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ヴェネツィア ときどき イタリア

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イタリアの見た日本人・2 天正少年使節団

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(これは、イタリアの見た日本人・1 「日本の若者」の続きです。)

イタリアが、いや、ヨーロッパが初めて見た日本人は、もちろんあの「天正少年使節団」だった。
チェーザレ・ヴェチェッリオの、不思議な「日本の若者」が1598年。少年使節団が欧州へやってきたのは1584年。はあー・・・。誰もが知っている史実で、自分があまり勉強していない使節団については、あえて取り上げたくなかったのだが、ヴェチェッリオのタイトルからしても、その関連性は否定できない。若桑みどり先生の著作「クワットロ・ラガッツィ」をあんちょこ代わりにあわてておさらいしつつ、この謎をとくために、使節団がらみの「絵」を探すことにした。
最初にあたることになった文献は、既に引退されている、ヴェネツィア大学日本語学科の教授が、ン十年前、なんとちょうど私が生まれた年に書かれた論文。使節団に関する、ヴェネツィアの国立マルチャーナ図書館所蔵の手稿資料を整理されたものだった。1584年、リスボンで欧州の地を踏み、当時の世界帝国を誇っていたスペインで大歓待を受け、そのあとようやく、最大目的であったローマに向かう。ようやく辿りついたのは翌年春、ある3月の日の夕暮れ。それはなんと、私の誕生日と同じ日だった。
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全く大したことではない、単なる偶然の一致にすぎないのだが、ひょんなところで生年月日がぴたりと一致して、なんだか急に、ドンっと後ろから肩を押されたような、いや、この研究が自分のものに近づいてきた気がした。
B教授の論文の中に、答えは全部出ているように見えた。使節団の来欧時には、日本、および日本人に関する書物の、たいへんな出版ブームが起きたこと。その歴史から彼らの旅路まで、あらゆる記録文書が残っていること。そして、その割に、図像、すなわち「絵」として残されているものが数少ない・・・こと。
希少な例の1つ、使節団のイタリア到着後ほどなく、ボローニャで出版された本には、なんと1枚の挿絵がついていた。果たして、その論文中に紹介されていたのだが・・・これがまた、どう考えても洋装にしか見えない。
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さまざまな記録からわかっているのは、ローマ到着翌日の法王謁見には、日本風の服装、すなわち和服で臨んでいること。そして、ところがそれは多くの関心をよんだものの、奇異かつ当時の上級社会における礼儀作法に必ずしもかなったものではなかった。そのため、法王は彼らに、礼装から室内着まで1式贈っている。
絵の下につけられた解説を読むと、
「袖なしの上着の下から中着の袖をのぞかせ、・・・腰にはベルトを巻いている。・・・すべて薄い白い絹でできており、いろいろな色で花や幾何学的な模様、小鳥や小動物が刺しゅうされている。頭には帽子をかぶり、首からはスペイン風のひだ襟をのぞかせ、絹のベルトには武器がくくりつけられている」とある。
「ローマに1585年・・・到着したインド人たちの服装(または習慣)」と題された絵、「インド人」と間違っていることはさておき、解説自体は、絵からそう遠くない。
帽子と襟は、明らかにこちらの礼儀作法に従って、追加したものに違いないが、それ以外、特に「白い絹で花や小鳥の模様・・・云々」というのは実は、ほかのどの文献を見ても、ほぼ同じ記述がされている。おそらく最初に日本に渡ったイエズス会士たちがヨーロッパ宛に書きおくったものの文言が、そのまま「日本人の服装」を言い表わす表現としてステレオタイプに出回っていたと思われる。

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ただでさえ数少ない、少年たちの「絵」だが、その他の当時の出版物に登場するものはみな、完全に洋装をしている。ヴェチェッリオは、ボローニャの本の絵を見て、自分の「日本人の若者」を描いたのだろうか・・・?
(続)

→ イタリアの見た日本人・3 ローマの天正少年使節団

30 marzo 2008
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by fumieve | 2008-03-31 05:33 | 卒論物語

MySpace...ヴァーチャルからリアルへ

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http://www.myspace.com/klezmerduo

日本でどのくらい普及しているものなのか、よくわからないのだが、いわゆるソーシャル・ネットワークの1つにMySpace(マイ・スペース)というのがある。

紹介制ではなく、誰でも自分から登録でき、サイト(自分の「マイ・スペース」)を持つことができるのは、むしろ普通のブログなどに近いような気もするが、閲覧に関してはいくつか制限をかけることができるほか、メールのやりとりなどは、ユーザー同士に限られる。
フォーマットは、見る限りだいたい決まっていて、誰でも簡単にとりあえず始めることができるのは、やはりほかのブログやソーシャル・ネットワーク同様。ただ、このMySpaceの大きな特徴は、音楽に特化していること。
ホーム・ページやブログが、誰でも簡単に自己表現をできる場となり、各種雑多な情報がちまたにあふれると同時に、その中からプロが育っていったり、いろいろな人材が発見される場となっているのと同じように、このMySpace上では、特にそれが音楽に特化して起こっているらしい。
「自称」音楽家たちが、自分の演奏や創作を録音したものを、映像や写真とともに自由にサイトにアップする。プロフィールには影響を受けたアーチストや好きな音楽、映画・・・など、もちろんこの中にブログ形式で書きこみもできるし、コンサートなどのスケジュールを載せることも可能。
マーケティングや宣伝に使えるのはもちろん、ジャンル、地域、キーワード・・・などで検索できるから、たとえばここで「フレンズ」(友達)を作って、その仲間同士でライブやイベントを実際に組むなど、新たな活動への原動力にもなっていて、イタリアではおそらく、もう1年以上前から注目の媒体である。当初はいわゆるインディーズ、メジャーでないアーチストたちの発表の場であったのが、最近はポップスからクラシックまで、著名なアーチストも自分のオフィシャルMySpaceを持つ傾向にあるよう。
私は自分から検索して何かを探しに行くほどではなく、友人のサイトなどをのぞいている程度。その友人たちが、新しいMySpaceを作ったというので、ここにもぜひ紹介しておきたい。
http://www.myspace.com/klezmerduo
実は彼らは、すでにMySpaceを持っているのだが、
http://www.myspace.com/musicfromtransilvania
新曲を載せ切れないので、もう1つ作ったそう。
MySpace会員の方は、ぜひ直接コメントやメールなどしていただけると、喜ばれると思う。イタリア語、英語、ルーマニア語、ポルトガル語、ハンガリー語、フランス語に対応可能(ちょっとやな人たち・・・)、どうしても日本語でコメントしたい!という方は、ここに書いていただけば、代わりにお届けします。

29 marzo 2008
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by fumieve | 2008-03-30 07:46 | 聞く・聴く

ヴェネツィアの秘密・・・?

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ひつじ雲のときは、明日晴れるんだっけ?それともお天気が悪くなるんだっけ・・・???
完全に冬に逆戻りのような、昨日は寒い雨が降って、ようやくやんで太陽が見えてきた金曜日午後のサン・マルコ広場は、既に週末のような人出だった。空は、見事なひつじ雲。

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日が射すとあたたかいから、上着を脱いで、少し薄着になっているのはいいけど、大変気になるのは、みなさんの座っている場所。大聖堂からパラッツォ・ドゥカーレ(総督館)に向かってずらーーーっと、かつてナポレオンが「世界で最も美しい広場」と称したらしい、その広場で、しばしゆっくりするのに、ちょうどいい場所が・・・とついつい腰掛けたくなるのもわからないでもない。
が、実はこれ、アックア・アルタ(冠水時)用の、「すのこ」。脚の部分と、上の板の部分がくっついておらず、冬の間は、一カ所にまとめて置いてあり、必要なときがくると係員がパタパタとそれを出し、おさまるとまた、パタパタとしまう、というもの。ここ数日は、深夜近くに潮位が100cm近くまで行っていたから、水が下がる昼間も、最低限、大聖堂への出入りなどを妨げない程度には片付けるが、じゃまにならないところは置きっぱなしになっている。
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それがちょうど、ひざくらいの高さで、幅は1mくらいあるから、ついつい両側から座ってしまいたくなるのだが、これはつまり通路なので、地べたに座るのと同じくらい、きたない。
実際に水がついて、その上を歩いているときのことを考えると、とても座れたものではないのだが・・・。
うちの近所でも、特に日当り&見晴らしのいいところにちょうどよくそれが置いてあるために、知ってかしらずか、お天気がいいと横たわって休息する人から、お弁当をその上に広げて食べている人も。
たくさん「禁止」事項のあるヴェネツィアでも、そこに座ることはまだ禁止されてはいないようだし、それも旅の経験、確かについ座りたくなるところにあるから、覚悟の上で座ってみるのもいいかもしれないが・・・。(でもやっぱり、どう考えてもきたない・・・)
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28 marzo 2008
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by fumieve | 2008-03-29 03:10 | ヴェネツィア

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ヴェネツィアにいて、すごく気に入っているのは、空がきれいなこと。建物が低いこと、水があることで空が広いうえに、なんといっても車がないから、イタリアの都市を悩ます排気ガスによる大気汚染とも無縁。夜は星がほんとうにたくさん見えるし、満月も三日月も、朧月夜もまたよし。
今日は、さささっと空に刷毛を走らせたような、うっすらと透ける雲に、思わず息をのんだ。

復活祭連休中、全国的に悪天候にみまわれたというイタリア半島だが、ここヴェネツィアも例外にあらず。曇りがちで時々小雨、ぐずついたお天気だった上に、満月と低気圧が重なったから、ひさびさのアックア・アルタ(冠水)も到来。復活祭当日の夜、いや正確に言うと翌日24日(月)の午前0:30には、潮位110cmを記録、深夜のサン・マルコ広場は水に沈んでいた。
カレンダー上は平日に戻った昨日、25日(火)から、ようやく太陽が空に戻ってきた。
そういえば今年は意地悪なお天気。カルネヴァーレの間も雨がちで、終わった途端に晴れたんだっけ・・・。

青空は戻ったものの、友人が「山の空気のよう」と表現した通り、晴れてはいるものの、さらりと乾いた、冷たい空気。まだまだ冬のコートが欠かせない。
それでも、午後6時でこの明るさ、いつのまにか、ずいぶん日が長くなったと思う。ついつい時間を勘違いして、のんびりしてしまう。
この週末からは夏時間になるとは、嘘のようだが、春はもうそこまで近づいている・・・。

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26 marzo 2008
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by fumieve | 2008-03-27 06:17 | ヴェネツィア

イタリアの見た日本人・1 「日本の若者」

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"Giovane giapponese" negli Habiti antichi et moderni di tutto il mondo di Cesare Vecellio, 1598

16世紀末、ヴェネツィアで発行された「世界の古今の服装」という書物に、「日本の若者」と題した絵が登場する。
活版印刷を発明したのはドイツのグーテンブルグだが、その技術が伝わるや否や、ヴェネツィア共和国では出版業が大きく発展する。書物といえば羊皮紙だった時代の名残りで、印刷技術が使われるようになっても大型の豪華本があたり前だった時代に、今でいう「文庫本」、持ち歩き可能な手軽で経済的な本を考えだしたのが、アルド・マヌンツィオというヴェネツィア人だったのは、いまだにヴェネツィア人の自慢。
ときはルネッサンス全盛期。ギリシャ、ローマの古典から、新しい書物まで、特にローマ法王庁と一線を画していたから、法王のお膝元では発行禁止扱いの内容でも、ヴェネツィアに来れば出版できるというので、ヨーロッパ中のインテリが原稿を持って集まった、という。
もともと資源を持たないヴェネツィアにとって、書物という知的財産による産業は、うってつけの「町興し」だった。

「地理上の発見の時代」でもあった欧州では、ヴェネツィアのみならず、各地で世界の見聞録などが盛んに出版された。「世界各地の服装」もまた好まれたテーマで、同世紀半ばにヴェネツィアで出版されたのを皮切りに各地で相次いで同様の本が出版されている。a0091348_822726.jpg
が、ヴェネツィアを代表する画家ティツィアーノの遠い親戚であり、やはり画家であったチェーザレ・ヴェチェッリオによる「古今東西、世界の服装」は、その中でも、記述の正確さ、地理的にカバーしている範囲の広さ等、質の高さで群を抜いている。ヴェネツィアの当時の風俗、貴族やあるいは娼婦の服装を紹介する絵として、よくガイドや歴史本でも使われているから、目にしたことがある方も多いのではないだろうか。
1590年に初版発行、98年に第2版を出しているが、第2版では大幅な改変を加えた。ページの構成を簡略化した上に、イタリア語、ラテン語の2カ国語表記としたほか、さし絵の数を大幅に増加、「日本の若者」も、ここで追加された。

『日本の若者
この国では、中着と幅広で長いズボンを着用、いずれも美しく白く、紙のような絹織物で草花や鳥が色とりどりに描かれている。その上には、ビロードのような織りの凝った上着を着る。腰には刀と小刀を携える。・・・』
なるほど。
ところが、肝心のさし絵、説明文とはかなり異なっている。

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まず、よく見ると、辛うじて足の間で布の切れ目が見えるので、下は袴・・・かもしれない。が、それは胸から一続きになっていて、ベルト(帯)が見当たらない。当然、腰に下げているはずの刀がない。かわりに、右手には長い棒を携えている。肘までの長さの袖の、やはり境目のない長い上着、その下に覗いている腕に添った形の袖も和服らしいところが見受けられない。帽子、靴も完全に洋風である。

「西洋図像における日本の服装」、ひらたく言えば、西洋、実際にはイタリアの絵画の中で、「日本人」がどんな格好をしているか?を卒論のテーマに取り上げようとおぼろげに決め、このあまりにも有名な本に、「日本の青年」が登場していると聞いて、さっそく、意気掲掲と図書館に向かった。400年以上前の本をありがたく借り、ワクワクと心踊らせながらページを開いて目に入ったのがこの絵だった。・・・全然日本人じゃない・・・。
最初の盛り上がりが単純なだけに、しぼむのも簡単。とりあえず写真だけ撮って、指導教官のところへ。「先生、これ、全然日本人じゃありません・・・」。
「あら?そう?確かにキモノには見えないけど、でもやはりオリエンタル風なのではないかしら?」
・・・えええーーー私には典型的なヴェネツィア風、にしか見えないんですが・・・。
正確さがウリのはずのヴェチェッリオの本の中で、よりによってなぜ、「日本の若者」がこんな格好をする羽目をなったのか?
2006年11月。卒論へ向けての右往左往は、ここから始まった。
(続)
→ イタリアの見た日本人・2 天正少年使節団

25 marzo 2008
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by fumieve | 2008-03-26 08:24 | 卒論物語

フガッサ~復活祭のお菓子・ヴェネト編

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Auguri, buona Pasqua a tutti!

パスクワ(Pasqua, 復活祭)のお菓子と言えば、先日紹介したように、なんといっても「コロンバ」と(サプライズ入り)卵チョコなのだが、ヴェネツィアをはじめとする、ヴェネト州ではフガッサ(fugassa、フガーサfugasaとも)を食べる。フガッサは、フォカッチャ(focaccia)のヴェネト語だが、フォカッチャというと一般的には、ピザのようなシンプルな生地を少し厚めに焼いたもの。ピザと違うのは具を乗っけてやくのではなくて、プレーンのほか、オリーブやラルド(豚の脂身のハム)、あるいはローズマリーなどのハーブを生地の中に入れて焼いてあるところ。いずれにしても塩味で、そのまま食べたり、それをサンドイッチパンに見たて、具を挟んで食べたりする。
ヴェネトにくると、そのフォカッチャ、フガッサと訛るだけでなくて、なんと甘いパンに変わってしまう。数日前のRAI3(国営第3放送)のローカルニュースによると、この「フガッサ」がヴェネト州の復活祭の伝統のお菓子。もともとは、「貧乏人のお菓子」とも呼ばれていたのは、ふつうのパンにほんのちょっとの材料を加えて、お菓子に仕立て上げたものだから。小麦粉、水、卵、砂糖にアーモンド、ほんの少しオレンジかレモンのピールを加えただけ、まさに貧乏人のために考案されたお菓子だという。今はむしろ、お菓子屋さんの作る添加物なしの本物のフガッサはかえって、大人から子供まで安心して食べられるご馳走かも。
パドヴァ、トレヴィーゾ、ヴィチェンツァにヴェネツィア、と同じ「フガッサ」でも少しずつ違うらしい。(ああ、食べ比べ、してみたい・・・。)

そう聞いて、よし!今日のためのお菓子はフガッサにしよう!と思っていたのに、うっかりしていたら昨日の時点で、お目当ての店はどこも完売。フガッサどころか、もちろんコロンバもきれいになくなっていた。
フガッサは、幸い今は1年中つくっているお店もあるから、休暇明けにでも敗者復活戦を・・・。

遅くなりましたが、みなさま、よい復活祭休暇を!

23 marzo 2008
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by fumieve | 2008-03-24 05:43 | 飲む・食べる

エノテカ サン・バルナバ

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Osteria- Enoteca S.Barnaba

あらゆるところで予定が狂いっ放しの私の人生だが、今日もいろいろと予定が狂って、急に友人3人で夕食に出かけることになった。もちろん、どうせ狂うのなら、せめてこういうふうに楽しい方向に狂わせないと。
・・・問題はしかし、土曜日の夜のヴェネツィア、気の利いた店はたいていどこもいっぱい。何軒か電話をしてみるものの、やはりだめ。思い切って、いつも前を通って、気になっていながら入ったことのない店を、試してみることにした。

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「ちょっと高めだけどおいしい」と聞いたことがあったのだが、メニューを見ると、「ちょっと高め」はほんとう。「おいしい」の方に祈るような気分。かつ、「エノテカ」を名乗るだけあり、樽のハウスワインはなく瓶のみで、それがそれなりに高い。(ただし、グラスでも頼めて、それはリーズナブルな値段なものもあるよう。)
出てくるものはさすがに、大いばりなだけあっておいしい。どれも量が多いので、これが半分、またはせめて2/3で、値段もそうしてくれると完璧なのだが・・・。



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さらに、「パスタのみの注文お断り」と正し書きされているので、最低、アンティパスト(前菜)とパスタ、または、前菜とメインなど頼む必要がある。ふつうの日本人には2人連れだと量が多いと感じるだろう。3,4人で少しずつ違うものをうまく頼んで、全体の量を調整するといいかも。
もちろん、胃がイタリア慣れしている本日の日本女子3名は、それぞれ2皿をしっかり平らげた後、デザートも堪能。
きっと、通いつめるといいのかもしれない、と思ったり、なんとなく「課題」の残る店だった。



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Dorsoduro, 2736
(Calle lunga S.Barnaba)
Tel 041 52 12 754
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by fumieve | 2008-03-23 07:46 | 飲む・食べる

カロリーナ・コストナー イタリア発・銀盤の女王

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Carolina Kostner

サッカー1色のようなイタリア・スポーツ界でも、たまには華やかなニュース。スウェーデンのイエーテボリで行われていたフィギュアスケート世界選手権大会。日本では、浅田真央さんが初の世界一で話題になったようだが、
http://www.47news.jp/CN/200803/CN2008032101000187.html
今回はイタリアも負けず劣らず。イタリアのカロリーナ・コストナー選手が自己最高の2位入賞で、なにしろ一般紙のスポーツ面1面が写真の通り。
金髪に白い肌、手足の長い姿は、完全にイタリア人離れしている。
国籍はイタリアだが、オーストリア国境に近い北部ボルツァーノ生まれ。もともとドイツ語圏(注・訂正)の上(だいたい苗字がイタリア語でない)、スケートのために(確か)家族で幼少のころからドイツに移住していたとかで、テレビなどで見ている限り、話すイタリア語は、完全に外国人のそれ。
トリノ・オリンピックでは、イタリア代表の旗持ちをやっていたから、オリンピック好きな日本の方なら結構記憶にある方も多いのでは、と思う。その時は確か、欧州選手権優勝直後で、イタリア的には期待していたのだが、トリノではご存じの通りの日本人選手をはじめ強敵多々、本人は転倒などで成績を伸ばせなかった。

日本と違い、サッカー以外のスポーツはやる方も見る方も、すべてマイナーなのだが、彼女はさすがに見栄えもいいせいか、比較的マスコミ登場度が高い。「トリノ後」、今シーズンは拠点をそのトリノに移し、大学にも通うなど、ちょっと大人になったカロリーナとして紹介されていた。
複数のCM契約のほか、ディズニーのアニメや、Winxという、今イタリアで女の子たちに大人気のアニメのモデルとして「カロリーナ」人形ができる話もあるとか。また、やはり現在イタリアの若者の間で大ブレーク中のピアニスト、ジョヴァンニ・アッレーヴィのファンで、彼に演技用の曲を依頼していることでも話題になっている。
2010年ヴァンクーバーへ向けて、今一番ノッテる注目の人、まずは今後の本業での活躍が楽しみ。

注:訂正・補足 3/22付La Repubblica紙の記事によれば、記者会見では、(一応母国語であるイタリア語のほかに)英語・フランス語・ドイツ語で対応可能。ただし、本人が考えたり夢を見るのはラディン語(アルプス地方の言語の1つ)とのこと。多言語地域に生まれ育った宿命とはいえ、うらやましい限り。同紙は「アジアの選手たちが母国語しか使えない中で」と、ちくり。

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21 marzo 2008
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by fumieve | 2008-03-22 19:41 | 観るスポーツ

48.5分の遅れ

メストレ、2008年2月13日
番号 XXXXX

Fumiemve様
ヴェネツィア市XXXX

お客様
2008年1月14日に、2008年1月14日の列車613号に関してお客様からご要望いただいたボーナスについて、残念ながらご希望に添えないことをお知らせいたします。
到着地における48.5分の遅れに関して、実際、イタリア国鉄の責任に属さない理由により発生いたしました。内訳は、
*外部からの、盗み・あるいは障害によるもの、1分間
*人身事故、または自殺によるもの、50分間

おわかりいただけるように、遅れの合計は、実際に到着した時の遅れを上回るもので、すなわち、この列車は、走行中に2分半の遅れを取り戻しております。

ご不明な点につきましては、月曜日から金曜日の10.00から12.00まで、041XXXXXXにお電話をいただくか、またはeメールxxxxx@xxxxxにてお問い合わせください。

ご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

責任者XXXXX

-----------------------
という手紙が、昨日届いた。
文中の「ボーナス」というのは、イタリア国鉄で、ES(ユーロスター、特急)、IC(インターシティ、急行)などに指定席を買って乗って、30分以上遅れて到着すると、一部払い戻しになる、というもの。といってもその場で払い戻してくれるわけでなく、確か1週間以内に駅のカスタマー・サービスへ該当の切符を持っていき、所定の用紙に書きこむ。しばらくすると、「ボーナス」という名の国鉄限定の金券が送られてくる。外国人でもOKだが、住所がイタリア国内のみに限られていたと思う。

1時間近くも遅れて、払い戻しにならないというのもまず腹立たしいのだが、なにかこの文面、すみからすみまでいちいちカチンとくるのは私だけだろうか?
だいたい、いつも「この列車は、定刻通り到着します・・・」と言ってから、駅の手前で5分10分止まったりしてるくせに、何なの、いったい、外部要因による1分の遅れって・・・。
そして、人身事故なら仕方がない、というか、どうにもならないけど、それならそうと、乗ってるときにアナウンスしていればその場であきらめもつくというもの・・・。
で、「2分半の遅れを取り戻し」って、何それ?「おわかりいただけるように」???
そしてよくよく見ると、形式的なものとはいえ、日付まで気になる。メストレ、って、市内で2月13日に印刷した手紙が、3月19日に届くってどういうこと?
・・・そういえば今年は、クリスマス・カードの記録更新で、2007年11月26日に、東京都内で投函されたものが、3月5日に届いたけど・・・。
・・・と、考えれば考えるほど腹だたしくなってくるので、考えるのはやめよう・・・と思った開いた新聞には、「高速道路と鉄道、遅延悪化。世界他国の2倍」との記事。2倍?そんなはずはない、そんな早いはずは・・・と思ったが、とりあえずわかりやすい表が出ていたので、ここに書き写してみたい。

区間           km  企画 建設  合計(年数)
東京・大阪       550km 3.5 8.2 11.7年
パリ・リヨン       417km 4.5 7.9 12.4年
マドリッド・セビリア  471km 3.8 7.2 11.0年

ローマ・ナポリ 204km 8.2 12.5 20.7年
ボローニャ・フィレンツェ 78km 10.7 12.9 23.6年
ボローニャ・ミラノ  182km 14.1 11.1 25.2年

(Corriere della Sera紙 2008年3月19日付8-9面)

2倍・・・というか・・・。

20 marzo 2008
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by fumieve | 2008-03-21 06:11 | 日常生活

サン・ジュゼッペの日、転じて父の日

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Giorno di s. Giuseppe, Festa del papà

3月19日は、サン・ジュゼッペ(san Giuseppe)の日。日本語で言うところの聖ヨセフ、つまりイエス・キリストの養父のこと。「聖母」マリアが早くから「神の母」として深く信仰されるのに対し、その選ばれた夫でありキリストの養父であるジュゼッペが「聖なる人」としてまつられるようになるのはずっと遅く、15世紀になってから。
1年365日(今年は366日だが)聖人の日のイタリアでは、今日がサン・ジュゼッペの日。

イタリアでは、母の日はおそらく万国共通、日本と同じ5月にあるが、父の日は違って、今日この日が「父の日」(Festa del papà)。ところが、悲しいかな、やはり母の日ほど普及していない。平日のせいもあるが、マスコミや、お店が頑張ってアピールしても、特別にお祝いをする風習が一般に根付いているとはあまり思えない。
特に今年は、この週末がパスクワ(Pasqua、復活祭)。あさって21日(金)は聖金曜日、今週はすでに聖週間に入っており既にお祭りムード。いつもならもう少し、パパにプレゼントするためのチョコレートなどが売られていたりするのだが、今年はもう、まさにあわててとってつけたかのように、ほんの申し訳程度に張り紙がしてあるくらい。

ほかの聖人と同様、その名を冠した教会や、あるいは町の守護聖人だったりするところはお祭りになるはず。・・・そういえば、ヴェネツィアにいて、今までサン・ジュゼッペのお祭りというのは、ほとんど聞かないな、と思って調べたら、サン・ジュゼッペ教会、ヴェネツィア本島でも一番奥のほうにあたるところに1つ、あることはあった。調べてみたら思い出したのだが、そういえば卒論の研究中にその名が出てきたのだが、確か現在は工事か修復か、ともかく閉鎖しているんではなかったか・・・。
うーん、ちょっとさみしい、サン・ジュゼッペ。

養父は大工だったから、大工の守護聖人でもある。きっと大工組合などは、お祭りをしているんだろうな。

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19 marzo 2008
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by fumieve | 2008-03-20 05:25 | 日常生活