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ヴェネツィア ときどき イタリア

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北斎 ヨーロッパを魅了した江戸の絵師

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江戸東京博物館
1月27日まで

Siebold & Hokusai and his Tradition
4 dic 07 – 27 gen 2008
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/kikaku/page/2007/1204/200712.html

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風景や登場人物は明らかに、日本の江戸時代のそれながら、鮮やかな発色やその組み合わせが、欧米人の見た日本のような。展覧会会場入ってすぐは、肉筆によるそんな風俗画や美人画が並ぶ。これは、文政年間(1818-30)に長崎のオランダ商館長が北斎に依頼し、北斎とその工房によって描かれたものらしい。オランダ国立民族学博物館、およびフランス国立図書館から、今回初めて「同時里帰り」しているこれらのコレクションの中には、「東海道五十三次」など、版画で知られる北斎の絵や図案の写し、あるいはヴァリエーションも含まれる。
北斎といえば、なんといっても「冨嶽三十六景」をはじめとする版画のシリーズの大胆な構図や独特の遠近法、あるいは人・動物から自然現象まであらゆるものを対象にした「北斎漫画」に見られる驚くべき観察力と表現力。それが歌麿や広重、ほかの多くの浮世絵師たちと並んで欧米で大きく評価されたのは周知の事実だが、実は、彼らからの直接の依頼で、より欧米人好みの絵も描いていたことは、案外知られていないのではないか。

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その里帰り品も含め、展示作品数がたいへん多い。東海道五十三次、冨嶽三十六景、諸国瀧廻り、諸国名橋奇覧など、シリーズものは、会期を前後半に分けて半分ずつの展示とはいえ、それでもかなり見応えがある。私個人としても、これだけ北斎の版画を一度に見たのはおそらく初めて。写真などではさんざん見ている名作、版画と言ってもやはり間近に見ると迫力が違う。平面の版(色)を組み合わせることによって作り出す立体感。その色使い。構図の面白さを出すために、誇張された表現も多いとされるが、それでも例えばこの富士の色、山がこういう色に染まるときというのは、確かにある。
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展示は、版画以外にも摺物や版本に晩年の肉筆画と、その種類も多岐にわたる。そして、風景画や美人図もいいが、狂歌や「風流おどけ百句」といった皮肉やユーモアのこめられた作品もほんとうにうまい!と思う。

久しぶりだったので、常設展も見るつもりで行ったのだが、企画展の量・質ともに大変充実していて、気がついたときには閉館間際。今回はこちらだけになってしまったが、大満足で博物館をあとにした。

27 dicembre 2007
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by fumieve | 2007-12-27 23:58 | 日本事情

ブルーノ・ムナーリ あの手 この手

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板橋区立美術館
2008年1月14日まで
http://www.city.itabashi.tokyo.jp/art/schedule/now.html/

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「あの手 この手」は、ムナーリと親交のあった美術評論家・詩人の滝口修造氏による命名で、原題は、Le Forchette di Munari(ムナーリによるフォーク)。イタリア人が多様するジェスチャーをフォークにたとえて描いたもの。
芸術家、グラフィックデザイナー、教育者・・・いろいろな肩書きで表現されるブルーノ・ムナーリだが、私にとってはなんといっても絵本作家。今年2007年が生誕100周年にあたたる、20世紀を代表するこのイタリア人アーチストの回顧展である。

役に立つものは美しい、美しくなければならない、というのが20世紀初頭に新しく生まれた工業デザインという概念であるとすれば、役に立たないものこそ面白い、と独自に再提案したのが「役に立たない機械」だろう。「芸術としてのデザイン」(Arte come mestiere)などデザインに関する著作も多いムナーリのセンスとナンセンス。

自分の息子のために、いわゆる仕掛け絵本を作った。「誕生日の贈りもの」(原題は、l’uomo del camion、トラックの男)、「ぞうのねがい」(同、mai contenti、決して満足しない)など。ページごとに紙の形が変わったり、穴があいていたり小さな窓や隠し扉がついていたり。きれいな色でシンプルな絵、小さな子供が、ページをめくるたびに現れる発見に、どきどきしながら引き込まれていくのが容易に想像できる。
それから5年後、今度は「読めない本」を発表。文字のまったくない、いや、絵すらまったく描かれていない、ただ、色紙を切ったり折りたたんだりしてあるだけの本。そこから何を読むのか?・・・いや、読まなくていい。「読めない」のだがら。ただその色や形を楽しんだり、そこから自由に空想をふくらましたり・・・共感できなくてもいいのだと思う。私たちそれぞれが、その自由を楽しめれば。

本来はコミュニケーションの手段であるはずの本に、限りなく遊び・ゲームの要素を取り入れたかと思うと、今度はさまざまなコミュニケーションの手段を、本の中で分類し、独特の表現でそれを伝える。イタリア人のジェスチャーをまとめた「事典」や、「あの手 この手」、あるいは理論書、comunicazione visiva (視覚コミュニケーション)では、人間の視覚、目の錯覚について図を使って説明する。これは、50年たった今でも建築やインテリアを学ぶ学生の教科書に使われている名著である。

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そして、トレーシング・ペーパーで透ける効果を使った「闇の夜に」(nella notte buia)や、「きりのなかのサーカス」(Nella nebbia di Milano、ミラノの霧の中で)。
白い紙の上に、目だけがきょろきょろと見える「白ずきんちゃん」ともなると、完全に大人の絵本」。やはり文字のない、いろいろな素材を使った小さな本がセットになった「本の前の本」(I prelibri)。どれもこれも、見ると欲しくなってしまうものばかりで、日本語、イタリア語とも最近復刻版が出ているものが多いのは嬉しい限り。

日本や、日本の芸術家、デザイナーらとの交流も興味深い。いくつかの私信も公開されているのだが、こんな手紙をもらったらうれしいな~という、凝ったものもある。
また、ムナーリが「折り紙」を研究したのはよく知られているところだが、素材としての「竹」についても研究をしていて、そのスケッチなども展示されている。これは残念ながら出版にいたらなかったらしい。
「旅行用彫刻」のシリーズは、日本人からみればむしろおなじみなような、折り紙と切り紙を組み合わせたような、紙の「彫刻」。二つ折りにたためるようになっていることから、こんなタイトルになっているらしい。「そんなもの、わざわざ旅行に持っていかなくても・・・」などと言ってはだめ。一見、役に立たないようなものこそ、人間の生活にはなくてはならないのだから・・・。

会場では子供のためのワークショップのビデオが流されている。著作権の関係で、残念ながらイタリア語のままの放送、字幕なしだが、コラージュ(切り張り絵)の方法を1つ1つ丁寧に説明しているので、言葉がなくても十分にその様子が伝わると思う。ちなみに、イタリア語が丁寧で簡潔で、とてもわかりやすいのもさすがながら、その中にもちろんユーモアあり、そして特別な材料を使わずに、家庭で「ごみ」として処分されてしまうようなものを使って、また、いかに子供に自由にやらせるかに、言葉を砕いている。

どの「仕事」も、本人が一番楽しそうなのがいい。

最後に、段ボールを使った展示ケースは、駒形克己によるもの。美術館1階のショップには駒形氏のすてきな切り絵絵本も取り揃えてあった。

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26 dicembre 2007
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by fumieve | 2007-12-26 23:14 | 日本事情

ブッシュ・ド・ノエル

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Bûche de Noël

クリスマス・ケーキ。
イタリアでは、クリスマスに食べるのは、パネットーネかパンドーロ。前者はもともとミラノのお菓子で、パネットーネ菌を使ってふくらませたふわふわの黄色い生地、干しブドウやオレンジ・ピールなどが入ったもの。Pan d’oro、金のパン、が語源と思われる後者はヴェローナが発祥の地。パウンド・ケーキに似た生地で、深いぎざぎざの入った型で焼きあげられたものに粉砂糖をたっぷりかけ、横に切ると大きな星型が現れる。
どちらも今や(おそらく)イタリア全国に工場生産でおおきな箱に入ったものが出回っている。お歳暮というか、「もち代」というか、12月に入ると贈答品にもたくさん使われるもので、つまり保存のきくお菓子。

昨日、出かけた帰りに駅ビルでクリスマス・ケーキを買って帰ろうと思ったら、大本命のお菓子屋さんのものはすでに完売。第二候補のお店でブッシュ・ド・ノエルを買った。
最近はヴェネツィアでも、似たようなケーキを売るところも出てきたが、それでもこういう生のケーキはまだまだ少数派。日本にいるときは存分に味わおう!
スポンジ&クリームが自慢の店の、ふわふわのチョコレート・スポンジ(イタリアに存在しないのでは?)に、軽めのチョコレート・クリーム。う~~~ん、やっぱりおいしい!!!

25 dicembre 2007
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by fumieve | 2007-12-25 23:09 | 日本事情

「和モード 日本女性、華やぎの装い」展

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サントリー美術館
2008年1月14日まで

Wa mode, japanese female mode : traditional costume & make up
Suntory Museum of Art, Tokyo
http://suntory.co.jp/sma/

23 dicembre 07 – 14 gennaio 2008

新しく六本木ヒルズの中にできたサントリー美術館は、壁や床には天然色と木の風合いを生かし、全体にすっきりと余計な飾りのないものの、あたたかく落ち着いた空間。先日行ったここから徒歩5分の国立新美術館の内部とも似た雰囲気だが、新・和風ともいうべきこのスタイルは、昨今の建築・インテリアの国際的な潮流の一つなのだろう。

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この展覧会では、日本の女性の美と装いの変遷を、絵とモノを使ってたどる。
中国から装いも「輸入」していた奈良時代から変わって、日本独自の服装が生まれる平安時代。「十二単」と後世になって呼びならわされるように、幾重にも重ねた衣の色合いを楽しんだ時代から、当初は下着的なものであった小袖がやがて一般の服装として独立して着られるようになるまで。数知れずのヴァリエーションを生み出すことになった小袖の、技術や意匠。
生き生きとした人々の生活と、したがってあらゆる場面での服装を写し取った風俗画の描かれた屏風。化粧道具に化粧マニュアル。
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十二単以来、結い上げずに長く後ろに伸ばした「垂髪」が基本だった日本女性に髪形革命が起こったのは江戸時代から。髪を梳くだけでない、飾りのための櫛、笄、かんざしが作られるようになるのもこのころからである。柘植、銀細工、べっ甲はもちろん、蒔絵、漆、象牙・・・と材質も技術もさまざま。
そして、明治以降の、ポスターの中に見る女性の髪形と服装。
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最後に「和風クリスマス」、年中行事を描いた屏風、お正月向けらしき縁起物の器など。
もともと「モノ」好きの私にとって、すばらしい工芸品をたくさん所有するこのサントリー美術館の展覧会はいつも楽しみなのだが、新しく移転して初めて行ったこの展覧会は、期待以上に楽しめた。個人的には、今年前半に取り組んだ卒論の内容とかぶる部分もあり、いいおさらいになったということもあるが、そうでなくても誰にでも親しめるよう、まず説明がいい。屏風や浮世絵な
どの絵の中の「見どころ」はもちろん、着物や工芸品のテクニックや文様なども、とてもわかりやすく説明されている。そして、展示品の数、種類の多さに加え、全体の構成のよさ。
いい日本の「もの」をたくさん見て、何かちょっとすてきなお正月の飾りなど、用意してみたくなった。

クリスマス・イヴの六本木。振り替え休日で連休ということもあって、昼間から大変な人出だったが、展覧会を見終えて出てきたときには身動きがとれないほどの人になっていた。

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24 dicembre 2007
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by fumieve | 2007-12-24 23:56 | 日本事情

仙台市博物館

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Sendai City Museum

仙台城三の丸跡

規模の大きな博物館ではないが、十分ゆったり広々とした入口から入り、展示室のある2階へ。やはりそう大きくもない最初の展示室は「旧石器時代から室町時代」とあり、一瞬ぎょっとしたが、地域内で発掘された矢じりや土器から平安・鎌倉時代の銅鏡と、伊達家初期の書状などがうまく並ぶ。
見学を始めてすぐに気がつくのは、要所要所の「解説」のよさ。文章が的確かつ適量でたいへんわかりやすい上に、年表や地図などを加えてある。さらにこれが、大人ならちょうど手を下したあたりの高さ、床に並行に設置してあるので、子供や車椅子に乗った訪問者でも比較的容易に読むことが可能と思われる。
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一番広い次の部屋が、内容的にもこの博物館のメインと言っていいだろう。1600年に岩出山から移って仙台開府した伊達家伝来、またはそれにまつわるものが展示されている。

常設展も年に4回展示替えを行っているそうだが、今回、この部屋でとても面白かったのが、「伊達家のお正月」と題した展示。伊達輝宗が息子、政宗のために残したとされる「正月仕置之事」(1584年)によると、たとえば1日は書き初め。3日には初狩、7日は七種(ななくさ)連歌。a0091348_115144.jpg
初狩は、有名な生類憐みの令の出た後も、なんと名前を変えて行われていたらしい。「御野初(おのそめ)行列図」(1857年)は、身分や役割により衣類の色や柄がユニフォームのようにきちんと決まっていたという伊達家の、そんな初狩の様子が細かく一人一人丁寧に、キャプションつきで描かれている。あるいは、江戸時代に入って、やがて廃れていってしまったという連歌も、この伊達家では消えることなく、正月行事として残っていく。何冊もの「連歌懐紙」がそれを伝えている。

あるいは、伊達家の正月料理をのぞくと、雑煮の具は、「干し鮑、にしん、ごぼう、干しなまこ、とうふ、大根、黒豆、葉の茎」。一方、娯楽はというと、独楽に貝合わせ、歌留多など。庶民の様子を垣間見せるのは、初夢の宝船や、初売りの景品だという、とっくりや杯。
仙台だけでない、全国の羽子板なども。
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が、仙台の春は永遠ではなかった。悪天候と飢饉。
次の部屋は、幕末・維新を見せる。仙台にかぎらない、日本全国の激動。文明開化。そして大戦へ。
ここまでが大まかに時代の流れに従っての展示だったが、後半はテーマ別の展示。広い廊下に浮世絵ケース、コレクション展示室には、やはり地方を代表する土人形とやきもの。
テーマ展示室Iは「仙台藩の武器武具」として鎧・兜に陣羽織。展示室IIには慶長遣欧使節に関する資料。今回の私の最大の目的は実はこれで、スペイン風の洋装の常長が、胸の前で手を合わせ、磔刑図の前で祈る「支倉常長像」と、当時のローマ法王パオロ5世の肖像。実物を見ないままに卒論に使っていたので、自分の目でしっかり確かめることができてほっとした。
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時間に追われ、じっくり見ることが叶わなかったが、プレイミュージアムもちらりとのぞいたところ、大人でも楽しめそうな、魅力的なところだった。次回はぜひ、ここまで体験してみたいと思う。

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23 dicembre 2007
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by fumieve | 2007-12-23 23:12 | 日本事情

Made in Japanですが・・・

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ヴェネツィアの毛糸屋で、色違いの糸を3玉だけ買った。
織物をする伯母に送ったところ、織り上がって届いたのがこの3点。こちらは基本的なことすらわかっていないから、1玉では当然、1本のショールには足りず、他の糸を混ぜてあるのだが、それぞれ糸の種類や混ぜ方が違うため、風合いや質感も全然違うものになっている。
買ったときは意識しなかったけど、3色でかろうじてイタリアン・カラーになっているかな・・・。

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22 dicembre 2007
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by fumieve | 2007-12-22 22:52 | 日本事情

武田同門会(能楽公演)

観世能楽堂

仕舞
 屋島・半蔀

 菊慈童(シテ 郷 三枝子、ワキ 村瀬 慧)
狂言
 呼声(シテ 野村 萬斎)
素謡
 松風(ツレ 武田 文志、シテ 新井 和明、ワキ 松木 千俊)
仕舞
 歌占・雲雀山・鉄輪

 善界(ツレ 武田 宗典、シテ 武田 友志、ワキ 舘田 善博)

観劇やコンサート、ゆっくり余裕を持って会場に到着し、売店をひやかしたりしながら心の準備をして臨もう、といつもいつも思うのに、当日は毎回、ぎりぎりに駆けつける羽目になる。まして今日は、慣れないお能。今日までに予習をしておこう、というのも思っただけで実行できず。せめて会場でプログラムをじっくり読んで・・・というつもりだったのに、結局開演ぎりぎりに席にすべり込んだ。
番組前の「おまけ」プログラムで、松木千俊さんによる「装束着付け実演」から始まった。今日のテーマは「狩衣」。狩衣とか直衣だとか、1年前まではせいぜい源氏物語(もちろんマンガの)でなんとなく知るくらいだったが、卒論で日本の装束を取り上げてにわか勉強した。だから絵や写真としては多少理解しているつもりだったが、やはり実際に着付けているところを見るのは全然違う。役柄による袷と一重の使い分けなど、ふむふむ、という感じで聞く。今日の公演では、「(金箔が豪華すぎて)そう見えないけれども、実は大変古い衣装」も使われるというので、楽しみに待つ。
和楽器の合奏と舞い。正直なところを言えば、これが何か自分の中にある懐かしいものだったりするかというと、そうとは言い切れない。ほとんど培われないままにここまで来てしまっていて、むしろ新鮮といったほうがいいかもしれない。
そして能。何年も前に1,2回見たときには、全くわからないものとしてあきらめてしまっていた。今回はどうだろう?と思って臨んだのだが、部分的にわかるような、わからないような謡がもどかしい。もう少しわかればずっと楽しいと思うのだが・・・。ちなみに周りは、ほとんどが門下生や趣味で謡をやっている人とみえ、みな本を開いて一字一句追っている。それはそれで、公演を見に(聞きに)来ているというよりは、おさらいに来ているような感じ。
本来は休憩にあたる狂言。テレビや他分野での活躍も著しい野村萬斎さん、実は私が初めて見た狂言は萬斎さんがまだ武司さんだったころに見た「ござるの会」だった。なつかしい。そししてやっぱり狂言はわかりやすい・・・。気楽さと元来の「おかしみ」に誘われ、大口をあけて笑う。
麻や綿でイキな文様で遊ぶ狂言の装束と、豪華絢爛な能装束との対比がまた面白い。
素謡のあと、休憩。お手洗いにかけこみ、すぐに席に戻って、渋谷東急で買ってきた笹寿しをコソコソと慌てて食べる。食べ終わるか終わらないかのところで、すでに舞台にはするすると囃子方と地謡の方々が登場している。
休憩がまた10分というのは、全体で4時間くらいの公演の中で、いくらなんでも短過ぎないだろうか?あまりにも慌ただしいが、長いと、ここで帰ってしまう人がいるのだろう。
お腹が満たされたら眠くなるかと心配したが、適度にエネルギーが補給されて、かえって集中して鑑賞することができた。
舞台背景が一切なく、衣装やジェスチャーで多くを語る能・狂言。狂言が100%楽しめるのも、なんだかんだと何度も通って、そのお約束に慣れているから。次回はお能ももう少し勉強して、楽しみ度を増していたい。

18 dicembre 2007
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by fumieve | 2007-12-18 23:35 | 日本事情

国立新美術館

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The National Art Center, Tokyo
http://www.nact.jp

フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展、を見に行った。
もちろん、フェルメールはたった1点でもやはり見る価値があると思ったこともあるが、どちらかというとこの話題の「新」美術館を見物に行ったというのがホントのところ。

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地下鉄・六本木駅で降りて、案内に従って5分ほど歩いたところに、先日亡くなった、日本を代表する建築家の一人、黒川紀章氏による波打つような流線型の建物がある。平日の午後だが、特別展の最終日だからだろうか、あちこちに案内の人が立っている。チケットを買い、多角形型にでっぱった自動ドアの入口から中へ入る。
吹き抜けで広く明るい室内、展示会場が大きく、A, B, C...と分かれているところ・・・有楽町の国際フォーラムや、東京ビッグ・サイトなどの雰囲気と似ている。つまり、美術館というよりは展示場、といった雰囲気だ。

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既に国内でずいぶん議論になったことと思うが、この「美術館」には所蔵品がない。
1951年12月に制定された博物館法によれば、
「博物館とは、歴史、芸術、民族、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む)し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーションに資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究することを目的とする機関」。
定義にしたがえばこの施設は「美術館(博物館)」とは呼べない。
一方で、博物館という機関にとっては、単に所蔵品を保存・常設を展示するのみではなく、さまざまな特別展を企画・実行するのも非常に重要な役割の1つである。つまり博物館にとって、企画展のためのスペースを持つのは必要不可欠といえる。国立博物館の別館展示場とか、何か付属の施設としておけば問題はなかったのに、なぜ「美術館」という名をつけてしまったのだろう?
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ちなみに、これを書くために英文名を確認したら、The National Art Centerとなっていて、museumの表記がない。ちょっと、あれ?というか、何というか・・・アート・センターならば全く問題はないのに、なぜ日本語もそういう名前にしなかったのだろう?という疑問がわく。カタカナを使わずに日本語名にしたい、という意図があるのかもしれないし、それは好ましいと賛同するが、日本語名だけ「美術館」とするのは、何か騙されているような気がする。

フェルメールの特別展の会場は、1E。さすがに最終日とあって人が多い。入ってすぐ、高い天井に明るく広い部屋は、一見、その人の多さを感じさせない。が、鑑賞を始めるとすぐに、そのアンバランスさ加減が気になる。つまり、だだっ広い部屋に、版画を含む小さめの絵が壁に等間隔でびっしりと並んでいるため、結局、鑑賞者はぞろぞろと壁に沿って列を作って見るしかない。広いスペースのほとんどが無駄になっている。多くの入場者が見込まれた展覧会なのだし、間に壁を入れてスペースを区切り、その代わりに作品同士の間隔を開けて、人が多くても見やすい展示にできなかったのだろうか?
この天井の高さが、かえって途中に壁などを入れづらくしているのだろうか?と見上げると、天井は大きく升型に区切られている。各壁はその線上から降りてきており、確かではないが、これは展示によって壁の位置を変えられるということではないだろうか?だとしたら、さすが自由自在な日本の建築、なのだが、だとしたら、少なくともこの展覧会にはその美点が生かし切れていない。
肝心のフェルメール、「牛乳を注ぐ女」は、前室に説明のビデオなどがあり、当作品は広い部屋に一枚、それも止まらずに近くから見たい人と、目の前でじっくり観察したい人との列がロープで区切られていた。まず、じっくり観察するためのほうに行ってみたが、前に「止まってはいけない」人が2-3列になっているため、よほど背が高かったりしない限りは逆に全く見えない。「止まってはいけない」方の列に並びなおし、最前列からもう一度見た。幸い、大殺到というほどの人ではなかったので、注意されるまでは・・・と、立ち止まってかなりじっくり見ることができた。

名称には大いに問題があるが、全館でこれだけの空間があれば、さまざまな展示やイベントの可能性があるだろう。今後の企画に期待したい。

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17 dicembre 2007
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by fumieve | 2007-12-17 23:59 | 日本事情

銀座のクリスマス

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どきどきの、久しぶりの都心。
クリスマス前の土曜日の銀座は、想像以上にたくさんの人で賑わっていた。おなじみの、ミキモトのクリスマス・ツリー、特別に変わった趣向なわけではなく、むしろオーソドックスなのがまた、いかにもミキモトらしいのだがそれがやはり美しい。アクセントになっているのは、中から光を放つガラスの天使と、足元に置かれたイガイガのボール。
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さすがに、この前には一段とたくさんの人・人・人、ただし3年前とたぶん、違うのは、みんなが一斉に携帯電話で写真を撮っていること。ほかは、三脚を使って本格的に写真を撮っているプロらしき人が数人あちこちにいたのをのぞけば、コンパクトとはいえ、デジカメで真面目に(?)パチパチと写真を撮っているのは、私と、明らかに外国人観光客のみ。
中に入る理由も勇気もないが、今回、一応外側から見学だけはしておきたいと思っていたのは、ここ数年の間に相次いで建てられた、スーパー・ブランドの新しいショップ。

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伊東屋と銀座松屋の間にはブルガリ。その正面のカルチェ。ブルガリの手前はルイ・ヴィトンだったか・・と思ったら、これはなんと銀座松屋がまるごと、ヴィトンのバッグに包まれたような外装になっていた。
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4丁目の交差点から日比谷方向へ向かうと、右側にグッチ。ほぼ正面に並ぶのは、ディオールとアルマーニ。このアルマーニは確かオープンしたのが比較的最近のはずで、イタリアでも大きなニュースになっていた。ちなみにこのアルマーニ館、全体が小枝と木の葉に覆われたようなちょっとレトロな雰囲気さえある建物なのだが、すぐ隣に某英語学校の電飾看板がある上に、ガラス張りの表面に、Sビール社、Iハム社の電飾看板がきれいに写り込んでしまっている・・・これらの建物は、建築ビエンナーレなどで、模型は写真を見たりしていたところが多いのだが、このアルマーニ、設計の段階でここまで計算されていたのかどうか・・・。
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数軒先には、エルメス。ここは厚い曇りガラスのタイルを外壁に使っているため、まるで氷河のように中がうっすら透けて見えている。
東京の「進化」に口をぽっかり開けつつ、これらのブランド・ビル、ほんの数年の間に次々建っているせいもあるのだろうが、新しくて個性的なはずが、結局全部、お互いに似かよっているという気がする。
なんだかやっぱり、和光と三越のデコレーション、そしてそこに黄色いタクシーが走っていたりするのが、一番銀座らしいクリスマスに見えてしまうのはやはり年のせい?

15 dicembre 2007

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by fumieve | 2007-12-16 00:49 | 日本事情

若葉といちょう

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運転免許の更新に行った。いや、正確に言うと、イタリアに在住中に期限が切れて、6カ月上3年未満が経過している場合、「更新」ではなくて「失効後の再発行」の手続きということになるらしい。かつ、再発行後1年間は、「新たな免許取得」とみなされ、若葉マークをつけることが義務付けられる。

神奈川県警のHPによると、その場合、失効した免許証、身分証明書、写真のほかに、一時帰国中で住民票がないものは、
*本籍が記載されている住民票の除票
*「日本での一時滞在先を証明する書類」(親などに書いてもらう)
*↑の人の証明書(免許証などのコピー)
が必要、とのこと。
それらを揃えて、早起きをして、横浜市の二俣川にある免許センターに行ったところ、申請書を書いて、証紙も買って貼ったところまできて、今回、私の手元の書類では手続きができないという。
・・・実は、昨年の6月に、ミラノの領事館でパスポートを更新した。それ以来、新しいパスポートを使ったのは今回の帰国が初めて。さすがに帰国の際にこの新しいパスポートは忘れなかったのだが(忘れたらもちろん飛行機に乗れない)、古い方のパスポートは全く意識の外にあり、持って帰ってくるのを忘れてしまった。
成田空港の入国審査を通るとき、「そういえば・・・」と思いだして一瞬不安がよぎったものの、そこでは全く問題がなかった。ところが、この免許証の「失効後の再発行」手続きの場合、当然のことながら、失効してから今まで、日本に「いなかった」という証明が必要であり、そのためにはパスポートの出入国スタンプがいる。私の新しいパスポートには、今回の「入国」のスタンプはあるが、いつ「出国」したのかがわからない、すなわち、いなかった証明にならない、という。
市の支所での書類申請から、この免許センターでここにたどりつくまで、どこもかしこも人がみな親切で至れりつくせり、何もかもがスムーズで感動していただけに、自分のうっかりミスで躓くことに大ショック。そして、これがイタリアなら、押したり引いたり、ごねたり泣きついてみたり、ダメもとでもいろいろやってみるのだが、あまりにも理路整然とした説明に、引き下がるしかない。それでも、パンっと跳ね返されかかったところを、いったいどうしたら・・・と聞いたところ、「法務省で出入国情報を開示してもらうという方法がある」と教えていただき、電話番号をもらった。
さっそく電話で問い合わせると、「2週間くらいかかる」とのこと、年末年始をはさむし、かなりギリギリだが、ともかく一か八かにかけるしかない。急遽、そのまま霞が関へと向かった。
なにしろ3年ぶりの帰国で、かなり日本に慣れていないため、東京に出るのは明日からにしようと思っていたのだが、仕方がない・・・。イタリア留学関連で外務省に何度か行ったときには、たいてい新橋から(散歩がてら)歩いて行っていたので、そのつもりで同じように虎の門まで向かったら、そこまで行ってから、法務省は一番遠い、お堀沿いにあることがわかった。ひたすら歩いて、レンガ造りの建物に入ろうとして守衛さんに聞くと、「出入国情報管理室」は、裏側の別の建物だという・・・。車だけがぶんぶん走っていて人通りのほとんどない道を北風に吹き飛ばされそうになりながら、ぐるりと回りこんで、ようやく目的地にたどりついた。

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必要な「調査」の依頼をし、ほっとして出てきたら、建物の玄関口にいちょうの葉がいっぱい積もっていて、それを掃きよせている人がいることに初めて気がついた。大周りして、結局、日比谷公園のすぐ裏に出ていたのだった。
東京出身の友人が「紅葉といえば、もみじよりいちょう」と書いていたけど、ああ、そうだった、青い空に黄色いいちょうの葉、まさしく東京の風景だったと思いだして、急に嬉しくなった。

海外長期滞在の方々、運転免許証の取り扱いにはくれぐれもご注意を。


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14 dic 2007
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by fumieve | 2007-12-14 18:26