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ヴェネツィア ときどき イタリア

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トスカ

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ヴェネツィア、フェニーチェ劇場

作曲 G. プッチーニ
指揮 Daniele Callegari
監督 Robert Carsen

Floria Tosca Daniela Dessì
Mario Cavaradossi Fabio Armiliato
Il balone Scarpia Carlo Guelfi

「歌に生き、愛に生き、生きた魂をもつものに悪いことなどしたこともない。
常に厚い信仰を持ち・・・祭壇にはいつも花を供え、聖母には宝石、そして歌を捧げた星と空は一段と美しく輝いた。
苦しみのとき、なぜ神は私をこんな目にあわせるのか?」
地元のイタリア人なのか、外国人観光客なのか、アリアだろうがデュエットだろうが、小声でおしゃべりしたり出入りしたりと、いつも何かとがたがたとうるさい劇場も、このときばかりは、しーーーんっと、水を打ったように静かになった。
トスカの悲痛な叫びが、声量たっぷりの澄んだ歌声に乗って劇場内を圧倒する。

プッチーニ年にあたる今年、ヴェネツィア・フェニーチェ劇場では、1月の「つばめ(La Rondine)」に次いで2演目め。
ローマのサンタ・マリア・デッレ・ヴァーレ教会。1幕はほとんど、そこでマグダラのマリアの絵を描くカヴァラドッシと、その恋人トスカの痴話げんかと言ってよいくらい。
政治犯脱獄囚アンジェロッティをかくまうカヴァラドッシ、誰かほかの女を隠していると疑うトスカ。金髪で青い目、そのモデルは誰なの?誰でもない、自分が愛しているのは、黒い髪に黒い瞳のトスカ、君だけだ・・・あの目を黒く塗り直して!何をばかなことを!
上演機会の多いトスカを見たのは、私も今回初めてではない。が、言葉がわかるようになって、それもイタリア語字幕を一字一句辿りながら聞いていると、そのあまりのリアルさにびっくりする。
嫉妬深く自己中心的で、無理難題を言うトスカ。隠しごとを秘めながらも、そんな美しい恋人をなだめるために、口先の約束をするカヴァラドッシ。演出が現代に近い設定になっているためもあるだろう。・・・が、なんだかともかく、その辺にいるごくごく普通のイタリア人カップルの会話を耳にしているようだ。・・・しかも、しつこい。
決して大げさでも何でもない、イタリア人そのものの会話に辟易としてくるころ、教会で歌われる祝賀のコーラスが一旦その感情を静めるようにして、幕を閉じる。

サンタンジェロ城で展開する2幕。脱獄囚隠ぺいの罪で逮捕されたカヴァラドッシ。彼の命と引き換えに、トスカの体を求めるスカルピア男爵。あまりにも単純なストーリーだが、このスカルピアがまた、声といい顔といい、いかにもそこら辺にいそうな小ずるい男そのもの。
拷問に悲痛な声をあげるカヴァラドッシ、その声を聞いて悲嘆にくれるトスカ。迫るスカルピア。そこで歌われるのが冒頭に引用した「歌に生き、愛に生き」。1幕ではあまり本領を発揮していたと思えなかったソプラノだが、ここはさすがにさすが。
クラシックな家具を最低限置いただけの舞台や照明の扱いもいい。特にスポットが通常よりも多くいろいろなところに設置されて面白い効果を出していたり、壁に埋め込まれたドアを開けたときに、その向こうからあてた光がドラマチック性をより高めている。
中央でスポットを一身に浴び、嘆きの美声を聞かせるトスカ、そうして聴衆の大きな拍手を受けるトスカを横目に、その影にひそむスカルピアもまた、ここでは思い通りにいかぬ恋に悩む哀れな中年男に見える。
苦悩の末に、それでもスカルピアの提案を受けるトスカは、しかし隙をついて彼を刺し殺す。
3幕。銃殺刑を受けるカヴァラドッシ、それは空砲だから倒れるフリをして、と伝えるトスカ。それが終わったら2人で外国へ逃げよう!と。
ところが、銃は本物だった。あえなく命が果てるカヴァラドッシ。スカルピア刺殺が発見され、追手の迫るトスカは、そのままサンタンジェロ城屋上から身を投げる・・・。

終わって、ほっとした、と言っていいくらい、こわかった。荒唐無稽と思いつつも、結局息もつけぬほど引き込まれていたのは、やはり名作であり、名演だったのだろう。1幕では全体に飲み込まれていた感じのソプラノ(トスカ)だったが、2幕、3幕は、場を完全に圧倒し、君臨していた。カヴァラドッシ(テノール)やスカルピア(バリトン)も決して悪くはなかったが。

(上の写真は劇場の公式サイトより)

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30 maggio 2008
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by fumieve | 2008-05-31 18:36 | 聞く・聴く
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