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ヴェネツィア ときどき イタリア

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渡邉麻子さん(ピアノ) 卒業演奏会

Asako Watanabe
Diploma Accademico di secondo livello in Pianoforte
Docente preparatore : Giovanni Unberto Battel
Conservatorio di Musica Benedetto Marcello, Sala di Concerti

Ludwig van Beethoven
15 variazioni e fuga su un tema da “Die Geschöpfe des Prometheus” in mi bem. magg. Op.35

Sergej Rachmaninov
Variazioni su un tema di A.Corelli, op.42

Alfredo Casella
Variazioni su una Ciaccona op.3

Ferruccio Busoni
10 variazioni su un Preludio di F. Chopin, op.22

音楽院に在籍していた、渡邉麻子さんの卒業演奏会があった。本人より緊張した、とかそんなことはもちろんないが、彼女がヴェネツィアでこの修士課程を始めて直後から、ずっと親しくして(もらって)いて、特にピアノ以外のところでのいろいろな苦労や努力を見聞きしていたので、他人事ながら大きな感慨を持ってこの日を迎えた。

彼女のまずすごいところは、どんな機会でもほとんど緊張しすぎているように見えないこと。後から聞くと、実はすごく上がってたりすることもあるらしいのだが、それがほとんど変に表に出ることなく、まるっきりいつもの笑顔の「麻子さん」で登場する。で、もっとすごいのは、そんなフツーの顔で、一度ピアノの前に座って鍵盤に触れ始めると、びっくりするような集中力で、難易度の高そうな曲も聴く者を圧倒させたまま平然と弾ききってしまう。そして立ち上がって、また笑顔で挨拶する。別に何も大したことしてませんよ、みたいな。

そして今回さらに改めてびっくりしたのは、全く特徴の違う4つの曲の、音が見事に違っていたこと。始めのベートーベンで、小さな真珠を1つずつ並べたような、清冽な音を聴かせていたと思ったら、次のラフマニノフはがらりと表情を変え、耽美と憂鬱の世界へ。1つ1つの音は消え、それらが溶け合い流れ出し織りなす「音楽」は、古い館の床の上を引きずられていく、幾重にもなった絹織物のよう。個人的に、この音楽院のホールはラフマニノフが一番しっくりくると思っているので、その揺れる空気にもう、うっとり。
先日、老巨匠ブレンデルの演奏会で、「曲によってあんなに音が変わるなんて」と言っていたのは、どこの誰でしたっけ・・・。
カゼッラは、最初にここで彼女の演奏を聴いた、思い出深い作曲家。もっとも同じ曲ではなくて確か7つとか9つとかの組曲だったのだが、そういえばあの時に、それぞれの小曲でパッと表情が変わる、ああ、上手な人だな、と思ったのを思い出す。学長でもある彼女の師匠も、その時からベタぼめだった。
最後のブゾーニは、もはや彼女の十八番と言ってもいいだろう。なんのためらいもなく、(これまた難曲なのだろうと思うが)小気味よいテンポで高低・強弱、鍵盤の上を自由に流れる指、決して大きくないその手から生まれるその音は全く余計な思考を与えず、こちらはその中に浸ってただただ感嘆するのみである。
ここまで来るまでに、どれだけの努力があったのだろう、と思う。特別な才能を持って生れついたことは間違いないけれども、特に音楽の場合、それだけではない。いや、小さいころから練習を重ねてくるというのも、一種の才能なのかもしれないが。
ただ、何というのだろう、彼女の安定感や安心感、ある種の迫力は、私が出会った時には既に持っていたものだけれども、今晩の演奏で、何かが変わったとするとそれは、何か「色気」のようなものが加わったように思う。人生経験を積んだというにはまだまだ若すぎる、それでいて、若い女の変な媚でもない、うっすらといい感じのコロンがふんわりと漂ってくる、そんな感じがした。

私にとって音楽は、憧れてやまないもの。憧れて、でも自分では手が届かないものだけに、それにふさわしい人には、ぜひともその道を貫いてほしい、と思う。
無事に修士課程を終えて、(ひとまず)日本へ帰国するという麻子さんに、日本で新たな道が開けることを祈るばかりである。もちろん、その後、イタリアへ凱旋Uターンがあること信じている。

4 ottobre 2007
by fumieve | 2007-10-05 07:50 | 聞く・聴く
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