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ヴェネツィア ときどき イタリア

fumiemve.exblog.jp

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紅葉その2・・・のはずが・・・

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そういえば、いつも紅葉がきれいなんだった、と思いだして通りがかってみたら、壁とドアがすごい色に・・・旧市街は、基本的にはドアも壁も窓も、塗り直しや付け替えはしても、色は変えちゃいけないはずなんだけど・・・。

なんだか突然、ブラーノ島みたいな色になっていた。
いいのかな?

29 ottobre 2007
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by fumieve | 2007-10-30 06:31 | ヴェネツィア

マスネ作曲 歌劇「タイス」、ヴェネツィア・フェニーチェ劇場

Thaïs
Teatro La Fenice, Venezia

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libretto di Louis Gallet
musica di Jules Massenet

Thaïs Daria Takova
Athanaël Simone Alberghini
Nicias Kostyantyn Andreyev
Palémon Nicolas Courjal
Crobyle Christine Buffle
Nyrtale Elodie Méchain
Albine Tiziana Carraro

Maestroconcertatore e direttore Emmanuel Villame
Regia, scene e costumi Pier Luigi Pizzi
Coreografia Gheirghe Lancu

アレッサンドリアの町が、ヴィーナスの巫女タイスの影響で華美と享楽に毒されていることを嘆く修道僧アタナエルは、ある日、夢の中で、自分が彼女を改宗させるべく啓示を受ける。彼は旧友で富豪のニシアスの晩餐で、魅惑的で恋に生きるタイスと対面する。
アタナエルの言葉を鼻で笑い、アタナエルを誘惑するタイス。どんな男をも惑わしてきたタイスは、が一方で、どんな男にも満足させられることはなかった。そして自分がやがて年を取り、美貌が失せていくのを恐れていた。
言い知れぬ不安の中で眠りに落ちるタイス。オーケストラが、有名な美しい「タイス瞑想曲」を奏でる。目を覚ましたときに彼女は、アタナエルの言う絶対唯一の神への信仰に生きることを決意していた。
全てを捨て、砂漠の中を、修道院へと向かうタイスとアタナエル。よりそう二人は、神への愛という同じ思いで結ばれている。やがてタイスはアルビーネが院長を務める修道院に迎え入れられる。使命を果たしたはずのアタナエルはしかし、タイスへの自分の愛情が、使命以上のものになっていたことに気づく。
二度と会えない、会ってはならぬタイスを求めてアタナエルが修道院にたどりつくと、タイスはまさに天に召されるところであった。神への愛の喜びに満ちたタイスの声と、そのタイスへの俗愛を叫ぶアタナエルの声が、絡み合い、が決して1つになることなく、やがてタイスの声が途切れる。

エジプトの紫斑石を思わせる、赤みを帯びた大理石風の舞台。アレッサンドリアの豪邸では豪華絢爛、金ピカに着飾った人々とこれも全身金色に包まれたダンサーたち。一方、修道士たちは全て白一色の質素な服。

またもや、東方(今回はエジプト)=異教=豪奢で淫靡=悪、の図。オペラやバレエは異国情緒ものが多く好まれたにしても、有名・無名無数の作品の中で、ヴェネツィアでは圧倒的にこのテーマを扱った作品の上演が多いのは、やはり偶然ではないだろう。

今日も公演があった(はず)だが、私が聴いたのは実は一昨日の25日(木)の公演。
午前中に試験を受けた後、なんとなくばたばたしていて、いつものことながら全くの予習なしに臨んでしまったが、字幕を必至に追わずとも比較的わかりやすいストーリーに、聞きなれた流れる音楽は体に心地よかった。

27 ottobre 2007
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by fumieve | 2007-10-28 10:29 | 聞く・聴く

ヴェネツィアの紅葉

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とっておきの場所

しゃきっと晴れてぐんと冷え込んだり、うっとうしい雨がしとしとと降ったり。今朝はお昼前をピークにアックア・アルタ(acqua alta, 冠水)もあり、すっかりいつものヴェネツィアの秋になった。
雨でも霧でもない、白っぽい薄曇りの日も多いヴェネツィアの秋を彩るのが紅葉。紅葉といっても、もみじではなくてヴェネツィアでは圧倒的に蔦なのだが。

このとっておきの場所は、紅葉というよりは落葉といったほうがいいかも。下から見上げる、真赤に染まった葉も美しいのだけど、もっといいのは石畳と、それから大きな鉢植えの(なぜか)笹の上に無数に落ちた葉。
おととし、偶然そのあたりをうろうろしていて見つけたときには、ヴェネツィアらしい行き止まりの路地、ヴェネツィア色の壁の建物にもかかわらず、京都の町屋かどこかに迷い込んだかのような錯覚を覚えた。
記録的な暖冬を前に、そういえば秋もなんとなく生暖かった去年は、まだか、まだかと楽しみに何度か見に行っているうちに、いつのまにか葉も黒ずんで散ってしまった。
急に寒くなったりした今年は、ヴェネツィア全体、紅葉はまずまず順調(!?)。ここも、すでに多くの葉か散ってしまったあとだったのか、残念ながら笹の上にはあまり残っていないし、石畳の上も積もるほどではなかったが、美しい色の落葉を見せていた。

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・・・なのだが、実はとてもがっかりなことに、手前にはごみの段ボールが積んであるし、積った葉の上には犬の落し物まで・・・。興ざめも甚だしい上に、それらが入らないように写真を撮るのも一苦労。ヴェネツィア人、この美しさを大切にしないと、バチがあたるよ!!!

(下の写真はヒント)

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26 ottobre 2007
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by fumieve | 2007-10-27 07:10 | ヴェネツィア

博物館工学2-4

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Museografia e museotecnica 2

試験当日。ここ数日かかりきりでやっていた、模型を提出、というか見せた。
課題は、自由に選んだ「1945年以降の著名な絵画作品、150cm四方以内の大きさのもの」を展示するための、部屋を構築する、というもの。部屋の大きさは外周が各2.5m。模型は実サイズの1/10、合わせて提出する図面は1/20。これまでの課題で学んだ、形や構造、テクスチャーの基本をなるべく取り入れること、と。

何が大変かって、アイディアがどのくらいあるかは別として、そのアイディアを模型として実現できるかどうか、そして作った模型を図面に自分で描き表せるかどうか。その「できる範囲」でできること、というのが結構難しい。
先週、ざっと描いたスケッチを見せて、アイディアを説明したところ、教授は、明らかに物足りなそうな顔で「もう少し、今までやったことを取り入れて・・・」。「・・・努力します」と答えてみたものの、もともとクリエイティブ能力に欠けるため、これ以上どうしたらいいのかわからない。だいたい、「絵」を見せるのに周りを飾り立てる必要はないし。
とりあえず週末の間に、自分ではどうにもならない、枠(箱)の部分と、中に置くベンチの板材を友人に切ってもらい、ついでに三角定規や色鉛筆なども借りてきた。

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私の最大のこだわり(?)は、作品のすぐ近くにキャプション(説明書き)などを置かないこと。特にそれが暗い所でうんと小さい字だったりすると、作品の前に常に人がたかって鑑賞のじゃまになるから。でとりあえず、1部屋にたった1作品なら、いっそ部屋の入口に、最低限の情報、画家名、タイトル、技法、制作年・・・あたりは、ばーんと書いておいたらいいのではないか、と。ほんとうは浅地に白で染め抜きにしたらキレイ、と思ったのだが、どうやってそのミニチュアを作ればいいのかわからないし、それってよく考えたら、日本の「暖簾」の発想?・・・ちょっと銭湯みたいかも、と考えを修正して立て看板方式に。
もう1つは、2カ国語表示。イタリアの美術館、展覧会の場合、まだまだイタリア語表記のみのところが多いのだが、英語が併記されていても、それが上下に並んでいたり、しかも英語の文章がしばしば全文斜体になっていたりして、ものすごく読みづらい。イタリア語、英語を離して置き、やはりなるべく人が一カ所にたまらないようにしたい。実際、この点については、今回のグラフィックを考える科目の中ではあまり重要なことではないようだったのだが、ここはもう、勝手にこだわった。立て看板を2カ国語表記にし、そこで英文には赤い■、イタリア語には青い■を入れる。壁沿いに赤・青の色でラインをつけ、それぞれの言語のキャプションに目がたどりつく、という仕組み。
正直のところ、ものすごく時間をかけた割に、出来上がってみたらやっぱりシンプルすぎたかも・・・と思ったが、もうこれ以上どうなるものでもない。照明の代わりに、天井に穴を開けて外光を取り入れ、スポットがあたっているように見せる、というのも条件の1つ。これも単純に、絵とキャプションの上だけに、細長く穴を開けたところ、少々暗すぎる。絵の部分、思い切って半円に開けてみたらこれは正解でかなりいい感じになった。

朝9時に、出来上がった「箱」をえっちらおっちら運んで会場へ。ほかの人のを見ると、さすがにみんな、いろいろと手を入れている。箱ごとアートみたいになっているものも。
が、私の模型も、こちらがいろいろと心配していた点も突っ込まれることもなく、案外きれいに仕上がった様子に先生も満足、幸い満点をいただいて無事終了した。慣れないことをして疲れたけど、とりあえず、ほっ。

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25 ottobre 2007
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by fumieve | 2007-10-26 08:15 | 学ぶ・調べる

ジェラテリア・ザンポッリ、トリエステ

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Gelateria Zampolli, Trieste

昨日行った、トリエステのおまけ情報。
駅から中心部に向かう道、中国衣料品店だの大きく「アウトレット」だの書いた店の並ぶカーブのかかった広い道路、すぐ左側にあるこのジェラート屋、前に地元の友人に教えてもらった店でとてもおいしい。
一見見過ごしてしまいそうな店構え、中に入るとジェラート専門店とは思えぬほど広々としている。ショーウィンドウも広々としていて、種類がびっくりするくらいたくさんある。
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私は、さんざん迷った末に、zucca(ズッカ、かぼちゃ)とcastagne(カスターニェ、くり)の組み合わせにした。2スクープで2.4ユーロはちょっと高くてびっくりだけど、納得のおいしさ。卵や牛乳の味が濃い!
立ち食い用、お持ち帰り用の値段で、店内にゆっくり座って食べられるのもいい。
食べ終わってからさらにものほしげに観察していたら、cachi(カキ)やclementine(クレメンティーネ、イタリアみかん=筆者命名)もあったことに気がついた。最初にあんなに見たのに・・・なぜ気がつかなかったのだろう???お代わりしたいくらいだったが、最近また肥満傾向にあることもあり、さすがにあきらめた。

ジェラート大国のイタリアだけど、こういう季節もののジェラートって、意外と少ないもの。特に秋の味覚は貴重なのでは?

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24 ottobre 2007
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by fumieve | 2007-10-25 06:43 | 飲む・食べる

カゾラーティ 静寂を描く

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Casorati. Dipingere il silenzio
Trieste, Museo Revoltella
31 ago – 4 novembre 2007

トリエステ、レヴォルテッラ美術館
11月4日まで


今年の春から夏にかけてラヴェンナで開催されていた展覧会の巡回展。今週提出する「博物館工学」の模型でフェリーチェ・カゾラーティの作品を使っていて、だからトリエステでやっていることをもっと早く知っていれば、絶対に事前に見に行っていたのだが、昨夜になって突然、その存在に気がついた。1カ月も前から、さんざんネット検索をかけていたのに、なぜ今まで全くひっかからなかったのだろう?・・・と思うが、まああとから気がつくよりはまし。

トリエステは何度か行っているものの、このレヴォルテッラ美術館に入るのは初めて。もともと、19世紀にレヴォルテッラ男爵がこの町に寄付したお屋敷と美術品がその基礎、20世紀に入り、カルロ・スカルパの設計により改築・増築しているのだが、スカルパについては長くなるのでまたの機会に。
美術館自体、現在改装工事中で、入場できるのは「スカルパ」館の4-6階のみ、その5階が特別展会場になっていた。

ピエモンテ州ノヴァーラ出身、父親の仕事の都合でイタリア国内各地を回っているものの、トリノに居を構えてそこで亡くなったカゾラーティだが、ヴェネツィアのビエンナーレには何度も出品しているほか、審査員長を務めるなど、ヴェネツィアとは縁が深い。

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では、なぜトリエステでカゾラーティ? 実はこの美術館の看板所蔵品の1つに、彼の「Meriggio(白昼)」(1923年)という作品がある。19世紀のイタリア統一後もオーストリア占領下に残ったこのトリエステ。第一次大戦後にイタリアに戻った(と言っていいのかどうか)直後、イタリ文化こそわが背景である、という強い意思のもと、ヴェネツィア・ビエンナーレに展示された同作品を購入したらしい。同地のイタリア現代美術館の記念すべき第1号作品という、強い思い入れがあるというわけだ。
あまり広くない会場、作品数もそう多くない。特に、ラヴェンナの展覧会でポスターに使われていた作品など、重要な作品がいくつか欠けている。それでも、少しずついろいろな作品が展示されており、カゾラーティの世界を十分楽しめる。
画家として活動を初めて直後の、クリムトの影響、あるいは強いリバティ様式の象徴派的な作品の幻想美。うってかわって静物画は、セザンヌやキュビズムを思わせる。が、特に生涯、彼のトレードマークとなっていく、タマゴと、お椀は、圧倒的にいい。
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「Siena(シエナ)」(1929)や「Taormina(タオルミーナ)」(1931)の風景画は、子供用の模型をテーブルの上に並べた「Giocattoli(おもちゃ)」(1915-16)と同じタッチ。色の違いで全然違った絵になる。
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輪郭が消える「Mele sulla “Gazzetta del Popolo”(新聞の上のりんご)」(1928)や、「Cetrioli(きゅうり)」(1930)は、和紙を使ったちぎり絵のような味わい。
そして、たくさんのヌード。あたかも、1つ1つの裸婦像を、すべて別の画風で描くかと決めたかのように、多彩な表現。知らなければみな同じ画家の作品とは気がつかないかもしれないくらい全部違う。
それから、戦後になって、タマゴとともに頻繁に登場するようになるのがレモン。白と黄色、似たような形と大きさ、それが彼の手にかかると、まさに「絵になる」。
最後に、お目当ての「Donne chine sulle carte da gioco(トランプの上にうつぶせる女)」(1954)。(http://fumiemve.exblog.jp/6260820参照)縦60cm, 横93cmのあまり大きくない、少し横に長いその絵が、目の高さにあった。パソコンの画像から想像していたよりも、やはりずっと色が暖かい。どのヌードとも肖像画とも違う、不思議な絵。・・・ああ、そうか!これは女性を描いているようだけれども、実はタマゴやレモンのシリーズ、静物画の1つなのだ、きっと。

帰りの電車の中で、カタログを少し読んだ。息子のフランチェスコのコメントがあって(いい歳になって相変わらず「ダレソレの息子」と呼ばれるのは本意ではない、と冗談で断りをつけながら)、それによると、彼は弟子たちに教えるときに、手を入れるようなことはしなかった、という。ただ、常に口にしていたのは、バランスを見ろ、ということ。「右に赤を置いたら、左に何かそれに釣り合う色か形を置くこと」。
ああなるほど、彼の絵の「いい」ところはそれなのだ。色だけでも、構図だけでもない、その両方によるバランス。
なんだか謎が1つ解けたようですっきりした。

(下のタマゴはトリエステでは展示なしだったが、彼の最初のタマゴで重要な作品。ほかに展示作品の画像が見つからなかったので、参考までに)
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23 ottobre 2007
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by fumieve | 2007-10-24 06:51 | 見る・観る

ビエンナーレ場外:リトアニア、ロム、メキシコ館

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今日も朝からしゃきーんと晴れ。こんな日はやはり外を歩かなくては!と、ビエンナーレの場外館3つを回ってきた。
先日、Honorable Mention (menzione d’onore、名誉賞)を受賞したリトアニア館。国際美術館で世界初という、ロム・パビリオン。そして、6月の開幕時から「面白いらしい」と聞いて気になっていたメキシコ館。

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まずジャルディーニ、アルセナーレとメイン2会場のちょうど間にあるリトアニア館。タイトルのVilla Lituania(ヴィッラ・リトアニア)はローマ郊外にある建物の名前。最初の、独立リトアニア共和国が1918年から1940年の間、同国の在イタリア大使館だったのだが、旧ソヴィエト連邦に独立を奪われるとともに建物もソ連の所有に。1990-91年、ソ連崩壊とリトアニアの独立に際しても、この建物はリトアニアに返還されることなかった。リトアニアはこれを、最後の占領地とみなし、国際社会に訴えているが、2007年5月現在、ロシアの所有のままである。
このビエンナーレにあたり、アーチスト・グループNomeda & Gediminas Urbonasは、ヴェネツィア、リトアニア、ロシア、ポーランド及びローマで鳩レースを企画。平和のシンボルである鳩を、「占領された」ヴィッラ・リトアニアに送る、このパビリオンでは、ヴィラの模型のほか、その経緯やヴィッラの歴史などをビデオなど使って見せている。
展示そのものよりは、そのコンセプト、メッセージに重きをおいた「作品」といえる。

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一方で、作品を「見せる」、ある意味オーソドックスなパビリオンになっているのが、ロム館。映像や、絵画、彫刻(工芸)、ロム出身である欧州各地のアーチストのさまざまな作品が並ぶ。パビリオン自体のコンセプトとして、差別や偏見への反対や、国籍を越えたアイデンティティーの主張などが底流にあるとしても、結果としては、ここではあくまでも個々の作品が中心である。全体に何か通ずるものがあるとすれば、それこそが、いわゆる国民性や民族性にあたるものなのだろうと思う。
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個人的に気になったのは、Marian Petre(ルーマニア)による木材の周りに銀(?)を巻いたトーテムポールのような彫刻作品数点。それから、キッチュなのか豪華(?)なのかわからない刺繍絵のDelain Le Bas(英国)。そして「ロム地図」と呼びたい、いろんな地図の上を顔の落書きで埋めたDamian Le Bas(英国)、こういうばかばかしいみたいなもの、結構好みである。

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そして、すぐ近くのメキシコ館。
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建物の中庭の美しさに気を取られながら会場内に入ると、ずらりと並んだ椅子。・・・ふむ・・・なるほど、いかにも・・・現代アートだ・・・見ているとそれが上下して、波打っている。次の部屋に移ると、さっそくビデオ・スクリーン。・・・じゃなかった。なんとさっきの椅子の動きをコンピュータ上の設計図として見せたものと、もう1つは・・・さっきの部屋の動きがデジタル化して映し出されていて、・・・椅子の横を通過する人が映っている。なるほど、自分も数秒前にここに映ってたらしい。
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2つの階にまたがるいくつかの部屋に展示されているのは、すべてRafael Lozano-Hemmerという人の作品。いずれも、観客の動きをセンサーで感知し、それを反映するというものなのだが、それが奇想天外で面白い。影を映し、そのデジタル分析と、動きに応じてあらかじめ用意された「声」を発するもの。追ってくる視線。影の中でのみ生きる「人の映像」。そして最後、星のようにL字型の暗い部屋にたくさんぶらさがった白熱灯、何だろうと思っていたら、左右の手で握るバーがあり、そこでその人を心臓の鼓動に合わせて白熱灯が点滅する。次の人がバーを同じ作業をすると、その前の人の「鼓動」が1つ先に送られる・・・。参加型のアートはいくらでもあるが、作業の単純さとその全体の効果の美しさに思わず声を上げてしまった。
メッセージを伝える、自己表現をするのがアートなら、人をびっくりさせるのもアート。ハイテク、デジタルものはふだんほとんど興味を持てないのだが、ここは楽しかった。
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ロム館(Palazzo Pisani S.Marina)といい、メキシコ館(Palazzo Soranzo Van Axel)といい、ビエンナーレ場外展は、こういったヴェネツィアの古いお屋敷を会場に使っているところが多い。いずれも典型的な貴族のお屋敷建築、ふだんはもちろん中を見学する機会はめったにないから、それを見るのもこの期間の楽しみの1つ。ロムの民族的アートが、お屋敷の中でヴェネツィア風シャンデリアの下におさまっているのも、メキシコ館のハイテク・アートがすり減った手すりの階段を上がった奥で展開されるのもまた一興である。

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21 ottobre 2007
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by fumieve | 2007-10-22 06:10

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昨日はどんよりと曇ってうすら寒く、やがて雨も降って、いよいよ本格的な秋・冬の到来を覚悟させられるような1日だった。が、今日は朝からまたからりとした青空。ピリリと晴れて気持ちがいいのだが、空気はぐっと冷たくなっている。こういう日は、外に出ると半袖やタンクトップの観光客から、しっかりハーフコート類を着込んだ主に地元の人まで、いろんな格好の人に出会う。

美術・音楽関係の資料の豊富なことで知られる、チーニ財団の図書館は、サン・マルコ広場からすぐ目の前に見えているサン・ジョルジョ・マッジョーレ島にある。なので当然、水上バスに乗って行かなければならないのだが、こんな日は、水上バスに乗るのも積極的になるというもの。久しぶりに行ったので、毎日歩いている河岸を船(対岸)から見るのも久しぶりで新鮮に思える。
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暗く長い、寒い欧州の冬といっても、ヴェネツィアの冬はこんな感じ。うすら曇りや雨、霧などで気がどんよりと滅入っても、何日かのうちに、こういうふうにしゃきーんと晴れる日がある。
そんなヴェネツィアが大好きな友人が、予定の2年の滞在を終えてもうすぐ帰国してしまう。
何か送別の会を・・・どうしよう・・・と思っているうちに、ご本人からお夕食に招待されてしまった。いろいろなことが後手後手な自分に反省しつつ、お言葉に甘えて、のこのことお邪魔した。

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本日のご馳走は、ちらし寿司、いわしの味噌煮、ひじきの煮物にウンブリア風ヒヨコ豆入りサラダ。おいしい。幸せ・・・。完璧な和食プラス、旅先で出会ったおいしいものを、しっかり取り入れているところもさすが。最近全くレパートリーが増えていないどころか、ほとんど毎日同じようなものばかり食べている自分にまた反省・・・。おまけに、今朝は勉強会の講演を聴いてから市場に行ってお魚などを仕入れたと聞いて、今日私は何をやってたっけ・・・?とこれまた反省・・・・。
といいつつも、一緒に招待されたもう1人の友人と、おしゃべりはとどまるところを知らず。立場や環境は3人それぞれ違うけれども、今ここに、ヴェネツィアに住んでいるという幸運と苦労、あとは、同年代だから、日本でこれまでに背負ってきたものが、これまた全然違うにしても、共通することもたくさんあるからだろうか。
最後は、深夜の鐘の音に背中を押されるように、無理矢理解散した。

今年の秋から冬は、複数の友人が日本へ帰ってしまって、一段とさびしくなりそう・・・。

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19 ottobre 2007
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by fumieve | 2007-10-20 09:05 | 日常生活

第52回ビエンナーレ国際美術展 受賞作品発表

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6月10日から開催中のビエンナーレ・アート展の、各種・金獅子賞が昨日、発表された。(展覧会全般については、日記7月4-6日付で紹介:http://fumiemve.exblog.jp/5875264 ほか)これまではこの賞は実質は一般公開前の内覧会の間に決定され、開幕時に発表、という形を取っていたのだが、それではあわただしくて、多くの展示作品をじっくり見る間がないということで、今回、この時期に変更された。11月21日の閉幕まであと1カ月、夏が終わって話題が他の新しい展覧会などに移っていくのを引きとめる意図もあるのだろう。

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金獅子賞:León Ferrari (アルゼンチン、1920-)
アルセナーレ会場、入ってすぐ左側の、飛行機に磔刑にされたキリストなど。
理由は「アーチスト本人の長い重要なキャリアの一例を、コンパスにして見せた。彼は、直面した政治的・社会的問題に関し、批判的実践を発展させてきた。この賞は、単に彼の倫理的な態度や政治的責任だけではなく、この60年間の間に発展させてきた、現代における美的表現の高さを評価するものである。」


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国別パビリオン 金獅子賞:ハンガリー(ジャルデイーニ内、担当アーチストはAndreas Fogararasi、在ウイーン)
建物内に作られたいくつかの黒いボックスの中に入って(座って)映像を見るというもの。
評価ポイントは「共有してきた歴史のコンテキストにおける、現代化、そのユートピアと破綻に向き合うアーチストの著しい能力」。

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金獅子賞Under 40 :Emily Solokov (ヨルダン、1970-)
ジャルディーニ内イタリア館(国際展)内。
「一般に、あるいはあるパレステイナ人の亡命というテーマに関し、単なる異国趣味ではない実際的な芸術表現のため。展示作品は、映画、ドキュメンタリー資料、物語と音楽の間の広い融合を見せている。」
・・・と言われるとものすごく難しいが、実際の作品はMaterial for filmというタイトルで、ローマで暗殺されたあるパレスティナ人について、遺品、手紙、写真、足跡(現在のローマの写真など)、音楽、映像を使って組み立てたもの。見た目の構成がとても美しく、これだけで十分1つの小さなパビリオンになりそうな感じで、受賞も納得できる。

そして、先日の映画祭でもあったのだが、ここのところ賞を奮発する傾向にあるヴェネツィアは、個人、国別それぞれに、Honorable Mention (menzione d’onore、名誉賞とでもいうのだろうか?)を発表した。

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名誉賞 個人アーチスト:Nedko Solakov(ブルガリア、1957-)
アルセナーレ会場内。壁いっぱいに落書き調に書かれたメッセージ。「今日新聞で、ロシア、ブルガリア間の論争の記事を読んだ・・・」そして、銃が、博物館のように貼り付けてある。

名誉賞国別:リトアニア
こちらは残念ながら、私も見ていないので、そのうち(閉会する前に!)見に行こうと思う。

見ての通り、名前・国を見ると欧州辺境偏向、かつ社会的テーマの強いものですが、表現としてはかなり、ソフィステイケイテドというのか、見た目がコギレイにまとまっているものがほとんど。
以前のブログでも紹介した通り、今回は全体的にもともと、洗練されて見た目にキレイなもの、という傾向が強く、MoMAやTate Modernにいるのと変わらない、というような批判も多かった。受賞作品はその中でもさらにグラフィック的に優れたものが選ばれた格好になった。個人的には好みだが、評価が分かれるだろう。

私も場外展示など、まだまだ全然見てないので、時間を作ってラスト・スパートをかけなければ。

18 ottobre 2007
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by fumieve | 2007-10-19 07:33 | 見る・観る

博物館工学2-3

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Museografia e museotecnica 2

いよいよ大詰めである。ついこないだ始めたばかりのような気がするのに、今日が授業最終回で、来週試験。
今日の提出物は、「博物館工学的視点から見た、特別展覧会批評」。最初の授業でこの課題についての説明があったときにすぐに思いついたのが、その時見たばかりだった「ローマのヴァレンティノ」展。このブログでも紹介して好評をいただいた写真もたくさんある。
また、課題の条件が「4000字程度で、別に必要な図表(写真、スケッチなど)をつけること」なのだが、写真については、「問題は、たいていの展覧会は撮影禁止だけど、注意されるまでは撮っていい、ということで。」または「写真がダメなら、うまい、下手は問題にしないから、スケッチでも。いやむしろ、写真よりずっと評価するけど。」
・・・・・私は基本的には禁止されていることは何にせよ積極的にやりたくないし、いくら下手でもいい、っていったって、順路の中で作品がどういう風に展示されていて、そこにあたっている照明がどうなっているか・・・なんて、私にとって、とても自分の「スケッチ」で表せるものではない。
だいたい、ヴェネツィアや近郊で現在開催中の展覧会を取り上げると、他の学生とかち合う可能性大で、それは避けたい、というのも本音。
実際書き始めると、ついつい説明くさくなるので、あっと言う間に4000字くらいになる。あまり博物館工学と直接関係ないことなどを削って、なんとか10%増しくらいの分量に。非常口やブックショップについて触れることができなかったが、文字数の都合で省略することにする。
いつものごとく、言葉が足りないので写真でごまかそうと、ついつい写真の数が増える。それでもなんとかA4の紙3ページ内に収める。「写真はできるだけ1,2ページに収める」となっていたが、気がつかなかったことにする。限られた数やスペースに写真を収める、というのも「仕事」の1つだというのはわかるのだが、この際仕方がない。
一方、文章のほうは、2ページと、3ページ目に1行だけ出てしまった。これはカッコ悪いので、タイトルの文字などを大きくしたりして、ページ調整。また調子に乗って、パンフレットの表紙なども載せてみたりした。なんだか中途半端に「見た目勝負」に走っている・・・。
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私としては(もうこれ以上は今はどう頑張ってもできない、という意味で)よくできたつもりだが、来週の試験までに担当教官はいったいどう読んでくるだろか。

本日の提出はこれだったのだが、来週の試験の日に持っていく「模型作り」の自分の案も持ち込まねばならなかった。ここ数日は頭の中で、この授業のためだけに同時に2つのことを考えていたからだろうか、今日はいつもにも増して疲れてしまった・・・。



17 ottobre 2007
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by fumieve | 2007-10-18 05:12 | 学ぶ・調べる