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ヴェネツィア ときどき イタリア

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ラヴェンナ~春・1 サン・ヴィターレ教会

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(この原稿は、数年前にまとめたものに、加筆・訂正を加えています)

ボローニャからローカル電車に乗って、1時間と少し。私が初めて訪れたのは4月の初め、思いがけず目を楽しませてくれたのは、車窓の風景だった。あ、桜。いや、桃かもしれない。果樹園として並ぶ木々はあまり整然としていて、公園や寺院の情緒たっぷりのそれとは比較にならない。それでもやはり、心がはずむ。イタリアに来て1年め、ペルージャに住んでいたときのことで、寒さの厳しい冬を越え、ああ、ようやく春が来たんだ、と実感するには十分だった。

イタリアの北部と中部をちょうど2つに分断するように、ポー川をはさんだ横に長い州、エミリア・ロマーニャ州でも最も東側にある町、ラヴェンナ。最初にペルージャに住んでイタリアで美術史をかじりはじめて、1番最初にどうしても行ってみたくなったのが、このラヴェンナだった。今でこそ、はっきりとマニアを自認するモザイクの魅力にはっきり目覚めたのも、ここかもしれない。

それにしても、なぜこのラヴェンナに、というのが、率直な疑問だった。かつてはアドリア海に直接面し、海の玄関口であったとはいえ、今は歩いてぐるりと1回りできる、小さな町だ。が実はなんと、紀元402年には、ローマ帝国の首都となる。そして、西ローマ帝国崩壊、オドアクレの支配、東ゴート族、東ローマの支配、とローマ帝国後期の激動の歴史を見守ってきた。
一時は支配者となったゴート族の敗北、その後東ローマ帝国の衰退、そしておそらく土砂がたまって港としての機能を失ったことから、このラヴェンナという町はやがて歴史上からその姿を消す。それが、私たち21世紀に生きる人間にとって幸いだった、と言えるかもしれない。イタリアの、いやほとんど世界各地どこでも、古代からの都市が経験する、それ以降の町の発展やそれにともなう開発や破壊、あるいは戦争による掠奪。そんな全ての、要因から逃れ、ひっそりと、その時代の遺産が封印されてそっくりそのまま保存されて残ることとなった。



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駅から町を横断する形で歩き、まずサン・ヴィターレ教会(Chiesa di San Vitale)へ。この小さな教会を有名にしているのは、まず八角形型という、初期キリスト教時代の特徴を残した建築構造であること。
古代ローマの市民バジリカ、裁判所や商業中心地として使われたいわば公会堂を起源とする、縦長のバジリカ式と違い、中央集中式、つまり正多角形の聖堂は、アリカルナッソのマウソレオという人が立てさせた壮大な墓廟に由来する。キリスト教が、ローマ帝国で正規の宗教として認められ、やがて国教となっていく中で、帝国内各地で続々と教会が建てられたが、この2つの形は、教会の主に2つの機能の違いにより、使い分けられた。
より多くの信者が一度に集いやすい、バジリカ形式は、ミサのための、つまり日常の教会として。多角形型はそれに対して、聖人の遺体や、聖遺物を奉る、主につまり霊廟としての教会。そしてこの形では、参拝者がスムーズに内部を移動できるよう、あるいは女性信者のため、しばしば内周にぐるりと、回廊を設けた。

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が、この聖堂の魅力は、もちろん平面プランの珍しさだけではない。何よりもその後陣を覆い今でも色鮮やかに輝くモザイク。アプシスには、天空に浮かぶキリスト。若い青年の姿をしたキリストは、我々が見慣れた、長髪でひげのある、威厳のあるキリストとずいぶん違う。
これはやはり初期キリスト教では多用された図像で、そのうち姿を消してしまう。

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後陣両脇は、旧約聖書のモゼ、アブラモの物語の場面。

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そして、その1つ1つの美しさもさることながら、特に、やはりこの聖堂を有名にしているのは、奉献者である東ローマ皇帝ジュスティニアーノと、皇妃テオドーラの肖像モザイク。これがあることが、その歴史的価値を上げることにも一役買っている。

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ジュスティニアーノの肖像は、(美術史だけでなく)歴史の教科書などにもたびたび登場するから、イタリア人ならたいてい、「ああ、あれか・・・」と思い浮かぶのではないだろうか。
一方、皇妃とはいえ、女性の肖像が公の場、しかも教会という宗教施設にこうして残されている例は非常にめずらしい。

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また、当時の首都、コスタンティノポリから運ばれたレースのような透かし模様の入った柱頭、やはり透かし模様になった大理石の柵なども、軽やかで美しい。

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(というわけで、昨日の問題の答えは「ラヴェンナ」でした。)

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(続く:ラヴェンナ~春・2 ガッラ・プラチディア廟

28 settembre 2009
by fumieve | 2009-09-29 06:37 | モザイクの旅
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