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ヴェネツィア ときどき イタリア

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マトリックス・ネイチャー、ミニアーテキスタイル展

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モチェニーゴ館
8月31日まで

Matrix Natura – Miniartextil a Venezia
Palazzo Mocenigo
3 giu – 31 ago 2009
www.museiciviciveneziani.it/frame.asp?musid=198&sezione=mostre

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突然の猛暑に、体は全く思うように動かないし、ただでさえ停滞ぎみだった脳はもはや完全に思考をストップしている。まさに夏休み終盤の小学生のように、ちょこっと手はつけたものの、まったく終わる見込みのないたくさんの宿題を目の前にして、にっちもさっちもいかなくなっているというのに。

期限ぎりぎりに図書館に本を返しに行って、そのついでに、ようやく気になっていたこの展覧会を見た。ビエンナーレの公認展ではないが、ビエンナーレに合わせて開催されている、ファイバー・アートとか、テキスタイル・アートとか呼ばれる分野の、コンテンポラリー・アート展。

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目の前に突然現れたのは、帆船のようでもあり、また布で模したゴンドラのようでもあるJean J. Meyerという作家の作品、Barke Galleggiante(漂う舟)。
メイン・フロアに上がると、2年前に見た前回と同様、そのサロンに20cm四方の板の上に乗る小さな作品がずらり、54個並んでいる。案内によると、51の国の作家が参加しているという。その中で日本人作家が(間違いがなければ)6名だから、いかにこの部門で日本が強いかがわかる。オリンピックならメダル獲得数圧倒的第一位といったところ。この展覧会の常連さんである作家さんも多い。

道具を作り、まずは食料の確保のため、そしてその調理や保存、そして住居・・・と、手を使ってほかの動物たちとは著しく違う発展を遂げてきた人類は、やはり古くから糸、繊維の力を発見し、利用してきた。植物や動物からとった繊維や布状のものをそのまま使うだけでなく、それを縄に編んだり、簡単な縫物をするための針や、簡易機織り機だって原始時代から考案されていた。

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作品を見ていると、ひとくちにファイバー(繊維)といっても、いかにさまざまな材料を表しているか、あらためてびっくりさせられる。絹や麻、綿といった天然繊維にナイロンやマイクロファイバーなど化学繊維はもちろん、植物の葉やタネ(綿毛!)、鳥の羽根、針金、人工の髪、それから紙。


実際、山口和加子さん、吉田淳子さんによる和紙を使ったミニ・キノコのような作品、Suftlyと、その目の前にある、Valerie BuessさんのPerfect as it isという作品とが、偶然にもよく似ているのだが、Perfect...のほうは、タネ。

材料もさまざまなら、その表現手法もさまざま。編んだり結わいたり、織ったりは当然、くっつけたり、液体に浸したり、壊したり・・・。
あ、これもあり?みたいなものが、全部同じミニサイズで並んでいるのが面白い。
「ファイバー・アート」という制限を設けているようで、かえってそれぞれ自由にさまざまな創造力を刺激しているようにも見える。

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ヴェネツィア展は(今のところ)ビエンナーレに合わせて隔年だが、大きなインスタレーションなども含め複数会場でやっているらしいコモでの本展(www.miniartextil.it )は毎年秋の開催。ぜひそちらにも一度は行ってみたいと思っているのだが・・・。

(上と下の写真2つ以外は公式HPより拝借)

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20 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-21 08:17 | 見る・観る

いつ終わるとも知れず・・・

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とん・とん・とん・・・?・?・?・・・とん・とん・・・
夢うつつで、あれ???・・・と思っていたところ、
「作業は8時から!!!7時でなくて!!!」
と誰かが大声で叫ぶ声で目が覚めた。はっと時計を見ると、7時どころか、まだ7時2,3分前。あと30分眠るつもりだったのに、音が気になって眠れない。

この夏、私の住むアパートは屋根の工事をしている。古い瓦を取り去って、防水処理などをして、新しい瓦を並べるだけ、だと思うのだが、日本ならおそらく1カ月ですべて完了するであろう仕事が、ここではたっぷり春から夏まで数カ月、うっかりすると半年近くかかる。

去年、向かいの建物でやはり屋根の工事をしていて、その悠長な時の流れ方に感心した。瓦をいったんはがしてから、新しい瓦を乗せ終わるまでにずいぶん間があいて、防水材か何かを塗っているにしても、去年の夏は夕立が多かったから、雨漏りはしないのか、ヒトゴトながら心配したものだ。
そして、去年は何が困ったかって、細長い建物の最上階にある私の家は、向かいの建物より微妙に高い位置にあって、覗かれる心配があまりないために、いつも夏の間は窓を開けっ放しにしていたのに、目の前の屋上に、毎日毎日、人がいたこと。
たとえ覗く気がないとしても、やはりこちらの中は丸見えになっているはずだし、それよりも何よりも、作業中、彼らは限りなく裸に近い格好・・・つまり、上半身は裸、下はひざ丈ならまだしも、うっかりするとパンツ一丁。はっきり言って、かなり見たくないものを強引に見せつけられていた。
業務中の死亡事故が相次いでいるというのに、この国では作業者の安全な服装とかヘルメットとか存在しないらしい。むしろ、なるべく裸に近い格好で、太陽に全身をさらし、赤銅色になることがこの仕事のメリットだと思われているのではないかと疑ってしまうくらい。

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それでもまだ、今から思うと、完全にそれは対岸の火事だった。
コトの始まりはいつだったか、もはや正確に覚えていない。ともかく数カ月前のことだが、ある日、ガーン、ガーーン、ガーーーン・・・と壁ごと振動するような頭に響く金属音が聞こえ始めたと思ったら、うちの建物一体に足場を組んでいた。もちろん、足場は建物そのものにジカに打ち込んでいく。

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そういえば、家賃を払いに行ったときに大家さんが「あ、そうそう、ちょっと工事の人が出入りするから。門のカギを渡してあるけど、変な人たちじゃないから大丈夫。」とは言っていたが・・・まさか屋根の本格修理だったとは・・・。
それにしても、別に攻め込んでくるわけではないはずなのに、なぜかこちら、籠城している気分で妙に落ち着かない。だいたい、音もすごいが、気付くと家の中の漆喰の壁や天井に、今までになかったヒビが増えていく。
こんなことしてたら、いつか建物ごとガラガラ崩れるのではないだろうか?と思っていた矢先、家の中でどさどさっと妙な音がした。何かと思ったら、今年の冬に買ったばかりの組み立て式本棚の棚が振動に負けて全部落ちていた。・・・組み立てたときから、全体もちゃちいが、とくに棚を支えるネジ(?)がちっちゃなプラスチックで、かなり不安ではあったのだが・・・。
これでもか、これでもか、と釘が打ち込まれて、とうとう壁中、建物中、すっかり足場に囲まれ、はっと気付くと、見苦しさを隠すため(?)の、シートで全面おおわれてしまった。・・・え?これから夏になるのに???風が全然通らない???・・・ていうか、外が見えない???・・・私、閉所恐怖症で、外が見えないのかなりコワイんですけど・・・。

そうして、ようやく実際の屋根の工事が始まった。
ガラガラガラガラ・・・ガッシャーーーン!!!ガラガラガラガラ・・・・ガッシャーーーン!!!・・・
もともと、イタリア人は一般に、音(や声)の大きさに鈍感なのではないかと思っているが、特に仕事をするときに、なるべく音をたてないようにしようなどという配慮は一切なく、むしろ、「おいら、働いてるぜ」と主張しているのか何なのか、あえて音を立てる。足場用の金属板だろうが、瓦だろうが、ひょいひょい投げる。そして、はがした古い瓦を下に降ろすのに、黄色い、チューブみたいなものの中に投げ入れる。5階の高さから、テラコッタの瓦を落とすのだから、どんな音がするか想像していただけるだろうか?

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そのチューブが、よりによって、家の前(より正確に言うと、まさにこのPCを置いてある壁の目の前)に設置されたために、建物中のはがした瓦を、わざわざここに運んできて、ここでガラガラガッシャーン!!!をやる。

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いつ終わるのかわからない、神経が引きちぎれそうな音にもほとほと参るのだが、それに加えて困るのが、そんなわけで、ちょうど私のアパートの窓のすぐ外が全面的に作業所になっていること。窓の外に常に人がいて、彼らがまた大声でしゃべっている上に、よりによって、キッチンの窓の目の前には、ぶううううううん・・・とうなるセメント生成機まで・・・。

イタリアの仕事は、意外にも朝が早い。とくに、こういう仕事は朝8時からが普通。そして、12:00から13:00にきっかりお昼休みを取り、16:00きっかりに引き上げる。

昨日7時前に、どなられても平然と続いていた音は、8時前に止んだ。いつもの工事の人たちは、どうやら今週は夏休みらしく、誰も来ていない。ということは、7時前に釘を打っていたのは、誰かどこか、ご近所さんなのだろう。・・・そう思っていたら、今朝は6:30にまた同じ音を立てていた。今週くらい、せめてゆっくり安眠させてほしい・・・。

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19 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-20 08:43 | 日常生活

Lemon Tree

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Il giardino di limoni(イスラエル、独、仏、106’、2008年)
監督 Eran Riklis
出演 Hiam Abbas, Ali Suliman, Doron Tavory, Rona Lipaz-Michael, Tarik Kopty

金網のこちら側と向こう側。防衛という名の(罪のない人への)攻撃。囲い込んだ側、上に立っている側のはずの人間が、強い規制の下に置かれ真実に近付けない。友達になれるかもしれない、同性の同世代の2人。
奇しくも、先日の「縞模様のパジャマの少年」と非常によく似た設定。ただし、ここで金網をはさんでいるのはパレスチナの一女性と、彼女に興味を持つ、そこに引っ越してきたイスラエル防衛相夫人。そういえば、引っ越してきた、という設定も一緒だ。

イスラエルの映画らしいということくらいしか知らずに、ああ、でもこれは見ておきたいな、と思ったのは、実のところ単純に、実のなる木、果物の木という絵が好きだから、そのタイトルに惹かれたから。
その期待は裏切られない。初盤は黄色いレモンの実の揺れる木々が、対立する2つの世界のあたかも「干渉」剤となっているかのようにスクリーンを埋める。ほかに取り立てて財産もない、早くに夫を失って苦労して子どもを育ててきた女性が、父親から譲り受けた思い出のレモンの畑。愛情をこめて育てた木には、大きなレモンがたくさん実る。だが、そのレモンの木こそが、ここでは対立の根源となってしまう。
幸いここでは、表立った殺傷は出てこない。それどころか、武器も敵意も持たない人間を前に、一方的に武装する側は、ほとんど滑稽にすらみえる。

「縞模様・・・」は一直線な展開それ自体がファシストっぽくて怖いぐらいだったが、こちらは、映像の美しさもさることながら、ことの発端から周りの反応、敵対や困惑、とくにモスリム世界での女性の立場の難しさ、と、話の展開にも無理がなく、ありえそうな話としてついていきやすい。
どちらかを選べと言われれば、断然こちらをお勧めする。なぜなら、これは今現在起きている(かもしれない)できごとであること、いや、どちらかというと、イスラエルとパレスチナでなく、敵対する国境付近ならばいつどこで起きてもおかしくないような、そんな話であること。そして何より、政治的な信条を一切抜きにして考えても、映画としての面白さが数段上。

見終わったあとには、うんとおいしいレモンをぎゅっと絞って、ぐぐぐっと飲みたくなる(サブリミナルに弱いので・・・笑)。それはさておき、そんな内容にも関わらず、タイトルやタイトルロールの処理がなかなかおしゃれなのも心憎い。
(その雰囲気は公式サイトでも。 http://www.lemontreemovie.com/lemontree_en.html
ベルリン映画祭観客賞も納得できる。

それにしても、どうしてイタリア語のタイトルを原題通り「レモンの木(Albero di limone)」でなくて、わざわざ微妙にニュアンスの違う「レモンの庭(Il giardino di limoni)」としたのかいまひとつ不明だが・・・。

18 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-19 09:13 | 映画

・・・残暑・・・

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今朝、起きたら、すでに外の空気がムッとして全く涼しくなかった。
暑い・・・。
この夏は比較的過ごしやすくて、少なくとも午前中は窓を開けていればさわやかだったのに・・・。こんなときの避難所、冷房の利いた近くの大学図書館は今週は夏休み。
軽く頭が痛い。あ、やば・・・。
昨日、またもや日にあたりすぎたので、日焼けのせいかと思ったが、気がつくと体中、指先までパンパンにむくんでいる。・・・あれ???
ともかくのどが渇いているので、水をたくさん飲んで、いつもは、夕方の一番暑い時間にとってあるスイカを、今日は朝から食べることにする。

食欲があるのかないのかよくわからない(という状態は私にしてはとても珍しい)が、とりあえず食べたほうがいいだろうと思い、用意したのはトマトとバジリコの冷たいパスタ。いつもは冷たいパスタでももっと具だくさんのものを食べるのだが、今日はこのくらいシンプルなものでないとダメな気がした。
この場合、スパゲッティーニ(細いスパゲッティ)かカペッリーニ(極細スパゲッティ)がいいに決まっているのだが、細麺はあまり好きでないので買い置きがない。こんな時に限って普通のスパゲッティも切らしていて、よりによってリングイネ(やや平麺)しかなかったが、ショートパスタよりはどうしても長いパスタの気分だったので仕方がない。
が、食べ始めてみたらおいしくて、つるつる食べた。
食べたら体調も復活。(単細胞体質)

ニュースを見ていたら、イタリア全国に(再び)猛暑到来で、ローマ、ミラノ、ボローニャ、フィレンツェなどでは最高気温36℃、あと数日この暑さが続くらしい。ヴェネツィアは32℃くらいらしいが・・・。

暑い中、みなさまもどうぞご自愛のほど。
ちなみにこんなとき、すいかと、冷やし緑茶がとてもよく効きます。
(余談ですがラタトゥイユは、ナス、ズッキーニを輪切りにしたほうがキレイですね↓)

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17 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-18 06:59 | 飲む・食べる

まだまだ!?ビエンナーレ・21~町中編16、チェルトーザ島

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並行展:John Gerrard “Animated Scene”, La Città Ideale
その他:naturasnaruran


先日、国別の紹介を終えて、ビエンナーレも一段落した気がしたが、実際は、並行展やいわゆる公認でない展覧会なども数え上げれば、まだまだ見ていないところはたくさんある。

ヴェネツィア本島のほぼ東端、サン・ピエトロ教会からさらに東へ250m弱のところにある、チェルトーザ島(Isola di Certosa)。
もともとは運河をはさむ2つの島から成っていたこの島は、1199年にアゴスティーノ会修道院とその教会を建設するため、運河を埋められて1つの島となった。1419年にアゴスティーノ会がこの地を放棄したあと、1424年からは、カルトゥジオ会(Padri Certosini)の修道院となった。
1806年、ナポレオンがヴェネツィア占領時に施行した宗教施設の強制撤廃を免れず、修道会解散のほか、美術品などはすべて接収されたあと、軍用地として利用された。
その後は、イタリア軍の射撃練習場などになっていたが、それも1960年前後に次々に施設が閉鎖され、廃墟化が進んだ。1968年の歴史的なアックア・アルタでは、それまで唯一残っていた16世紀の建物も被害を免れることができなかった。
再開発への動きが始まったのは1985年。
それも、町の一部として具体的に機能し始めるのは今世紀に入ってからで、現在はVeneto di Veneziaというプロ・アマの集う海洋愛好会の本部があるほか、2007年には著名なデザイン学校IEDのヴェネツィア校(www.ied.it/Network/Venezia/ )もオープンした。
www.parcolagunavenezia.it/certosa 抜粋要約+補足)

どんなところか一度は見に行こうと思いつつ、今日になってしまった。
水上バスに乗って、着いたところは、長―――い橋の手前。水上バスのすべての停留所の中で、もっとも島(目的地)から離れた停留所であることに間違いない。
いかだ式のぶらぶら揺れる橋を渡り終えて振り返ると、その橋の向こうにサン・ピエトロの鐘楼と、スタジアムが見える。

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前述の、Veneto di VeneziaとIEDの看板のある入口を入ると、いきなりビエンナーレの展示が目に入る。

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左手に、John Gerrardの “Animated Scene”。だが、3D映写のインスタレーションであるはずの作品は、どこにどう展示されているのか、よくわからなかった。こういうのが、屋外展示(でかつ誰もいないところ)の困ったところ。

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一方、右手はLa Città Ideale(理想都市)展。

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手前にある氷を積み上げたような作品は、Shan Shan ShengによるIl Progetto della Muraglia aperta – Venezia(長城開城プロジェクト)。これは、ガラスのブロック2,208個から成っているが、それは、実際の長城が建造されてから今までの年数(中国陰暦?)を表している。

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ブロック1つ1つに、年号を表していると思われる文字と、活字体で作家の名前とMURANOという文字が入っているから、どうやらムラーノ島で作ったガラスらしい。確かに、一見同一に見えるガラスのブロックは、よく見ると中に微妙に色が散っていたりして、それが全体で不思議な効果を生み出している。

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奥にある小さな建物では、ビエンナーレ公認展ではないが、やはり現代作家による小さな美術展、naturasnaturanが開かれていた。写真家の伊島薫さんや、ミラノ在住の彫刻家・永沢英俊さん(だと思うが・・・)の’80年代の絵画作品も展示されていた。

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ヴェネツィア本島からすぐそこのチェルトーザ島には、ムラーノ島に行くときにも利用する水上バスの41, 42番で行くことができる。

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だが、ちょっと不便な気がするために寄る人が少なかったのだろうか、ビエンナーレ見学のための特別路線が期間限定・土休日限定で登場した。
ジャルディーニ(Giardini)~チェルトーザ島(Certosa)~サンテラズモ トッレ・マッシミリアーノ(Sant’Erasmo Torre Massimiliano)~トルチェッロ(Torcello)で、ジャルディーニを11:30, 13:30, 15:30, 17:30発、トルチェッロを12:30, 14:30, 16:30, 18:30発。ビエンナーレ専用というわけではなく、ふつうの水上バス・チケットで誰でも利用可能。ただし10月25日までの週末のみ。


実は今日は、チェルトーザのあとサンテラズモまで行くつもりでいたが、照りつける太陽のあまりの暑さに2時間後の水上バスまで待てず、ヴェネツィアに引き返してしまった。

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16 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-17 08:26 | ビエンナーレ2009

聖母被昇天の祭日、トルチェッロ島にて

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人口10数人、ふだんはひっそりと静かに、ときどき観光客を迎える程度のトルチェッロ島(Isola di Torcello)は、一年に一度、この8月15日に賑やかな日を迎える。
聖母被昇天の祭日の今日、そっくりそのまま、その名を掲げたサンタ・マリア・アッスンタ教会(Basilica di Santa Maria Assunta)に、散歩がてらお参りに行くのが、ヴァカンスに行かずこの時期ヴェネツィアに残っている人たちの習慣・・・なのかどうか、祝祭ミサのほか教会内でコンサートが開かれるのが恒例になっていて、住民たちや、知ってか知らずか、ガイド片手にやってきた観光客で教会がいっぱいになる。ちなみに私は、去年も来るつもりでいたのだが、食事をしているうちに間に合わなくなったので、今回は2年ぶり。
今年は、同教会のミレニアム(一千年紀)として、ミサも特別らしい。

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今でこそ、ヴェネツィア本島から遠く離れた過疎地のようになってしまったトルチェッロだが、もともと、このラグーナに人が定住し始めた、最初の拠点の1つだった。古くは、おそらくローマ時代のコロニーの1つであり、5-6世紀には人が暮らしていたことがわかっている。やがてヴェネツィアがヴェネツィア共和国として1000年以上続く、その起源がこのトルチェッロといえる。
したがって、サンタ・マリア・アッスンタ教会も、ヴェネツィア本島のサン・マルコ寺院より古い歴史を持つ。639年にラヴェンナ総督イザチオ(Isacio)の命により建立されたのが始まり。以後、824年に拡張された。
現在の構造は、1008年にトルチェッロ司教、オルソ・オルセオロ(Orso Orseolo)により改装された当時のもの。
ファサード前のナルテックス(拝廊)は、9世紀にさかのぼり、14世紀に増改築、さらに14-15世紀の間に、すぐ隣のサンタ・フォスカ教会(Chiesa di Santa Fosca)との間を結ぶ廊下となった。

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内部はシンプルな3廊式。側廊と中央を分ける円柱の柱頭、色大理石で幾何学模様を描いた床、壁の色大理石による装飾などは11世紀。

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聖職者席と信者席を分ける仕切りの、大理石の板(plutei)には、浅浮き彫りで、ライオンやクジャクなど象徴的な動物たちが形式化され、対象的に描かれている。これは10-11世紀のもの。
聖母と12使徒を描いたテンペラ画は15世紀初め、ヴェネト派の画家による。その上に乗っている、木造のキリスト磔刑図も同時期のもの。
後陣の半円蓋には、金地に浮かぶ聖母子像、その両脇の受胎告知は13世紀のモザイク、一方、下の段の12使徒は12世紀。
聖母と対面するようにある、後ろ正面の壁一面に描かれた最後の審判のモザイクは、典型的なヴェネト・ビザンチン様式で12-13世紀のもの。

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(Guida d’Italia, Venezia, Touring Club Italianoより)

最近、ビエンナーレで現代美術と、せいぜいそれを演出するルネサンス以降のお屋敷ばかり見ていたから、久々にじっくり見る大好きな中世のモザイクにちょっとどきどきする。
(このトルチェッロ含め、モザイクの旅シリーズを紹介したいと思っているのだが、いったいいつになることやら・・・。)

本日のプログラムは:
指揮 Riccardo Parravicini
ヴァイオリン Carlo Lazari
(オーケストラ 不明)

Antonio Vivaldi (1678-1741)
Sinfonia “Al Santo Sepolcro”

Baldassare Galuppi (1705-1785)
Sinfonia in Re maggiore no 1
Sinfonia in Re maggiore no 2

Antonio Vivalidi (1678- 1741)
Concerto i Do maggiore, per violino e orchiestra in due cori per la Santissima Assunzione di Maria

Franz Joseph Haydn (1732-1809)
Nel duecentesimo anniversario della morte
(Adagio- Presto, Andante, Minuetto, Finale-vivace)

ふと、12-3世紀の装飾に囲まれて聴くヴィヴァルディやガルッピ、そしてハイドンは、ロココ調のフェニーチェ劇場で聴く現在の作曲家の作品のようなものかな、と余計なことを思ったりした。
だが、不思議なことに、小編成のバロック・オーケストラ(と言っていいのだろうか?)の音は、決して大きすぎないこの聖堂にぴったりで、厚みのある合奏も、繊細なヴァイオリンやフルートのソロも、ちょうどよく耳に届いた。
事情により少し遅れていったので立ち見になってしまったのだが、やはり行ってよかった。

ちなみに隣のサンタ・フォスカ教会も建立は1100年ごろ、とあり、そろそろミレニアムを迎えるということになる。

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また、トルチェッロの最近のもう1つの話題は、「悪魔の橋(Ponte di Diavolo)」。運河にかかる、階段状の欄干のない橋が、長いこと工事中だったが、ようやく修復を終えて通れるようになった。といっても、渡った先は個人の農地が広がっているだけだったが・・・。

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なお、明日16日(日)も11:00から、ヴェネツィアのスコラ総大司教によるミサが執り行われるが、その様子は、RAI1で生中継される予定。内部の様子もじっくり映されるだろうと思うので、興味のある方はぜひ。

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15 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-16 07:06 | ヴェネツィア

「縞模様のパジャマの少年」

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Il bambino con il pigiama a righe
原題 The Boy in the Striped Pajamas
Mark Herman監督、米・英、100’、2008年

映画はクセになる。
先日のロカルノ映画祭で、オープンエアで見る映画の楽しさを思い出して、ヴェネツィア、サン・ポーロ野外劇場に向かった。
実は昨夜も行こうと画策していたのだが、直前になって激しい夕立。残念ながら中止となった(と思う)が、幸い、まだ家を出る前でよかった。

世界各地の映画祭などで評判になった映画などを日替わりで上映しているのだが、今日の「縞模様・・・」は、タイトルを見るだけで、ユダヤ人収容所の、しかも子どもの物語とわかる。
ホロコーストものは時につらすぎて、映画もつい忌避してしまうのだが、明日15日は日本の終戦記念日、あらためて向きあってみてもいいかもしれないと思い、見にいくことにした。

8歳の少年の目を通してみた、戦争の現実。
少年の目でみた収容所というと、アカデミーを取ってロベルト・ベニーニ監督の名を一躍世界に知らしめた「ライフ・イズ・ビューティフル」(La vita è bella, 1997年)をまず思い出す。
だが、こちらは、収容所の責任者であるナチス将校を父に持つドイツ人少年の目から見た収容所。純粋であるがゆえに、母よりも姉よりも先に、目の前にある事実に疑問を抱く。そして、8歳の少年らしい好奇心から、ついに収容所内のユダヤ人少年と、はじめはそうと知らずに「ともだち」になる。
そういえば「ライフ・イズ・・・」の中でも、収容所に入れられたジョズエ少年が、ドイツ人将校の子どもたちと接近する場面がある。が、もともとコミック映画の監督であり、自らもコミカルな俳優であるベニーニは、恐ろしい現実の中でも笑いを忘れないことを息子に語りかけ続け、観客をもまたしばしば笑わせる。笑って、笑って、気がつくと笑いながら涙がつーっとこぼれている、ような。
この「パジャマ・・・」は、一遍して、クスリ・・・とも笑うすきがない。最初からずっと緊張した、不穏な空気のまま、静かに淡々と恐怖を増し、最後に一気に加速する。
「ライフ・イズ・・・」では、お父さん(ベニーニ)は失ってしまうけれども、それでも終戦後の明るい未来を強く意識させて終わったが、この「パジャマ・・・」の、想像を絶する容赦ない悲惨な結末には二の句が告げず、実は涙の1滴すら出なかった。人間の業、とでもいうのだろうか。

帰ってきてから、このブログを書くために日本の公式サイトを見て、オリジナルは英語なのを聞いてちょっと違和感を覚えた。米・英映画なので考えたら当たり前なのだが、なんだかやはりドイツ語でやってほしいと思った。イタリア語吹き替えで見てる人に言われたくないだろうが・・・逆にイタリア映画なら、ドイツ人の会話は必ずドイツ語でやっているはず。

http://www.movies.co.jp/pyjamas/

14 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-15 08:19 | 映画

長い夜と朝帰り

(これは昨日の続きです)

夏休みまっただ中のミラノ中央駅、21:30。
ガランドウ・・・というより、正確に言うと、もはやこの時間、私と同じく乗り継ぎにおいて行かれたのであろう、大きな荷物を持った外国人がウロウロ。
私が向かった先は、カスタマー・サービス(Accoglienza Cliente)。
スイスからの電車を降りる直前、私がよほど尋常ならざる顔をしていたのだろう、事態を察知した人が(車掌でなないところがミソ)、アドヴァイスをしてくれた。その場合、ミラノで泊まるなり、あるいは、その後、ヴェローナまではまだ最終があるのでそこまで行ってタクシーに乗るなり、ともかくサービス・センターで何とかしてくれるはず。
え?ほんと?今まで、あちら様の事情で、特急の指定券を変更してもらったことは何度もあるが、それ以上は押しても引いてもダメだと思っていた。それが、切符売り場の窓口ではなく、カスタマー・サービスに行かねばならないらしい。

そのカスタマー・サービス、最初は、翌朝の特急に変更する、とだけしか言わない。しかも、首をふりふり「シニョーラ、15分の乗り継ぎは短すぎます。」
「(キーッ)でも、ネットでもその乗り継ぎが自動的に出てくるし、だいたい私それ、窓口で買ったんですよ。」
「・・・いやこの、スイスからの便は問題が多すぎて」
「(キイイイイイイーーー!!!)えええっ?でも、それならそうと、最初からそう言っていただかないと。」
いや、もちろん現実問題として、「この(スイスの)電車は遅れますから要注意」なんて、公には表示できないだろう。そんなことしたらスイス国鉄から抗議が来るだろうし、だいたいイタリアはひとのこと言っている場合ではない。
ただ、たとえば、「この乗り継ぎには気をつけるよう乗客に示唆する」などと内部でお達しが出ていたりしてもいいんではないかと思う。だがもちろん、ここはイタリア。お達しなど出るはずもなく、出たところで、徹底されているはずもなし。

いちいち先方の物言いにカっとくるものの、強く出て、うっかり向こうを怒らせてしまうのは絶対に好ましくないので、とりあえず最初は笑顔、そして泣き落とし・・・とは言わないが、ともかく困惑・途方にくれた悲痛な表情、しかしともかく、乗り遅れたのは絶対に私のせいではないので、主張すべきことは主張する。
引き下がらない私に観念したらしき職員は、一度やれやれと立ち上がって誰かに確認に行き、目の前でヴェローナのカスタマー・サービスに電話をした。「これこれしかじかで・・・1人乗客を送り込んだら、そっちはどうする?」
折り返しの電話を待って、結局、22:30発の最終鈍行列車でヴェローナまで行くことになった。
途中、検札にきた女性の車掌さんに、やたらあれこれ書き込まれた切符を見せ、事情を説明すると、さっと顔色を変えて「一応、ヴェローナに今電話して確認してもいいですか?」
実は、ろくな引き継ぎもなしに、ともかくヴェローナに行けと言ってほうり出させる乗客が多発しているらしい。まあ、私の場合は目の前で電話して、逐一やりとりを聞いていたし、そんな時間に着いてほんとにカスタマー・サービスの人がいるのかどうか、しつこく確認したので、まさか間違いはないと思うが・・・。
「大丈夫、ちゃんと手配済みでした。いえ、なにしろ心配になって。というのも、私も、ミラノの人たちのこと、よく知ってるので」。おーーーい!!!
そして、着いてからホテルでのチェックインなどが簡単に済むようにと、私の身分証明書番号などもついでに全部伝えてくれた。
途中、ケラケラ笑っていたので何かと思ったら、「あ、失礼しました、ヴェローナのおじさんたち・・・いえ、カスタマー・サービスに今いるのが、50代の男性2人なんですけどね、名前を聞いて、明らかに外国人だから、イタリア語通じるのか?って、びびっちゃって。だから、大丈夫ですよ、在住者だから心配いりませんよ、って。ケラケラ」
不安とストレスでぐったり疲れていたのだが、明るくキビキビとした声を聞いて、救われた気がした。「いろいろとお気づかい、ありがとうございます」「いえ何をおっしゃいます、そのために私がいるんですから!」
知らない、私のせいじゃない、が連発されるのが普通のこの国において、こんな責任感のある言葉は聞いたことがなかった。
(これを書きながれ冷静に考えてみると、私企業の人は(例え表面的であっても)そういうセリフを聞くこともあるような気がする。が、国鉄やお役所ではやっぱり皆無。)

00:20、ヴェローナ着。のはずが、なぜか5分早く到着した(ガックリ)。
カスタマー・サービスでは、「ほんとうは、ミラノで泊まって、翌朝ミラノから特急に乗ったほうが、お客さんはずっと楽だと思うんですが・・・」とかなり同情的に迎えられ、簡単に手続きをして、「どうぞゆっくり休んでください」と、駅の近くのホテルを案内された。

おかげさまで熱いシャワーを浴びて清潔なシーツにくるまってぐっすり眠り、さっぱりと朝帰ってきたのだが・・・
どうして私ってこうなのか、やっぱりまだまだ、さっぱりとは終われなかった・・・。

13 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-14 23:46 | 旅先にて

人生狂ってばかり

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人生は思うようにいかないもの、とくに私の人生なんてあちこち狂ってばかりだけど、3日に1回狂うというのもどういうのだろう?

美しいロカルノの町にも、のんびり魅力的な映画祭にも、後ろ髪をひかれないといったらウソになるけれども、急に思い立って行った2日間を100%楽しんで、今回としては大満足で昨日、帰路についた。

ロカルノ18:45発、チューリヒ行き快速はほぼ定刻に出発(そういえば、定時ではなかった)、電車の中で早速、直前に買っておいたモーベンピックのスイス・チョコレート味アイスクリームを食べ、

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そのあと、はた!と思いついて、また車窓の風景を写真で撮ってみたり。

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この車内での私のゴキゲン状態は、我ながらかなり高いレベルだったのではないかと思う。

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事態が180℃急転したのは、乗り換え駅、ベッリンゾーナ(Bellinzona)に着いたとき。
乗り継ぎ時間が10分以上あったので、とりあえずキヨスクで車内用おやつを買いこみ(また!?)、さて、ホームは・・・と見ると、ミラノ行き急行約30分遅れ、の表示。
・・・ミラノでのヴェネツィア行きの電車への乗り継ぎ時間は15分しかない。・・・ミラノで乗り継ぎ時間15分というのは、どの方面へ行くのにもなぜか割とよくあって、これはかなり危険なパターンで今までにも乗り遅れたこと、一度や二度ではない。実はおととい、ヴェネツィアからロカルノに向かうときも同じく15分の乗り継ぎで、最初の電車が10分以上遅れたから、ミラノ中央駅で大爆走してぎりぎりで乗った。
だが、今回はスイスの電車だから大丈夫じゃないかと思っていたのに・・・。
そして何が困ったかって、急行の止まる駅だというのに、切符売り場は19時で閉まっていて、誰も駅員がいないこと。スイスよ・・・お前もか・・・。

ミラノ行きが来るはずの、ほぼ同じ時間に、ルガーノ(Lugano)行きの急行が到着。ルガーノはまだスイス側だが、とりあえずミラノへの路線上にある。ひょっとしたら、そこから乗り継げる別の電車があるかもしれない、と淡い期待を抱いてそれに乗った。

ルガーノ。・・・ミラノ行きの電車は、結局本来乗るはずだった電車を待つしかない。
が、ここは窓口が開いていたので、とりあえず現状確認。
「この電車は今のところ30分遅れているので・・・次の電車は乗れませんね。」
やっぱり。が、ここでオヤ?と思ったのは、これがイタリア国鉄相手だと、まだこの時点で、はっきり「乗れない」とはあまり言われない。「んー・・・そう、これはかなり厳しいけど・・・いや、でも遅れが縮まるかもしれないし、次の電車が遅れるかもしれないし」。
しかし、イタリア語でしゃべっていてもここはスイス。キッパリ「次の電車に乗っていただくしかありません」。「でも、これ最終のはずなんですけど。」
「見てみましょう」と言って出されたのが、
「23:00ミラノ発急行01:24ボローニャ着、03:18ボローニャ発急行05:08ヴェネツィア着、所要時間6時間8分」というもの。
キーッ!!!・・・冗談はよしこ先生!!!・・・古いっ・・・けど、ほんとにその場でそう思った。
最悪、ミラノからヴェネツィアへ寝台夜行があればそれでもいいか、とは思ったが、なぜわざわざボローニャで明け方2時間待たねばならぬ???いや、それ以上にミラノ中央駅に23時までいるなんてまっぴらごめん。だいたい、直行の特急で2時間半のところ、なんで遠回りして6時間もかけなければいけないのだーーー!!!

ミラノ発の電車も30分くらい遅れることを期待しつつ(ミラノから直接乗るときは、30分の遅れはザラ、でも乗り継ぎのときはなぜか後の電車はたいてい定刻に出る)、そしてスイス国鉄、なぜか表示だけは28分遅れになってみたり、31, 32分遅れになってみたり、妙に細かいのがものすごくむなしい。

そうして、20:50着のはずだった急行が、ミラノ中央駅にのろのろとたどり着いたときには、すでに21:25になっていた。ミラノ中央駅とはいえ21時を過ぎるとほとんど電車がなくなるから、駅はほぼガランドウ。もちろんヴェネツィア行き21:05発の特急なんて影も形もなくなっていた。
(続)

12 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-13 08:44 | 旅先にて

続・ロカルノ国際映画祭・・・など

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今朝、目が覚めると、昨日のちょっと頼りなさげな空と違って、ピッカピカの青空になっていた。

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湖に浮かぶ、ちょっとレトロな車型のパタパタ・ボート(正式にはなんというのか、足でパタパタ漕ぐボート)、うーん、楽しそ~う!!!うらやましい・・・。

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さすがにリゾート地らしく、湖畔には子どものための公園があったり、そういう楽しい乗り物にもこと欠かず、町の中には水色の汽車ぽっぽも走っていた。(なぜか写真撮りそこね・・・涙)

でも、びっくりしたのは・・・このレンタル自転車。

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ロカルノ映画祭は、最高賞が「金豹賞」と呼ばれ、シンボルが豹なので、町のあちこちが豹柄になっているのだが、まさかここまで徹底してるとは。

こんなお天気なのに、昼間から映画っていうのもどうかと思ったりしつつ、「映画スペース」(Spazio Cinema)という会場に向かったら、なんとこんなところ!

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その会場では今朝、ガンダムの富野監督、「マクロス」などの板野一郎監督、そして日本アニメ研究者の津堅信之さんによる”Master Class”なるものが行われた。マスター・クラスとは何ぞや?と思ったが、要するに監督方とファンとの対話コーナー。入場券も何もいらない、見ての通りの名実ともにオープンなスペースで、シンポジウムでも講演会でもなく、ファンたちが自由に質問を投げかけるというもの。
なかなかコアなファンたちがマニアックな質問(とはいえ、シロウトな私もなんとかついていける程度の)をしたりして、みなが満足するまで結局1時間半くらいいろいろな話で盛り上がった。

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写真は、ピンクのシャツの方が富野監督。その隣が通訳さん、そのさらに右が板野監督。津堅さんは残念ながら顔が隠れてしまった・・・すみません。

何のグループなのか、ちょうど終わるころにやってきて、監督のサインをねだる子どもたち。

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余談だが、ここにはTommino(トミーノ)というチーズがあるらしい(笑)。

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さて、午後の時間が中途半端になってしまった私が、映画祭をよそに向かった先は・・・
ケーブルカー。
高いところ大好き&こういうミニな乗り物大好きな私にとって、ケーブルカーの存在はやはり見逃すわけにはいかない。
帰りの時間を確かめて、とりあえずGO!

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結構きついカーブの細道を抜けて、・・・わくわく・・・
こちら「みはらし(Belvedere)」という名の途中駅(ホテルの名前かもしれない)。

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わ~い、湖が見えてきた~~~

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再びカーブを抜けて・・・
到着したのは、Orselina(オルセリーナ)、標高295m。

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しかし、私の野望はまだまだ。ここからさらにロープウエーがあって、一気に1340mのところまで行けるらしい。今日は無理とあきらめていたのだが、こちらも帰りの時間をよくよく確め・・・行ける!?行っちゃう?こんなお天気だし・・・?えい、GO!!!

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・・・とあっという間に機上ならぬ、空中の人に。

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これが、とくに柱を越えるところで、思っている以上にぐらんぐらん揺れる。夕方になってから上に上る人は少なく、乗り合わせたのはエミリア・ロマーニャ地方からきたという女性3人組だけだったのだが、きゃあきゃあと大はしゃぎ。

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そして着いたのは、Cardanda(カルダーダ)、標高1360m。

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さすがに、涼し~~~い!!!気温22℃、湿度も25%くらい。
ほんとは、ここからちょっとしたトレッキング・コースになっているのと、さらにリフトに乗って1671mのところまで行けるらしいのだが、残念ながら今日はタイムアウト。次にやってきたロープウェー(「ゴンドラ」といいますね?そういえば日本語で)に乗って、下界へと戻った。

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(しかし昨日からガンダムを見ていたせいか、いろいろなものがロボットに見えて困った・・・)

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モダンなロープウエーに対して、ケーブルカーはいかにもなのがカワイイ。

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ちなみに、ここロカルノはスイスでもイタリア語圏で、現地の人はイタリア語で話しているし、標識や看板などの表示もイタリア語。だからあまり外国に来た気がしないのだが、通貨はスイス・フラン。でもさすがに地理的にもイタリアに接している観光地だけあって、たいていのところではユーロで支払いができた。驚くべきことに、ケーブルカーやロープウエーのチケットまで。ただ、ユーロはお札のみ受け入れる、とか、お釣りはフラン(イタリア語では複数形でfranchi, フランキ)でくれるなど、店によって対応も違うので、細かいことが気になる人は、最初から両替したほうがいいと思う。

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11 agosto 2009
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by fumieve | 2009-08-12 18:53 | 異国の旅