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「はじまりは国芳 江戸スピリットのゆくえ」展

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横浜美術館
2013年1月14日まで
http://www.yaf.or.jp/yma/jiu/2012/kuniyoshi/
(作品写真はすべて、http://openers.jp/ より拝借)

日本に帰る前にちょうど、辻邦生さんの「江戸切絵図貼交屏風(えどきりえず はりまぜびょうぶ)」を読み終えたばかりで、気分がすっかり「浮世絵」になっていた。美人画で知られる浮世絵師・歌川貞芳が、像主(モデル)に求めた江戸の美女たちをとりまく事件を解決していくこの連続短編小説集は、完全にいわゆるお江戸捕物帳のスタイルをとっており、著者名を知らずに読んでいたら、まさか辻邦生さんとは想像もつかないかもしれない。だが、自ら武士の出自を捨て、絵の道を貫いたこの画師の、1つの作品を仕上げるまでのこだわりや苦労、心情の変化など、それが架空の存在だとは思えない見事さでぴったりとさりげなく江戸風情にはめこまれているのは、やはり辻氏ならでは、なのかもしれない。



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さて、肝心の展覧会は、国芳の「宮本武蔵と巨鯨」で幕を開ける。
写真などでは何度も見ているものの、こうして版画として目の前に現れたときの、その迫力にいきなり圧倒される。紙3枚分のスペースいっぱいに、まだなおそれをはみださんばかりに描かれた巨大な鯨。あまりにも大胆な構図、その鯨の背に乗った武蔵は、鯨の迫力に気を取られすぎて、うっかりすると見逃してしまいそうなくらい。

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美人画、役者絵、風俗画から始まった浮世絵は、やがて葛飾北斎という天才を得て風景画や静物画のジャンルを確定し、そして広重の旅のシリーズへと発展していく。のちに欧米人たちをびっくりさせた斬新で大胆な構図の北斎や広重の絵は、それでも、この鯨に比べるとずっと安定した、整った構成を持っていることがつくづくとわかる。この鯨は、なにしろ、そんな安定した整った構図から、完全にはみ出してしまっている。
また、当て字シリーズや「人かたまって人になる」など、これも北斎の戯画を超えたへんてこりんな作品も多い。

タイトルの通り、これは国芳展ではなく、国芳から明治の新しい絵画へ向かう流れを見せるのが主旨なので、仕方がないといえば仕方がないのだが、国芳というからには、個人的にはもっともっと、とくにへんてこりんな国芳の作品が見たかった。

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もっとも、ふだんは浮世絵の中でも後期、つまり浮世絵文化の最後の一花のうちの1人として考えられることの多い国芳を、あえて「はじまり」として位置づけたのは面白い。

上は、展示作品の1つ、川瀬巴水「木場の夕暮(「東京十二題」より)」、大正9年(1920)
下は、帰りに見た横浜の夕暮れ。

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12 gen 2013
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by fumieve | 2013-01-13 18:37 | 見る・観る
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