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ヴェネツィア ときどき イタリア

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イスタンブール~初夏[回想]・2 サンタ・ソフィア大聖堂

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「モザイクの旅」シリーズ、再開しようと決めてから、また時間が経ってしまった。

世界的な観光地、イスタンブール。
誰もが必ず訪れるのは、トプカピ宮殿と、ブルー・モスク、サンタ・ソフィア(聖ソフィア、現地でアヤ・ソフィア、またはハギア・ソフィア)大聖堂にグランバザール・・・あたりだろうか。
大学の「ビザンティン美術の旅」ご一行であった私たちは、何よりもまずサンタ・ソフィア大聖堂に向かった。




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西ローマ帝国が崩壊した後、約千年にもあたり東ローマ帝国、やがてビザンツ帝国と呼ばれるようになるこの帝国の首都であったイスタンブール、いや、当時の呼び名でいうとコスタンティノポリスには、今でもあちこちにその痕跡が残る。
といっても、1453年にオスマン・トルコに征服された後、この都市では、その建物の多くは破壊され、あるいはほとんどのキリスト教会や聖堂はモスクに改造された。当然のことながら、その時に失ったものは数知れない。あるいは、辛うじて今に残る、西洋美術史、建築史上では重要な元・キリスト教の教会が、現在もモスク、すなわちイスラムの聖なる場所として機能しており、やむを得ないことだが原則的には信者以外の入場を禁止しているところもある。劇的な歴史が、このイスタンブールのみならず、この地方一帯の発掘、研究作業を難しくしていることは、言うまでもない。

このサンタ・ソフィア大聖堂も例外ではない。一旦はモスクに改造された後、が、しかし幸いなことにここは現在、美術館となっていて、誰にでも平等に開かれている。
中に入るとまず、丸い大きな、アラビア文字の装飾板が目につくせいか、入った瞬間は、教会というよりは、やはりモスクか、という感じがする。中央の大きなクーポラにはかつてパントクラトール(万能の神キリスト)がモザイクで描かれていた、という。今は、それもフレスコ画によるアラベスク模様になっている。

それにしても・・・この中に包まれている空間の大きさ、光。

アプシス(後陣)に目を移すと、1/4円蓋に玉座の聖母子がいる。聖堂があまりに大きく、そして上から無数の細かい光が降ってくるので、下からよくよく観察するのは難しい。が、ギャラリーと呼ばれる階上廊に上がると、拍子抜けするくらい、ずいぶん近くからこの聖母子像を拝むことができる。

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このマリア像は、現代の目から見てもなんとも美人だ。目がぱっちりと、しかし、ほんの少し視線をずらしている。あくまでも自然な表情と姿だ。ほっそりと長い首をかしげ、体も微妙に動きを持って宝石で飾られた玉座に座る様子は、うっとりするほどエレガントだ。幼子イエスも、はっとするほど美しい。

中世キリスト教美術、特にここビザンツでは、モザイクに限らず全ての聖像において、キリストもマリアも、聖人も誰もかも、直立不動で真正面を向き、目を大きく見開いて、と構図が決まっていた。神、あるいは神の使者である彼らは、人間的な表情や自然な表現はご法度。その、今から思うとかなり不自然な姿こそ、彼らが人類を越える存在であるという証であった。
かなり例外的にも見えるこの聖母子像は、867年に奉献された。聖像破壊運動から一転、聖像崇拝派が勝利を収めた際に描かれたもので、ビザンティン美術の歴史の中でも、クラシック志向が強く、特にギリシャ・ヘレニズム美術の影響を強く受けた時代だった。
その聖母子の隣に立つ、大天使も同様。

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(写真の腕が悪いのが、つくづく残念・・・写真のリベンジも含めて、やっぱりもう一度行きたい。)

このサンタ・ソフィア大聖堂では、「聖母子あるいはキリストに奉献する皇帝」、という構図がキーポイント。一見どれも同じようで、実は、時代時代のスタイルをきちんと反映していて、これだけでビザンチン・モザイクの歴史が簡単におさらいできる。


まず、ナルテクス(側廊)から本堂に入る入口の扉の上には、ちょっと目立たないが「キリストと皇帝」。9世紀末から10世紀初頭のもので、玉座のキリストを前に跪く皇帝が描かれているが、めずらしく碑文がないために、この皇帝が誰だか特定されていない。キリストの左側は祈りの聖母、右は大天使。

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そのナルテクスへの入り口の扉の上は、10世紀初頭のもの。聖母子に貢物をする2人の皇帝が描かれている。左側は皇帝ユスティニアヌス(イタリア語でジュスティニアーノ)、このサンタ・ソフィア大聖堂の模型、右側では皇帝コンスタンティヌス(同、コスタンティーノ)が町の模型を両手で捧げている。

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階上廊、正面に向かって右側一番奥にあるのが、「玉座のキリストと、皇帝コンスタンティノス9世モノマコスと、ゾイ(ゾエ)」で、1042-55年。

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すぐ隣に続くのが「聖母子と皇帝ヨアンニス(ジョヴァンイ)2世、皇妃イリニ(イレーネ)」。皇帝は金の入った袋、皇妃は巻物を聖母子に捧げている。面白いことに、皇妃の右側、壁が柱に沿って折れたところに、その息子で後の皇帝アレクシオス(アレッシオ)2世がいる。いかにも、後であわてて追加しました、という位置だ。これは1122-34年のもので、イスタンブールに残る唯一の12世紀のモザイクらしい。

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この2つのパネルは、すぐ目の前に立って見ることができるから、皇帝夫妻の顔の表現の違い、衣装の違いなど、いろいろ見比べてみると楽しい。

こうやって、あまり馴染みのない東ローマ皇帝の名前を、ただずらずらと挙げても、だから何?と思われるかもしれない。正直言って、一度は一通り勉強したはずの私でも、実はアンチョコを参照しないと、誰が誰だったかさっぱり思い出せないのだから。
ただ、何百年のときを隔ててもなお、モザイクという同じ手法を用いて、ほぼ同じパターンの絵がこのサンタ・ソフィアという大聖堂の中に繰り返し描かれてきたこと、そしてそれが、もはやほんの一部とはいえ、ここでまだまだそのまま残る姿を一堂に見られること、よくよく見ると、時代ごとの様式の違いがわかること・・・などなど、その面白さを、少しでもわかっていただければ、と思う。

そして、サンタ・ソフィア内でもっとも「新しい」モザイクが、その回廊上がってすぐのところにある、「デイシス」。中央にキリスト、向かって左側に聖母、右側に洗礼者ヨハネがいる図像は、キリスト教美術の中では珍しいものではないが、このサンタ・ソフィア内のこれまでのパターンからするとちょっと異質に見えるかもしれない。
だが、この絵は下半分が全く失われていて、だからひょっとすると、もともとはキリストの足元に、跪く皇帝や皇妃の姿があったとも考えられる。

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1204年、キリスト教国の首都でありながら、コンスタンティノポリスはヴェネツィア人主導の第4回十字軍の標的とされ、「西の」人々に占領されてしまう。多くの強奪や破壊のあと、ふたたびビザンティン側が取り戻すのが1261年。このモザイクは、おそらくそのときの皇帝、ミハイル8世の寄進によるものだろう、とされている。
写真ではわからないが、金色の地は、よく見ると扇形の模様になっていて、これは後日紹介する、あるところで全く同じものを見ることになる・・・。

(続)

26 luglio 2010
by fumieve | 2010-07-27 06:41 | モザイクの旅
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