(この原稿は、数年前にまとめたものに、加筆・訂正を加えています)
「モザイクの旅」シリーズ
春~ラヴェンナ
1:
サン・ヴィターレ教会
2:
ガッラ・プラチディア廟
3:
サンタアポッリナーレ・イン・クラッセ
4:
サンタンドレア礼拝堂
5:
ネオニアーノ洗礼堂
6:
サンタポッリナーレ・ヌオーヴォ
7:
アリウス派礼拝堂
初夏~イスタンブール[回想]
1:
導入編
2:
聖ソフィア大聖堂
3:
聖イレーネ教会
4:
聖サルヴァトーレ・イン・コーラ教会
5:
パンマカリストス教会
6:
キリスト教会とモスク
7:
グレート・パレス・モザイク博物館
8:
考古学博物館
9:
ブルーモスクとトプカピ宮殿
盛夏~アクイレイア
1:
ローマ遺跡の中の小さな町
2:
キリスト教最古の大聖堂
3:
隠された宝
4:
水に生きるものたち
しっとりと雨が降っていた。日本にいたときも含め、ローマにはもう何度も来ていたけれども、こう肌寒い雨に降られたのはあのときが初めてだったかもしれない。もっともイタリアで、この季節には仕方のないことだ。
あまり時間のない滞在の中でどうしても行きたかったのは、サンタ・コスタンツァ霊廟。紀元後4世紀に、皇帝コスタンティヌスが娘たちのために建てたという、その名の通り、墓地。こういうお天気の日に墓地へ行くというのもあまり気がすすまなかったが、いつものことながらもう時間がなかったし、今度こそどうしても見たかった。
方向を確かめてバスに乗って、運転手に行き先を伝え、降りるところを教えてもらうことにする。
今でこそ、イタリアでも電光掲示板や自動音声などがバスでもみられるようになってきたが、数年前まではまだ、そんなものは一切存在しなかった。そして、バス停のほうにも、名前がついていない、というか、単純に通りの名前イコール停留所の名前、になっているので、それが何キロも続く大通りだったりすると、同じ名前で、1,2,3...と続いていく。だから、初めてのところに行くときには、運転手に声をかけておくのが一番手っ取り早い。
地図で見るとずいぶん遠い気がしたが、乗ってしまえば案外すぐだった。午後の開館時間より早めに着いてしまい、まわりをぶらぶらしながら、待つ。やはり早めに着いてしまった、ほかの数人の観光客とともに、係員が鍵を開けるのをせかすように待って、中へ。
・・・ほうっ。思わずため息が漏れる。
丸い、教会というには小さめだが、礼拝堂なら十分な大きさ。この建物の、しかし、現在の主役は、柱でまるく囲まれた本堂ではなく、その本堂を囲む周歩廊。このドーナツの輪っか状の天井ぐるりと一面を、モザイクが埋めている。
幾何学模様、動植物、聖書の場面。もともとは床や壁も、モザイクで飾られていたのだろうか?いや、それではちょっとしつこすぎるような気もする。だが、黄金の地でなく、白地の背景であること、聖書のシーンも取り入れられているとはいえ、ぶどう狩りなど、古代からのモチーフが主になっている。その模様やパターンは、アクイレイアのそれととてもよく似ているが、それがここでは天井の装飾になっている。
いろいろな種類の、花や実をつけた木の枝が一面にばらまかれ、その間に、やはりさまざまな鳥や、水がめなどが所せましと置かれている。単なる装飾なのだろうか?それとも、死者を悼むお供えの花だろうか?あるいは、天国が暗示されているのかもしれない。
中央のクーポラにはかつて、さまざまな寓意のほか、旧約、新約聖書の物語も描かれていたらしい。残念ながら、現在のクーポラには、まったくそのかけらすら残っていない。
モザイクという手法は、既に紀元前5,000年、4,000年にクレタ島で使われていたという。
現存する最も古いモザイクはアナトリアに見られる紀元前8世紀のもの、細かい丸石を並べて幾何学模様を編みだしている。同じ手法で、人物像が現れるようになるのは、紀元前4世紀のことである。
ガラスや大理石をそのために四角く刻んだ「テッセラ」を使うようになったのはこの少し後、紀元前数世紀のことと言われる。紀元後1世紀のローマの政治家、プリニウスの「博物誌」には、このテッセラを用いる方法はギリシャ人による発明だと記されているが、この点については諸説ある。が、ヘレニズム文化の担い手であった各都市で多くの象徴的なモザイクが発見されていることは、注目に値するだろう。アレッサンドリア、パレストリーナ、ポンペイ、ベルガモン、デロス島。いずれにしても、その当時は贅沢な装飾で、場所も用途も限られている。ところが、ローマ時代からキリスト教という共催者を得て、テッセラによるモザイクは大発展を遂げることとなった。
それにしても、長いこと床の装飾、それもあくまでも実用的な用途が主だったモザイクが、やがて壁、そして天井の装飾に使われるようになるには、技術的な発展も待たなければならなかった。テッセラを垂直、あるいは重力に逆らってクーポラや天井の内側に置いていくのは、ただ単に水平にテッセラを載せていけばいい床と、根本的に異なるから。
このコスタンツァ廟は、モザイクが天井を飾る、その最も古い例にあたる。
・・・気がつくといつのまにか、中の片隅で若い男性がオルガンを弾いていた。ごく普通の電子オルガンだが、そんな音響効果を、特に大袈裟にならずさらりと受け止めてしまえるような、不思議な空間だった。
霊廟から出ると、いつの間にか雨がやんでいた。まだ夕方の明りは少し残っていたけれども、ローマらしい、オレンジ色の照明で下から照らし出されている様子は、外から見るとなんだかおしゃれなレストランか何かのような雰囲気を醸し出していた。
20 dicembre 2010