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ヴェネツィア ときどき イタリア

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渡邉麻子さん 受賞記念演奏会

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Concerto di Asako Watanabe,
Diplomata il 4 ottobre 2007 con 110 e lode,
vincitrice della Quarta edizione del
Premio Pianistico Marina Pasqualy

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W.A. Mozart, Nove Variazioni su un Minuetto di Duport K 573
S.Rachmaninov, Variazioni sopra un Tema di Corelli op.42 (1932)
A.Casella, Variazioni sur une chaconne op.3 (1903)
F. Busoni, Zehn Variationen über ein Präludium von Chopin (1922)





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1聴衆として、もはや通いなれた音楽院コンサート・ホール。どっぷりと日の暮れた冬の夜は薄暗く少し怪しげな雰囲気さえ漂わせるこの部屋も、夏いよいよ本番のこの時期の夕方は、まだまだ明るくて華やかな印象になる。
先日お知らせした、渡邉麻子さんの演奏会、および授賞式が行われた。
昨夜の、あの強烈なトスカの余韻も抜けきらないうちに、再びいい音楽に接する幸運に感謝。一方、背景があって衣装があって、物語があってそして何より言葉を乗せて歌う、あまりにも具体的なオペラに対して、ピアノという器楽曲のあまりの抽象性に、頭がしばし戸惑う。
幸い出だしは、蝶よ、花よ、と歌うかのようなモーツァルト。ああ・・・そうそう、そのまま目を閉じてただ聴けばいいんだ・・・。

従妹が趣味で墨画をやっていて、展覧会を見に行ったことがある。総合芸術と呼ばれるオペラが絵の具をたっぷり乗せた油絵なら、ピアノ曲は墨画のようだ、と思った。演奏家が自分の楽器を持ち歩く弦楽器や管楽器とは違い、ピアノは、その場におけるすべての演奏家に対して平等だ。たった1つの楽器から、同じ黒でも、色合いや濃淡、つや、筆のタッチで全く違う作品が生まれる。1つだからこそ、無限の可能性を持つ。
共同作品ならではの難しさと、完成したときの喜びに対して、ソリストはどこまでも孤独との戦い。
・・・とそんなことを考えながら聴いているうちに、ラフマニノフもあっという間に終わる。

短い休憩をはさんで、カゼッラとブゾーニヘ。ここはもう、彼女の十八番といっていい。(本人曰く、まだまだなのだそうだが)こちらはどっしり、ゆったりと構えて鍵盤から流れあふれる音に身を任せるだけ。
どちらもイタリア人ながら、パリに行きラヴェルに出会うカゼッラと、若年期からドイツへ移ったというブゾーニ。今後もぜひとも、レパートリーを増やして、いろいろな曲を我々に聴かせてほしい。そうして、知られざるイタリア人をもっともっと広く紹介してほしい。
1年のプログラムの半分以上は、聞いたこともない・珍しい作品を上演しているフェニーチェ劇場のように、それが反骨と遊びの精神を持つヴェネツィアらしさのような気がするから。

演奏の後、盾を持ってほほ笑む写真を撮りたかったのだが、一刻も早く乾杯をしようと待ちうけていた主催者と学長に、あっという間に連れ去られてしまった。

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31 maggio 2008
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by fumieve | 2008-06-01 06:12 | 聞く・聴く
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