同じように小さな岬ながら、こんもりと小高い丘の上にあるロヴィニの大聖堂と違って、町自体にほとんど高低差のないポレチュの大聖堂は、近づけば近づくほど姿が見えず、町の中に埋もれるようにある。
入口で入場料を払うと、聖堂の前にある回廊、洗礼堂、鐘楼と付属博物館とをぐるっと回って、最後に聖堂を見学するようになっている。
洗礼堂の中の洗礼盤は、聖堂より古い3世紀後半のもの。キリスト教が公認になる以前、つまり、まだ公な教会が建てられなかったころに、信者たちの集会所としていて使っていた建物の中にあったもので、西ヨーロッパに残る唯一の例だそう。
洗礼堂の壁にも、ほんの少しモザイクが!
鐘楼は1522年に建造されたもの。平地にあるせいもあって、ロヴィニの鐘楼ほどの高さはないが、それでも海と町並みと、聖堂や洗礼堂を見下ろせて気持ちがいい。
博物館はそう大きなものではなく、中世から近代までの彫刻や絵画のほか、祭礼衣装や道具なども展示されている。
が、ここで重要なのはやはり、1階に展示されている床モザイク破片たち。
現在の聖堂は6世紀のものだが、実はそれ以前に、そこに平行するようにすでに聖堂が建てられており、ここに展示されているのはしたがって、4-5世紀のもの。時代でいうとアクイレイアの後、人物や動植物など具象表現が消え、ほとんどが幾何学模様になっており、グラードで見たパターンに近い。
が、その中で、妙にリアルな魚のモザイクは大変印象的。キリスト教が公認になる前、魚はキリストのシンボルとして使われており、その延長なのだが、まるでサメのような歯と目がかなりコワイ。
こちらは8世紀の司教椅子。
面白いのは、これらのモザイク、もとの位置から剥がした後、もともとどういう姿だったのかを現地に再現してあること。つい数十年前まで、発掘した「お宝」は、モザイクであろうが、フレスコ画であろうが、とくに一番おいしいところだけ剥がして、保存・保護を名目に全部博物館に入れてしまうのが当たり前だった。最近になってようやく、「その場にあることの価値」が重視されるようになり、できるだけその場に残す方法を探るようになってきたが、とくに雨ざらしの現場の場合は、こういう妥協策もありだと思う。
とくにここの場合は、こうして雨ざらしになっているおかげで、通路からはもちろん、博物館の建物の窓から見下ろすこともできるのがなかなかいい。
5世紀の聖堂のモザイクなど、室内の「現場」は、そのままの形で保存されているところもある。(後から発掘されたのかもしれない)
もう1つ、やはりレリーフ(浮き彫り)もいろいろと面白いのだが、とくに、魚のモザイクと並んで展示されている、 祭壇の台、貝がらにいるかをあしらったデザインは、クラシック好み。貝がらの部分は比較的深さもあるが、いるかと、その下の十字架、それに向き合う鳩、全体を囲むアーチとも、完全に立体感を失った浅い浮き彫りで、その対比も見事。これは6世紀のもの。
ヴェネツィアができる、まだまだ数世紀も前のこと。
アクイレイアからグラード、ラヴェンナ、そしてポレチュ。やがてビザンツと呼ばれるようになる東ローマ帝国と、崩壊してなくなった西ローマとの間で、北アドリア海が栄えていた様子が伺い知れる。やがてヴェネツィアの台頭で、彼らの運命も翻弄されることになってしまうのだが。
23 luglio 2012