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ヴェネツィア ときどき イタリア

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宗教の重み〜第69回、ヴェネツィア国際映画祭・4

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Paradies: Glaube (Paradise: Faith)
Ulrich Seidl - オーストリア, 仏, 独, 113'
Maria Hofstätter, Nabil Saleh

今回の映画祭、コンペティション部門で目立ったのは、何よりも宗教の重さ。
審査員特別賞を受賞したこの作品は、上映中にある意味「ウケた」一方で、カトリック団体をはじめ、多くのボイコット運動まで引き起こした「問題作」だった。
オーストリアでは少数派であると思われる、狂信的なカトリック信者であるレントゲン技師のおばちゃん。 自宅内の祈祷室にこもり、十字架の前で自らをむち打ち、あるいは賛美歌を歌う毎日を送っている。 貴重なお休みはというと、わざわざ電車に乗ってあちこちへ、なんと布教活動に出かける。ドアフォンを鳴らして押し掛ける先は、中流の、もはや宗教など全く関心のない年配のカップル宅だったり、イスラム系外国人だったり、アル中のロシア人の女の子だったり。
だが実は、離婚した(いや、家からたたき出した?)元・夫はイスラム系。なぜ結婚したのか、狂信的になったのはそのあとなのか、そのあたりはわからない。ただ、事故で下半身不随になり、すがるように戻ってきたのをしぶしぶ受け入れるが、彼のやることなすこと、宗教上許せない。あげくの果ては、天国はイエス・キリストにのみある、と信じすぎることによる、びっくり仰天・摩訶不思議な行動・・・。
考えれば考えるほど、不思議な映画だった。



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Lemale Et Ha’Chalal (Fill the Void)
Rama Burshtein - イスラエル, 90'
Hadas Yaron, Yiftach Klein, Irit Sheleg, Chaim Sharir

主演のHadas Yaronが最優秀女優賞を獲得、その発表の際にはブーイングが。お気の毒に、なにしろきれいな女優さんだし、彼女自身の演技はブーイングを浴びるほど悪くなかった思うのだが(といって、最優秀女優賞と言われると、そうなの?とも思うが)、こちらはやはり上映直後から、フェミニストなどなどから多くの非難を浴びた「問題作」だった。
イスラエルの、ユダヤ原理教コミュニティ。長く伸ばした髪の縦ロールにひげと黒帽子、そして黒装束の男性たち。公式の場は、すべて彼らだけで占められ、女性は表に出ない。
そんな伝統的なしきたりを厳守する社会では、結婚はもちろん、自由恋愛によるものではない。
Yaronが演じたのは、18歳になったばかりのShira。お見合いをして、結婚を待つ、戸惑いながらもどきどきと高揚しかかっていた彼女の環境を一転させたのは、姉の産褥死。形見に残された乳飲み子の面倒を見る彼女に、男やもめとなった義兄の後妻に入るという提案がなされたのだった・・・。
今はともかく、日本でも戦時中にはよくあった話だし、イタリア含む欧米だって、そのころにはやはりあったことだろうと思う。もちろん、とても賛成はできないけれども、といって、そういう、別の文化と宗教を持つ人々の習慣について、毛嫌いして、頭ごなしに否定するのもどうかと思う。感情移入はできないとはいえ、伝統を保つ人々の、厳粛な儀式の場面などは、映画やドキュメンタリーでもなければ目にすることはなく、興味深く見た。(といって、やはり好きな作品ではなかったけど・・・。)

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Sinapupunan (Thy Womb)
Brillante Mendoza - フィリピン, 100'
Nora Aunor, Bembol Rocco

とーっても好きだった、そして絶対に、銀獅子賞を取るだろうと確信していた作品。金でなく銀を予測していたのは、金は欧米系のマイナーな変わった作品、そしてこういうエスニック系の作品が銀、となるパターンがここ数年、多いような気がしたから。万が一、銀でなかったら、最優秀女優賞かな、と思っていた。
ところがふたを開けてみたら、無冠で、ほんとがっかり。
フィリピンの人々にもあまり知られていないという、小さな島の人々の生活。半水上生活なのは、昔のヴェネツィアの姿を彷彿とさせる。・・・だが、目の前のヴェネツィアと違い、海の水の、なんて透明できれいなこと!!!
文句なしに美しい自然、裕福ではないがあたたかく、協力しあって生きる人々。そこへときどきやってくる、不条理な暴力。質素な生活と対比するような、色鮮やかで華やかな祝祭の場面。イタリア某紙が「ナショナル・ジオグラフィック的」と評した映像を背景に、一組の、熟年夫婦の愛が描かれる。
子どものいない夫婦。子宝こそが男性の最終的な幸福、という価値観を持つ(イスラム)のコミュニティーの中で、妻は夫に、第2の妻を迎えさせるべく、奔走する。
これもやはり、少なくとも現代の欧米社会では受け入れられない、だが、彼らにとっては習慣の1つであり、彼らの宗教はそれを認めている。
もし自分の立場だったら、と考えるのは苦しい、簡単に非難も同情もできない。だが、上記のFill the void(こともあろうに、「穴埋め」というタイトル)と違いこちらは、共感までは行かないかもしれないが、彼らに少し寄り添って観ることができたのは、自分が彼らの年齢に近いからだろうか。
今回観た20本強の映画の中で、あとあとまで記憶に残るであろう1本だった。

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La cinquième saison
Peter Brosens, Jessica Woodworth - ベルギー, オランダ, 仏, 93'
Aurélia Poirier, Django Schrevens, Sam Louwyck, Gill Vancompernolle

ある日突然、牛が乳を出さなくなる。畑で、作物の芽が出なくなる。
世界の終わりというのは、これまで(主にアメリカの)映画で描かれてきたように、ゴゴゴゴー、バババババー、ズドドドーン、てな具合に大げさなものではなく、むしろこうして静かにやってくるものなのではないか、と思う。
鶏は卵を生まず、一向に春らしい春が来ない。夏というのに雪がちらつく。
ベルギーのいなかの、小さな村。まるでブリューゲルの絵の世界のようだが、ストーリーは、すぐそこにあってもおかしくない近未来。地球を痛め続けてきた人間達への、これは自然の報復なのか。困惑と苦悩、悲しみと諦め・・・。大きな自然を前に、ただ呆然と立ち尽くすのみの人間たち・・・。
だが、自然よりももっと怖いのは、人の心、それも仮面をかぶり集団となった人たちだった。
ときおりはさみこまれる、暗示的でシュールな場面は、絵本のようでありながら、観るものの不安をかきたてる。ホラーではない、だが、考えれば考えるほど怖い。

フィリピンの小村物語が総天然色映画なら、こちらベルギーの小村物語は白とグレーの濃淡で描いた水墨画のような映画、ただしところどころで、強い色が、それ自体役割を持っているかのように、ぐっと生きる。
極めて絵画的な映画、静かな、だが、観終わったあとにいやな感触の残る、最も衝撃を受けた作品だった。金や銀ではないかもしれない、でも審査員特別賞あたり行けるかな、と思ったが無冠に終わった。
(受賞予想はやっぱり難しい・・・。)

26 settembre 2012
by fumieve | 2012-09-26 20:23 | 映画
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