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「安土往還記」、辻邦生・著

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いまさら、いまさら、なのだが。
辻邦生さんは好きな作家なのだが、ほんとは好きなどと言っていいのかわからないくらい、著作はほんの少ししか読んでいない。日本に帰国するたびに、文庫本のコーナーを探すのだが、発行が古すぎることと、たぶん、すでに全集が出たりしているためなのか、意外とみつからない。(もちろん、オンラインでまとめて購入すればいいのだが、最近は文庫が結構高いので、やっぱりできれば一度パラパラっとページをめくってみてから買いたい、と思ってしまう。)




1584-85年に、日本人として初めて、「天正少年使節団」が欧州を訪れたとき、欧州内ではすでに、日本や日本人の歴史や風習に関する書物がたくさん出回っていた。それは、日本からみれば「南蛮人到来」、彼らにとっては新たな「未開の」地の発見であったそのときから、この地の人々にキリストの教えを広めようとやってきた宣教師たちが本国やローマ教皇あてに書き送った報告書や、その内容を編集したものだった。キリスト教信者でない、したがって、彼らの目からすると「未開の地の野蛮人」である日本人はしかし、宗教こそ違え、好奇心が高く頭のいい、識字率が高い国民であること、さらに行儀がよく丁寧であることなどが再三指摘されている。

彼らの日本での活動は、戦国時代、尾張の一「シニョーレ(大殿)」であった織田信長がやがて天下を取る時代と重なる。欧州人たちが初めて触れた日本を、作者は、1人の船員の目を通して、それも「織田信長」という人を描いた。
布教という使命を負った宣教師と違い媚びる必要もなく、かつ、信長の冷徹非情な行動をやみくもに非難するほどの偽善者でもないからこそ、武将であり、また1人の人間である信長という存在を冷静に見つめ、理解し、魅かれていく。
おもしろいのは、少年使節団を企画・実行した巡察使ヴァリニャーノと、信長との共通点に着目し、だからこそ立場の違う2人の間に、シンパシーが生まれたであろうことなどを指摘していること。そしてまた、公式な「報告書」ではなく「私信」であるからこそ、そんな風に内容も自由であること。
通常の歴史書ではわからない、小説ならではの魅力がここにある。

途中、今や幻となってしまった安土城とその近くに建てたという教会堂の建築場面、完成後の眺望の描写には心が躍る。
少年使節団が当時のローマ法王に献上した屏風絵「安土城之図」は行方不明のまま。2005年に、若桑みどりさんがヴァチカンで調査を行ったが、一度は確かにそこに存在したこと、現在は存在しない、というところまでつきとめるにとどまった。こういうのを読むと、やはり「見てみたい」という気持ちがつのる。

ずっしりと存在感の割に、さらっと読める本。やっぱりいい。

18 marzo 2010
by fumieve | 2010-03-19 09:27 | 読む
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