見は、まず第1に個人コレクションのためふだんは目にすることのできない、「支倉常長像」。欧州内に残る、最古の油彩による日本人肖像画だろう。a0091348_8253490.jpg
あとは、必ずしも使節団がもたらしたものではないようだが、個人的にはフィレンツェ・ピッティ宮所蔵の南蛮蒔絵コレクションのうち、カタログの表紙にもなっている蓋つきの大きな丸い箱が気にいった。蓋には椿と梅、「南蛮」鳥や蝶、側面はぶどうの実と葉がたくさんついた蔓。枢機卿の帽子入れとして使われていたらしいが、大きさといい形といい、お茶のお櫃(正確に日本語で何というんだったか?)のように見える。美しいのはもちろんだが、なにかとてもなつかしい気がするのはなぜだろう?

19 febbraio 2007
[PR]
by fumieve | 2007-02-20 08:21 | 見る・観る

ヴィチェンツァ

a0091348_23421324.jpg


Vicenza

ヴェネツィアからミラノ方向の電車へ乗って、鈍行で1時間10分くらい、急行なら50分ほど。ヴェネト州の、「小さな美しい町」の1つ。

ご多分にもれず、町の起源はローマ時代。中世の自治都市時代を経て、1404年にはヴェネツィア共和国の傘下へ。だから町の中心の広場には、ライオンの彫像があるし、町並みもヴェネツィア風なところも多い。
a0091348_2343960.jpg
が、ともかくこの町の人々の1番の誇りは、ルネサンスを代表する建築家、アンドレア・パッラーディオと、ヴィチェンツァ出身で彼の流れを受け継いだヴィンツェンツォ・スカモッツィによる建築群。世界遺産に指定されているものも多い。たとえば、室内ギリシャ劇場、テアトロ・オリンピコ。バジリカ・パッラディアーナ。
町の目抜き通り、パッラーディオ通りの両側は、ルネッサンス以降の建物の見本帳のように、各時代を代表する建物が並ぶ。といっても、博物館然としているのではなく、お役所や銀行に使われていたり、それ以外は1階、舗道に面したところは皆、ほとんどお店になっている。
ヴィチェンツァのもう1つの魅力は、郊外に点在するヴィッラ。ヴィッラというと、アクセスが悪いのが難点だが、ヴィチェンツァでいえば、やはりパッラーディオの「ロトンダ」、ティエポロ親子のフレスコで知られる「アイ・ナーニ」などは比較的町から近く、市営バスでも行けるので、お勧め。

(昨年のヴィチェンツァ訪問記)
http://blog.goo.ne.jp/fumiem2005/d/20060608

(HPのヴィッラ紹介・・・未完のままですが)
http://www.geocities.jp/vivereavenezia/v.valmarana.vi.htm

16 febbraio 2007
[PR]
by fumieve | 2007-02-17 08:39 | ほかのイタリア

抜け目のない未亡人

La Vedova Scaltra
Teatro Fenice

a0091348_5181844.jpg


抜け目のない未亡人
台本 マリオ・ギズアルベルティ
(カルロ・ゴルドーニの原作による)
音楽 エルマンノ・ヴォルフ・フェッラーリ

フェニーチェ劇場

日本でいういわゆる「オペラ」は、イタリア語では「作品」という意味で、歌劇のみならずどんな音楽作品でも、また造形・美術作品もみなオペラ。「歌劇」は通常、opera lirica(オペラ・リリカ)という。それに対し、上演される数はぐっと少ないが、opera buffa(オペラ・ブッファ)というのは、喜劇のこと。Liricaはもともと古代ギリシャの抒情詩のことだし、一方、buffo(a)というと、「おかしな」とか「くだらない」といった意味の形容詞で、その違いなのだが、だいたい、「リリカ」「ブッファ」という音の違いが全てを表しているようにも思える。

ヴェネツィアの喜劇作家ゴルドーニ原作、エルマンノ・ヴォルフ・フェッラリ作曲という組み合わせは、昨年の”Quatro rustighi” (「4人の田舎もの」)に引き続き2回目。
どうやらフェニーチェ劇場は、このカルネヴァーレの時期に1つ「ブッファ」を上演することにしているらしい。昨年の作品の印象といえば全編これでもか!とヴェネツィア弁でやっていたことくらい。正直のところ特別に面白いとも思えなかったので、今晩も実は、あまり期待せずに出かけたところ、これが大当たり。

お話は単純。
若くて美しい未亡人。嫁いだ相手は70歳の資産家だったため、遺産を受けついてお金持ち。言い寄る4人の男達。英国の紳士、フランスのムッシュウ、スペイン・カスティリヤの王族、そして、イタリア人。それがまあ、見事に皆、ステレオタイプ化されている。物静かで余計なことは口にしないけど、少々慇懃無礼な英国人。美しきパリ、人生は恋、女性は全員大好きと歌い、おしゃれに気を使うフランス人。闘牛士とフラメンコダンサーをバックに、威風堂々と登場するスペイン人。お金も何もない、人1倍嫉妬深いイタリア人。いいの?そこまでやって?というくらい、デフォルメされている。
何がおかしいって、イタリアのオペラだから、全体はイタリア語なのだが、それぞれのしゃべるイタリア語が、これまた見事にお国なまりのイタリア語なこと。二重母音がわずらわしい英国人、音が鼻に抜けるフランス人。そして実は、それらを演じて(歌って)いるのはイタリア人で、イタリア人の役をやっていたのは英国人だったのだが、こちらはまた、まったく癖のない美しいイタリア語。
さらに、この1対4の人間関係のなかをするすると泳ぐのは、未亡人のおつきの若い尻軽フランス娘と、おっちょこちょいで間抜けなアレッキーノ(道化)。彼だけはベタベタのヴェネツィア弁で、お約束のように「二人の主人に仕えて、見事に失敗する」!

ツボにはまった。私は上演中ずっと笑いっぱなしで、周りがあんまりウケてないので困ったくらい。確かにこれは、まずイタリア語がわからないと全然わからないし(フェニーチェの字幕はイタリア語なので)、イタリア人でも、ふだんあまり外国人に接する機会がないとちょっとわからないかもしれない。

音楽には全く期待しないほうがいい。ここでは音楽は、あくまでも場を盛り上げるための効果音程度にあるようなもので、フラメンコからワルツ、モーツアルトからワグナーまで、ごった煮といった感じ。もっとも、音楽をよく知る人が聞くと、いかにいろんな要素を混ぜ込んでいるか・・・という辺りが面白いらしい。

で、さて、最後に見事、未亡人の心を射止めるのはいったい誰!?

客席にも仮装をした人がいて、カルネヴァーレにふさわしい夕べだった。

15 febbraio 2007
[PR]
by fumieve | 2007-02-16 08:15 | 見る・観る

サン・ヴァレンティーノ

San Valentino

日本ではチョコレートの売り上げが過去最高だったそうですが、こちらでは、この日は、あくまでも男性が女性に贈り物をする日。それも、基本的には既婚者、または既にカップルになっている人同士のイヴェント、もちろん義理チョコは存在しません。男性がイニシアチブをとって、2人の1日を計画する、というところは、日本のクリスマス・イヴに近いかもしれません。

日刊紙、Corriere della Seraの地方版に、イタリア版ブログの女王という人から男性へのアドヴァイスが載っていました。

まず、「アウト」(タブー)
1) レストランでの食事(古すぎ)
2) 花、チョコレート、または下着のプレゼント(流行遅れ)
3) サプライズ(うっかりすると、彼女が他の人と一緒にいるところに踏み込む可能性も。)
4) ケイタイ・メッセージ、メイル(特に既存の、または他人のフレーズを使った愛のメッセージ)
5) 何もしないこと
6) なんとかして驚かそうとすること
7) 指輪のプレゼント

で、「イン」(お勧め)は、
1) ロマンチックな時間。2人での入浴とか、グラス1杯のシャンパンなど。
2) 手書きでペンで書いたオリジナルのラブ・レター
3) 例えば、愛のメッセージをポスト・イットに書いてシーツの間に残しておくとか。
4) エステの1日、ジムの会員権など。
5) 一緒に過ごす時間、コンサートや観劇のチケットなど。
6) 寝室でのプライベートな食事、特に催淫効果のあるもので。
7) 何より1番「イン」なのは、メイク・ラヴ。

・・・だそうで・・・。記事でも「Sex and City(米国のTVドラマ)風で、少々ブリジット・ジョーンズ(英の映画)でもある」とコメントされてますが、確かに、テレビの見すぎ・・・というか・・・うーーーーん・・・
そうなの?というのか、イタリア男も大変なのね・・・というべきか、そんな人めったにいないだろうな、というか・・・。まあ、男も女もわがままなイタリアだけど、カップルだと何だかんだと男性のペースになってしまうから、せめてたまには女性の気持ちも考えてね、ということなのかもしれないけど・・・。

14 febbraio 2007
[PR]
by fumieve | 2007-02-15 09:11 | 日常生活

ワーグナーに捧ぐ 2007

ワーグナーに捧ぐ 2007

Omaggio a Richard Wagner 2007

ヴェネツィア・ワーグナー協会主催の、ワーグナー命日のコンサート。
(去年の同じ日の様子はこちら:
http://blog.goo.ne.jp/fumiem2005/d/20060214 )

今年のプログラム:
Ludwig Van Beethoven
Romanza in fa maggiore op.50
per violino e orchestra

Richard Wagner
Siegfieds Idyll

Arnold Schoenberg
Verklärte Nacht op.4

演奏は、
Giovanni Guglielmo (ヴァイオリン)
Accademia musicale di San Giorgio

「オーケストラ」といっても極小編成。最初のベートーベンはほとんどが弦で、そこにフルートが入るくらい(オーボエもいたかもしれない・・・)。今年はベートーベン没後180周年にあたるため、同協会の今年の催しは、ワーグナー、プラス、ベートーベンで、ということだそう。ソリストである、ジョヴァンニ・グリエルモ氏が演奏しつつ指揮をする、という不思議な形態で、オケというよりはアンサンブルの大きいの、といった感じ。
2曲目は肝心のワーグナー、こちらは、弦が減って、代わりにクラリネット、金管楽器が加わって、音的には小さいながらもオーケストラに近づいたものの、演奏がいまいち。やはり指揮がいないまま合わせているのでそのせいなのか、単なる練習不足なのか・・・ワーグナーになりきれないワーグナーで聴いているほうは完全に消化不良、というか欲求不満。(もっとも、演奏しているほうもそうだと思うが。)
最後、ワーグナーの影響が見てとれる、というシェーンブルクは案外よくて気を取り直した。が、確かにちょっとワーグナーっぽく、あ、終わりかな、と思わせるタイミングが少なくとも3回はあり、ほんとに終わったときにはほっとした。

13 febbraio 2007
[PR]
by fumieve | 2007-02-14 07:38 | 聞く・聴く

カルネヴァーレ

カルネヴァーレ(幻の・・・)
Carnevale,

ヴェネツィアのできごとをいろいろ紹介しようと思ってこのブログを立ち上げたつもりだったのに、最近なにかと外に出ていることが多いのと、その反動というわけでもないけど、ヴェネツィアにいるときはつい家にこもりがち。
だから昨日から始まったカルネヴァーレ(カーニヴァル)についても、個人的には全く反応が鈍いまま。正直のところ、ただ飲んで騒いでれば楽しいというお年頃でもなく、イヴェントなどで面白そうなものがあれば行ってみようとは思うものの、なかなか都合が合いません。
そういえば、生粋のヴェネツィアっ子はともかく、イタリア人でも、よそから来てここへ住んで、数年たっている人でカルネヴァーレを100%楽しんでいる人は少ないかもしれません。雑踏、喧騒、混乱、・・・と生活にふりかかってくる被害のほうが大きくて、だんだんそんな気にならなくなってしまうのかも。

昨日、今日、とめずらしく続けて夜になって帰宅したのですが、まあ、人・人・人・・・。もちろんいつもこの時期はそうだけど、それでもここ去年、おととしあたりに比べるとずいぶん人手が多いような気がするし、仮装の人も多い。今日なんて小雨がパラついたりしていたのに、どうやら、そんなことはものともせずに人が押し寄せたよう。イベントが多いためなのか、それともその宣伝が利いたのか・・・暖冬のおかげもあると思います。カーニバルは移動祝祭なので、2月~3月の間の約10日間だけど、ふだんならこの時期、ほんっとうに寒い。私の理想は、うんっと寒い濃霧、ですけどね。それで、寒さに耐え兼ねてバールに入り、チョコラータ・カルダ・コン・パンナ(生クリーム添えホット・チョコレート)などを飲む。・・・あんまり寒くないけど、傘を手にぶらぶらさせてのカルネヴァーレ観光、せっかくこのために来てるみなさん、なんだか気の毒です。

雨も上がった夜のヴェネツィア、飲んだくれてはしゃぐ若者たち。はあー、家の近くまできたら嘘のように静かで、ほっとしました。
明日の日曜日は、お天気になるという予報だし、きっとまた一段と混むんだろうな・・・

カルネヴァーレ、20日(火)まで続きます。

10 febbraio 2007
[PR]
by fumieve | 2007-02-11 08:31 | ヴェネツィア