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ヴェネツィア ときどき イタリア

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パンもいいけど、フォカッチャも・・・焼き立てパン屋リッツォ

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Rizzo S.Leonardo
Cannaregio 1355 (Strada Nova)

あっという間に真っ暗になる夕方、つい、ふらふらと吸い寄せられてしまう店、ヴェネツィア内に何店か店舗を持つパン屋、リッツォ。
見た目より奥行きがぐっとあって広いのだが、その縦長のウインドウも、毎日のパンを買うための住民でいつも混雑している。

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・・・ここのとこ、依存症のようにハマっているフォカッチャ(・ヴェネツィアーナ)。前から好きだったけど、最近はなくなるとまたすぐに買いたくなってしまう。
先日、ふと、お店の前を通りがかったときに目についたのが「本日、フォカッチャ焼き立て」の張り紙。そりゃ、買うしかないでしょ!!!
リッツォのパンは大好きなのだが、そういえばお菓子を買うときはふつうパスティッチェリアに行ってしまうので、ここのお菓子はあまり食べていない。

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そのフォカッチャが、ほんとにまだ焼き立ての姿のまま、棚の一番上の段に並んでいる。まだ熱が残っているからといって紙の袋にそおっと入れ、十分にさめたらこっちに入れてね、といって透明の袋をくれたのだが、その透明な袋がほとんどいらなかったと言ってもいいくらい、ふわふわで甘くて、おいしい。
おんなじ自家製でも、パン屋だから、やはりお菓子屋に比べれば値段は安め。清水から飛び降りることなく、日常感覚で買える。・・・ふところの痛みを減らして・・・別のふところの厚みを増やしているような・・・。
あーまた危険なものを発見してしまった・・・。

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再び買いに行った今日は、もう全部きれいに袋に入っていた。もともと日持ちのするお菓子だから、もちろんこれだって保証付きのおいしさには変わりない。

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29 novembre 2008
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by fumieve | 2008-11-30 03:47 | 飲む・食べる

イタリアで働くということ


1週間にわたった、大きな仕事が終わった。
1つのプロジェクトの中での通訳という仕事、通訳といったってイタリアだから、実質ほとんど何だってやる。それはまあ私としては別にいいのだが、覚悟はしていたとはいえ、今回の仕事は、ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに大変だった。
まったくもって予想以上に段取りの悪くいい加減で、かつ、それぞれがてんでばらばらに思い付きと自分の言い分ばかりを主張するイタリア人に対し、共同作業でも、個人個人も、キビキビと理解も仕事も早いチーム・ジャパン。

アテンド通訳という仕事はもともと、ただ、言葉から言葉へ変換していく作業なのではなく、双方が、お互いを説得させようと思って対峙している、その両方の前線を受け持つということだ、と毎度痛感する。たとえ、コトバを100%伝えたとしても、相手が違う意見を持っていて「イエス」と言わない限りは、「ほんとうにちゃんと伝わっているのか」と疑われる。因果な商売だと思う。両方の言い分を(言葉としては)理解し、それがものすごく遠いということが、わかってしまっているだけに。

理想的には公正な立場に、現実問題としては雇われた側の立場に立っていなければいけないのだろう、と思う。だがそれが結構難しい。
いずれにしても本来なら、自分の感情は一切殺して、言葉を相手に渡す、黒子でなければならないのが通訳の仕事のはず。その域を超えて、相手に伝える前に、しばしば自分から言い返したり、ブロックしたりしていた私は、たぶん通訳としては失格だろう。特に、事務的な面でもいろいろつっかかったりしたので、もしかしたら、もうこのイタリア企業からは仕事が来ないかもしれない。でも、それはそれでもう、仕方がない。

それでも、私はやるべきことをやったと自分では信じているし、なによりもまず、(条件は度外視としても)ぜひともやりたかったこの仕事のチャンスを頂いたことに、やりたくてもなかなかできない、いい経験をさせて頂いたことに、関係各位に心から感謝している。
心身ともに、限界に近いところまでいったけれど、その中ですてきな人々にも出会えたこと、そういう人たちに理解してもらえた(と少なくとも自分では思っている)ことが、何よりも嬉しい。彼らとは、ぜひまたいつか一緒に仕事をする機会があるといいと思う。

それからもう1つ、予想外のオマケは、ここ数日、イタリア語を聴きとる力が我ながらちょっと上がっていること。(ついでに言うと、イタリア語で怒る能力も倍増・・・。)別にふだんサボっているわけでもないはずなのに・・・。
これを落とさないようにするのがまた、なかなか大変。だが、こうしていろんなことが、また次の仕事へ向けていいステップになるといいと思う。

28 novembre 2008
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by fumieve | 2008-11-29 18:08 | 日常生活

ありえない!!!


ヴェネツィアに来て7年、たいていのことには驚かなくなったが、こんなことは初めて。なんと・・・

家の鍵が、ちぎれた。

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夜9時ごろ、1日中の立ち仕事にしばしば怒声混じり、全身消耗しきった体を引きずって家に帰ってきた。途中で何か軽く食べようと思っていたのに、頭が空白でそれすらも忘れて帰ってきてしまった。

外から、家に入るための鍵は3つ。
日本からするとビックリかもしれないが、それでも、イタリアのほかの町の中のアパートなどに比べたら、鍵自体はどれもシンプルなもの。むかーし、ローマで2週間ホームステイしたときは、外扉のほか、玄関ドアだけで、メインの鍵を4回回すようになっていたほか、さらにその上下に、別の鍵がついていた。
実際、ローマ在住の友人は、つい最近、それが開かなくなるという事態を経験済み。
http://plaza.rakuten.co.jp/romami/diary/200811130000


・・・それはともかく。

ようやく辿りついた家の前、門の鍵をさす。回す。回らない。ここのとこ、この鍵の調子が悪くて、タイミングが悪いとなかなか回らない。ちょっとしたコツなのだが、こういうときに限って、一発でいかない。
くっ、くっ、くっ・・・回った!・・・と思ったら、鍵の頭だけひょこっと手元に残り、鍵の、鍵たる部分がなんとそのままそっくりかぎ穴に!!!!!
ほんとに、すっぽりと入ってしまっていて、あわや取り出せない!?・・・つまり、鍵が開けられない???・・・と冷や汗がダラダラ流れたが、爪の先になんとかひっかけて、何度かやるうちにどうにか取り出せた。

もともと調子が悪かったので、幸い合鍵も持ち歩いていたからよかったが、そうでなければたいへんなことになるとこだった。明日がいよいよ、この仕事の総集計だというのに・・・。

それにしても、鍵がちぎれるって、何?
・・・ヴェネツィアの湿気???

27 novembre 2008
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by fumieve | 2008-11-28 08:09 | 日常生活

観光ストリートに面した穴場、ルーガ・リアルト

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打ち合わせという名目で、友人と会って1杯。
欠食児童顔負けの私は、おつまみをてんこもり。
小エビのせブルスケッタ(オープンサンド)、魚介のフライ、イカ焼きにほうれんそうをどっさりつけて、パン食べ放題+ワイン1杯=8ユーロなら、まあまあ悪くない。
リアルト橋から、魚市場などを背にして駅に向かうメイン・ストリート、Ruga Vecchia。狭い入口の前に、どーんと樽がおいてあるのがこのルーガ・リアルト。中は結構広くて、もちろん立ち飲みでもいいが、テーブル席に座っておつまみでもOK。このおつまみがまた充実していて、こうしてちょっとした食事になるのがうれしい。

Ruga Rialto
S.Polo 692
Tel. 041 5211243

26 novembre 2008
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by fumieve | 2008-11-27 08:04 | 飲む・食べる

イタリアの見た日本人14・「日本の若者」、ふたたび


イタリアの見た日本人:これまでのお話
13・鎖国
12・常長の服装
11・おさらい:日本の男子の服装の歴史
10+おまけ・大統領官邸の外国人使節たち
10・大統領官邸の支倉常長
9・ローマ再び~支倉常長像
8・「アジア」の姿
7・番外編:ない袖は振れぬ?2
6・番外編:ない袖は振れぬ?
5・ヴェネツィアが失くしたもの
4・ヴィチェンツァ
3・ローマの天正少年使節団
2・天正少年使節団
1・「日本の若者」

1754年、ヴェネツィア在住の画家、ジョヴァンニ・グレーヴェンブロクは、1冊の本を仕上げた。ヴェネツィアの貴族で、簡単に言うと貨幣や書籍などのコレクターであったピエトロ・グラデニーゴの依頼による「18世紀、ヴェネツィアのほぼすべての世代の服装」と題されたこの本は、1つ1つのタイトルごとに、見開きで左ページにイラスト、右ページにその解説があるところは、このシリーズの最初に「日本の若者」で紹介した、チェーザレ・ヴィチェッリオの「世界の古今の服装」に似ている。
実際、テキストも挿絵も、ヴィチェッリオからそのまま写していることも多い。
原本ともいえる、ヴィチェッリオと大きく違うのは、ヴィチェッリオができるだけ幅広く、「世界の」服装を扱っているのに対し、グレーヴェンブロクは「ヴェネツィア」にこだわっていること、ついでに、服装だけでなくてヴェネツィアの日常生活やお祭りの様子なども扱っていること。
もう1つの大きな特徴は、これは印刷した本ではなくて、手書きの、つまり依頼主1人のために編集されたものだということ。
テキスト部分はインクによる筆記体、そしてイラストの部分は、なんとそれぞれ水彩で色がつけてある。

この本の中に、再び「日本の若者」が登場する。
ヴェチェッリオの「世界の服装」と違い、「ヴェネツィアの服装」だから、外国人の登場は極めて少なく、せいぜい各国の「代表者」として大使の服装が載っているくらい。
だが、「日本の若者」はその中ではなく、ヴェネツィアの史実や、歴史上の人物を扱ったシリーズの中に入っている。

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ヴェチェッリオの「日本の若者」とまず第1に目につく違いは、イエズス会神父と一緒に登場していること。若者自体の格好は、ポーズからしてヴェチェッリオの「若者」の、ほぼそのままだ。
テキストの方に目を移すと、
「その昔、(ヴェネツィア)共和国の長にニコロ・ダ・ポンテがついていたとき、このすばらしき町に、日本の貴公子たちがやってきた。そして、荘厳な入場でもって、すばらしいコレッジョに入った。」とある。つまり、史実の簡潔な説明だ。
と、そのあと、
「その記念すべき様子は、ピエトロ・リッキにより絵の中に描かれ、イエズス会士たちによって保存されてきた」。
・・・なぬ~~~!?!?!?
続いて、その少年使節団のエピソード、そして、直接関係のない中国のエピソードを挿入したあと、「若者」の服装の説明に入る。
「この国では胸当てと、絹製の幅広いズボンを着用する。その生地は白く美しく、まるで紙のようであり、葉や鳥の模様で彩られている。織りの凝ったビロードの上着をはおり、刀と懐剣を差している。これらは(パラッツォ・ドゥカーレの)10人の評議員の間の武器室に保管されている。」
使節団が、ヴェネツィア共和国にその装束一式を贈っていること(そしてそれが行方不明になっていること)は、以前、このシリーズの第5回・ヴェネツィアが失くしたもの(0424)、で紹介した通り。
1754年に、グレーヴェンブロクがこの本を編集したときには、まだパラッツォ・ドゥカーレにあった、ということに違いなく、それは1773年の時点では存在したとする記録とも一致する。

それにしても、ようやく18世紀にたどり着いたと思ったら、また少年使節団に舞い戻ってしまった。
彼らの絵を描いた、とされるピエトロ・リッキについて、次回は考察を述べたいと思う。

続 15・幻のピエトロ・リッキ

25 novembre 2008
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by fumieve | 2008-11-26 08:19 | 卒論物語

ジョヴァンニ・ベッリーニ展、ローマ

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スクデリーエ・デル・クイリナーレ
2009年1月11日まで

Giovanni Bellini
Roma, Scuderie del Quirinale
30 settembre – 11 gennaio 2009
http://www.scuderiequirinale.it/canale.asp?id=774

ここ数年、ローマにてヴェネツィア派の大がかりな展覧会が開かれるのが定番になりつつある。今回は、ヴェネツィア・ルネッサンスを代表する画家、ジョヴァンニ・ベッリーニの、実に半世紀以上ぶりの大回顧展。
現大統領府クイリナーレ館(Palazzo Quirinale)のななめ前に立つこの会場、元・厩舎(scuderie)での展覧会は、いつもその内容も充実している上に、展示がゆったりと広々していて作品が見やすく、自然と期待が高まる。混雑を避けて、先週、月曜日の午前中にでかけた。

2階の会場に上がり、まず我々を出迎えるのは「ペーザロの祭壇画」。当時としてはかなり長命であったベッリーニ(1435-38頃 – 1516年没)の、初期の傑作の1つ。
そう、ベッリーニは、いろいろな意味において、ちょうど転換点にいて、両方をまたがって生きた、と言える。
中世から近代へ。初期ルネッサンスから、盛期ルネッサンスへ。トスカーナのデッサンやフランドル地方の精密画から、やがて自然の風景や空気遠近法に注目し、色と光の効果を重視し、輪郭をやわらかくぼかす「ヴェネツィア派」とよばれるスタイルの確立まで。
あるいは、テンペラ画、板絵から、キャンバスを使った油彩へ。
彼の作品もしたがって、しばしば同じ画家の作品とは思えないほど、その画法がずいぶん変化していく。

続く展示室の、聖母子像その他の中小の作品は、さすがに在学中にずいぶん勉強させられたし(その割には、きれいさっぱり忘れているところが悲しいが)これまでに見ている作品も多い。だが、こうして1つ1つの作品を見せることに最大の注意を払って展示されていると、今まで見えなかったものが見えることもあるし、もちろん何より、たくさんの作品を一度に見るというのは、やはりすばらしい機会といえる。
ムラーノ島の殉教者・聖ピエトロ教会(Chiesa di San Pietro Martire)のPalione del doge Agostino Barbarigoなど、いつもは高いところに掛っているのが、目の前の高さに大きく展示されていて、あらためて微細にわたり見ることができるのは新鮮。

そして、このころになると、まだきちんとした輪郭は保ちながら、のちに完成することになる、色のぼかしが入ってきていることがわかる。特に、聖母の顔にそれが顕著で、初期の作品に見られるような、神聖で美しいが冷たい、磁器の人形のような表情から離れ、ここでは温かみのある、「人」としての表情に変わっている。
それにしても、その聖母の青いマントの縁取りの金の美しさといったら!

もう1つ、ベッリーニの作品を特徴づけるのは、その「緑」の美しさ。背後に広がる風景、その自然の「緑」もさることながら、しばしば聖母子像のうしろにかかる垂れ幕の「緑」が、
主体を高貴に見せると同時に、絵全体に独特の温かみを与えている。

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展示室上階に上がる。
再び、聖母子像の代表作などを見ながら、ふと思いついた。さきほどのムラーノの聖母の顔の変化だが、並んでいる作品を比べると、どうも1470年代までは、顔の輪郭の線がはっきりしているだけでなく、形そのものがまず卵型でもかなり長めなのに対し、80年代に入ると、丸顔でふっくらしてくる。体もふっくらしてくるため、相対的に「小顔」な印象を受ける。
もともと北方の文化で、細く長く高く聳えるゴシック建築同様、女性も細く背が高く縦のラインを強調した服装に身を包んだ14世紀。人間の本来あるべき姿を「再発見」し、細すぎず、太すぎない自然なプロポーションをよしとしたルネサンス初期、15世紀。そして、16世紀に入ると、ふくよかな女性こそが美しさであり、胸を強調し、袖や裾もたっぷり膨らませるようになる。・・・おおまかに言ってこんな風に、女性の美の基準と、流行が変化していったのはとっくにわかっていたことのはずだったが、こうして自分であらためて「発見」してみると、なんだか嬉しい。

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見ごたえ十分の展覧会に満足しつつ、これはヴェネツィアでは、残念ながら内容、規模、とも実現が難しい、と思う。
だが、最後の作品まで見終わって、気がついた。これだけの回顧展、ヴェネツィアからももちろん、3つの美術館のそれぞれ著名な作品が提供されている。が、これだけでは、ベッリーニは語れない。ベッリーニの大きな祭壇画3枚、それがそっくり、ヴェネツィアに残っているのだから。
アッカデミア美術館(Gallerie dell’Accademia)の「聖ヤコブの祭壇画」、フラーリ教会(Chiesa di S.Maria gloriosa dei Frari)の「3翼祭壇画」。そして私の1番好きな、聖ザッカリア教会(Chiesa di S.Zaccaria)の「聖ザッカリア祭壇画」。
だからやっぱり、この展覧会を見たあとに、みなさんぜひヴェネツィアへ来て、少なくともこの3点を絶対に見ていただきたい、と思う。

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24 novembre 2008
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by fumieve | 2008-11-25 08:25 | 見る・観る

何もしない週末

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いろいろと、予定の狂った週末だった。

まず、土曜日の朝、あともう少し・・・と寝ていたところへ携帯メッセージ。その日の仕事が、予定通りの準備ができていないので中止、と。正直のところ、ドタキャンはほんとに困るのだが、なんとなく予測していたのであきらめて、睡眠充足日に変更。
・・・で、ついつい寝過ぎてしまった。休みなら休みで、やることはいくらでもあるのに・・・。

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夕方になって、あわてて、サルーテ教会へ向かう。といっても、21日の祭日にできなかったお参りでもミサでも、見学でもなく、お目当ては、周りに出る屋台の、揚げパン。・・・ところが、いつも屋台がひしめき、人が押し合いへしあいしているはずの通りが、がら~ん。見事に、あとかたもなく、なくなっている・・・。確かに、お参りの人もめっきり少ないが・・・。今年は21日(金)が祭日だから、22日(土)、23日(日)までやっているだろうとふんでいたのに、ワタクシとしたことが、大失敗!!!今年はなんとか、2回は食べようと張り切っていたのに、仕事とか夕食の予定とかいろいろで、1回も食べられないうちになくなってしまった・・・。(涙、涙、涙・・・)

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もう1つの失敗は、グッゲンハイム美術館。サルーテ教会のすぐ近くにあるこの現代美術館は、毎年、この時期1週間、ヴェネツィア在住市民に無料で開放する。
先日始まった展覧会もかなり評判がよく、見たい気持ちをあえて押さえて、この時期を待っていたのに・・・この無料開放もやはり、今日23日(日)までかと思いこんでいたら、21日で終わっていた・・・。(涙)もっともこれは、普通に入場料を払って入ればいいことなのだが、おとといまで無料だったかと思うと、やはりちょっと悔しい。

そして今日。
見事に雲ひとつない青空が広がったが、ともかく寒い!!!
天気予報によると最低気温が0℃前後、最高気温も10℃以下らしい。キンキンの青空。
夕方、うちからはちょっと遠い、ある教会でやっている「在りし日の音楽」コンサート、これまた無料に魅かれて行ってみようと思っていたのに、あまりの寒さにくじけて、やめてしまった。まだ来週もあるので、次回は頑張って行ってみようかな・・・。

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23 novembre 2008
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by fumieve | 2008-11-24 03:34 | 日常生活

(おおきな)お腹も大満足、ヴェーチャ・カルボネーラ

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魅力的なバーカロ(bacaro、立ち飲み屋)が多く存在する、カナレッジョ地区(Canareggio)だが、その中でもいつも入れないくらい入口がいっぱいになっているのがこちら、カンティーナ・ヴェーチャ・カルボネーラ。リアルト橋から駅に向かう、庶民的な広い通り、ストラーダ・ヌオーヴァ(strada nuova)沿いなのでわかりやすい。

バーカロ、またの名をチケッテリア(cichetteria)、ヴェネツィアの立ち飲み屋の原則は、おつまみでお腹をいっぱいにしようと思わないこと。いや、別にお腹いっぱい食べても構わないのだが、立ち飲みワインの安さに比べ、チケーティ(cicheti、一口おつまみ)はちょっぴり高め。ワイン1杯に、魅力的なおつまみの誘惑に負け、ついつい2つ3つと食べると案外高めにつく。
地元のオヤジなら、仕事後、帰宅前にいつもの店にふらりと寄って、ワイン1杯におつまみを1つか、またはゼロ。わーっとしゃべって、さっと飲んで家に帰るのが基本。学生なら、やはりおつまみをせいぜい1つ、そのかわりワインを何杯もだらだら飲んで過ごす。

が、そんな1口おつまみでは、ちょっと物足りない、というときもある。すでに日は暮れ、軽く1杯飲みたいが、小腹もすいている。そんなときにピッタリなのが、この店。オープンサンド・タイプのチケーティは、ほかでは見かけないボリューム。ほかに、パニーノも充実しているから、お腹を満たすにはたいへん好ましい。

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ウインドウにぎっしり並ぶボリューム・チケーティの後ろで、まだまだ、じゃんじゃんパンを切り、ハムをスライスし、パニーノが出来上がっていく。その豪快な手際のよさも気持ちがいい。

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・・・なんだか最近、食べ物の話題に偏っているような気がするのと、また一段と体が横にふくらんできているような気がするのは、やっぱり相関関係にあるのだろうか・・・それとも、あくまでも気のせいだろうか・・・?

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Cantina Vecia Carbonera
Canareggio 2329 (Campo della Maddalena)
Tel. 041 710376

22 novembre 2008
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by fumieve | 2008-11-23 07:22 | 飲む・食べる

カストラディーナ(Castradina)、聖母サルーテ祭の料理

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寒さの特異日、とでも言ったらいいだろうか?
暖かめの秋でも、小春日和のあとでも、この日はともかく、一段と冷えるのがまるで決まりのように、毎年必ず、しっかりと冷える。それでいて、11月に多いはずの、雨もアックア・アルタも、今までこの日にぶつかったことがない気がする。
その代わりというか、絶対に欠かせないのが霧。それも、一寸先も見えないほど、深ければ深いほど、寒さもより極まっていい。
聖母サルーテの祝日。

見通しがきかないというほどでもない、暗闇とともにうっすらとかかった霧。見事なまでに、数日前から突然冷え込んだ寒い夜、広場の奥の明かりの中に入っていくと、そこには別世界が広がっていた。
・・・いや、広がっていた、というのはあまり正しくないかもしれない。縦に細長い部屋に、いっぱいいっぱいの縦長の木のテーブル。そこで、赤いビロードの昔の衣装を着た人々が、ろうそくの火にゆられながら、何やら議論を繰り広げていた。
ここはどこ?・・・まるで不思議の国のアリスのような気分。よくできたお話らしさをより強調するのは、異次元の別世界のようでありながら、辛うじて言葉がわかること。

実は、このサルーテのお祭りの日に食べるという料理を、みんなで食べる会があるというので、友人に誘われてのこのこやってきたのだが、場ちがいもはなはだしい。といって、出て行くわけにもいかず、末席で小さくなって、議論に耳を一応傾ける。
・・・いくつか、この会の運営等にかかわる件に関しての議論、そして挙手による多数決がとられたあと、本日のハイライト。どうやらこの会の、代表者の任期が完了するにあたり、次の代表者を選ぶ、ということらしい。ときどき、軽い野次や冗談はヴェネツィア弁も飛び交っているが、司会や、それぞれの発言中は厳格なイタリア語。あくまでもまじめである。
自他薦含め、現職1人のみの候補者となったが、にもかかわらず、というのか、なんと投票が行われた。もちろん無記名、専用の投票用紙は、ちゃんとカラーで飾り模様がついているという凝りよう。
1人1人記入後、専用の木箱にいったんおさめ、それを1枚1枚読み上げながら開票する。
欠席者もあったらしく、有効投票数を確認し、無事、現職代表の再選が決まった。
そして、乾杯と挨拶。
・・・だが、この不思議な会については、またいつか、改めて紹介したいと思う。

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はじめから、1時間半くらいたっていただろうか?ようやく、ようやく、出てきた本日の(少なくとも私にとっての)ハイライトはこちら。

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カストラディーナ(Castradina)という料理、名前はカストラート(castrato、去勢した)から。去勢した雄羊の肉、モントーネ(montone、つまりマトンのこと!)と、ヴェルツァ(velza)というしわしわキャベツを、ことこと煮込んだスープ。ほろほろのお肉にキャベツたっぷり、いかにも体によさそうな、やさしい味。体が温まって、おいしい。
ペストの終焉を神に感謝するために建てられた聖母サルーテ教会(Chiesa di S.Maria della Salute)の祭日のメインは、ペスト菌を持たないという去勢雄羊肉を使った料理で、18世紀から続く伝統料理。金持ちから貧乏人まで、貴族から商人まで、みなが食べたというスープは、確かに祭日の料理というにはうんと素朴で、むしろ病人にもよさそうなのはそのためだろう。

本来は家庭料理だろうが、この時期、特別にメニューに加えるレストランもあるので、味わってみたいかたはぜひチェックを。

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21 novembre 2008
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by fumieve | 2008-11-22 09:18 | 飲む・食べる

イタリア美術館事情


本日付の日刊紙、Corriere della Sera紙の文化面に、イタリアおよび世界の美術館の2007年・年間入場者数ランキングが出ていた。

世界トップ10
1. ルーブル美術館(パリ) 8,300,000人
2. ポンピドーセンター(パリ)5,509,425人
3. 大英博物館(ロンドン)5,400,000人
4. テート・モダーン(ロンドン)5,191,840人
5. メトロポリタン美術館(N.Y.)4,547,353人
6. ナショナル・ギャラリー(ワシントン)4,518,413人
7. ヴァチカン博物館 4,310,000人
8. ナショナル・ギャラリー(ロンドン)4,159,485人
9. オルセー美術館(パリ)3,166,509人
10. プラド美術館(マドリッド)2,652,924人

イタリア・トップ5
1. ウフィツィ美術館(フィレンツェ)1,615,939人
2. パラッツォ・ドゥカーレ(ヴェネツィア)1,466,898人
3. アッカデミア美術館(フィレンツェ)1,285,798人
4. リソルジメント博物館(ローマ)880,000人
5. サンタンジェロ城博物館(ローマ)843,792人

これはこれで、なかなか興味深い結果で、ここには、有料入場者数なのかどうかなどデータの詳細がわからないが、まあ、ほぼ、実態を示している数字と考えてよさそうだ。
ちょっとした驚きなのは、ロンドンではすでにナショナル・ギャラリーよりもテート・モダンの方が入場者数が上回っていること、プラドが10位に食い込んでいること。また、イタリアのほうでいうと、ウフィツィの1位は疑いがないにしても、ヴェネツィア、パラッツォ・ドゥカーレが2位なのは、グループの観光客がほぼ確実に(強制的に)入るからか?そしてかなり意外なのは4,5位に入っているローマの博物館だろう。
おそらく分類上の問題なのだろうが、たとえばローマのコロッセオも入場料を取って見学させている国立の「博物館」組織であることには違いなく、これを入れたらおそらく1位か2位に入ってくることは間違いない。

前置きが長くなったが、今日の記事は、このランキングそのものが主題ではない。
イタリアの美術館組織を見直し、改善・改革をはかるために、元・某米系銀行、某ファーストフード・イタリア社長が、なんと文化大臣の顧問として任命された、という。
どうせ投票権もないイタリアの政治の混迷は、理解しようにもしきれないものがあるし、忙しいのを言い訳に、最近は新聞などもロクに読んでおらず、知らなかったのだが、今日の記事はその某氏のインタビューだった。

つまり、あのウフィツィでさえ、世界トップ10に大きく水をあけられていることなどを問題視し、もっと効率化し採算性を上げ、世界ランクに食い込もう、ということらしい。
・・・はー。ためいきが出た。美術館に限ったことではないが、こういう数字にははっきり言って全く意味がない。だいたい、いくら有名な作品がいくつかあるといったって、ウフィツィと、ルーブルや大英博物館では、そもそも規模が全く違う。(かつ大英博物館は入場無料)そう思うと、確かにポンピドーは規模の割にずいぶん多いが、これはパリを訪れる観光客の人数なども考慮する必要があるだろう。
念のため断わっておくと、私は純・芸術主義では全くない。お金は回ったほうが、結局最終的にみんなの幸せのためだと思っている。(ただし、アートを単なる投機の対象としてのみ見るのには疑問を覚える)
ただ、イタリアのやるべきことは、単純に、ウフィツィの入場者数を増やすことではないはず。数年前から予約の可能になったウフィツィでさえ、季節や日によっては、ただ入るために数時間待ちになることもあるのを知らないのだろうか?(ただし、ウフィツィは現在、大規模拡張工事中。)
もちろん、現状のさまざまな問題、とくに、監視員など人員の質と意識、お手洗いなど最低減の設備等の改善・改良は必要だ。また、イタリアには、年間に有料入場者数が100人に満たないような博物館組織もあるらしく、それを見直すのは当然だと思う。ただ、単純に効率化のために廃館すればいいというものでもないだろう。
無数の美術・歴史・考古学遺産を持つイタリアでは、確かに、多くの作品やモニュメントが、日の目を見ずに保管庫に眠っているのは事実だ。修復や維持がままならずに朽ち果てていっているものも無数にある。ただ、それが、大都市の大きな美術館の中だけでなく、全国の、それこそ無名の小さな町、村の辻の礼拝堂にだってあったりするのがイタリアで、それこそ、評価・再評価・価値化すべきものなのに。

英仏や米国、大国にはりあっても無理だし、ろくなことはない。それよりは、なぜ、イタリアのよさを生かす方向で考えられないのか?もうすでに、観光客があふれかえり、交通網やサービスもマヒしている都市の美術館を少々いじっても意味がない。それよりは、たいていどこへ行ってもそれぞれの歴史を持ち、風光明媚で、食べ物もおいしいイタリア、知られざる魅力を、もっとどんどん地元から外から、認識させることが、結局イタリア全体の活性化につながるのではないかと思う。

私の知る限りの話だが、中規模の町では、いくつか、いい例がある。中部ではシエナ(トスカーナ州)、ペルージャ(ウンブリア)、トレヴィーゾ(ヴェネト)、ヴィチェンツァ(同)、など。
企画展を催す際、単独1カ所で開くだけではなく、いくつか関連の大小の企画展を、市内、あるいは隣町などと連携して行う。関連する土地、車でなければ行けないようなところをめぐる、オプショナル・ツアーを用意する。それから、忘れてはならないのは、地元のレストラン等とのコラボレーション。関連の特別メニューを用意したり、そこまでではなくても、お勧めレストラン・マップを用意し、たとえば展覧会の入場券で少し割引になる仕組みにする、とか。
問題がないわけではない。この手の企画展は、宣伝も大規模だから経費も莫大で、その宣伝の割に、展覧会そのものの質などが問われる例もある。だが、それで議論を呼ぶのもまた1つだし、淘汰されることもある。その企画展のために、わざわざ観光バスでイタリア各地あるいは国境を越えて乗りつける観光客も多いことを思うと、地域経済に与える影響も小さくない。
地元メディアや、スポンサー、地方自治体と地元の公共交通手段などの協力が不可欠だ。とくに、集客したはいいが、交通がマヒ、ではとんでもない。
そして、その期間が終わったあとも何かが残る、そうでなければ意味がない。
企画展のみならず、考古学エリアなどでも、たとえば季節限定のこういったイベントを行うなど、方法はあるだろう。
いずれにしても、それぞれの土地、事情に合わせたカスタム・メイドな対処が必要で、やっぱりファーストフード的なわけにはいかない。
そして、これこそがイタリアが世界に誇れる点なのではないかと思うのだが・・・・。

20 novembre 2008
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by fumieve | 2008-11-21 08:01 | 見る・観る