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ヴェネツィア ときどき イタリア

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「ベアート・アンジェリコ ルネサンスの夜明け」展、ローマ

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ローマ、カピトリーニ美術館
7月5日まで

Beato Angelico
L’alba del Rinascimento
Musei Capitolini (Palazzo dei Caffarelli), Roma
8 apr – 5 lug 2009
www.museicapitolini.org/mostre_ed_eventi/mostre/beato_angelico

イタリアの画家の中で特に私が大好きな、ベアート・アンジェリコ。その没後没後550周年記念で、1955年以来の規模でのベアート・アンジェリコ展と聞いて、これはもう一も二もなく、どうしても見に行きたかった。
イタリアでは飛び石連休にあたるこの週末、ただでさえ混雑しているローマは各種行事も重なり、大混乱も見込まれていた。わかっていながら、この週末を逃すと、いつ来られるかわからない。日程をムリムリ調整しての強行軍も、そんなワガママな私をいつも心よく迎え入れてくれる友人のおかげ。ほんとうに、いくら感謝してもしきれない。

暑さにヤラれそうになりながら、ローマ遺跡の大理石が文字通りゴロゴロならぶ中庭を通り抜け、美術館の最上階へ向かい、企画展入口へ。
1395-1400年に生まれたとされるアンジェリコの作品が、だいたい年代順に並ぶ。
まずは20代のころの作品。美しい聖母子像。が、このころの聖母の顔は、まだアンジェリコ独特の顔になっておらず、まだほかの誰かの聖母子像を思わせる。
そして、マニアな私にとって嬉しいのは、聖母の座るクッションや、後ろにかかる布。真紅に金糸、あるいは金地の豪華な錦も、彼の絵の中では、荘厳さよりもどちらかというとやさしい、女性らしい華やかさが際立つ。

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25年のペアの板絵1組、「受胎告知」(ミュンヘン)は、すでに完全にアンジェリコ・スタイルを確立している。その色づかい、全体の明るさとあたたかさ、とくにピンク色の上品な美しさ。
聖ジローラモ、聖フランチェスコなど、(男性)聖人の絵もあるが、彼の場合はやはり、断然、女性、とくに聖母や天使がいい。と思うに、そういえば、本来は中性的存在で、それまでは神々しくもむしろちょっと不気味ですらあった天使を、こうして「美しく」描くことにしたのは、ひょっとすると彼が最初のほうだったりするのではないか?
いや、かなり適当に思いついたまま書いているのだが。

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もう1つの彼の特徴は、物語絵の面白さ。細密画家としても活躍した彼らしく、線が細かく、ともかくキレイなのだが、ただ美しいだけではなくて、登場人物のしぐさの表現から、小物、植物や小動物までほんとうに芸が細かい。もちろん、装束の描写も手を抜かない。
もともとは、大きな多翼祭壇画の一部(下部板絵)であったのだろうと思われる「洗礼者ヨハネの斬首とサロメのダンス」(パリ・ルーヴル所蔵、1427-28年ごろ)のサロメの袖が、ヴェネツィア、サン・マルコ大聖堂のモザイクのそれと、似たタイプであることを発見し、密かにニンマリ。

キャリアの中盤、1435年ごろになると、もはや彼のスタイルが完全に確立されてくる。
特に、透明感があり、それでいてほわっとソフト・フォーカスな、まるで磁器の人形のような顔。ほっそりときゃしゃでしなやかな体の上に乗った、小さめの丸顔は、不自然に長く、あるいはどっしりとした体に面長で迫力のあったそれまでの絵からすると、ずいぶんと斬新であっただろう。解剖学的には、まだまだ「正しい」とはいえないが、これまでの美の基準を完全にひっくり返したという点で、まさに、「ルネサンスの夜明け」といえる。
そして、人間らしいあたたかく柔和な表情でありながら、同時に近寄りがたい神々しさも持ち合わせている。

大きな祭壇画が2つ、堂々と飾られた部屋へ入る。
1つは「受胎告知」。べアート・アンジェリコの「受胎告知」では、フィレンツェのサン・マルコ美術館、マドリッド・プラド美術館、そして、コルトーナという町にあるものが最もよく知られている。コルトーナの「受胎告知」は、これまでに見たことがなく、実は、今回一番期待していたそれはなく、サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノから、やはり似たような「受胎告知」が展示されていた。
一方、そのコルトーナからは、別の多翼祭壇画。

思っていたよりも、規模はそう大きくなく、どちらかというと小じんまりとしていたし、個人的に一番見たかったものがなかったりしたが、それでも、ベアート・アンジェリコを堪能できる、いい展覧会だった。
疲れずにじっくりと絵を楽しむには、むしろちょうどいい規模といえるかもしれない。

ベアート・アンジェリコについては、昨年、その修道院にそのまま残されているすばらしい一連のフレスコ画と、祭壇画等のテンペラ画を多く所有するフィレンツェのサン・マルコ美術館が、彼の細密画家としての側面に焦点を絞って企画展を行った。どちらも、それぞれで見ごたえがあったが、両方見るとまた、ちょうどお互いに補完し合っているようでよかった。

コルトーナはそれ自体、とても美しい町らしいし、やはり直接現地に見に行けということかもしれない。

写真は、公式サイトおよび、Web Gallery of Art (www.wga.hu)より拝借した。

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30 maggio 2009
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by fumieve | 2009-05-31 07:53 | 見る・観る

Anton’s Memory by Yoko Ono

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ヴェネツィア、ベヴィラックア・ラ・マーザ基金、ティート館
9月20日まで

Fondazione Bevilacqua La Masa, Palazzetto Tito
Venezia
29 mag- 20 set 09
www.bevilacqualamasa.it

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ヴェネツィアで2年に1度開催される、ビエンナーレ国際現代美術展の開幕をいよいよ来週末に控え、町中に、関連のポスターが増えてきた。
この期間、ビエンナーレ公式参加の企画展や各国パビリオン、そして公認の並行企画展。そのほか、非公認というと言葉が悪いが、要するに、ビエンナーレ・マークはついていないものの、ヴェネツィア中の各美術館、ギャラリー、文化団体も一斉に、現代アートをテーマにした展覧会やイベントを企画するから、その全体の数はいったいいくつになるのか、把握しきれないほど。
一度に何百ものアート・イベントがあるのだから、それを知らせるポスターだって、見る人の関心をいかに誘うか、しのぎを削っている。

とりあえず、今のところ、圧倒的に人の目を引いているに違いないのは、ポスター全体に、女性の乳房が片方、どーーーん!と載っているもの。
それは、このオノ・ヨーコ展のポスターだった。

オノ・ヨーコという人について、正直に言うと、あまりよく知らなかった。
あのジョン・レノンの奥さんであったこと、もともと前衛的なアーチストであったが、特にジョンと一緒になってから、平和運動、そして女性運動に力を注いできた人。
一応、まがりなりにも「知っていた」のは、Bed-Ins for Peaceなど、代表的なほんのいくつかの作品。それも、じっくりと、ちゃんと鑑賞したり、理解しようとしたこともなく、なぜだかあえて、今まで避けて通ってきたような気がする。

過激なポスターにまずびっくりして、おそるおそる会場に向かった。

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アントンの記憶(Anton’s Memory)。実存する誰でもなく、また、私たち全ての誰でもあり得る、「アントン」。そのアントンから見た母の記憶、がテーマ。

結論から先に言うと、それは、ほんとうに「静かな」展覧会で、いかにも女性らしい、美しく、またおだやかな展覧会であった。

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例えば、”Touch Me”。パーツごとに分けられた女性の体に、鑑賞者は、実際に「触ってみる」という作品。

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あるいは、一番奥の部屋にもうけられた、”My Mommy is beautiful”という作品では、部屋の中に机と椅子、そして白いカードと、ひきだしには色鉛筆そのほかの文房具がのぞいている。それぞれが、自分の「美しき母」のイメージを、絵でもメッセージでも写真でもいいから表現して、それを、壁にかかったキャンパス上に貼っていく。

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「触れる」あるいは「参加型」の作品は、今どきめずらしくないし、オノ・ヨーコの代表的な作品はそれがほとんどと言えるだろう。

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だが、”The suitcase Piece”はどうだろう?部屋の片隅の置かれた机にはやはりメッセージ用のカード。「どこか、行きたい場所を書いて」、それを、真ん中に並べられた、古いルイ・ヴィトンの旅行用かばん、そのどこかの「中に入れて」。ひとりごとにせよ、多くの人へ向けてのメッセージにせよ、紙に書いて、それを公の場に掲示する場合は、必ず、他人を意識したものになる。ところが、書いたものを、ひとからは見えないところに入れる、となると、それはもう完全に、その鑑賞者自分自身だけのための行為になる。

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1つの展覧会として、特に現代美術の企画展としては、びっくりするものでもないし、むしろ、似たような作品を見たことがあるような気さえする。だが、その既視感こそが、この展覧会の狙いの1つなのかもしれない。「母」の記憶はまた、なつかしい「家」の記憶とも結びついているはずだから。
そう、ヴェネツィアではめずらしくない、ふつうの住居だったこじんまりとした古い空間が、この展覧会の全体を決めている、といっていい。

オノ・ヨーコさんが主張したかったという、女性の、とくに孤独の苦しみは、そこでキラキラと昇華していた。
声高に訴えるだけがメッセージではなく、むしろ、無言こそが、あるときには強烈なメッセージになり得ると、そう感じた。

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29 maggio 2009
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by fumieve | 2009-05-30 09:39 | 見る・観る

前夜

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昨日、朝から変な風が吹き荒れて、雨が降るのかと思ったらそうでもなく、風がやんだら急に空気が冷え込んだ。

今日は朝から、湿気も下がってさわやかな晴天!だが、ヴェネツィアでは最高気温が5-6℃下がって、24℃くらい。同じヴェネト州でも、ヴェローナやロヴィーゴなど内陸は、34-5℃までいっていたから、一気に10℃くらい下がったらしい。
過ごしやすい、いい気候になった、と思ったが、地方ニュースを見ていたら、内陸部ではサクランボの産地マロスティカ(Marostica)や、プロセッコで知られるコネリアーノ(Conegliano)~ヴァルドッビアーデネ(Valdobbiadene)をはじめ、広い範囲で雹が降って、農作物の被害が甚大だとか。
特に、この週末にサクランボ祭りを企画していたマロスティカは、その中止を決めた。
何年か前に、マロスティカに観光に行ったら、たまたまそのさくらんぼ祭りの日だったことがある。楽しみにしていた人も多いだろうに、残念なこと・・・。

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ヴェネツィアは、暑すぎず寒すぎず、散歩が気持ちのいい夕べとなった。

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外のテラスで食事を楽しむ人もたくさん。

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散歩ついでに見に行ったのは、プンタ・デッラ・ドガーナ(税関岬)。安藤忠雄氏のプロジェクトによる現代美術館が、もうすぐ、6月6日にオープンになる。

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・・・写真を撮るには暗くなりすぎてしまった・・・。

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来週は、週末にビエンナーレ国際現代美術展の開幕をひかえ、プレビューやオープニング・パーティーと、美術関係者でいっぱいになる。

嵐の前の、静かなヴェネツィア・・・。

いい三日月が出ていた。

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28 maggio 2009
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by fumieve | 2009-05-29 06:44 | ヴェネツィア

蝶々夫人、ヴェネツィア・フェニーチェ劇場

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Madama Butterfly
Giacomo Puccini
Venezia, Teatro la Fenice

蝶々夫人 Micaela Carosi
スズキ Rossana Rinaldi
ケート・ピンカートン Elisabetta Forte
F.B. ピンカートン Massimiliano Pisapia
シャープレス Gabriele Viviani
ゴロー Bruno Lazzaretti
ヤマドリ Elia Fabbian
ボンゾ Alberto Rota

指揮 Nicola Luisotti
監督 Daniele Abbado
舞台 Graziano Gregori
衣装 Carla Teti

すごいものを見た。

さすがに予習も何もいらない、おなじみのマダム・バタフライだから、と、事前にプログラムを買う時間もないほどぎりぎりに行って席に着いた。
幕が開いてみると、意外にも、壁も床も、まったく飾り気のない、真っ白な空間。半透明のガラスの入った白い枠の可動型仕切り。ピッカピカの鏡面ラッカー仕上げの床といい、いわゆる「イタリアン・モダン」な、システム家具の最近の主流のインテリアそのもの。
直線や正方形のモジュールを使ったミニマムな空間はもともと、日本の伝統的家屋や、現代の建築家、デザイナーに影響を受けたものだし、特に引き戸は言うまでもなく、障子やふすまの応用。
だから、蝶々夫人@ミラノ・サローネ、みたいなのも、かえって新鮮でいいのではないか、と思った。

総合芸術とはいえ、オペラの本質はやはり歌、のはず。
だから、見た目だけでオペラを語るのは正しくないのはわかっている。だが、今日ばかりは見た目についてどうしても語らずにはいられない。

ピンカートン、シャープレスは、ごく普通の格好だった。
スズキが出てきたときに、なんとなくいやな予感はした。
・・・いや、ゴローが既に、よく見たら弁髪だし、メイクも結構きていた。ふだん男性のメイクはあまりチェックしていないので、うっかり見逃していた。
通常ならば、結婚式に参列する、親戚や友人役にあたるはずの、女性たちが登場したときにひっくりかえった。・・・バケモノ!!!
頭のテッペンまでヘンな白塗りのお面に、へんてこりんな赤い髪飾り(?)のついたカツラが一体型になっている。まるでホラー映画。・・・かぶっている皆様もお気の毒。
なんていうか、モダンダンスっぽさを取り入れようとして、失敗している、そんな感じ。

そして、お出ましになったマダム・バタフライの真っ赤なドレス。ドレスとしては普通だし、いい色だし、なにより白と赤の対比で見せたいのはわかるが、ピンカートン役よりずっと上背のある彼女をますますでっかく見せている。
不幸な運命に翻弄される、かよわく気の毒な女性、というよりは、場に完全に君臨した女王・・・そう、全体に、トゥーランドットっぽいのだ、この舞台。
しかもやっぱり、日本の花嫁なら、まずは白無垢、そしてお色直しで色打掛、という順であてほしいのだが・・・。(ちなみに、そのあと、初夜の場面で白に着替えていた。それも悪くないのだが、やっぱりどうしても先に白にして、ここはむしろ赤でもいいと思う・・・)

が、マダム・バタフライの衣装なんて、そんなのはささいなことだった、と思わせるほどの衝撃が走ったのは・・・

あ!デストロイヤー!!!

・・・花嫁のおじ、ボンゾが登場したときだった。
後ろ側の床がぐぐぐぐっと上がって、出てきたのは、悪夢に出てきそうなかぶり物から、全身わけのわからない衣装に身をくるみ、強烈なメイクをほどこしたこの世のものとは思えないもの。
衣装(&またはメイク)担当者、はっきり言って、アニメの見過ぎではないだろうか?あるいは、ひょっとすると、案外、自称日本文化好きとかで、歌舞伎をまねたつもりなのだろうか?ちゃんと歌舞伎を見ていれば、僧侶がクマトリで出てくることはあり得ないことがわかるはずだが。
・・・あまりの衝撃に、ともかく彼が下に引っ込むまでは音も歌も何も耳に入らなかった。

そもそも、今回の公演は、わが日本の浅利慶太監督に&森英恵さんの衣装による演出のはずではなかったか?今日は、12年半ぶりに見る、それが楽しみで来たのに・・・。これは一体・・・???
デストロイヤー・ショックでまだドキドキしたまま、幕間に会った友人に聞くと、いつの間にか浅利慶太氏の名は、プログラムから消えていたらしい。そうだったのか・・・やっぱり・・・。どう考えても、これは日本人の演出とは思えない。
昨年の例に見るように、バタフライは危険がいっぱい、だからこそ、浅利演出を楽しみにしていたのに。・・・これってサギではないだろうか?

衝撃のボンゾのおかげで、そのあとヤマドリが、お茶くみカラクリ人形・中国版といったカンジの巨大な人形をお腹の上に貼り付けて出てきたときにも、もはやあまり驚かなかった。

唯一の安らぎは、第二幕第一場最後、ピンカートンの船が港に着いたのを見て、蝶々さんが、スズキと、息子と3人で、彼を待って一晩を明かしてしまうところ。おなじみのメロディー、悲しいがやわらかなコーラスにしばし慰められた。

そして、ああ・・・とどめはというと・・・ピンカートン夫人は、やっぱり、若くきれいで明るい、ちょっとノーテンキでもいいくらいの「アメリカンな」女性であってほしい、と思うのは私だけなのだろうか?・・・目の前に登場したのは、ショッキング・ピンクで全身をコーディネートした、母子家庭相談所の指導員、みたいなおばさんだった。・・・

マダム・バタフライが危険なことは、十分わかっている。それにしても、今日はすごかった。
今度こそほんとうに、もう見ないでもいい、と思った。・・・浅利慶太以外は。・・・いや、そのつもりできたのだ、今日は・・・
くーーー・・・

(写真は、フェニーチェ劇場公式HPから拝借。・・・デストロイヤーはサプライズなのか、写真がない・・・笑)

27 maggio 2009
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by fumieve | 2009-05-28 18:42 | 聞く・聴く

伝統の吹きガラスをアクセサリーに~カンパニョール&サルヴァドーレ

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はあ・・・ムラーノ島へ行く楽しみが、また1つ増えてしまった。・・・タメイキ・・・

細長い色ガラスを平面上で並べ、釜の中で一体化させ、筒状にする。それをそのまま、あるいはきゅっとひねってから一旦つぶして、「ストロー」の先につけ、ぷうっとふくらます。
もともとは大きな花瓶やグラス、あるいはオブジェなどに使われる伝統的な手法の1つ、吹きガラスだが、最近はムラーノ島で、もはやすっかり主流となったアクセサリー部門にも、もちろん進出している。

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一見、ちょっとエスニック調なアクセサリーを売る店のような内装だが、一歩足を踏み入れてびっくりするのは、お店中に並ぶ、吹きガラスのビーズ(パーツ)。種類別、色別に分けられた大小のビーズの入った籠・籠・籠・・・。ネックレスやブレスレット、完成品もたくさんあるが、それ以上に、棚から床にまで並べられた、ビーズの豊富さに圧倒される。

こちら、実は、ムラーノを代表するガラス作家の1人、マエストロ、ダヴィデ・サルヴァドーレのお店。ここのビーズはすべて、彼のいる工房で作っているもので、正真正銘の100%Made in Murano! 運がよければ、その1粒は、マエストロが直接手掛けた(吹いた!)ものかもしれない。

ちょっとノスタルジックな飴のような、そして、同じ籠の中でも、大きさも模様も、ひとつひとつが少しづつ違う。
自分でアクセサリーを作ったり、ふだんから何かモノを作っている人が見たら、きっとすごく楽しいだろうな、と思う。残念ながら全くその手の能力のない私だが、ついつい、籠の中から1粒、2粒と手にとって、どれが一番いい表情をしているか?・・・なんて真剣に探してしまう。

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大きなビーズを使ったもの、胸元に長く垂れさがる今年風のデザインのものも素敵だが、迷ったら、1番シンプルな、丸いビーズが21個連なったタイプがお勧め。といっても、これだってビーズの種類以上にその組み合わせによっても全く印象が変わるから、すでに選ぶのに迷ってしまうのだが。
派手なようでいて、吹きガラス独特の優しさのためだろうか、案外首回りにすんなり馴染み、そして何といっても、軽い!
ビーズの色にもよるが、着るものとのコーディネートで、カジュアルにもエレガントにも使えそう。応用範囲が広そうだし、で、やっぱり、なんだかカワイイ。

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ピアスをする方には、お手頃なピアスもお勧め。

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そして朗報がもう1つ。
いつもこのブログにコメントしてくれる、ヨシコちゃんが先日からここで手伝いを始めた。日曜日以外は、基本的にはお店に毎日いるそうなので、ムラーノ島訪問の際には、ぜひ立ち寄ってみて!

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ヴェネツィア、フォンダメンタ・ノーヴェ(F.te Nove)から、41, 42番の水上バスに乗って、ムラノ島最初の停留所、コロンナ(Colonna)で降りる。そのまま右側に向かって道なりに進むと、それがメイン・ストリート、フォンダメンタ・ヴェトライ(Fondamenta Vetrai)。
まだか、まだか・・・と思いつつかなり先まで歩いていくと、左側にある。

Campagnol & Salvadore
Fondamenta dei Vetrai, 128/A
(Corte del Fabbro 128/A)
Tel. 041 73 67 72

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26 maggio 2009
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by fumieve | 2009-05-27 09:31 | Shopping!

HappySpritz@Guggenheim

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プロセッコ(prosecco)という、地元の(ほとんどは発泡)の辛口白ワイン、水に、Aperol、やBittelといった赤いリキュールを混ぜた、ヴェネツィアおよび、せいぜいヴェネト州一帯で飲まれている、庶民的カクテル、スプリッツ(spritz)。

世界各地およびヴェネツィアの学生をインターンとして受け入れたり、ヴェネツィア住民向けのいろいろなイベントを組んだり、もともと、地元密着志向の強いグッゲンハイム美術館だが、今回はなんと、さらに地元の若者・学生を巻き込もうと、まさにヴェネツィアならではのサプライズを企画した。
5月の毎週月曜日、18:30-21:00を”HappySpritz”として、7ユーロのチケットで、同美術館の鑑賞ができるほか、スプリッツ2杯がつき、さらにジャズ・バンドの演奏などもあり、というもの。
通常の入場券が12ユーロ、スプリッツは安いところで1杯1.5ユーロくらいからだから、これだけでもかなりお得。
さらに、同美術館の、26歳以下のメンバーは、これがなんと無料!!!

近くにいながらにして、この楽しい企画を知ったのは、実は先週になってから。今日、5月最後の月曜日、せっかくだから行ってみよう!と友人と待ち合わせをしたら、なんと、なんと、恐るべし大行列!!!
これでは入るのに相当時間がかかる上、中もおそらく大混雑で、スプリッツはともかく、コレクションの鑑賞はかなり困難だろう。
26歳以下のメンバーならともかく、そうまでして入っても・・・と、「大人」2人は早々にその場を後にして、2ユーロでふつうにスプリッツした。

無料・・・じゃなくてもいいから、また何か楽しい企画を提案してくれることを期待しよう。

25 maggio 2009
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by fumieve | 2009-05-26 08:55 | ヴェネツィア

勝つ(・・・はずだった?)、VINCERE(ヴィンチェレ)

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Vincere(ヴィンチェレ、勝つ)
Marco Bellocchio監督、伊・仏合作、2009年、128’

今年のカンヌ映画祭コンペティション部門で唯一のイタリアからの出品となった、Vincere(勝つ、の意)。
若きムッソリーニに恋をし、その死まで愛しぬいたイーダ・ダルセール(Ida Dalser)の愛と狂気の物語。だが、人が人を愛したときに、どこまでが愛で、どこからが狂気なのか。裁くのは他人だ。

あまり好意的な評価をしていないコリエレ・デッラ・セーラの記事の中では、「映画の未来派(futurismo)」と評していたが、正直のところ、そういうほどアヴァンギャルドな映画ではないし、むしろ、映画としてはかなりまっとうというか、王道的な作りだと思う。時間と場所が前後左右するのも、特に当時のドキュメンタリー映像をはさむのも、今どきごくごく当たり前だし、それが複雑すぎてわかりにくいほどでもない。
ストーリーはといえば、事実に基づいた話のようだが、事実は小説より奇なり、どころか、小説や映画のストーリーとしては、むしろ陳腐すぎるくらいだ。
そして、ひたすら重い。
・・・にも関わらず、2時間超を全く退屈せずに、むしろドキドキしながら見続けたこと、そして、この映画について、こうして語りたいと思わせる何かがあった。

第一次世界大戦前の、若きベニート・ムッソリーニと、ミラノで高級仕立て屋を営む美しきイーダ・ダルセール(Giovanna Mezzogiorno)。写真や映像で見慣れているホンモノのムッソリーニと、正直似ても似つかない色男(Filippo Timi)の登場に、最初はかなり戸惑う。その後、どう特殊メイクでごまかしていくのか?と心配したが、実はまさにこの点の処理の仕方がうまい。現実と幻想。目の前の、腕の中の男と、スクリーンの向こうの「ドゥーチェ」(Duce, 統帥)。現在と過去、現在と未来。そこに冷酷な断絶が存在する。映画ならではの効果だと思う。
余談だが、(本物の)ムッソリーニの巧みな演説が長く続く場面、恐ろしいことに、いつの間にか某首相とオーバーラップして見えた。

自己顕示欲が強く、異常なまでの上昇志向を持つ、独裁者は、私生活においてもやっぱりエゴイストで非情で冷徹な男だった。悪は悪のまま。「ほんとうは、いい人だった」とか、そんなんじゃ全然ない。
では、そんな男にひっかかった女が悪かったのか。後に独裁者とまでのし上がる男に、たまたま惚れてしまったのが運のつきだったのか。・・・いや、少なくとも、この映画の中でのイーダはそうではない。「ナポレオンを越える」と平気で豪語する男だからこそ、その未来をも含めて、全身全霊をかけて惚れる。

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イーダを演じるジョヴァンナ・メッゾジョルノは、2005年、La Bestia nel cuoreで、(確か)ヴェネツィア映画祭主演女優賞を受賞している。美貌と色気がまず第一にウリの、イタリア女優たちの中では比較的地味なほうだが、それだけ実力派といえるのだろう。以前から、目がコワイ女優さんだと思っていたが、この映画の中ではその目の演技が特にすごい。





映画は決して未来派っぽくはないが、当時、この時代を背景にして生まれた美術表現、音楽の扱いは効果的。面白かったのは、当時の活劇、ニュース映画もチャップリンも、生ピアノの伴奏で上映されていること。野戦病院ですら、アコーディオン弾きが伴奏をしていた。ほんとにそうだったのだろうか?

そして、意外なところでヴェネツィアが登場する。
サン・クレメンテ島、サン・マルコ広場前から、ボートで10分足らずにあるこの島は、もともとは修道院、そしてこの当時は、精神(隔離)病棟になっていた。ちなみに、イタリアではヴェネツィア出身の精神科医、バザリアらの活動により、1978年からいわゆる精神病院は廃止されている。(昨年6月25日ブログ参照)。
このサン・クレメンテ島では、かつてのおどろおどろしい病棟も現在はあとかたもなくなり、島全体が5ツ星の豪華ホテルに生まれ変わっている。(http://sanclemente.hotelinvenice.com

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かつての恋人を信じて待ち続けるイーダと、彼との間にもうけた息子、ベニート。その思いは果たして報われるのだろうか・・・。

写真は、www.cinemaitaliano.info/ から、地図はホテルのサイトから借用。

(どう見ても、見る気を起させないポスターだと思うが、幸い、本物(映画)のほうがだいぶいい。)

24 maggio 2009
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by fumieve | 2009-05-25 07:46 | 映画

「センサ」の祭り、2009

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暑さ注意報が出て、にも関わらずたくさんの観光客でいっぱいのヴェネツィア、この週末は「センサ」の祭りがある。

詳細は昨年紹介した通り(2008年5月5日付けブログ参照)だが、この祭り、復活祭から40日後の木曜日にあたる、「キリスト昇天祭」(Asciensione)に発したものだから、移動する復活祭の日に合わせて、こちらも毎年変動する。

「ヴェネツィアと海との結婚式」の行事を、いつもは昇天祭直後の日曜日にやっていたのだが、今年は行事が前日の今日、23日(土)から始まった。

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前夜祭(というべきか、まだ日は高かったが)のメイン行事は、時代行列。

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まずはホテル・バウワー前の広場から、サン・マルコ広場を縦断し、パラッツォ・ドゥカーレ前まで、高らかに鳴り響く太鼓のリズムに合わせて行列が進む。

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・・・いや~・・・今日は、暑いだろうな~・・・みなさま、ごくろうさま・・・。

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旗手隊、兵士、もう一度太鼓隊、そして、ドージェ(Doge, ヴェネツィア総督)登場。

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・・・暑そう・・・。

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共和国要職に続いて、貴婦人たち。歩兵、庶民。

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そして最後が、軽業師。すでに観客にちょっかいを出しながら歩いているのがおかしい。

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ドージェご一行が、サン・マルコ湾に背を向けて並んで、典礼長がそのドージェに向かって「センサの祭り」開始を宣言。そして各参加者による「だしもの」が始まった。

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まずは旗手隊。実はここでちょっとしたハプニング。一般観客らしき若い男性が、目の前に躍り出てストリート・ダンスを始めた。あわてた警官に即効でつまみだされたものの、実は私の目の前をふさいでいた警官もそれでいなくなってくれたため、写真には絶好のポジションをキープ!

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さて、その間に旗手隊は、まずは団体戦のあと、シングル、ダブルでの旗使い(?)を披露。

次は剣試合。

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これは1組めはフェンシングのようなシンプルなものだったが、2組め、何やらちょっとベテラン風の2人が出てきたと思ったらなんと、右手に長剣、左手に短剣を持っているため、独特の動きをしている。

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そして、「真剣勝負のあとはお楽しみを」というわけで、軽業師ペア登場。

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「お前ら、みなを笑わすことができなかったら、耳や鼻、出っぱってるとこを全部切り落とすぞ!」と脅す典礼長だが、ご心配にあらず。どうでしょ?この喝采!

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太鼓隊に・・・

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「歩兵隊の足並み」を披露するはずが、なかなか足並みのそろわない歩兵隊。

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再び旗手隊に戻り・・・

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一同は再び、行列を組んでサン・マルコ広場を進んでいった。


「海との結婚式」とレガッタサンタンドレア要塞での(無料?)ランチなど、昨年とほぼ同じ行事は明日、24日(日)に行われる。

23 maggio 2009
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by fumieve | 2009-05-24 08:25 | ヴェネツィア

予想最高気温32℃

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暑い。
それも、何がどうって、蒸し暑い。

曇りがちで肌寒くて、「おかしい、おかしい」といっていた5月上旬。いつまでも、出かけるには長袖にカーディガンや上着が欠かせず、夜は冬用の羽根布団で寝ていたのに。
いつまでも風邪っぽさがぬけず、どうも本調子に戻らないと思っていたが、どうやらそのまま夏バテになっていたらしい。
ともかく、体中が熱くてしかたがない。ちなみに、もともと低体温で熱が出づらい体質ということもあるが、何度測っても熱はない。(ので、噂の新型ではない、はず。)
ともかく、身の回りを涼しくしようと、慌てて夏服とサンダルをひっぱり出し、羽根布団を夏掛けに替える。この1週間は、ひたすら洗濯とアイロンかけに追われた。

どのくらい暑いかというと、空き缶に入れて台所の棚にしまっておいたチョコレートが、パッケージの中で完全に流動化していた。
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文字通り、上から下まで取り替えてみたら、体がだいぶ楽になった。体内に余分な熱がこもっていたのか・・・。足を解放して、肩を出すとずいぶんと涼しい。

キョウチクトウも、もうとっくに咲いていた。

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22 maggio 2009
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by fumieve | 2009-05-23 17:21 | 日常生活

13-15世紀の音楽と典礼、サン・マルコ大聖堂

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Musica e liturgia a San Marco
dal XIII al XV secolo: melodie gregoriane,
canti particolari e polifonie semplici

Venezia, Basilica di San Marco

合唱 Coenobium Vocale
指揮 Maria Dal Bianco

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午後8時半、ゆだるほどの暑さがようやく落ち着いたサン・マルコ広場。大聖堂のあたりは、うっすらと水がついていた。完全に真夏のリゾート姿の観光客がぶらぶらする中、よく見ると大聖堂の入口付近にちょっと着飾った人々が集まっている。

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聖堂に入ると、これまで見たこともないくらい、大勢の人がびっしり席を占めていた。
なんとか、翼廊側に用意された席に空きを見つける。

Programma
Alleluia. In Bethleem Iude – Dominus dixit ad me
Emitte angelum tuum – Agnus Dei
Ecce nati celorum
Responsum accepit Symeon- Suscepimus Deus misericordiam
***
JOHANNES DE QUADRIS
Lamentationes Jeremie prophete
Venite o fideles populi
Popule meus quid feci tibi
Cum autem venissem

Quem queritis in sepulchro – Resurrexi ed adhuc tecum sum
Postquam factus homo- - Resurrexi et adhuc tecum sum
Surrexit christus hodie
Ihesus Christus nostra salus
***
Sancte marce evangelista
Beatus Petrus apostolus – Nunc scio vere
Hec est dies celestas – Satuit ei dominus

JOHANNES DE QUADRIS
Iste confessor

第一部がナターレ(Natale、クリスマス)、すなわちイエス・キリストの生誕を祝う、一連のミサのための歌。
次が、キリストの受難から復活、パスクワ(Pasqua、復活祭)まで。
最後は、聖マルコ遺体発見など、特にこの大聖堂にちなんだ祝祭の歌。

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天使の歌声、というとあまりにも陳腐だが、といってそれ以外、どう表現できるだろう?
男性多声合唱に、たまにソロの混じる、まるでこの世のものとは思えない、とろけるような音は、ただ、はっきり明らかなのは、あくまでも主体は言葉であり、そのメッセージだということ。いやむしろ、演劇的、といったらいいだろうか?
今でこそ、プログラムに詳解されたラテン語の歌詞を目で追い、その横のイタリア語対訳をちらちらと見ながら、ともかくどこを歌っているのか、ただついていくのに必死だが、当時はもちろん、その音だけで直接、聴く人を納得させていたはず。

これは、Ugo e Olga Levi財団による、サン・マルコ大聖堂の宗教音楽研究の一環。
ローマ教会に対し常に独立の機運を擁し、常に距離を置いていたヴェネツィア共和国の総督専属の教会であった同聖堂では、その音楽もまた、ローマ直轄以外の文化に対してオープンであったという。音楽の、詳しいことは全くわからないが、中世の時代からすでに「国際的」な様相を呈していた、というから興味深い。

翼廊といっても、正十字型に近い同聖堂は、本廊と同じクーポラがここにも載っているから、音の響きはほとんど変わらないだろう。いつもは暗くてよく見えないモザイクも、照明がふんだんについている今日は、バッチリよく見える。こちら側に座って、かえってラッキーだった。
(ついでに、「聖マルコ遺体奇跡の発見」の場面のすぐ真下だったし・・・)

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こういう演奏を、無料で聴けてしまうところ、やはりヴェネツィアはやめられない。

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おまけ:

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サン・マルコ大聖堂の主祭壇には、通常は、ふつうの祭壇画が飾られているが、実はその裏が、「パラ・ドーロ(Pala d’Oro、黄金の衝立)」と呼ばれる有名な作品になっている。聖書の物語やキリスト像、聖人像を描いた七宝のパネルに、たくさんの宝石を組み合わせて1345年に完成したというパラ・ドーロは、現在はチケットを買うと、その祭壇裏側に回って見学できるようになっているから、ご覧になった方も多いだろう。
パラ・ドーロは、今でもナターレ(Natale、クリスマス)、パスクワ(Pasqua、復活祭)など祭日用の祭壇として使われており、祝祭日には礼拝者たちの方を向いている。
今晩は、パラ・ドーロがこちらを向いており、今日はほんとうに祭日扱いだったんだね、と友人と話しながら少し近寄って見ていたところ、係の人がやってきて、くるっと回して、いつもの祭壇画に戻していた。

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・・・話に聞いてはいたが、ほんとに回しているところを見たのは初めて。

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21 maggio 2009
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by fumieve | 2009-05-22 07:20 | 聞く・聴く