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ヴェネツィア ときどき イタリア

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パスティッチェリア・トノロ

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ヴェネツィアのカルネヴァーレといえばフリッテッレ。ヴェネツィアのフリッテッレといえばクリーム。そしてヴェネツィアでクリームといえば・・・絶対に欠かせないのがここ、トノロ。
もちろんこの時期は、フリッテッレ(クリーム、ザバイヨーネ、ヴェネツィア風)、ガラーニが店頭を飾る。
中に入るとまず目に入るのは、細長いガラスのウィンドウ・・・ではなくて、その前を何重にも取り囲む人々。その場でお菓子を1つ買ってつまむ立ち食い組、いくつか選んで包んでもらう持ち帰り組が入り混じって順番を待っている。ようやくガラスにたどりついたところで、人がいっぱいで見渡せないから、選ぶのが大変なくらい。
ウィンドウの中には、毎日作りたてのお菓子がずらり。
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ここはなにしろ、クリームものがおいしい。チョコレート、カフェ・・・とシュークリームが何種類もあるのも自慢で、その中でも特にダブル・クリームはお勧め。生クリームとチョコレートクリームが重なってはいっているから、上をはがして、1口めはまずチョコレート味。2口めは下だけで生クリームを味わい、もう一度重ね直して今度は上下からガブリ。ああ・・・幸せ・・・1個で2度どころか、3度おいしい優れものである。
写真の後方に映っている、クッキー生地にクリームが詰まっているものもおいしい。
どれも、(イタリアにしては)甘すぎず、重すぎず、やさしい味。大きさもちょうどいい。
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ここはパスティッチェリア(お菓子屋)だが、コーヒー類も飲めるので、お菓子を選んでついでにカップチーノやカフェを注文し、お菓子をほおばりつつ奥のカウンターに移動して、飲み物を待つ、というのがツウ。もちろん椅子はないので、立ち食い・立ち飲みで。
お持ち帰りには、ミニョン(mignon)、それぞれのミニチュア=ミニ・ガトーもいい。

そうそう、朝はイタリア人の朝食に欠かせない、甘いクロワッサンがもちろんあるが、これも定番のママレード、チョコレート、クリームのほかに、はちみつや、全粒粉ものなど、種類が多い。
いつも地元の人でいっぱいなのは、サンタ・マルゲリータ広場(Campo S.Margherita)とサン・ロッコ広場(Campo S.Rocco)のちょうど中間に位置し、ヴェネツィア徒歩交通の要所のためもあるが、もちろんそれだけではない。朝食に間食、それから帰宅や友人訪問の手土産に・・・と近所の人から、通勤・通学の人でにぎわうのは、やっぱりちゃんと理由がある。

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Pasticceria Tonolo
Dorsoduro 5764
(Calle S.PantalonとCalle Croseraの角)

30 gennaio 2008
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by fumieve | 2008-01-31 23:19 | 飲む・食べる

De Cecco, Jeszensky + Socal, ai Masnadieri

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いい音楽とおいしい食事。楽しいことばかりでない人生に花を添えるこの2つ、では同時に楽しめるとしたら?
ヴェネツィア、ローマ広場からバスに乗ってメストレ(Mestre)ヘ。閑静な住宅街、こんなところにそんな音楽を楽しめるところが?・・・と疑いつつ住所を確認しながら歩いていたら、角にガラス張りのお店が見えた。それがここ、Masnadieri(マスナディエーリ)。
思っていたより小さいレストラン、入ってすぐ目の前は丸く大きなカウンター。左の隅っこに小さなピアノがあった。なにより厨房からいい匂いがしている。
予約の電話をしたときに「演奏している部屋がいいか?」と聞かれて、もちろん、と答えたのだが、なるほどこの部屋にはテーブルがわずか3つ。隣に少し大きい部屋があってテーブルが並んでいるのだが、音は聞こえるだろうが、姿が見えない。まあ自分たちの会話を楽しむにはあちらの方がいいのかもしれない。

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さて、今晩の主役は、Giovanni De Cecco(ピアノ)、Leonardo Jeszensky(ヴァイオリン、vioara cu goarna)、Francesco Socal(クラリネット&バスクラ)の3人。ルーマニアを中心とする民族音楽や、クレズマーと呼ばれるユダヤ音楽などをアレンジして演奏する彼らのコンサートを本格的に聴くのは、おそらく約1年ぶり。
さすがに、新しい曲もたくさん加わってレパートリーが増えている。彼らのサイト等で既におなじみの曲もあるが、いつもいつも、演奏のたびにアレンジを少しずつ変えているから、その違いを味わう楽しみもある。
ヴァイオリンとピアノ、クラリネットとピアノ、それから3人で、と息をぴったりを合わせつつ、お互い挑発するように競い合って演奏していく。一方がメロディーを奏でれば、一方はリズムを刻んでせき立てる。と思うと、追いつ追われつ、それぞれがメロディーをとる。息をもつかせぬその緊張感は刺激的で、耳はもちろん目も楽しませてくれる。
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今日はこの場にふさわしく、明るいダンス曲などが中心。小さい空間だから、あっという間に空気全体が音で温まる。いつの間にか立ち見までいる聴衆を、すぐに巻き込んで魅了している。
私が彼らの音楽を好きなのは、何より彼らが楽しそうだということ。クラシック音楽は、ちょっとかしこまって聴くその改まった感じ、あるいは完全にバック・グラウンド・ミュージックとして聞き流せるのがいいのだが、彼らの音楽は、音楽=音を楽しむ、というのが全身から伝わってくる。
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1つぜひとも紹介しておきたいのが、Leonardoがヴァイオリンともう1つ、演奏していたvioara cu goarnaという楽器。英語ではStroh Violinというらしいが、直訳するとホーンつきバイオリン、つまりバイオリンの本体のかわりに、トランペットのようなホーンがついている。ルーマニアのビホールという地方の伝統的な楽器だそうで、音の進み方はヴァイオリンながら、もっと原始的な、牧歌的な音がする。参考までに別の機会に撮った写真をつけておきたい。

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写真があまりきれいに撮れていないのが残念だが、写真では音楽は伝わらない。ライブではないが、音を聴いてみたい方は、彼らのサイト(My Space)をどうぞ。

http://www.myspace.com/giovannidececco
http://www.myspace.com/musicfromtransilvania
http://www.myspace.com/duosebes
http://www.myspace.com/francescosocal

手が込んでいて、ちょっと気の利いた料理もおいしかった。

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Masnadieri
Via Rismondo 27- angolo via del rigo
Carpenedo, Mestre,VE
Tel. 041 5349121

29 gennaio 2008
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by fumieve | 2008-01-30 23:10 | 聞く・聴く

カルネヴァーレ・小休止

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今年のカルネヴァーレのテーマは、「センセーション(Sansation)~6つの地区に、6感を」。
ヴェネツィア本島の地区(セスティエーレ)、サン・ポーロ、カンナレージョ、ドルソドゥーロ、カステッロ、サンタ・クローチェ、そしてサン・マルコ地区それぞれに、視覚、味覚、触覚、聴覚、嗅覚、精神、のテーマを持たせるというもの。若干こじつけがましい上に、ポスターもあまりカルネヴァーレらしくなくて、どうなの?と思ってしまうが・・・。

そのカルネヴァーレも、第1週の週末を終え、いよいよ今週後半から最終日に向けての加速前、今日は一休み、といったところ。が、25日(金)に開幕したはずのヴェネツィアのカルネヴァーレも、本来ならたくさんのオープニング行事が予定されていた26日(土)は、ほとんどのイベントが延期、または中止になった。というのも、先週、市内の工業港で従業中に市民が2人死亡するという事故があり、事態を重くみた市としては、葬儀の行われた26日(土)は、市内喪中扱いとしたため。

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さて、今年のもう1つのテーマというのか、スペシャル・ゲストとでもいうべき扱いなのが「ルーマニア」。期間中、およそ40のイベント、そのために音楽家その他、約150人が招待されているというからすごい。
来年はぜひ、「日本」をテーマにしてくれないだろうか・・・。もっとも、カルネヴァーレは音楽やダンスが不可欠だから、日本の伝統文化は少々合いづらいかもしれない。
その「ルーマニア」年の開幕となるべきだった「ブカレスト・フィルハーモニー」。当初は26日(土)に予定されていたのだが、そんなわけで今日になったのを思い出して、暗くなってからサン・マルコ広場へと向かった。
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月曜の夜とあって、さすがに人が少ないのが残念。ところが始まってみると、オーケストラだというのに、両脇にしつらえた巨大スピーカーからがなり立てるように鳴る音が興ざめ。耳ざわりで音楽を楽しもうという状態ではとてもなかった。

・・・それで気分を切り替えて、仮装の人々を観察することに。

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昨日はごった返す人で近付く気にもなれなかった、カフェ・フローリアン。のぞきこむと、・・・なんと、不思議の国のアリス!・・・実は日本の方ではないかと思うのだが、いったいどなたでしょう?

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本日、1番気になったお二人はこちら。
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後でもう一度広場で見かけた。

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思っていたよりも、仮装の人がいるが、今日は外国人率が高い。


人数の多さと、圧倒的に豪華な衣装で、広場中の注目を集めていたグループ。
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・・・目をみはるほどの豪華には違いないのだが、・・・うーん、ちょっと違うんだな・・・よくばりすぎというのか、ごった煮というのか・・・そしてここだけの話、女性がみなさん、あんまりきれいでない・・・(失礼、でもほんと。)

というわけで、最後の1枚はお口直しに。

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28 gennaio 2008
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by fumieve | 2008-01-29 06:06 | ヴェネツィア

記憶と伝統と

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1月27日は、欧州ではアウシュビッツ解放記念日として知られる。イタリアでは「記憶の日(giornata della memoria)」と呼ばれ、休日でこそないが、国として、個人として犯した罪を忘れぬよう、そして二度と同じ過ちを犯さぬよう、毎年、国から地方自治体までいろいろなレベルで記念の行事が行われる。

一方、クリスマスに次ぐカトリックの重要な祭日、復活祭に伴って年により日付の移動する、カーニバル(謝肉祭)。今年は、2月5日がその最終日、マルテディ・グラッソ(脂の火曜日)にあたり、だいたいその前の10日ほどをカーニバル期間としているところが多いから、各地でこの週末にその開幕となった。

数日前に、ドイツのミュンヘンでは、この日にお祭り騒ぎをすることについて、ユダヤ人団体から抗議があったというニュースを読んで、
http://www.47news.jp/CN/200801/CN2008012401000190.html
カルネヴァーレが重要な観光資源であるヴェネツィアはどうするのだろう?と思っていたのだが、このニュース、イタリア内でも「ドイツでは・・・」という風に報道されていたから、イタリアでは特別に問題にならなかったようだ。

ヴェネツィアも、(当然)共存の道を選んだ。

今日、27日(日)午前11時、市内ゴルドーニ劇場(Teatro Goldoni)にて、「記憶の日」公式記念式典。ヴェネツィアのユダヤ人コミュニティ代表、県知事、市長の挨拶のあと、ミニ・コンサートが行われた。これがたいへんおもしろかったので、プログラムを書きうつしておく。
「用意されたピアノ(pianoforte preparato)」のためのミニ・コンサート
Anthony Coleman、Mordechai Gebirtigを弾く
programma
Mayn Yovl
Mamenyu An Eytse
Avreml Der Marvikher
S’brent
Oy Briderl, L’chaim

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プログラムによると、Anthony ColemanはN.Y. ダウンタウンのピアニストで、スペイン系ユダヤ人のフォークから、ドミニカ共和国のダンス音楽、サルサ、アフロアメリカン、タンゴにマンボ、バルカン音楽、現代ジャズに即興・・・と世界のあらゆる音楽をクロスオーバーして聴かせることで知られる、らしい。
Mordechai Gebirtigは、ポーランド、クラコフの家具修復職人ながら独学で作詞・作曲を行い、アイディアを書きつけた紙を友人に渡していた、という。1942年、クラコフのゲットー内でドイツ兵に射殺された。
2005年に、クラコフのユダヤ文化フェスティバルでAnthony Colemanが演奏した、これらの曲は、Shmutsige MangnatenというCDになっている。

アンコールも2曲たっぷり楽しみ、さて、ではカーニバルの方はどんな具合かと、サン・マルコ広場に移動する。もちろん、人・人・人・人・人・・・。
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毎年、カーニバル最初の日曜日恒例、「天使の飛来」は正午を予定されていたため、どうやら終わってしまったらしい。一方、仮装行列が続々と広場に到着しているのだが、近寄れないために全く見えない。かろうじて、ドージェ(Doge, ヴェネツィア総督)だけ、傘ですぐにそれとわかり、ようやく写真に収めた。
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お天気に恵まれたためか、今日は豪華な衣装の人も多い。ここ数年、そんな人たちをカメラに収めようとする普通の格好の観光客ばかりが増えて(私もその1人だが)なんだか味気なくなっていたのだが、今日は上々。
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重いのであろう衣装をひきずって、少々物憂げに歩き、カメラのリクエストに答えてポーズをとる。観光客も多いのだが、ヴェネツィア人はなんとはなしに貫録でそれとわかる。
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今日は圧倒的に本格衣装の人が多かったが、中には、「ゴッホ」さんなども。
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韓国の方と思われる、美しい東洋人のカップルも。
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今日はゲットーでは何が起こっているのだろうか、と夕方行ってみたが、カーニバル帰りの人々が通りすぎるくらいで、何もない、静かなふつうの日曜日の午後のようだった。
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リアルト橋のたもと(サン・マルコ側)では、「記憶の日」の一環で、「煙と叫びの国へ向かって(verso il paese dei fumi e delle urla)」というタイトルのビデオ・インスタレーションを実施していた。Andrea Morucchioの作品で、ユダヤ人がその胸につけされられた、星、または三角のしるしを、写真にして集めたもの。
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ゲットーの発祥もその語源もヴェネツィアと言われているが、ユダヤ人に黄色い目印をつけさせたのもまたヴェネツィアがたしか最初だったはず。言論にも宗教にも、民族にも寛容だったヴェネツィア共和国では、一方で厳しい住民監視と服装規定があったためで、必ずしもユダヤ人だけを差別するためのものではなかったとはいえ、区別をしていたのは事実。

飲めや歌えやのカルネヴァーレ、昔からきっと、いやなことを一時でも忘れ、無礼講で楽しむためにあったのだろう。罪や過ちは消えないが、せめて、世界中から集まる、少しでも多くの人々が楽しめる場であったらいいと思う。

27 gennaio 2008
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by fumieve | 2008-01-28 04:20 | ヴェネツィア

パスティッチェリア・コルッシ

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Pasticceria Dal Nono Colussi
Dorsoduro 2867a
(Calle lunga s.Barnaba)
Tel. 041 523 1871

待ってました!
ふだんから週に半分くらいしか開いていないから、通りがかりに開いていたら、必ず寄らなくてはならない。以前は、すぐ近くに美術史学科の建物があったから、それでもしょっちゅう通っていたのだが、学科が引っ越してしまってから、あ、と気がついて通ってみてもいつも閉まっていた。
毎日開いていないのは、もちろん休息のためもあるが、仕込みに時間がかかるため。
12月に、日本に一時帰国する前にも何度か寄ってみたのだが、なかなかタイミングが合わない。開いていると思うと完売状態、だったり。1月に帰ってきてからはしばらくシャッターが下りたまま。数日前から、あたりにいい香りがただよい始め・・・うーん、これはいい兆候!シャッターが半びらきになっているところを、むりやり押し入って撮ってきたのが先日の写真。
このお店になんといっても欠かせないのは、大きなフォカッチャ(Focaccia)。ふつうイタリアでフォカッチャというと、厚地のピザの皮のような、うすい塩味のパンにオリーブなどが入ったものを指す。ところが、フォカッチャはヴェネツィアでは甘い、このお菓子のこと。お店によっては、卵入りのパンの生地にお砂糖をまぶしたタイプのものもあるが、このお店では、これ。しいていえば、パネットーネの、何も入っていないものという感じ。ほんとうにシンプルだから、いくらでも食べられそう(・・・したがって、危険・・・)。ヴェネツィア現地の言葉では、フガッサ(fugassa)と呼ばれる。

そしてこの時期はもちろん、カルネヴァーレのお菓子。
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もうおなじみのフリッテッレ(クリーム、ザバイヨーネ、またはシンプルなヴェネツィア風)、ガラーニ、カスタニョーレ。そうそう、フリッテッレと一緒に並んでいる、クラッフェン(crapfen)も絶品。
もちろんオーダーも可能で、今日は、縦40cm、横60cmくらいの巨大なケーキを引き取りにきていた人がいた。4隅に数字が書いてあり、もしやと思ったらやはり、4人分の誕生日ケーキなのだそう。作る方もすごいけど、持ち帰る方もすごい。(ちょっと遠慮して写真を撮りそびれたのが残念・・・)

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カルネヴァーレに合わせて、昨日からお店を再開。28日(月)~30日(水)はお休み、あとはカルネヴァーレ最終日の5日(火)まではフル回転。そのあと、15~20日ほど休んだあと、復活祭に向けてまた開ける、とのこと。
場所は、アッカデミア橋、美術館がある側のたもとから、駅のほうへ向かう途中に、サンタ・マルゲリータ(Campo S.Margherita)という広い広場があるが、その手前、サン・バルナバ広場(Campo S.Barnaba)から、左へ入る細長い路地があるので、そこを入って少し歩いて右側。

トヨタの試乗会で見事に当選して、日本へ1週間旅行したこともあるフランコさん。日本にも、たくさんのファンや弟子がいる。
このお店、でも実はどなたか後を継いでくれる方を探している。
12月にその貼り紙をみつけて、もうあのお菓子が食べられないのかとショックだったが、とりあえずあと少し、できるところまで頑張るという。
ヴェネツィアの伝統のお菓子屋職人、どなたか目指してみませんか?・・・善は急げ!

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26 gennaio 2008
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by fumieve | 2008-01-27 05:39 | 飲む・食べる

プッチーニ「つばめ」 ゲネプロ

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ヴェネツィア、フェニーチェ劇場

ゲネプロ:コンサートなどの、本公演前の「通し」の総ざらいのことというのは、なんとなく知っていた。イタリア語で、prova generale(プローヴァ・ジェネラーレ)と言われれば、ああそうか、なるほど、総稽古ね。
このゲネプロ、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場では、「友の会」に入っていると行けるらしい、というのはそういえば前に聞いたことがあった。が、私はもう数年前から会員になっているのに、一度も行ったことがない。会員規約を読むと確かに「ゲネプロ招待」と書いてある。ほかに、同じく「招待」になるはずの講演会やコンサートの招待券などはきちんと郵送されてくるので、たぶん、一番安い一般会員ではだめなのか、それともその権利はなくなってしまったのかと思ったりして、これまで特に気に留めずにいた。
ところが、実はこれだけは自動的には送られて来ずに、なんと予約制ということを友人に教えてもらった。しかも、公平を喫するために(?)2回に1回ずつだという。今まで確認しなかった自分も悪いのだが、こういうの、絶対事務局のほうから教えてくれたりはしない。

手元のSEIKO電子辞書によると、「ゲネプロ:演劇・音楽の総稽古。ヨーロッパでは、初日の前日に各界の名士を招待して行う。」とある。
がここはヴェネツィア、ちゃっかり有料で一律6ユーロ。まあもちろん本公演のチケットに比べたら嘘みたいに安いのだが、でもいくら通しといっても「練習」なわけだし・・・。なんだか結局、いちいちあちこちでお金をとられる気がする・・・。

ところがところが、やはり聞くと見るとでは大違い!前から2列目というので、近すぎてちょっとーと思っていたが、これが鑑賞しやすい、ものすごくいい席だった。いつもは上のほうから見下ろしているのだが、その違いにびっくり。ああ、なんてよく見える・・・(が、もしかしたら、声は若干聞こえづらいのかもしれない。)しかも今日は、いかにも「お芝居」らしい舞台。オーソドックスで奥行きをきっちり生かしたセットに、作品がまた歌の掛け合いを楽しむ喜劇タイプなこともあって、より一段と「舞台を見ている」という感じがした。
ヴェネツィアの2008年シーズン開幕は、プッチーニの「つばめ(La Rondine)」という作品。プッチーニ・イヤーの今年は、各地でプッチーニ作品の上演が目白押しの中、知名度の低い作品をいきなりオープニングに持ってくるところ、さすがに毎年半分以上は知らない作品(と作曲家)を並べるヴェネツィア。イタリアの主な歌劇場の今年のプログラムを調べたが、「つばめ」をやるのは、ここヴェネツィアだけ。しかもオープニング。こういうひねくれ加減は、慣れてくるとニヤリとさせられる。昨日もボックス・オフィス(チケット売り場)で、「もっと有名なオペラはやっていませんか?」と聞いていた外国人観光客がいたっけ・・・。

さて、その「つばめ」、パリでお金持ちに養われて贅沢三昧、自由を満喫する若く美しい女性マグダは、実はほんとうの恋を探している。そして出会った若者と恋におち・・・最後に待っているのは悲しい別れ。そう、これは設定といいお話といい、ヴェルディの椿姫(La Traviata)に酷似している。実際、今日マグダ役だったマリア・ルイージャ・ボルシ(Maria Luigia Borsi)は、2004年にフェニーチェ劇場再開のオープニング公演の「椿姫」でも主役のヴィオレッタを演じている。
ところが、「椿姫」と徹底的に違い、ほかのプッチーニの名作とも違うのは、この「つばめ」は喜劇仕立てだということ。曲はともかく、イメージとしてはモーツァルトの喜劇や、ロシーニの「セビリアの理髪師」を思わせる。
喜劇の場合、主役の2人はもちろんだが、お芝居全体を盛り上げる脇役がほんとに重要。歌も演技も、彼らがいかにうまいか、にかかっていると思う。

今日は朝からずっとバタバタして、それももともと忙しかったところに、立ち消えた仕事の後処理は重なるわ、今後の心配も加わりストレスが倍増。今日はもうやめておこうか、いずれにしても時間に間に合わないかも、と思ったりもしたが、頑張って切り上げてかけつけた。
あまり疲れているとオペラなどは楽しめないこともあるが、今日は楽しかった。
音楽、ばんざい!!!

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「椿姫」に似た「つばめ」、結末も似ているようでいて実は根本的に違う。
そんな詳細は、また本公演の後に・・・。

25 gen 2008
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by fumieve | 2008-01-26 06:29 | 聞く・聴く

ただいま準備中

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急に部屋がずいぶん明るくなって、お天気がいいとこうもう違うものか・・・と思っていたら、いつのまにか、ようやく、部屋の1部にほんの数分の間、日があたるようになっていた。

いわゆる1Kの細長いアパート、部屋・台所・バスルームと窓はすべて西側のみ、そしてしかも、昨日の写真のように正面には同じ高さの建物が立ちふさがっている。
イタリア全体、緯度が思っているより高いから、ヴェネツィアは実は、日本でいえば稚内もつきぬけてしまう。したがって、夏と冬の日照時間の差も大きいけど、太陽の高さ、それから昇って沈む場所も全然違う。
そんなわけで、現在の私の住みかは、真夏は午後中、夜9時前まで完全に日があたりっぱなし、冬の間の数カ月は、1日中全く日がささない。だから、ちょっとでも日がさすようになると、ああ・・・春が近づいている・・・と実感する。

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復活祭が早い今年(3月23日)はカルネヴァーレ(carnevale、カーニバル)も早く、ヴェネツィアでは明日25日(金)から2月5日(火)まで。場所によってはほとんどのバールが全部休業に入っていたところも、眠りから覚めるかのようにそろそろ始動開始。そして、カルネヴァーレ・グッズを売る屋台の組み立ても始まった。
同じく、カルネヴァーレ準備中のこの方については、数日中にまた改めて。

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24 gennaio 2008
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by fumieve | 2008-01-25 05:30 | ヴェネツィア

実りは少なかったけど・・・

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今日は、クエストゥーラ(警察)に、滞在許可証がいい加減できているかどうか、聞きに行こうと思って、早く起きた。外はまだ暗闇。・・・と思ったら、台所の雨戸を閉め忘れていたらしく、ちょうどまっ正面にまんまるな月が出ていて、こちらに光が差し込んでいる。
そういえば、昨日の夜、きれいな丸い月が出てたっけ・・・満月かもしれない。
・・・それにしても、6時半過ぎてまだこの暗さ。もう1回寝て起きてもいいくらい・・・。

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滞在許可証は、更新手続きの書類を送ったのが5月、いったん呼び出しがあって、指紋などとったりしたのが、9&10月。そのときに、できあがりまで3カ月ほどかかる、と言われたのだが、やっぱりできていなかった。また2月の中旬に出なおしてこい、と。

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昨日、仕事が1件増えたかと思ったら、今日はまた1件キャンセルになる。仕方のないこととはいえ、なかなかうまくいかない。

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友人から電話をもらい、送ってくれたはずの携帯メッセージが届いていないことがわかる。やっぱり・・・。どうも最近、メッセージが届かないこともあるような気がしていたけど、ほんとにそうだった。郵便はあてにならず、emailも同様、ケータイもだめ、となると、いったい何なら確実なのだろう???

フェニーチェ劇場のシーズンチケットを取りにいくと、1月10日に(オフィスで?)印刷はされているはずだが、まだ届いていない、という。・・・もう、2週間もたっているんですけど。いったい、どこからどこまで届けるというのか・・・。公演前には必ず届くから、直前に取りにきて、といわれる。その公演が今週末に始まるから、とりにきたんですけどね。私だって毎日暇なわけじゃない。

そして昨日からずっと、なんとなくおなかの調子があまりよくない。

やるべきことが、前に進まない。

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が、イタリア各地に住む友人たちが、仕事で近くまできたので、声をかけてもらって一緒に食事に行った。これが大正解。おいしい×2&楽しいおしゃべりで、くよくよもふっとんだ(・・・かな)。
今日は残念ながら写真を撮りそびれてしまったので、近いうちに再訪できることを祈りつつ、詳しい紹介はまたいずれ。

帰り道は、両手いっぱいに無数の星がきらめく空。こんなきれいな星空はほんとうに久しぶり。
まあ、いっか・・・。
そう、朝も夜も、霧で真白な日もあるのに、今日くらい台所からの光景が刻一刻と変わっていった日もなかなかない。

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23 gennaio 2008
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by fumieve | 2008-01-24 09:07 | 日常生活

蝶々夫人 フィレンツェ、市立劇場

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Madama Butterfly
Giacomo Puccini
Teatro del Maggio Musicale Fiorentino
Firenze, Teatro Comunale

蝶々夫人 Patricia Racette
スズキ Francesca Franci
ケート・ピンカートン Raffaella Ambrosino
ピンカートン Stefano Secco
シャープレス Marco Di Felice
ゴロー Mario Bolognesi
ヤマドリ Giovanni Bellavia
ボンゾ Francesco Palmieri

指揮 Roberto Rizzi Brignoli
監督・舞台・衣装 Pier Luigi Samaritani
再現 Gianfranco Ventura

プッチーニ生誕150周年にあたる今年は、イタリア(だけではないと思うが)各地でプッチーニのオペラの上演が予定されている。トスカ、ラ・ボエーム、トゥーランドット、と一般に人気の高い作品が多いから、ヴェローナのアレーナ野外劇場などでは常連だが、ヴェネツィアでは1演目もない年もあるのに、昨年12月のトゥーランドットを入れると3演目もあるのは、やはり今年は特別といえる。
まだ日本で仕事をしていたころ、イタリアで初めて見たオペラが、フィレンツェ市立劇場の「蝶々夫人」だった。劇場自体が現代的な建物なのに少々がっかりしたのだが(その前にパリのオペラ座に行ったことがあったので)、ごく普通の市民がきばらずに見に来ている様子などが、言葉の不自由な観光客にとってもかえって気楽に思えた。
途中の詳細は、実はあまり覚えていない。が、幕間にお手洗いで、周りのご婦人方がかなり興奮気味に「とてもきれいだ」というようなことを言い合っていたのがわかったこと、こちらが日本人とみて、なんだかついでに褒められたこと・・・。
この日の舞台を忘れられないものにしたのは、その演出。最後の最後、蝶々夫人が自害を果たす場面で、白い大きな布の上に乗った彼女が、刃物を胸に突き刺すと、4隅に構えていた黒子がその白布を静かに引き始める。中央の蝶々夫人のところから徐々に赤い色が現れ、広がり、やがて一面が赤に。
そう、赤い色の折り紙を、赤を中にして折って、白の中から赤色が現れる、そのイメージ。あまりの美しさ、その簡潔ながら的確なアイディアにドキドキし、圧倒された。
ともかく、旅行中にたまたま上演があったので行ってみただけで、下調べも何もなし。そういえば、ポスターに浅利慶太と書いてあったね、さすが日本人の演出だったね、と同行者とうなずきあった。

プッチーニ関連の公演を調べていたら、なんとフィレンツェでは「蝶々夫人」をやるという。たまたまフィレンツェに行くことになり、慌てて調べたら運よく安いチケットがとれたので、楽しみに出かけた。もしやあの再来を見られるのではないか、と。
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幕が上がると、そこに現れたのは、モネの「睡蓮」を模した、安っぽい光景。何となく嫌な予感がする・・・と思う間もなく、ゴローの摩訶不思議な格好。へんてこりんな上着に、ハカマというよりはギンギラギンなチマチョゴリのようなものを履いている・・・。おまけにちょんまげがまんまるで、なんだか(双方に)申し訳ないが、朝青龍を思い出してしまう。そのゴロー氏よりはかなりマシなものの、日本人役の男女、ともにかなり中国風。だいたい、手を交差して胸に合わせるのなんて、日本のジェスチャーとしてあり得るのだろうか。枕のようにうしろにただくっついて、ぶらんぶらん揺れている帯もどきもかなり妙。スズキ、ヤマドリに至っては中央アジア風、しいていえば、蝶々さんの格好が1番ましだった。
この作品に限らず、19世紀終わりから20世紀にかけて、多くのオペラやバレエが西洋の異国情緒趣味を満足させるために作られており、しばしば「へんてこりん」であることはわかっている。わかっているつもりでも、2008年にもなろうという現在、この演出はいくらなんでもひどいのではないだろうか?
目をつむって、では音だけに集中しようにも、蝶々さん以外の声がほとんど聴こえない。もっともこれは安い席なので、構造上やむを得ないのかもしれないが。オーケストラはむしろ、全体にうねるように、深くよく音が回ってきた。
幕間にプログロムを見ていたら、前回私が見たのは、1996年10月、指揮:Daniel Oren、監督:Keita Asari、舞台美術:Ichiro Takada、衣装:Hanae Mori、振り付け:Hidejo Kanzaki、照明:Sumio Yoshiiとあって、唯一、指揮について辛口の批評があったほかは、全体に大好評だったらしい。やっぱり・・・。ちなみに、これまで「花の咲き乱れる」場面、のイメージの強かったこの作品から、その「花」をほとんど取り去って「乾いた」場面を作り上げた、と。これ、日本の美学がイタリアでもだいぶ一般に浸透していた今なら、もっと受けると思うのだが。
が、これは実は、ミラノ・スカラ座のプロダクションで、フィレンツェではどうもこの1シーズンだけの公演だったよう。その前後は、1979年にPier Luigi Samaritaniにより演出されたプロダクションを使っている。今年のもどうやら、これであったらしい。

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日本が舞台の作品だから、日本人がすべて演出をすべき、とは思わない。むしろ、しょせんイタリアのオペラなのだから、日本人以外による解釈があってもいい。なのだが、今日は劇場をあとにしつつ、もう蝶々夫人は見なくてもいいかも、と思ってしまった。

ちなみに、ミラノの1986年版は林康子さんの主役で、DVDになっている。実は今、それを見ながら書いていたのだが、やはりこの方がずっといい。
そして最後のシーン、DVDで改めて見ると、折り紙が広がる前に、まず蝶々さん自身が片面が赤く塗られた扇子を胸元で少しずつ広げていっている。見事、のひとことにつきる。

21 gennaio 2008
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by fumieve | 2008-01-22 04:27 | 聞く・聴く

コントロモーダ

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現代ファッション~L.A. カウンティ美術館コレクションより
1月20日まで

Contromoda
Contemporary fashion from the permanent collection of The Los Angeles County Museum of Art
Firenze, Palazzo Strozzi
12 ott 07 – 20 gen 2008
www.contromodafirenze.it

所要のためフィレンツェに行って、ちょっと空いた時間にどうしようか、と迷って目に着いたこの展覧会に飛び込んだ。そんなわけで、たいして大きな期待もしていなかったのだが、これがなかなか面白かった。

革命的な変化があった20世紀後半の「ファッション」。そんなファッションを、「構造(costruzione)」、「材質(materiali)」、「形(forma)」、「概念(concetto)」の4部門に分けて分析する。
まず驚いたのは、日本のデザイナーの作品数の割合が多いこと。これは、米国の一美術館の常設コレクションということだから、そこの方針や好みが大きく反映していること確かだろう。が、
「80年代の初めに、日本人デザイナーたちは『着る』ことの伝統的な規則をすべて覆してみせた。彼らは、形、布、カットを変え、端をほぐし、縫い目をとり、貼り付け、あるいは取り外した」。(フランカ・ソッツァーニ、イタリア・ヴォーグ誌編集長)と、会場内の説明にあるように、確かに、構造、材質、形、概念、そのどれも従来の「洋服」の姿から、日本人デザイナーたちは自由だったのだと思う。
イッセイ・ミヤケ、レイ・カワクボ、ヨージ・ヤマモト・・・個性の強い作品をデザインし続ける彼らは、「日本人」とくくられるのは本意ではないかもしれないが、ただ、なるほど、出発はやはり、自由だった、ということなのだろう。19世紀に浮世絵が西洋人たちをびっくりさせたのと同じように、20世紀後半には、日本人新進デザイナーの作る「洋服」が、いかに彼らの度肝を抜かせたのであろうこと、こうして同じ時代の「西洋の」デザイナーたちの作品と並べてみると、ほんとうによくわかる。
展覧会入ったところすぐの展示は、Issey MiyakeとDai Fujiwaraによる”A Piece of Close”(1997)。なんのことはない、つまりあの太古の人たちが身につけていたという、「慣頭衣」の発想、ほぼ体の幅の長い布の真ん中に頭を通す穴をあけて、上からひもなどでくるっと巻いたというあれ。それにうまく切り込みを入れて、ちゃんと袖から足まで、着上がったところはとても1枚の布には見えない。
なにしろ、どの部屋にも必ず日本人デザイナーの作品が最低1つ、多いところでは半分以上を占めていたりする。女性に、シンプルでエレガントなパンツ・スーツを提案したジョルジョ・アルマーニ、イタリアではダントツに幅広い層に人気のドルチェ&ガッバーナも、それはそれでやっぱりかっこいい。あくまでも伝統的な形・デザインをふまえ、知りつくし研究しつくした中から、よりキュートで美しいものを作る彼らのほうが、現実的であるし、「うまい」かもしれない。
ただ、発想の新しさ、より「芸術的」であるという観点からすると、日本人デザイナーたちの個性が際立っている。そして、概念から材質まで壊して見せるのが日本人かと思うと、衣服の基本的な材料である「布」、織物としての布を、それ自体を芸術まで高めているのもまた日本人で、服として仕上げられたものだけでなく、須藤玲子さんの織物も展示に含まれている。
そして展覧会を閉めるのもまた、「プリーツ・プリーズ、イッセイ・ミヤケ、ゲスト・アーチスト・シリーズ(”Pleats Please” Issey Miyake guest Artist Series)」だから、なんだかもう独走態勢といっていい。

展示自体、斬新だったのは、それぞれの作品の足元に大きなスクリーンがあり、そこにデザイナー名、作品名、製作年などのデータ、説明、画像、映像、と必要な情報がときどき画面が切り替わりながら表示される。パッと見たときにすぐにデザイナーの名前が出ているとは限らない、という不便はあるが、より近くによって詳細を見せる写真や、コレクション発表時のビデオなど、やはりマネキンに着せてあるのを見るだけよりも面白い。

残念ながら展覧会は今日まで。どんな美術品でもそうだが、特にファッションなどは実際に目で見ないとどうにもならないのは確か。webサイトがとてもよく楽しくできているので、興味のある方はぜひのぞいてみてほしい。

20 gennaio 2008
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by fumieve | 2008-01-21 08:04 | 見る・観る