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ヴェネツィア ときどき イタリア

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お屋敷美術館Geelvinckのサプライズ、アムステルダム

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Museum Geelvinck Hinlopen Huis, Amsterdam

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かつて、運河こそが通りの役目をはたしていた当時、メインの運河沿いにお屋敷を建てるのが、ステータスであったことには、ヴェネツィアもアムステルダムも変わらないらしい。
迷宮のように入り組んだヴェネツィアのそれと違い、弧を描くようにすっきりと並行に走る3本の運河のうち、一番内側がHerengracht(紳士の運河)。Albert Geelvinck, Sara Hinlopen夫妻は1680年、この運河に面した土地を購入し、家を建てる。

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アムステルダムの午後、中途半端に時間が余って、ふらりと寄ってみたのは、「18世紀の裕福な住民の暮らしをかいま見る」と紹介されていた同美術館。現在の美術館入り口は、「紳士の運河」に並行して走るKeizersgracht(皇帝の運河)にある。ちなみにもう1本はPrinsengracht(王子の運河)。
花咲き乱れる中庭を取りぬけて、本館へ。

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入って右側は図書室。ここは残念ながら、天井も肝心の本棚も比較的新しく直したものと思われる。興味深いのは、このアンティーク風なフローリング材は、かつて船で使われていた材木の再利用なのだという。
どんな堅い木を使っても、船としての木材の寿命はせいぜい30-40年。それで、廃船、解体になった船をばらし、木材はかんなをかけなおし、当時、こうして室内利用などにリサイクルされたらしい。さすが商人の町、アムステルダム、目の前の資源を古材とはいえ、みすみす無駄にはしない。同じく海運・商業の町であったヴェネツィアはどうだったのだろう?
個人的には、そこに飾られていた、ガラスのワイン(リキュール?)ピクニック・セットに目が釘付け。

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隣は、通称「中国の間」。

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壁一面、シノワズリー(中国趣味)・ロココな模様に覆われた、まだ見ぬ東洋にあこがれた彼らの、今の我々からみるとかなり妙なエキゾチック趣味。だが、暖炉の上にならぶ中国磁器を模したデルフト焼き(だと思う)は十分に魅力的。
書斎に比べ天井が低いのは、こちらがふだんの居間にあたり、より心地よく暖かいしつらえになっているためだそう。

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反対側、「青の間」は、クラシックなルイ16世スタイル。すっきり無駄のない部屋の壁に牧歌的な風景画が5つ、描かれている。1788年、オランダの画家、Egbert Van Drielstによるもので、案内してくれたガイドさんの解説によると、これらはオランダ人の「夢の風景」なのだそう。確かに17世紀以降、オランダでは肖像画と並んで、静物画や風景画がたくさん描かれるが、本来のオランダの風景はまったくの平原であり、こうして起伏に富んでいることはない。
ただし1枚、小さな橋を描いたものは、船でアムステルダムに入る際に必ず通るGiethoorn(?)というところの模写で、見る人はみな、「ああ、あそこだ」とわかったらしい。

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その続きが、「赤の間」。

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入ったときに、コンサートがあると言われて、確かに音が聞こえてはいたのだが、当時のオランダ女性風の衣装に身を包んで、その古楽器を弾いていたのは、井上加奈子さんという方だった。
小さなサロンの、楽器の周りに椅子を並べての演奏会、決まったプログラムはなく、長い午後の間、ハイドンやモーツァルトを随時演奏。加奈子さんがその珍しい楽器について説明したり、聴衆も自由に質問したり、楽器に触ってみたり、という楽しい催し。

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楽器は、ピアノの前身、フォルテピアノの中でも「テーブル・ピアノ」と呼ばれるものだそうで、というのも、全部ふたを閉じると、完全にテーブルのようになるため。加奈子さんいわく、この楽器の特にめずらしいのは、右端の小さなふたの部分を、右の膝を上下して開けるようになっているところで、これは通常、現代のピアノなら左足の右ペダルにあたるものらしい。(写真、手で上下してみせてもらったところ)

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ユトレヒトの音楽院を卒業し、拠点をアムステルダムに移すところだという加奈子さん。
またどこかでお会いできることを願いつつ、今後のご活躍を大いに期待したい。

ちなみに、9月以降、毎週日曜日の午後、地下のサロンでさまざまな室内楽のコンサートがあるらしい。

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Museum Geelvinck
Keizersgrachet 633, 1017 DS Amsterdam
www.museumgeelvinck.nl

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30 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-31 08:26 | 異国の旅

オランダの村に学ぶ、チラリズムの美学

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オランダの小さな村、オーイシュコットを歩いていて気になったのは、いろいろなお宅の、窓辺の美しさ。
そういえば、ベルギーのブルージュという町でも、さすがレース自慢の町だけあって、窓にきれいなレースが飾られていたりするのだが、こちらは目隠しはシンプルな白いカーテンかロールブラインド。そもそも、その窓が低いところにあるのだが、その隙間に、胡蝶蘭や観葉植物、またはどちらかというと、モダンな装飾品が置いてあったり、その組み合わせだったり・・・これ、あきらかに外を通る人に見てくださいね、と言っている。
のぞき趣味ならぬ、のぞかせ趣味とでも言ったらいいだろうか?

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ふつうに使われているらしい、キッチンの窓だってこんな感じ。

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前庭の花壇やプランターとコーディネートしているものもあれば、

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モランディの絵のような窓辺も。

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そして、こうなるとなんだかほんとに、色っぽい!?

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これほとんどが、お店やオフィスではなくて、ふつうの住宅。

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馬の置物もあれば・・・

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こちらは本物の猫。

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こんなオランダらしい(?)置物も。

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コツは、ものを置きすぎず、なるべくなるべくシンプルに・・・。

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29 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-30 08:18

末長くお幸せに!

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オランダ南部の、オーイシュコット(Oirschot)という美しい村で、友人の結婚式があった。

村の広場の一角にある市役所。数字だけ読みとれたプレート、推察が間違っていなければ、1513年建立、1938年に修復、とある。赤レンガに勾配のつよい黒い屋根の、いかにもオランダらしい建物。半地下のような会場は、ゴシック教会のクリプタ(地下礼拝堂)を思わせる、こじんまりとした空間、真ん中の横長に大きなテーブルに、淡いピンクのバラとロウソクが飾られていた。

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ウエディング・マーチに乗って、父上に付き添われた花嫁が登場。待ち受ける新郎にバトンタッチして、各々テーブルの周りに着席。

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濃紺のマントに身を包んだ、大柄で金髪の女性が、「本日は私がこの式のマジスター(責任者)です」と自己紹介して始まった。まずは、新郎・新婦それぞれの経歴を紹介。そこに2人の出会い、結婚という「非常に大きな」決断への道のり。ときどきユーモアを交え、周りを見渡してはほほ笑みで同意を求めながら進行する。後で聞いたところ、これは彼女が事前に当人たちに取材をして、自ら文章を用意しているのだそうで、お役所らしかぬ、非常にあたたかい仕事が印象的。

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余談だが、日本でもイタリアでも、お役所にははなから望めないことではないだろうか?
イタリアでは、こういったパーソナルなことができるのは友人や親せきに決まっているし、日本では・・・友人でなければ、業者だろうか?
ついでに言うと、何人かの外国からの参列者に配慮して、すべてオランダ語、英語のバイリンガルで行われた。

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新郎、新婦それぞれの付添人に、お役所言葉ではなく、あくまでもまるで友人同士のおしゃべりのように、この婚姻への同意を求め、新郎・新婦本人にも「イエス」を求め、
「みなさんの承認のもと、ここにこの結婚が成立しました」。

誓いのキスと、指輪の交換をして、無事に終了。
ちなみに、すてきな刺繍のリング・クッションは、ギリシャの友人から届いたアンティークのレプリカという、珍しいものだった。

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ここから、町のホテルへ移動して、内輪での夕食会。

お食事はもちろん、申し分ないおいしさ。ワインもgood。実は、最初の前菜の量にちょっと驚いたが、そのあとはすぐにメインになったので、ほっ。ちなみに、イタリアなら軽く見積もってもこの3倍は出てくるだろう。

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完璧なコーディネートに思われたこの晴れの日の、ちょっとした楽しいハプニングがウエディング・ケーキ。これは新郎が「いらない」と強健に拒否していたのだが、新婦の付添人でもあった友人が、新郎に内緒で用意。それも、遠方の自宅から自分で用意したものを持ち込むのは断念して、わざわざ会場近くで希望のものを作ってくれる人を探して、との大仕事。
ところが、新郎の友人で付添人でもあったホテルの支配人が、やはり秘密で、「デザートにはふつうのアイスクリームを」とオーダーされていたところ、「アイスクリームのウエディング・ケーキ」をこっそり用意していた。

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かくして、2回のケーキカット、我々は2つのケーキのお相伴にあずかることに!

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そのあとは、同じホテル内の宴会場に場を移し、いわゆる2次会。
お決まりの2人の写真スライドや、2人をサカナにしたクイズ・ゲーム、歌やダンス・・・と夜遅くまで盛り上がった・・・。

ご結婚、おめでとうございます。
お二人で、どうぞ楽しい家庭を築いてください。

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28 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-29 09:20

たどり着いたのは・・・

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水上バス、空港リムジン、飛行機、空港リムジン、電車2本。
トラブル巻き込まれ女王を自認する私もびっくり、すべてが全く遅れることなく、今日は完璧な乗り継ぎ。なんだか嘘みたいだけど、やっぱりいつものトラブルは私のせいではなくて、イタリアのせいなんじゃないの・・・。プラス、友人の車のお出迎え、で到着したのは、こんなすてきな村だった。

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機上では、「現地の天候は、”good”」と言ってた気がしたのに、実際に降り立ったときには空一面が雲で覆われていて、空調の利いていた機内より寒い。「これはイタリアではgood(sereno)とは言わないのではないか!?」と心の中で突っ込んだりしていたが、ここは空が晴れ渡り、人々が外のテラスでお茶や食事を楽しんでいた。ふむふむ、いい感じ。
緑に囲まれた小さな村で、車が意外と多いのだが、それも無理なく自然に溶け込んでいる。
自転車が多いのはさすが。

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古い街並みの中に突如、高層ビル建設中!?

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・・・に見えるのはさにあらず。大聖堂の鐘楼で、2012年まで修復工事中。

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メイン・イベントは明日!

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27 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-28 08:56 | 異国の旅

グリーナウェイの「カナの婚礼」

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サン・ジョルジョ・マッジョーレ島
9月13日まで

Le Noze di Cana
The Wedding at Cana by Peter Greenaway
Isola di San Giorgio Maggiore
6 giu - 13 setembre 2009
www.lenozzedicana.it

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「テーブルの真ん中にいる人は誰?」
「婚礼の祝祭だというのにワインが足りないぞ!」

もはや映像に見慣れた現代の我々からすると、絵画はあくまでも絵画、一場面、一瞬を切り取ったものにすぎないが、パオロ・ヴェロネーゼがこの絵を完成させた1563年当時、人々は、まさに映画を見るような思いに目を見張ったのかもしれない。

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ヴェネツィア、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島、同修道院の食堂に描かれた「カナの婚礼」。実はここにあるのは2007年の完全複製。オリジナルは、パリのルーヴル博物館にある。
1797年、ナポレオンの宗教団体解体とそれに伴う美術品等接収の際に持ち去られた。ナポレオン失脚後に、そうして持ち出されたヴェネツィアの文化財の一部は、再びイタリアに返却されたが、巨大なこの絵は、「運搬により損傷の恐れがある」として、そのままパリに留められた。

これまでもすでに、レンブラントの「夜警」、レオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」と、世界の名画をCG処理で「遊ぶ」作品に挑戦してきた映画監督、ピーター・グリーナウェイが、今回はこのヴェロネーゼに息吹を与えた。
各登場人物の「セリフ」を再現し、絵の上にCGや光を重ねて立体的に見せたり、あるいは動いているように見せたり。晴れやかな場面が一転、闇が訪れ、雷が鳴り、大雨が降る。壁の両側には登場人物のアップが映り、英語・イタリア語の字幕が入る。名画を土台にした、映像インスタレーション。

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来月のヴェネツィア映画祭で、同監督のMarriageという作品が上映される。
そういえば、グリーナウェイは2年前にも「レンブラントの夜警」でヴェネツィア映画祭に登場している。今回のMarriage(結婚)は、やはりこの「カナの婚礼」をモチーフにしているらしく、前回との比較も楽しみ。

1時間おきの上映で、入場料一般10ユーロ。

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26 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-27 13:16 | 見る・観る

イタリアの誕生日

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イタリアに来て、へえっと思ったのは、誕生日の祝い方。
プレゼントを渡したり、会えなくても携帯メッセージやメール、電話で「おめでとう!」を言うのはきっと万国共通だが、日本とちょっと違うのは、イタリアでは、誕生日を迎える人が集まってくれる人のために、ごちそうしたり、1杯ふるまったりする。

アルバイト先でもこれまで何度か、「今日は誰それの誕生日だから、ケーキがあるよ!」と、お相伴にあずかったことがある。10時とか3時とか、なんとなくお茶の時間に、わらわらと休憩室やオフィスの片隅のテーブルに集まって、本人が調達してきたお菓子屋の大きな包みを開け、大きなトレーに並んだ大小のケーキやシュークリームを1つ2つ、手でつまんで立ち食いする。味を品評しつつ、「どこで買ってきたの?」と尋ねたり、「今晩はどうするの?」などと聞いたりしながら。
コーラやジュースのペットボトルもどどーんと置かれ、かと思うと、気のきく女性がささっとコーヒーを入れてくれたり、なんとなく、日本のオフィスを思い出す瞬間だったりする。

これは女性も男性も一緒。
一度などは、お昼ちょっと前に、「誕生日なの・・・」と呼ばれて行くと、大きな焼き立てのピッツァが何枚も!・・・こんなことなら、お弁当のおにぎりを持ってこなければよかった、とひそかに思いつつ、「冷めちゃうから早く早く、もう1切れ!」と促されるまま、しっかりたくさん平らげてしまった。

今日は、ヴェネツィア在住の友人のお誕生日。
定番、ズッカでもりもりと食べたあと、

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やはり本人がこだわってオーダーして用意してくれたフルーツ&クリームのケーキを、おいしくいただいた。
つきぬおしゃべりに、気がついたら2時!!!
おいしすぎ&楽しすぎな夕べでした。

Mちゃん、あらためてお誕生日おめでとう!この1年がさらにいい年になりますように。

25 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-26 17:30 | 日常生活

Fortapàsc

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監督 Marco Risi(伊、’108、2008年)
出演 Libero de Rienzo, Valentina Lodovini, Michele Riondino, Massimiliano Gallo, Ernesto mahieu

1985年、ナポリ。
25年近く経った今でも変わらない、なつかしいような風景、あるいは、たった25年前とは信じがたいような原始的な光景が広がる。

妙にバカでっかい携帯(またはコードレス?)電話や時代がかった公衆電話など、小道具を見てあらためて、80年代というのは、すでにノスタルジーを感じさせる時代なのだと、思ったりする。

が、ここは戦場。
たくさんの命が、恨みのために、あるいはジャマだから、簡単に消されていく。

ジャンカルロ・シアーニは、26歳の新聞記者。
特別に勇気がある人間というわけではない、ただ、真実を知りたい、それを書きたいという思いから、ナポリの犯罪組織カモッラと、そこに癒着する政界との関係に切りこんでいく。初めは鼻であしらわれながら、しつこく食い下がり、徐々に真実に迫る。決定的な記事への称賛と、激励、本人にとって何よりもうれしかった、それまでは単なる外部の契約記者だった「イル・マッティーノ」紙での正式雇用・・・。
だが、その時点でもう、彼の運命は決められていた。危険を感じたときにはもう遅かった。

見終わって、ただ、むなしさが残った。
25年たって、この国は少しは変わったのだろうか・・・。

ナポリは特別、ヴェネツィアは例外、とは思わない。確かにヴェネツィアはドンパチが(ほとんど)ないだけマシなのだろうとは思うが。日本だって同じ。

昼間のさえない出来事に、イタリア語字幕の出る「ゴモッラ」ほどではないにせよ、強いナポリ・アクセントで話されるイタリア語のわからなさが重なって、よりむなしさが増した。

24 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-25 13:25 | 映画

リド島にて、「プリモ・レーヴィに捧ぐ」

~ユダヤ人作曲家たち、イタリアとアウシュビッツの間で

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LidoMusicAgosto
Omaggio a Primo Levi. Compositori ebrei tra Italia e Auschuwitz
Chiostro di San Nicolò, Lido di Venezia

ソプラノ Giulia Peri
ピアノ Gregorio Nardi

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ヴェネツィアの向こうに沈む夕日を横目に、向かった先はサン・ニコロ教会。
ここは、真夏のビーチ・リゾート、あるいは国際映画祭の会場として知られる、ヴェネツィア・リド島。
サン・ニコロ教会の回廊(Chiostro)で、LidoMusicAgosto(リド、音楽、8月)と題した4回シリーズのコンサートがあるのを知って、行ってみることにした。
今日は、そのシリーズの2回目。ユダヤ系イタリア人で一度はアウシュビッツに送られながらも奇跡的な生還を果たし、戦後、作家として活躍したプリモ・レーヴィをしのび、彼にささげるというテーマの今日は、当時の、やはり厳しい弾圧を受けたイタリア人作曲家たち、そして、ナチ政策の犠牲となって命を失ったドイツ人作曲家たちの曲が、プログラムに並ぶ。

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20時半の開始5分くらい前に着くと、200近くあるかと思われる席がほぼいっぱい。もっとも、リド島住民は入場無料なので、みなさん結構楽しみにしているのかもしれない。

はじめに、今日のプログラムの説明。レーヴィの「奇跡の生還」。一般にイタリア人は法律を守らないから、ユダヤ人排斥の法律ができたときも、わりとみんなユダヤ人たちを見て見ぬふりをして、結果として匿った・・・などなど。実際、今日の作曲家の中には、収容所行きを免れた人もいるという。
ファシスト政権下で、確かにユダヤ人迫害はあったけれども、でもイタリアはドイツほどじゃないよ、というのはイタリアでよく聞く話。それよりも、自分たちだって被害者、という意識が強い。例外はあるにせよ、国を挙げて迫害をしたのは事実、同じ穴のムジナなのに、日独伊同盟だったくせに・・・となんだかあまり聞いていい気分はしない。

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そんなモヤモヤも、だが、その第一声を聴いて丸ごとふっとんだ。

そして、声もすばらしいのだが、この回廊、響きすぎず、吸収しすぎず、音の反響がちょうどいい。
2年前には、嶋本昭三さんのパフォーマンス会場となった回廊が、今日は、カンペキなコンサート・ホールにさまがわり。

ソプラノのGiulia Peri(ジュリア・ペーリ)さん、ほっそりとした体に、丸顔で黒髪のきれいな人だが、声はもうダンゼンその見た目以上に美しい。
帰ってきてから改めてプログラムを読んだところ、フィレンツェ生まれの彼女は、ピサの大学をラテン文学専攻で満点卒業。一方、フィエゾレの音楽専門学校でヴァイオリンを学び、いくつかのコンクールで受賞歴があるほか、オーケストラでの演奏活動歴も。
歌は個人で指導を受け、なかでもバロックのレパートリーを極める。ソリストとしてズビン・メータを始め、国際レベルの指揮者の下でも歌っている。
今日のピアニスト、Gregorio Nardi(グレゴリオ・ナルディ)さんらとともに、20世紀の音楽、特に、ユダヤ人作曲家のレパートリーを持つ。
・・・やれやれ、天は1人にたくさん与えすぎ。

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一方の私はと言えば、国語・算数・理科・社会、夏休みももうそろそろ終わりだというのに、一番重要な宿題はほとんど全部残ったまま、1つでいいはずの自由課題を、あれもこれもやり散らかしている、そんな状態・・・。ああ・・・

だが、コムズカシくとても悲しい、政治や歴史も、自分の目の前の現実も、このひとときは何もかもさっぱり忘れて、満天の星空の下、ただひたすら、目の前にある音の美しさを楽しんだ。

プログラム

Giulio Alberto Fano- Quattro canti op.3
James Simon – Dämmerung op.6 n.2
Leo Kopf – Unter di grininke Beymelekh
Leone Sinigaglia – da Trentasei vecchie canzone popolari del Piemone op.40. Cecilia – il grillo e la formica
Aldo Finzi – Barque d’or
Mario Catelnuovo–Tedesco – Pan ed Eco
Kurt Weill – Tango-Ballade per pianoforte
Pavel Haas - da Šest písní vlidovém tónu op.1:
da sieben Lieder op.18, su poesie di Frantisek Ladislav Celakovsky:

Vittorio Rieti – la danseuse aux lions
Felice Boghen – da Tre melodie per una voce e pianoforte. Canzone
Viktor Ullmann – Drei yiddische Lueder or.53
Martin Roman - Kaurssel

アンコール1曲のあと、聴衆たちのほとんどは、自転車で三々五々帰っていった。

次回は、26日(水)、最後は30日(日)に予定されている。
プログラムなど詳細は、www.archiviofano.it で確認できる。

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23 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-24 09:19 | 聞く・聴く

この回、完結(と思いたい・・・)

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このブログをいつも読んでくださっている方や、私を直接知る友人のみなさんは、私が特別に、公共交通機関のトラブルに巻き込まれやすい、と思っておいでに違いない。
半分は当たりで、確かに自分でもそう思うし、何か私自身が何とかビームとかをひそかに発信していて、乗り物の運転を狂わしたりしているのではないか?と本気で疑うこともある。
最近は(あまり乗ってないから)飛行機のトラブルは少ないけど、搭乗口にいながらにしておいていかれた、何百キロも離れた別の空港に飛ばされた、直行のはずが別のところを経由して(国内線で)、1時間半のところ結局丸一日かかった・・・と、軽く思い出すだけでもいろいろなハプニングに満ち溢れている。あ、そうそう、1回だけ、日本に帰国するときに乗り継ぎのパリで日本行きの便においていかれ、予定外のクリスマス・イヴのパリの休日!を過ごしたこともあったっけ・・・。(まあ、そんないいことはめったにない。)
不幸中の幸いなのは、とりあえず今のところ、最終的には目的地に到着していることか。
ただ、そうは言っても、万全を期して家を出ているはずなのに、不可抗力によって仕事に遅刻したことも、白状するとこれまで何回かある。

そういう、外からのトラブルがたくさんあるのは間違いないが、本人のおっちょこちょいによる旅先のトラブルも、これまた実は多発している。
一番多いのはもちろん忘れ物。なにしろ小学生のころ、家族でぶどう狩りに行ってそのぶどうを電車の中においてきた実績がある身。日本で仕事をしていたときには、電車の中に何本傘を寄付したことかわからないし、何時間もかかる終着駅に、図書館の本を引き取りに行ったこともある。記念すべき、初めてお花を習った日は、そのお花を網棚に乗せたまま忘れて家に帰ってしまった。
こちらに来てからは、旅行に行くのにパスポートを忘れたこともあれば、携帯電話を車内に置き忘れてきたり、あ、そうそう、携帯はこないだのスイスの映画祭で会場のお手洗いにも忘れてあわてて取りに戻ったし。不思議なのは、毎回、「ああ、ここに置くと忘れるな」とか「忘れ物はないかどうか」振り返ってみたときに限って、忘れ物をしてきてしまうこと。
ここまで来ると、何か頭の中のネジが数本、根本的に足りないのではないか?と我ながら心配になる。
これもまた、大切なものほど、自慢じゃないが(今のところ)しっかり回収しているのだが。(もっとも、傘の場合は、気に入っているものほど、一瞬にしてなくす傾向にある。)

先日、深夜1時前にたどり着いたヴェローナのホテルでは、実はたまたま以前に利用したこともあり、スムーズに、そしてあたたかく迎え入れられた。案内された部屋は、エレベーターの隣の、日本のビジネスホテルかと思うような、めちゃくちゃ小さな部屋だったが、野外オペラで有名なヴェローナは、8月は超ハイシーズン。おそらくこういうトラブル対応のためにこういう部屋をキープしてあるのかもしれないし、何より清潔で小さかろうが設備の整った部屋はありがたかった。
ほんとに寝るだけだから、荷物も最低限のものだけを出せばよかったのだが、その日は途中で荷物が増えて、ちょっと整理をしようと思ったのがそもそもの間違いだった。
いつも、これまた宿泊先でクローゼットに洋服をしまうと絶対に忘れるので、ハンガーを使っても部屋の中の見えるところに出しておくか、または、バーから外せないハンガーの場合は、クローゼットの扉を開けっ放しにしている。ところが、この部屋は小さすぎて、クローゼットの引き戸式の扉をきちんと閉めないと、バスルームに入れない。・・・うーん、いやな予感。しかも、そのクローゼット、最初に部屋に入ったときに、あれ?クローゼットもないのか?と思ったほど、モダンでシンプルなデザインすぎてまるでカメレオンのように部屋に溶け込んでいる。ああ、これは絶対に忘れるな・・・と思って・・・

そう、やっぱりそこにかけた服3点を、しっかりそのまま忘れてきてしまった。

朝チェックアウトをするとき、全部支度を終えてから、
1) ベッドの反対側を見て(寝る前に、ふっと置いたものを反対側に落として忘れてくることがある)、
2) バスルームをのぞき(化粧道具一切を忘れてくることがある)
そうやって指さし確認をして出てきたというのに・・・。

気付いたのはその日の夜。友人と夕食の約束をしていて、上にはおるもの・・・と思って探したら・・・ない!・・・えーっと、帰ってきてどこに置いたのか・・・
あ!・・・え!?・・・そうそう、今日また使うかもしれないから、シワにならないように、と、わざわざハンガーにかけて、カメレオンなクローゼットに納めてしまったのだった・・・ガックリ。どれも高いものではないが、なくなるとやはり困る。

ホテルに電話をすると、どうやらそっくりそのまま保管されていた模様。
引き取りに行かねばならないのかと思ったら、さすがにそこは世界各地からの観光客(の忘れもの)に慣れているのだろう。小包を作って郵送料金を確認後、一度メールで知らせてくる、それでOKを出せばカードでその金額を引き落とし、直ちに送ってくれる、という。
それで今日、そのパックを郵便局に引き取りに行った(いったん不在だった場合、不在票を受け取ってから窓口で実際に引き取れるまで、なぜか中2日以上かかる。)帰ってきたら、ホテルからカード引き落としの領収書とレターが改めて届いていた。

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22 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-23 09:04 | 旅先にて

サン・フランチェスコ・デル・デゼルト

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San Francesco del Deserto

第5回十字軍に便乗して、エジプトやパレスチナに平和のメッセージを伝えに行ったアッシジ出身の修道士フランチェスコは、伝説によると、その帰路、ヴェネツィア共和国のラグーナの中の、「2つのブドウ畑の島」(Isola di due vigne)で舟を降りている。

たくさんの鳥たちが枝に止まって歌い始めるのを見たフランチェスコは、連れの修道士に向かい、「見よ、鳥たちが、彼らの創造主のために歌っている。我々もあの中へ行って、彼らとともに主に祈りをささげよう」。
2人が入っていっても、鳥たちは逃げないばかりか、あまりにも大きな声で歌い続けるので、フランチェスコは鳥たちに向かって言った。「兄弟たちよ、我々が賛歌を終えるまで、歌うのを待っていてくれないか」。とたんに、彼らは口をつぐんですっかり静かになった。
修道士たちが祈りを終え、フランチェスコが鳥たちにOKを出すと、彼らはまた高らかに歌い始めた。(聖ボナヴェントゥーラ、Vita Maggiore cap.VIII)


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ときは1220年、もとは裕福な家庭の生まれながら、改心して修道士となったフランチェスコが、この島に、いつからいつまで滞在したのかはわかっていない。ただ、東方からの帰還ということから、おそらくほかの船乗りたちと同様に、伝染病隔離のために、一定期間、40日間など、そこに留め置かれたのだろう、とされる。

1233年、当時の島の所有者であったヤコポ・ミキエル(Jacopo Michiel)は、没後、聖人に列せられたフランチェスコをたたえ、同修道会に島を丸ごと寄贈する。
そうして生まれた修道院は、ほかの多くのヴェネツィアの教会や修道院同様、1806年にナポレオンの宗教施設撤廃策により、強制解散する羽目になる。島自体、軍事利用されるのもほかの多くの修道院と同じ。だが、運のよかったことに、ナポレオン失脚後、ヴェネツィアがオーストリアの支配下にうつった際、この島は皇帝の命により再びフランチェスコ修道会の手に戻された。

1420年から約30年間、マラリアなどの発生のため、島は打ち捨てられて無人になる。「デル・デゼルト」(del Deserto)=砂漠の、すなわち「無人の」という名は、そこからついた。

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友人夫妻が、真夏の水上ドライブに誘ってくれた。

今日の目的地は、実は別のところだったのだが、この島に近づいたところで、「サン・フランチェスコ・デル・デゼルト、行ったことある?」
名前は聞いたことがあったものの、ここには、公共交通手段、すなわち水上バスが停泊しない。見学はできないかもしれないけど、せっかくだから上陸だけしてみようか?と言って、きれいに整備された岸に舟を泊め、入口のほうへ近づいてみたところ、グループらしい人影が。案内をしていた修道士がすぐに我々に気がついて「見学ですか?」「え、できるんですか?」「ここに加わっていただけば」。

修道院には不可欠な回廊が、ここには2つ。入ってすぐのそれは、ナポレオン時代に一度解体され、その後作り直したもの。以前は(もちろん)円柱に柱頭でアーチを作っていたはず。
2つめの回廊は、15世紀ヴェネツィア式の様子をよく残しているが、こちらは残念ながら一般入場禁止で、こうして覗き見だけ。

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単廊式の、ほんとうにシンプルな教会は、その後、改築や改装を重ねているものの、基本は15世紀のもの。一部、12世紀の建物の跡、とくに基礎を残していて、足元の一部にそれが見えるようになっている。

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カトリック修道会で最大規模を誇るフランチェスコ会は、アッシジの同聖堂を始め、ヴェネツィアでもフラーリ教会やサン・フランチェスコ・イン・ヴィーニャ教会など、大きく豪華な教会が多い。が、ここは、建物の規模も比較的小さめで質素、フランチェスコ本人の本来の意思に少しでも近づけるのでは、と解説の修道士。
この教会の外壁にくっつくというのか、いれこまれた格好で、「聖フランチェスコの小礼拝堂」がある。

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(教会内の写真、上2枚は自分で撮り損ねたため、同修道院サイトから拝借)

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ちょっと驚くのは、Coroと呼ばれる祈祷所。17世紀の円形のそれが、せまくなりすぎたという理由で解体され、新しくCamillo Bianchiの設計により1923年に建てられている。
会派のポリシーに沿った質素で簡潔な空間は、木とコンクリートとガラスで構成されたモダン・デザインそのもの。写真には残念ながら写っていないが、正面の、同会のシンボルであるT(タウ)の文字の向こうには、外の緑が透けてみえていて、カルロ・スカルパの建物を思わせる。

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緑の土手の向こうには、ブラーノ島(Burano)が見える。

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現在も6名の修道士が暮らしている現役の修道院は、20世紀に入って手の加えられたところも多い。

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そここに花がおかれ、それがきれいに整えられた緑に囲まれ、意外にも、まるで新しい公園かちょっとした宿泊施設のよう。実際、修道生活の体験希望者なども受け入れているようなので、興味のある方はサイトを。
www.isola-sanfrancescodeldeserto.it

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21 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-22 17:38 | ヴェネツィア